第46回日本SF大賞 受賞のことば

第46回日本SF大賞

伊藤典夫『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会)

受賞のことば     伊藤夏日(伊藤典夫氏のご長男)

 まずは、このたびの受賞にあたり、父を長年支え、辛抱強く付き合い、ついには今日まで見捨てずにいてくださった皆様に、家族を代表して心から感謝申し上げます。
 これを機会に、皆様の知らない伊藤典夫の姿をご紹介できればと思います。
 父、伊藤典夫、83歳。家では「のーちゃん」と呼ばれています。私の記憶にある限り、「お父さん」やそれに類する呼び方をしたことはありません。父は、とにかく仕事以外のことに関しては、驚くほど関心がありません。一般的には変人の類に入る人間かと思います。
 翻訳家と聞けば、多くの人は、静かな書斎で背広を着てノーブルな雰囲気で原稿に向かう姿を想像するでしょう。しかし実際は、黄ばんだランニングシャツにトランクス一丁、年季の入った万年こたつ、そして大量の本に埋もれている姿であり、幼い私はそれを当たり前の風景として見て育ちました。
 とにかく本が大好きな人間で、二階にあった仕事部屋の本があまりに多すぎて、一階を圧迫し、窓が開かなくなったこともありました。
 一方で、人に対しては驚くほど興味が薄い。昔、近所で父を見かけた私の友人が挨拶をすると、父は手で制して「挨拶はいらない。俺を空気だと思え」と言い、そのまま去っていったそうです。また、私の会 社の上司が挨拶をした際には、ちらりと一瞥して「なんだか知らねーけどな」とだけつぶやき、すぐに本へ視線を戻しました。家族一同、言葉を失いました。
 基本的に、自分が他人からどう見えているかにはまったく関心がなく、「股がかゆくなってきたから風呂に入ろうかな」という調子の人間です。 
 そんな父は、このデジタル化が進みきった時代になっても、紙に印刷した原稿を出版社に入稿しています。以前、私が仕事の合間にそれを抱えて出版社へ運んだこともありました。
 人がワープロで仕事をしている時代に手書き原稿。パソコンでデータを送る時代にワープロでフロッピー管理。SFを愛し、SFに愛された男が、テクノロジーからいちばん遠い場所で生きているという矛盾です。
 余談ですが横浜から八王子に引っ越した際、いつも行っていた銀行でしか預金をおろせないと思っており八王子からわざわざ横浜の銀行に行っていたこともありました。
 家ではそんな様子の父ですが、いろいろな場所で「伊藤典夫さんのファンです」と声をかけられる場面に、私はしばしば出くわします。中学時代の英語の先生、飲み屋で隣に座った人、子どもの関係で出会う保護者の方。父は家では変人ですが、外には熱烈な読者がいる。それをとても誇らしく思います。
 そんな中、昨年、『伊藤典夫評論集成』を発売した矢先に誤嚥性肺炎で緊急搬送。「今夜が峠です」と、ドラマやコントでしか聞いたことのない言葉が告げられました。さらに追い打ちをかけるように、回復したとしても薬や食べ物を飲み込む力は戻らず、いわば老衰なので家で看取ってください、と説明されました。病院では点滴だけで数か月。声も出さず、話しかけてもすぐ目を閉じてしまう状態。
 一般的に医療関係者の方から見れば、意識レベルも低く、老衰の一途をたどっていると判断されたのだと思います。しかし家族には分かる。興味がないから反応しないだけなのです。無頓着すぎて、老衰だと思われていました。現在は元気にカツ丼を食べています。
 他の機能はほぼオフにして、本を読みたい、飯を食べたい、その欲にCPUの全リソースを集中させて生きているのが伊藤典夫なのです。
 先日、本人に「SF大賞を受賞してどうよ?」と聞きましたが、「前の本(前に書いたもの)だから、なんとも思わん」と、持ち前の無頓着ぶりを発揮していました。それでも、受賞の記事が載った新聞にはしっかり目を通していたので、まんざらでもない様子です。
 今回の受賞は、父の功績であると同時に、支えてくださった皆様への表彰でもあると、息子としては思っています。この本の出版に携わった皆様に、改めて深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。無頓着な父は、届いた新品の献本に、ものの数秒で食べ物をこぼして母に叱られていたこともここにご報告いたします。

『伊藤典夫評論集成』 スタッフクレジット

著者:伊藤典夫

発行者:佐藤丈夫
編集:樽本周馬
装幀:山田英春
組版:三松堂株式会社
印刷所:創栄図書印刷株式会社
製本所:牧製本印刷株式会社
発行所:株式会社国書刊行会

伊藤典夫(いとう・のりお)

1942年生まれ。静岡県出身。早稲田大学第一文学部仏文科中退。1958年、中学三年生で同人誌「宇宙塵」に入会し、批評と翻訳を発表。1962年、リチャード・マシスン「男と女から生まれたもの」の翻訳が「S-Fマガジン」に掲載され、商業出版デビュー。1965年、アルフレッド・ベスター『破壊された男』(早川書房)の訳書が初の単行本となる。1970年、トマス・M・ディッシュ「リスの檻」の翻訳で第1回星雲賞海外短編部門を受賞。同賞では他に、第2回(71)レイ・ブラッドベリ「詩」、第3回(72)レイ・ブラッドベリ「青い瓶」、第4回(73)レイ・ブラッドベリ「黒い観覧車」、第5回(74)アーサー・C・クラーク「メデューサとの出会い」、第6回(75)R・A・ラファティ「愚者の楽園」、第21回(90)コードウェイナー・スミス「青をこころに、一、二と数えよ」、第26回(95)コードウェイナー・スミス「シェイヨルという名の星」、第27回(96)アイザック・アシモフ「未来探測」、第31回(2000)ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「星ぼしの荒野から」が受賞している。第5〜14回(1979〜1988)までハヤカワSFコンテストの、第1〜7回(1980〜1986)まで日本SF大賞の選考委員を務める。他の訳書に、ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』(1967)アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』(1968)、カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』(1973)、サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』(1996)、レイ・ブラッドベリ『華氏451度 新訳版』(2014、以上すべて早川書房)など、共著に、『SF教室』(筒井康隆編、1971、ポプラ社)など、編著に『世界のSF文学・総解説』(1984、自由国民社)、『SFベスト201』(2005、新書館)などがある。 [プロフィール作成:渡邊利道]

第45回日本SF大賞 特別賞

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』スタジオカラー、バンダイナムコフィルムワークス SUNRISE Studios

受賞のことば  監督:鶴巻和哉

  このたびは特別賞という素晴らしい賞をいただき、スタッフ一同、心より光栄に存じます。
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』は、《機動戦士ガンダム》というあまりにも巨大な作品の存在を前提として生まれた、ある意味で非常に特殊な作品でもあります。その前提なしには成立し得ない企画でした。
「歴史改変SF」や「架空戦記」を愛してきた者として、「宇宙世紀を改変するSF」をやってみてはどうだろうか――。
 この無謀とも言える企画提案を快く(あるいは、内部では喧々囂々だったのかもしれませんが)受け止め、実現を許してくださったサンライズの皆様に深く感謝申し上げます。また、公開・放送に際し、SNSなどで大きな反響を寄せてくださり、作品を語り、広げてくださったファンの皆様にも、心より御礼申し上げます。
《機動戦士ガンダム》というタイトルが、45年余にわたり数多くの試行錯誤を重ね、ときに大胆に、ときに慎重に、そのクリエイティブの地平を押し広げ続けてきた、その長い営みの一端として、『GQuuuuuuX』を世に送り出せたことを、大変光栄に思っております。
《機動戦士ガンダム》の最新作という立場を胸に、日本SF大賞特別賞を謹んでお受けいたします。
 本当にありがとうございました。

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』 スタッフクレジット

監督:鶴巻和哉

シリーズ構成:榎戸洋司
キャラクターデザイン:竹
メカニカルデザイン:山下いくと
アニメーションキャラクターデザイン・キャラクター総作画監督:池田由美/小堀史絵
アニメーションメカニカルデザイン・メカニカル総作画監督:金 世俊  
                                   他

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』

2025年4月8日(火)から6月24日(火)まで放送された、ガンダムTVシリーズ最新作。《ヱヴァンゲリヲン新劇場版》シリーズを手掛けるスタジオカラーと、《機動戦士ガンダム》シリーズを手掛けるバンダイナムコフィルムワークス サンライズスタジオが共同で制作。監督はスタジオカラー所属の鶴巻和哉が務める。TVシリーズに先駆けて劇場上映用に再構築した、劇場先行版『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』は2025年1月17日(金)より全国の劇場で上映され興行収入三十六億円、観客動員人数二〇〇万人を突破する大ヒットとなった。

第四十六回日本SF大賞 最終候補作品(作品名五十音順)

『アポカリプスホテル』(TVアニメーション)

2025年4月8日(火)から6月24日(火)まで放送された、サイバーエージェントとCygamesPicturesが贈るオリジナル〝ホテル〟アニメーション。人類のいなくなった地球に残されたホテルで働くロボットたちと、地球外生命体の客人の摩訶不思議なドラマが描かれた。本作が初監督作品となる春藤佳奈による、繊細かつ独創的な演出は回を追うごとに大きな反響を呼び国内のみならず海外の視聴者をも魅了した。 スタッフクレジット 原案 :ホテル銀河楼管理部/監督 :春藤佳奈/キャラクター原案 :竹本泉/シリーズ構成・脚本 :村越繁/キャラクターデザイン :横山なつき/美術監督 :本田こうへい/音楽 :藤澤 慶昌/アニメーション制作 :CygamesPictures/製作幹事 :サイバーエージェント

藤井太洋『マン・カインド』(早川書房)

藤井太洋(ふじい・たいよう)

1971年生まれ。鹿児島県出身。国際基督教大学中退。2012年、電子書籍によるセルフ・パブリッシングで、長編『Gene Mapper -core-』を発表。2013年、同書を増補改稿した『Gene Mapper -full build-』(早川書房)が刊行され、商業出版デビュー。2014年の『オービタル・クラウド』(早川書房)で、『SFが読みたい!』の「ベストSF2014国内篇」一位、第35回日本SF大賞、第46回星雲賞日本長編部門を受賞。2015年、第十八代日本SF作家クラブ会長に就任、2018年まで務める。2019年『ハロー・ワールド』(2018、講談社)で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。2022年、『マン・カインド』で第53回星雲賞日本長編部門を受賞。他の著作に、『公正的戦闘規範』(2017、早川書房)、『まるで渡り鳥のように』(2024、東京創元社)などがある。 [プロフィール作成:渡邊利道]

人間六度『烙印の名はヒト』(早川書房)

人間六度(にんげん・ろくど)

1995年生まれ。愛知県出身。日本大学芸術学部文芸学科卒業。2016年、文芸社から自費出版で『BAMBOO GIRL』を刊行、同作が文芸社文庫NEOで文庫化され商業出版デビュー。2021年、『スター・シェイカー』で第9回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞。同年、『きみは雪を見ることができない』で第28回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞。他の著作に『推しはまだ生きているか』(2024、集英社)、『オーバーライド』(原案:吉田夜世、2025、一迅社)などがある。 [プロフィール作成:渡邊利道]

日本SF大賞功績賞

日本のSFシーンにおいて多大な業績を上げた方に対し、その功績を称える目的で贈られる。
従来「特別賞」の範疇において贈賞されてきたが、各賞の性質をより明確化するため、第三十四回から「特別賞」に加えて「功績賞」が新設された。

第四十五回日本SF大賞 功績賞

  • 紀田順一郎(きだ・じゅんいちろう)

紀田順一郎(きだ・じゅんいちろう)

1935年、神奈川県横浜市生まれ。本名は佐藤俊(さとう・たかし)。1954年に慶應義塾大学経済学部に入学し、同学推理小説同好会に参加。在学中より評論活動をはじめる。1958年に大学卒業したのちは、商社勤務のかたわら旺盛なファン活動をおこない、1961年に大伴昌司、桂千穂らとともにミステリ愛好会「SRの会東京支部」を、1962年に志摩四朗とともに「SFマガジン同好会」を、1963年に大伴、桂と「恐怖文学セミナー」を創設。「SFマガジン同好会」では当初、副会長を務め、同会発足を記念しておこなわれた第一回日本SF大会「MEGCON」では主催スタッフの一員として活躍した。1964年にフリーランスの著述家となり、出版文化や近代史を中心に幅広い研究・評論活動を展開するようになる。代表作に『現代ビジネス案内』(1963)、『現代人の読書 本のある生活』(1964)、『明治の理想』(1965、以上はいずれも三一書房)、『読書の整理学』(1971、竹内書店)、『現代人の読書術』(1972、毎日新聞社)、『日本の書物』(1976)、『世界の書物』(1977)、『古書街を歩く』(1979)、『日記の虚実』(1988)、『東京の下層社会 明治から終戦まで』(1990、以上、いずれも新潮社)、『日本語大博物館 悪魔の文字と闘った人々』(1994、ジャストシステム)、『私の神保町』(2004、晶文社)、『書林探訪 古書から読む現代』(2005、松籟社)、など。1997〜2000年に《紀田順一郎著作集》全八巻が刊行(三一書房)。怪奇・幻想小説に関する評論には、日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞した『幻想と怪奇の時代』(2007)、『幻想怪奇譚の世界』(2011)、『幻島はるかなり 推理・幻想文学の七十年』(2015)がある(以上いずれも松籟社刊)。海外の怪奇・幻想小説の紹介も積極的におこない、とりわけ荒俣宏とともに企画した専門誌〈幻想と怪奇〉(1973〜1974年、創刊号のみ三崎書房、他号は歳月社)、および叢書《世界幻想文学大系》(1975〜1986年、国書刊行会)は、日本にこの分野を定着させた伝説的偉業と言っても過言ではない。後者は、第1期全15巻を対象として第12回「日本翻訳出版文化賞」を受賞した(受賞主体は版元である国書刊行会)。また、アンソロジストとしては、1969〜1970年の《怪奇幻想の文学》全4巻(新人物往来社)が目配りのきいた内容であり、1977〜1978年には荒俣宏共編による増補版全7巻が同じ版元より、また2022〜2025年には牧原勝志編集による『新編 怪奇幻想の文学』全6巻(紀田・荒俣は監修としてクレジット)が新紀元社より刊行されている。そのほか怪奇幻想小説分野のアンソロジーとして、『現代怪談傑作集』(1981、双葉社)、中島河太郎共編『現代怪談集成』上・下巻(1982、立風書房)、『謎の物語』(1991、筑摩書房)、東雅夫共編《日本怪奇小説傑作集》全3巻(2005、東京創元社)がある。また、評論のアンソロジーに『出口なき迷宮 反近代のロマン〈ゴシック〉』(1975、牧神社)があり、同書は1997年に『ゴシック幻想』として書苑新社より改訂版が刊行。そのほか、SF関係の編著として、『大伴昌司《SF・怪獣・妖怪》秘蔵大図解「少年マガジン」「ぼくら」オリジナル復刻版』(2014、講談社)、『大伴昌司エッセンシャル 〈未刊行〉作品集』(2016、講談社)がある。監修もしくは編集委員に名を連ねている企画に、三一書房の《少年小説大系》全27巻・別巻5巻・資料篇1巻(1986〜1997)、同じく《海野十三全集》全13巻・別巻2巻(1988〜1993)、同じく《香山滋全集》全14巻・別巻1巻(1993〜1997)などがある。翻訳家としては、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズなど怪奇小説の古典を手がけている。小説家としては、『幻書辞典』(1982、三一書房、のちに『古本屋探偵登場』と改題)、『鹿の幻影』(1989、東京創元社、のちに『古本街の殺人』と改題)、『第三閲覧室』(1999、新潮社)、『神保町の怪人』(2000、東京創元社)など、いずれも古書や蒐集家を題材にした作品を残している。2025年7月15日、逝去。享年九〇。 [プロフィール作成:牧眞司]

受賞のことば   佐藤明美(故・紀田順一郎氏の奥様)

 このたびは素晴らしい賞を頂きありがとうございます。
 夫に代わって心よりお礼申し上げます。
致死性不整脈でアッという間の最期でした。
 この家での最後となった日もパソコンに向かっておりました姿が忘れられません。
きっと今頃は広い世界で空想を膨らませ夢中になっている事と思います。
 幼い頃からお小遣いがあると本屋さんへ、という子供でした。
 戦中学童疎開の中持ち込みを許された三冊の本を何度も何度も読んで辛さに耐えたようでその時受けたいじめによる傷跡が消える事はありませんでした。
 音楽の道に進んだ私は夫の役には立ちませんでしたが夫のよろこびはよく解りました。
 今頃は広い世界で沢山の本に囲まれますます大きな空想の世界を楽しんでいる事と思います。
 皆様、長い間本当にありがとうございました。
               二月一七日