第45回日本SF大賞エントリー一覧
皆様にエントリーいただいた作品とコメントを表示しています。
ご応募いただいたエントリー内容の確認が終わりましたら、このページに掲載いたします。ふるってご応募ください。
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No.248
酉島伝法 『奏で手のヌフレツン』 河出書房新社
著者がデビュー以来書き続けている、造語を多用することによって描かれる世界。読み手にとっては未知の単語ばかり出てくるのに段々と理解できるようになっていく過程は多言語の修得にともなう心地良さのようでもあり、自身の生まれ直しとでも呼びたいような感覚にさせられる。読者にとってそれらが可能となるのは表意文字という図像に対して、「読み」という適切な音が用いられているからこそであろうと思っているので、音楽をテーマにした大作を物したことにも納得。皆勤の徒から連なる試みの現時点での極致であると思う。
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No.247
龍村景一 漫画『アリス・クライシス!』
「美少女名探偵が難事件を解決する」という紋切型の物語が、宇宙人の到来と妄想の間でグラグラ揺らぎだす問題作かつ秀作。SFとしてのガジェットとカリカチュアライズされたマンガ表現の相性の良さもさることながら、「思いは必ず通じる」という発想をとことん捩じ切って飛躍させた点も極めてユニークであり、読者をぞわぞわさせるラストも印象深い。
https://to-ti.in/product/keiichitatsumura -
No.246
奥泉光 『虚史のリズム』 集英社
1000ページ超えのテラノベルで『グランド・ミステリー』『神器 軍艦「橿原」殺人事件』に連なる戦後篇。序盤こそミステリの体裁だが、二度目の人生を送っているらしき人々の影がちらつき初め、物語はSF的なスケールへと拡大する。語りの技巧で虚実を混淆する作品としても読めるし、SF的な解釈が可能なこと自体がまた仕掛けにもなっている。ジャンル小説の技法を持ち込みながら多層的に展開される戦争論・天皇論・戦後日本人論が、タイポグラフィの奔流に乗って謎解きと合流してゆく終盤は圧巻だ。
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No.245
監督 福田己津央 劇場アニメ『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』
この作品の見どころは大暴れのモビルスーツ戦である
このガンダムSEEDシリーズではパイロットのメンタルが操縦や戦い方に反映される演出が多い
マイティーストライクフリーダムガンダムに共に乗り、秘密兵器の申請承認や意識リンクで戦う一心同体のキラとラクス
リモート操縦でインフィニットジャスティスガンダム弐式を繋げて遠く離れても命を預け合うアスランとカガリ
デスティニーガンダムSpecⅡとインパルスガンダムSpecⅡで抜群の連携を見せるシンとルナマリア
今作では後半の最終決戦にて主要3カップルそれぞれの愛の形が勝利の鍵となるのだ -
No.244
夏海公司 『セピア×セパレート 復活停止』 KADOKAWA
“ギズモ”という3Dバイオプリンターが実用化され、事実上肉体の死がなくなった世界。
時代遅れのイヤホン型スマートデバイスを愛用する技術者の主人公が、記憶喪失後キズモの機能を停止させたテロリストとして指名手配されるというスリリングな逃避劇。さらに、
超技術のキズモが作られたきっかけとなる技術の出所とは?
キズモが流布された目的とは?
何をもって人間は人間足らしめるのか?
そして突如失踪した主人公のかつての初恋の天才技術者の正体とは?
硬派なSFテーマにラノベらしい一癖あるキャラクター活劇を同居させる作者の手腕が素晴らしい。特に、複数の身体と職業を違法所持し手段を選ばす暗躍する”千貌の魔女”殿森 空のキャラクター造形は最高!
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No.243
川端裕人 『ドードー鳥と孤独鳥』 国書刊行会
絶滅動物およびその概念をめぐる科学小説。終盤に出てくる現実からの飛躍はSF的には意外なものではないが(しかし現実=作中では科学的・倫理的に大変危うい)、SF読者にもぜひ読んでほしい一冊。ふたりの女性の子どものころからの友情とその変化をストーリーの縦糸に、「科学」(ここではおもに遺伝子工学を含む生物学や、博物学)が生活や人生と密接に関わったり、その一部になっている世界各地の人々が登場する。約四十枚の図版(全ページ数の一割以上)が挿入され、歴史上のエピソードの数々が語られる(それを追う「旅」もストーリーの大きな要素)などして、本書自体が博物書的な雰囲気を帯びている。
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No.242
空木春宵 『感傷ファンタスマゴリィ』 東京創元社
著者の第二短編集である本作では、前作と同様に、強者が弱者を一方的に搾取し、瑕を押し付けるような社会の構造が、SF的なギミックを用いて、象徴的に描かれている。
しかし本作ではそうした構造を明らかにするだけにとどまらず、傷つけた者と傷つけられた者の和解の可能性を探ってみせたり、迫害者の視点で物語を展開し、そこから脱却するための方策を模索している。
前作がこの世界に存在する「呪い」を書いた作品集だったとすれば、本作は「解呪」の方法を探るための作品集だったと言えるだろう。
そしてそのために肝要なのは考え続けることだと、作中で示される。
次々と発表される著者の短編において、様々な社会の在り方や、多様な価値観の登場人物が書かれているのは、その「考え続ける」ことの実践と言えるのではないか。
そうして完成した本作こそ、空木春宵という〈魔女〉による、世界の「呪い」を解くための〈魔女術〉なのかもしれない。 -
No.241
宮澤伊織 『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』 東京創元社
ハードSFで科学ネタを展開するバディものといえば石原藤夫「惑星シリーズ」が有名ですが、IT革命後の世界が舞台なら同書みたいになる……はず? いえ、誰も、科学的素材を、こんな風にここまで書けません、宮澤伊織だから書けたのです。小説家でもあり配信動画制作経験もある声優・夏川椎菜女史にオススメしておいたところ、YouTube配信の自主ラジオ「夏川椎菜の#ヒヨコ群集合!」Vol.39にて「本当にお薦め。読みやすい。面白いのが設定だね。未貴ちゃんが発明するものが毎回面白い」と高評価を頂きました。夏川女史のような、ミステリ系を読む層からも高く評価されるというのはかなりポイントが高いでしょう。本格SFの連作短編集ということで間口が広いのも良い。天才マッドサイエンティストの未貴ですが、マッドなのは人物というよりはサイエンスの方に相当します。
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No.240
荻堂顕 『不夜島(ナイトランド)』 祥伝社
『不夜島〈ナイトランド〉』は第二次世界大戦後の与那国と台湾を舞台にしたサイバーパンク小説。米軍占領下の与那国では密貿易で賑わい、最新鋭の義肢が当たり前に売買されていた。台湾人ブローカーの武(ウー)は界隈を牛耳っていたが、”含光”を手に入れろという奇妙な依頼で世界の陰謀に巻き込まれていく……。本作の凄さは圧倒される程の世界観の構築だ。義肢、人工皮膚、電脳化の作り込みに唸らされるだけでなく、歴史と虚実の絶妙なバランス、アクションと冒険劇の融合、加えて美しい文章表現。数ページ毎に面白さ、恍惚感がやってくる。個人的な一番の見どころは、四色牌(スーソーパイ)と呼ばれるギャンブルシーン。さらに後半にかけては、電脳化がある大国が企む「計画」と繋がって……帯の惹句にある通り、未体験ゾーン突入の超大作。日本SF大賞に是非とも推したい一作である。
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No.239
龍村景一 漫画『ツッパリヤンキー地獄録』
ヤンキー漫画とシンギュラリティSFが謎の融合を果たした怪作にして傑作。強烈なインパクトを残す実験的なマンガ表現の面白さもさることながら、「AIと人類の対決(ロコのバジリスク)」のテーマに意想外かつスマートな回答を与えている点も際立っている。物語の構造とモチーフの相乗効果によって生まれた、ラストシーンの爽快さが素晴らしい。
https://to-ti.in/product/keiichitatsumura -
No.238
春暮 康一 『一億年のテレスコープ』 早川書房
章が進むにつれて枠がどんどん加速度的に広がってゆく小気味良さ。
とんでもなく広大な時間・長大な空間を旅しているという感覚が感じられる。読み終わった時に「ああ、還ってこられた」と安堵する感覚。これぞSFの醍醐味といえるのではないでしょうか。
オールドファンは初めて読んだ頃の宇宙SFを思い出しながら、アップデートされた宇宙での新たな思索の旅を味わうことができるはず。
そして若い人たちも、望たち主人公の、未知を求めて突き進む気持ちに共感し、感化されるのではないかと思われます。
そのようにあらゆる年齢の人々に読まれ親しまれる作品であろうと思う次第です。
この理由から本作を日本SF大賞として推す次第です。 -
No.237
未苑真哉 『人生投影式〈スクリーン・オブ・ライフ〉』 22世紀アート
私にとって、いわゆるドラマに出てくるような臨終や葬儀は、ファンタジーだ。
旅立つ者の最後の言葉を、ゆかりのある人たちが揃って聞き、葬儀では哀しみという感情を参列者全員が共有する―――そんな見送りには縁が薄い。
臨終に立ち会わなかった両親や祖父母の葬儀の際、参列しない親族を咎める声を聞いたり私自身が欠席したりしてきた経験を、私は珍しくないと思うようになってしまった。未苑真哉さん『人生投影式〈スクリーン・オブ・ライフ〉』は、故人との別れを、理想と現実を織り交ぜるかのように描く連作短編集だ。
未来の技術によって故人の記憶を映し出す「人生投影式」は理想の体現のように思えるし、そこに集まる人たちの不揃いな感情には現実感を覚える。
理想と現実の邂逅がもたらす予想外の変化に希望が感じられるこの物語は、しきたりや血縁から私たちを自由にし、その人らしい葬送を選ぶ人に救いをもたらすのではないかと思う。 -
No.236
門田充宏 『ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子』 集英社
文明崩壊後の世界、初期の宮崎アニメや『進撃の巨人』を思わせる設定の中で、小説ならではの見せ方で世界の輪郭と少年の成長をじっくり描き出すサイエンス・ファンタジーの開幕篇。大人たちが少年に与える庇護と信頼のバランスが絶妙。バディとなる犬の存在も相まって、懐かしさと現代性が同居する正統派のジュヴナイルSFに仕上がっている。
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No.235
岡和田晃/石川あやね ゲーム『Whether the Cat is Black or White』 Trollgodfather Press
今となっては本邦アナログゲームの英語圏進出は数あるが、それでも本ソロ・アドベンチャー(一人用ゲーム)発売の経緯は珍しいだろう。使っているルールは『ラヴクラフト・ヴァリアント』。現在日本でポピュラーな『クトゥルフ神話TRPG』にも影響を与えた、最も古いホラーRPGのひとつだ。本作は、このゲームを使った創作を大学の課題として出した岡和田晃氏と、出された石川あやね氏による共著。英訳して『ラヴクラフト・ヴァリアント』原案のデザイナー、ケン・St.アンドレに送ったところ気に入られ、英語版発売の運びとなった。
作品自体も石川氏の若い感性と、デザイナーでもある岡和田氏の熟練の技巧がブレンドされた良作だ。楽しいのは仕掛けられたホラー作品のパロディの数々。詳しい人なら探しながら楽しむのも一興だろう。 -
No.234
酉島伝法 『奏で手のヌフレツン』 河出書房新社
太陽が徒歩で巡る球地の危機に直面した三世代の苦闘を描いた至極の音楽SF。冒頭から異様な言葉であふれ、未知の光景に遭遇する。しかし、この見知らぬ世界を生きる者たちの、青春に、労働に、育児に、生活に、葛藤に、いつしか没入することに。そして、危機に奮闘するその姿に心打たれることに。第45回日本SF大賞に自信をもって推薦したい一作である。
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No.233
八潮久道 『生命活動として極めて正常』 KADOKAWA
カクヨム発の短篇集。どこか歪んだ世界を描きつつポップな筆致が特徴で、読み手のツッコミを誘う文体が癖になる。AI管理の老人ホームで姫ポジションに君臨する老爺を描いた「老ホの姫」、戦争博物館を訪れた元軍人とポンコツガイドロボット「手のかかるロボほど可愛い」など、独自の語り口と捻りが利いていて、どれもがアンソロジー・ピースになりそうなユニークな作品が揃う。
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No.232
森岡浩之 『プライベートな星間戦争』 講談社
〈天使〉と〈悪魔〉が戦う異色のミリタリーSFの第一部、仮想世界に移住した人類が群体性情報生命として宇宙へ進出してゆく第二部、終盤でテイストの異なるふたつの物語が交わり、徐々にピースが嵌まってゆく。まったく異なる世界認識を持つ種族間の戦闘・和解・共存の可能性を両サイドから描き、壮大なスケールで同時にタイトル通りプライベートでもある、著者の新たな戦争SFとして読み応えがある。
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No.231
夏海公司 『セピア×セパレート 復活停止』 KADOKAWA
〈ものすごい極端さで「予想を裏切って期待に応えて」いくのがSFの醍醐味〉と語る作者の言葉通り、序盤から物語が二転三転し、次々と驚きの真相や新しいヴィジョンが繰り出されるライトノベルSFの快作。『なれる! SE』で人気を博した作者らしいエンジニアSFとしても読み応えがあり、後景には死が克服された世界に影が差すという『ハーモニー』的な構図、心身バックアップが孕む人間性をめぐる問題など現代SFの諸要素が詰まっている。
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No.230
円城塔 『ムーンシャイン』 東京創元社
初期作品であり、発表から現在に至るまで高い評価を受けてきた「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」と「ムーンシャイン」の二編に、近年の発表作である「遍歴」と「ローラのオリジナル」の二編、そして自己改題を通じて作家としてのキャリアを振り返る著者あとがきを加えた作品集である。特に生成AIを用いて精緻な少女像を造りだした語り手の独白を通し、機械学習、ひいてはフィクションそのものの倫理を問う「ローラのオリジナル」は、現代日本SFの達成として注目に値する。
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No.229
川端裕人 『ドードー鳥と孤独鳥』 国書刊行会
著者の取材力が存分に生かされた絶滅動物テーマの長篇小説。ドードーなど絶滅動物への興味でつながった少女たちの友情と成長の物語を縦軸に、絶滅という現象自体が理解されていなかった17世紀から人の影響で起きた近代の絶滅、最新の脱絶滅研究まで「絶滅」の持つ歴史と奥深さが丁寧に描かれる。「絶滅」理解の解像度がぐっと上がる理系小説だ。
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No.228
荻堂顕 『不夜島(ナイトランド)』 祥伝社
中国のSF作家宝樹は、時代や技術を説明なく巧みに混淆した作品(アナクロニズムを意識的に用いた歴史SF)を「錯史」と呼んでいる。2023年の日本に、その「錯史」の傑作があらわれた。荻堂顕『不夜島』(祥伝社)である。舞台は沖縄。時代は第二次大戦終結後。密貿易で活性化する与那国島と国民党の白色テロが横行する台湾で、密貿易ブローカーが奔走/逃走する物語。あらすじを読めば、単なる歴史小説にみえるかもしれない。しかし、読み始めれば異様な光景に眩暈を覚えること間違いなし。作中ではサイボーグ技術が異様に発展しており、歴史の流れ自体は史実通りだが、内容はサイバーパンクハードボイルドSFとなっているのだ。与那国島と台湾のはざまで、サイボーグと化した主人公たちが、魂を求めて彷徨する姿に心をふるわすだろう。「錯史」の傑作として、第45回日本SF大賞に推薦する。
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No.227
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
本を愛する人をビブリオフィリアという。本を恐れる人をビブリオフォビアという。それではビブリオフォリアとは何者であろうか。それがわかれば、この作品の本質に迫れるような気もするが、そんな甘い考えで本書に臨むならば、近年とみに円熟の度を増している高野史緒の罠にまんまとひっかかることになるだろう。
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No.226
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
収録されている作品はどれもまるで読者の想像力に語りかけてくるような話に満ちている。物語を語る者が「本」と呼ばれる国で行われる「版重ね」という出来事を描いた表題作の『本の背骨が最後に残る』。この「版重ね」というのは、同じ内容を語る本同士が自分の内容の方が正しいと主張をぶつけ合い、負けた方は「焚書」、つまり火炙りにされ、業火に焼べられてしまうという戦いだ。この残酷な勝負を幻想的に美しく、そして酷く描写するのがこの斜線堂有紀という作家の凄さだ。
そしてこの作品集を語るうえで欠かせない要素がまだある、それが痛みだ。暴力などによってもたらされる痛みもあれば、治療をするために必要な痛みもある。そのどれもが読んでいて痛い、それもとても。けれども、その痛みはとても綺麗で美しい。魅力的とは言い難い、しかし目を離せない痛みがそこには存在しているのだ。
この本は読む者の想像力、そして痛覚を刺激する作品集である。 -
No.225
高島雄哉 『ホロニック:ガール』 東京創元社
TVアニメ『ゼーガペイン』後日談の劇場映画『ゼーガペインSTA』公開に合わせて刊行された同書は「『もうひとつの可能性』を描いた、同作の公式スピンオフ小説」とされる。お読み頂ければわかるが、同書は「映像化不可能」である。不可能な理由は簡単。映像にするためには、原因→経過→結果を、フィルムでいえばコマに定着させれば良い。つまり、映像となるのは物理方程式に従って描かれる現象であり、決して物理法則そのものではない。ハードSF小説では、抽象的な表現が許される文章の特性を活かし、物理法則そのものをテーマに描くことができる。そう、著者は、宇宙と宇宙を支配する法則について、キャラクターたちに探求させたのだ。アニメのことは忘れて良いし、観なくても構わない。現時点で高島雄哉の最高傑作であり、世界的にみてもオールタイムベスト級の本格SFである。
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No.224
百百百百 『巡礼者〈ペレグリヌス〉たち』 EYEDEAR
文芸ムックあたらよ掲載作品
SFと百合は親和性が高い。そんな百合(広義)SFのエモさが十二分に発揮されているのが本作である。
夜の世界を変えるために聖域を目指す人々。そんな一員の中にいる二人の女性。彼女たちの車での道中は淡々と進んでいるようでもドキドキと見ごたえがある。そこは暗闇の中での仄かなライターの光のようなものを感じる。心地よいエモさだ。そして聖域にたどり着いた時、二人の周りがまばゆい光で満ちたように感じた。夜のお話であるからこそ、光が印象的に感じられる作品である。
決してハッピーな終わり方ではないが、それがまた二人のエモい関係を象徴していた。 -
No.223
マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス 『うきうきキノコ帝国』 EYEDEAR
第一回あたらよ文学賞大賞作品
未来の日本、星への移民……これぞSF!という設定で放たれた物語は、飯テロへと向かう。
知性を持ったキノコと人間のかかわり、という発想も素晴らしいが、私が「これはすごい……」とうなったのは、知性を持ったキノコたちの「美味しそう」さだ。
キノコの密猟シーンは状況が鮮やかに目に浮かぶ。だからこそ「キノコかわいそう……」と思うのに食べたくなってしまう。そんな自分に自己嫌悪をしつつも、読み終わったあとはやはりキノコが食べたくなるという、とてもリアルなSFだった。 -
No.222
小林 達也 『スワンプマン芦屋沼雄(暫定)の選択』 KADOKAWA
SFファンタジー。証明が不可能のはずの哲学的な問題を、意識の連続性を遮断できるという架空の装置を登場させて、ストーリー上で扱えるようにしているのが上手い。自己の同一性とは何か、というSF的なテーマを、スワンプマンや転送装置の思考実験も取り上げながら、しっかりと物語に絡めて、先が読めないオリジナリティのある展開を描けていた。全体的に曖昧で淡々として不穏な感じの空気感もよかった。
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No.221
原作:タカラトミーアーツ/シンソフィア、総監修:池畠博史、脚本:兵頭一歩、主催:バーチャル・エイベックス バーチャルミュージカル『ハイスクール!キラッとプリ☆チャン』
【ネタバレ注意】2018~21年放送のTVアニメの続編。TVアニメ時点でYoutuber的配信者の活躍からV配信者の台頭、Vキャラと人との友情等、様々な「リアルとバーチャル」状況を3年かけ描いた先駆者である。中学生配信者の日常から始まった「プリチャン」はスケールが徐々に拡大。本作はスペースコロニーを舞台とし、「宇宙消滅の危機」に「ポジティブに応援する心(いいね!)」で対峙する物語にまで規模が飛躍する。また、2022年に本作の子供向け筐体ゲームは稼働終了したが、クラファン施策により各プレイヤーの手元に残った、もうゲームでは使えないカードの「マイキャラ」が劇中に登場。「作品の終了=死と、ファンの応援で続編=新たな命を得る」ことを多重に描く構造と挑戦により、仮想と現実の交差を最新の切り口で体現した隠れSFである。
公式 https://pretty-vlive.zan-live.com/ -
No.220
ケン・セント・アンドレ ゲーム『モンスター! モンスター! TRPG 猫の女神の冒険』 FT書房
現実の事情に架空世界が影響されることは、よくある。それが伝説のデザイナー、ケン・St.アンドレの世界であってもだ。RPG黎明期最後の重鎮といっていい彼だが、盟友の死をきっかけに代表作たる世界2番目のRPGとその世界のIPを失った。しかし隠居などする彼ではない。その創作意欲は衰えず、古い自作の“モンスターを演じるRPG”『モンスター! モンスター!』(1976)を復活・進化、今も関連作品を展開中だ。
本作は同シリーズの初訳で、本邦では導入作となるソロ・アドベンチャー(一人用ゲーム)。かつての「人間vsモンスター」の図式は影を潜め、新世界〈ズィムララ〉の一地方エヂプトを舞台にエキゾチックな冒険が繰り広げられる。掌編ながら新しい挑戦が随所に見られ、なかでも旅の相棒の蠱惑的な描写は、作家の年齢をまるで感じさせない。遊べば老御大とともに若返り、新しい世界へ飛びこんでいく気分を味わえるだろう。 -
No.219
稲田一声 『喪われた感情のしずく』(『紙魚の手帖Vol.18』収録) 東京創元社
人々が脳の一部を機械化し、ナノマシンによって身体を管理する社会という硬質なSF設定と、人工感情を喚起するのが感情調合師のうみだすコスメティックであるという取り合わせが新鮮で魅力的でした。ほか、「正方形を轢いた」「犬の絶滅」といった意表を突くコスメの名称や、親しみやすくてどことなく淡泊な文体がくせになる読み味で、忘れられない余韻を残します。
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No.218
関元聡 『ワタリガラスの墓標』 早川書房
日本SF作家クラブ 『地球へのSF』に収録されている短編です。
SFの醍醐味の一つに、日常から離れた場所や時間に没入できるという点があると思っています。本作は、硬質なストーリーに南極大陸の自然と神話が息づき、抑制された語り口と抒情性が話のスケールを支え、壮大な世界に身を委ねることができました。その上で、失われた自然への慕情や望ましい未来への思索を促され、深い読書体験を与えてもらいました。
物語のインパクトや読後感の強さが、必ずしも長さによらないことを示す作品の一つだと思います。 -
No.217
荒巻義雄・巽孝之 『SF評論入門』 小鳥遊書房
本書は、「SF評論」の可能性そのものを高める一冊だ。かつて9年間存在した「日本SF評論賞」の寄稿者たちを中心に集められた執筆者による書き下ろしということだが、この賞が制定されてから20年後の2024年、AIをはじめとするSF的なテクノロジーが日常に入り込んできた現在において、なおも「SFを語ること」の面白さを味わわせてくれる。本書自体がSF(評論)の歴史の一端であり、尚且つ最先端だといえるだろう。メアリ・シェリーなどの古典から、藤本タツキといった今まさに流行している作品に言及し、思わず読者もSFを語り出したくなる作りだ。作品は語られることによって命が繋がれていく。だとすれば本書こそ、今後のSFの発展に貢献する最適な書籍ではないだろうか。
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No.216
山野浩一(著)/岡和田晃(編) 『レヴォリューション+1』 小鳥遊書房
SFの総体の「革命」を目論んだ山野浩一の連作に短編「スペース・オペラ」をプラスして、永久に革命が続く「フリーランド」の全貌が明らかになる。この「革命」こそ、編者の岡和田氏が提唱し続けている〈世界内戦〉下の世界そのものであり、こうして過去に書かれた作品が新たな「書籍」として時空を超えて戦争の続く現在に蘇るこの出版の営為こそ、SFそのもの。SFは政治である。SFは社会である。SFは現実を先取りするものである。岡和田氏の長文論考も必読である。長く読まれ続けるべき作品の復刻にSFは対峙したい。
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No.215
坂崎かおる 『嘘つき姫』 河出書房新社
WEB界隈や公募界隈で存在感を示す、著者初の単著となる短編集。
多くの作品がなにかのコンテストの受賞作であるためか、どの作品も非常に巧みだ。あえてジャンルを示すのであれば、SF寄りの物語になるのだろうが、この短編集の魅力は、そういったものにこだわらない部分にある。そして、そのジャンルレスの基盤にSFという装置が関わっているのではないだろうか。
坂崎本人も芥川賞候補になったが、高山羽根子や円城塔など、SF畑の作家が、純文学と呼ばれる場でも評価されることも出てくるようになった。SFには、そのような垣根を超えていく発信力があり、魅力がある。坂崎かおるの作品がまさにそうであり、それはこれからも続いていくだろう。
特に、「私のつまと、私のはは」はすさまじい小説であった。これひとつをとりだして作品として評価されてもよいと思う。 -
No.214
新馬場新 『十五光年より遠くない』 小学館
2025年を舞台に元パイロットの男と宇宙飛行士志望の少女が迫り来る大災害に立ち向かうという王道のストーリーではあるが、先行作には無い魅力を本作は多数備えている。それは一般市民の活躍であり、著者お得意の官僚劇だ。
リアルタイムな世情も反映しており、かなり際どいところをぼかして描いている。特に某衛星通信サービスの脆弱性を語るシーンは、こっちがひやひやするほどだった。
「バトルシップ」などのSF映画ネタがちりばめられているのもいい。日本のアニメ映画と洋画をミックスさせたようで、日本のアニメ監督が前述の作品や「トップガン」「アルマゲドン」を作るとしたらこうなるだろうなと思わされた。
大変読み応えのある一冊。
ぜひ注目を浴びて、映像化までこぎつけてほしい。
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No.213
マルクス・ホセ・アウレリャノ・シノケス 『うきうきキノコ帝国』 EYEDEAR
第一回あたらよ文学賞・大賞受賞作品。
知性を得たキノコがいる星を舞台に、キノコを収穫しながら懸命に生き抜く移住者たちの生活がいきいきと描かれている。
世界連合と日本政府との駆け引きなどの重厚かつ地に足のついた設定もさることながら、夜にキノコを密漁する主人公らの悲哀や、社会風刺を交えつつ展開してゆく物語性にも注目したい。 -
No.212
夏海公司 『セピア×セパレート 復活停止』 KADOKAWA
3Dバイオプリンターが発達して人体でもバックアップに記憶を映して”復活”できるようになった近未来。異動辞令を受けた直後に意識を失って復活した主人公のエンジニアには、なぜか死ぬ直前に記憶がなく、保険金詐欺の疑いをかけられ女性の調査員に追求される。そしてさらに大変な事態も起こった世界で、事件の真相に迫ろうとしたエンジニアと調査員は裏の裏の裏のそのまた裏の裏を知ってしまう。どんでん返しの連続がミルフィーユのように重なって描かれるテクノロジーの進化が果たされた世界のビジョンに驚きおののけ。
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No.211
賀東招二 『MOON FIGHTERS!』 京都アニメーション
月は地獄ではないが天国でもない。機材の取り扱いを間違えれば真空の中に放り出されて命はすぐ尽きる。人間の手が触れなかった大地には地球とは違った危険が無限に溢れている。そんな月面にあって人々の命を救おうとする人々を描いたストーリーには、いつか月に人が暮らすようになった時代のビジョンがあり、そうした仕事に勤しむ者たちの矜持があって夢を広げてくれる。京都アニメーションという日本アニメ界の至宝が見舞われた悲劇によっていったん、失われかけた物語を『フルメタル・パニック!』の賀東招二が形を変え舞台を月面に変えて今に問うた。その経緯に留まらず物語自体が持つ空想を誘い夢を見させる力をまずは味わおう。
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No.210
荻堂顕 『不夜島(ナイトランド)』 祥伝社
亜熱帯サイバーパンク冒険活劇ともいうべき大作・力作。二十世紀前半にサイボーグ・電脳テクノロジーが(この世界の現在以上の)高度なレベルに達した世界の、太平洋戦争から数年後。舞台は密貿易で栄える与那国島から台湾へと広がり、物語は国際的謀略が絡みあって(SF的にも)スケールアップしていく。ルビ多用文体も含めてサイバーパンクの産物を取りこみ、ウィリアム・ギブスン作品をはじめとする過去作へのオマージュも随所に見られる(正体不明の含光[ポジティビティ]なるマクガフィンの探究が物語の軸のひとつになるなどの構造もギブスン長篇的)。スチームパンクの蒸気・歯車テクノロジーのかわりに電脳が発達した改変世界の、それも二十世紀中葉という設定には、その手があったか!と思わされた。
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No.209
あらみきょうや 『かばね』 同人誌
「音」をモチーフにした幻想譚で、津原泰水『幽明志怪シリーズ』のオマージュ作品。キャラクターの造形や文体のみならず、元ネタを思わせるエピソードが各所にちりばめられているが、決してツギハギのコピーではなく、ひとつの物語の構成要素として真っ当に機能している。
※同人誌『inagena vol.1 音』収録
https://note.com/inagena/
https://inagena.booth.pm/ -
No.208
津原泰水 『羅刹国通信』 東京創元社
2024年に初刊行となった著者初期の幻想譚。初期の作品というと「妖都」「ペニス」「少年トレチア」のように難解な作風を連想するかもしれないが、本作は比較的平易な文章で構成されており、「津原泰水の入口」としては最適かもしれない。反対に、前述の作品群のような〝津原節〟全開の文章を求めている者にはやや物足りなく感じるだろう。厳密には未完であるが、「津原泰水ならここで完結でもおかしくない」と思わせる構成の鮮やかさには舌を巻く。
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No.207
Hypergryph ゲーム『アークナイツ』
中国Hypergryphが運営しているスマートフォンゲーム。
これまでの5年弱のあいだ、鉱石病という作品内独自の不治の感染症──感染源が作中内文明の基礎であるため避けることは不可能──を通じて描かれる差別や偏見、そして地球人類の歴史をなぞるかのような国家間の地政学を真摯に描いてきた同作。
最新イベント「バベル」内では5年のあいだ伏せられてきた、主人公が記憶を失う前の過去が描かれ「なぜ主人公は記憶を失ったのか」「源石とはなんなのか」が描かれるとともに5年間の価値観をひっくり返しこれまでの総てが覆る。これは少しずつゲームとともにシナリオを数年かけて読ませる運営型ゲームでなければできない体験であり、またそこで描かれる宇宙への憧憬、科学への信頼は2019年の中国産ということを考えても「これが『三体』を経たあとの中国SFなのか!」と戦慄せざるを得ない。ひとりでも多くのSF者に読んでみてほしいゲーム。 -
No.206
住谷春也氏の全業績について
ルーマニア文学者の住谷春也氏が2024年6月に亡くなっていたことが、10月に発表されました。住谷氏は思想家ミルチャ・エリアーデや、ノーベル文学賞候補とささやかれる作家ミルチャ・カルタレスクの訳者として知られますが、もともとはSFファンジン「イスカーチェリ」の同人であり、近年はギョルゲ・ササルマン『方形の円 偽説・都市生成論』(創元SF文庫)の訳など優れた仕事をなしています。本来ならば生前に顕彰すべきでしたが、いまだ旧共産圏への偏見が根強い日本SFの現状に一石を投じる意味でも、改めて評価すべきでしょう。
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No.205
ゲーム『Recolit』
ノスタルジーをくすぐる「ゆるSF」アドベンチャーゲーム。2024年2月16日にSteamにて発売。少年は宇宙船が不時着してとある町に辿り着きます。しかし住人たちは幻影のようであり、しかも少年が宇宙服を着ていることには誰もツッコみません。この異常な世界観には何も説明がないまま、どこにでもある日常を舞台にした謎解きが進んでいき、徐々に謎が明らかになっていきます。ドット絵で描かれる、静かな夜の世界は魅力的。音楽もスコシフシギな世界観にピッタリ。温もりと孤独に浸れる素晴らしい「ゆるSF」。開発はImage LaboとMarudice。『アンリアルライフ』や『World for Two』を送り出したインディーゲームレーベル「ヨカゼ」参加作品。
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No.204
十三不塔 『八は凶数、死して九天』 早川書房
遊戯を通して、未来を見据える。
19世紀の中国で、未来予知に目覚めた主人公、陳魚門は、自身の未来を見据える異能をより正確なものにするために、完全なる遊戯、麻雀を創生していく、
カオスが渦巻く中国を舞台に、科挙、王朝、結社、太平天国、阿片と諸外国の思惑……あらゆる重厚な要素が複雑に絡み合いながら生まれる完全なる遊戯と、その遊戯に則った異能者たちの記憶をかけた闘いを描いた前編、後編にまたがる物語は、一度でも牌を握ったことがある者ならば、必読であることはまちがいない。 -
No.203
坂月さかな プラネタリウム・ゴースト・トラベルシリーズ パイ インターナショナル
ボローニャ・ラガッツィ賞 コミックス・ヤングアダルト部門 2023年 最優秀賞受賞作品。青を基調とした柔らかいタッチで描かれる、優しくて切ない「ゆるSF」。宇宙の片隅で出会った人々との温かいふれあいや、スコシフシギなアイテムなど、毎日にちょっとした癒やしと彩りを与えてくれます。万人におすすめできる令和のSF。
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No.202
九段理江 『東京都同情塔』 新潮社
第170回芥川龍之介賞受賞作品。ChatGPTを利用して執筆されたことで話題となりました。主人公の牧名という名前が「マキナ」を思わせるように、主人公はまるで出力を検閲されている生成AIのように描かれています。彼女の設計する「東京都同情塔」は、まさに生成AIによって執筆された小説の暗喩ではないでしょうか。生成AIを用いて執筆した小説で芥川賞を獲ってやろうという欲望に満ちており、新時代の人間性に触れられます。
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No.201
空木春宵 『感傷ファンタスマゴリィ』 東京創元社
生まれた国、親の資産、性別。自分ではどうにもできない境遇に対する差別と偏見。他者によって傷つけられた己の痛みは己でなければ乗り越えられずもがき苦しむ。今作はそんな痛みと呪いを自分の足で乗り越えようとする者たちの物語。読んでいるとこちらも傍観者ではいられなくなるようなキリキリとした痛みに襲われる。果たして自分はこんな風に乗り越えることができるのか。読んでいる間ずっと問われている気がした。どんなに繰り返しても同じ結末を迎えてしまう残酷さを描いた「終景累ヶ辻」が好き。
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No.200
池澤春菜 著 『わたしは孤独な星のように』 早川書房
池澤春菜著『わたしは孤独な星のように』は、それぞれ七篇で書き上げられたSF小説。
その中で主人公が、未知の運命に挑む姿が魅力的であり。登場人物の心情描写が繊細かつ
ちょっぴりユーモアをスパイスに、読者を物語に引き込む力があり。
それは、著者の繊細な筆致がキャラクターの成長や環境描写をリアルに表現し。読者の想像力をかき立て、ストーリー展開も緻密で予想外の展開や伏線の回収が見事に織り込まれた。
SFファンだけでなく、幅広い読者に楽しめる作品として、僕はこの作品を推しました。 -
No.199
田中文瑛 『おいしい世界の歩き方 東京』((日経「星新一賞」第十一回受賞作品集 収録)) 日本経済新聞社
第11回日経「星新一賞」ジュニア部門準グランプリ作品。東京の「食」について書かれた観光ガイドブック……かと思いきや、実は東京スカイツリーや雷門といった観光名所そのものを食べたレビューが書かれているという愉快な短編。『ダンジョン飯』に勝るとも劣らない「食」への飽くなき探求心が詰め込まれています。一方で蓋を開けてみれば、下敷きとなっているのはごみ問題。作者、田中文瑛氏の受賞のことばにある「『ごみ袋』が『胃袋』になる」というブラックジョークも秀逸。きっとまたどこかで田中文瑛氏のお名前にお会いできることを楽しみにしています。
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No.198
未苑真哉 『人生投影式〈スクリーン・オブ・ライフ〉』 22世紀アート
故人の生前の遺志により、その故人の記憶を映し出す人生投影式。
近未来、それはもしかしたら可能になるかもしれない新しいお葬式の形。
だが、ちょっと考えれば地獄みたいな話である。その人が、どんな世界を見ていたのかを知る程度ならともかく、自分はその人に、本当はどんな風に見られていたのか、想われていたのかまで分かってしまう。人によっては親すら信用できない人もいるだろう。出来れば見たくはない。しかし、故人の遺言で「見ろ」と残されていたら、たとえ拒否権があっても見てしまうのが人間である。
が、作者である未苑真哉さんは地獄を書かず、人の優しさを書き切った。人生はみな何処かで繋がっていると。そこが素晴らしかった。現代にも通ずるような社会問題を通して様々に描かれる人間ドラマに胸を熱くさせられました。
SFに捕らわれない、新しいSFの形としてこの作品を推薦します。 -
No.197
八潮久道 『生命活動として極めて正常』 KADOKAWA
カクヨム発短篇集、七篇収録。長年のSF読者的にいうと、スタイルも内容も最新のものにアップトゥデートされた社会風刺ユーモアSFで、(あくまでも作者の個性はそれだけにとどまらないという前提で)ポップでより洗練された現代版シェクリイとか、エッジの立ったまま現代的に抑制を効かせた初期筒井康隆短篇とか、いろいろにたとえてみたくなる。個人的には、自分のいまの年齢的なこともあって、数十年後の老人(ホーム)を描いた「老ホの姫」がハマった。
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No.196
藍内友紀 『天使と石ころ』 早川書房
リベリア(とシエラレオネ)が舞台。貧しい村を襲撃したゲリラ(無法集団)にさらわれた少年は、子供兵として生きることになる。洗脳によるものかつ生存手段として、自らしかし無自覚といえるかたちでその道を選んだ少年の一人称が、単純に戦争・戦場の悲惨さ・非人間性とまとめられない物語を紡ぐ。やがて彼は歌唱の才能によってそこから救い出されたかに見えたが……。SF要素は背景設定にある少しだけだが(歌唱能力の描写は幻想的といえるかもしれない)、それが慈善事業や文化盗用批判への批判といった現代的な問題に鋭くつながっている。
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No.195
山崎ナオコーラ 『あきらめる』 小学館
火星移住が現実化した時代を舞台に、生きづらさ、マイノリティが別の面でマジョリティでありうること、だれも傷つけずだれも傷つかない社会、価値観更新後の社会のネイティヴ世代の感性と常識、などが語られる。作者が本書をゆるSFと称しているのは、火星・地球間タイムラグなし通信とかいったようなことだと思うけれど、作中の日本政府・役所がITの可能性を十二分に理解してそれを政策・インフラ・システムに十全に反映させてるらしいことは、夢物語ながら(現実社会への皮肉でいっています、念のため)未来社会像として魅力的。オリンポス山登山をこういうかたちで描くのは新鮮で感動的だった。
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No.194
森見登美彦 『シャーロック・ホームズの凱旋』 中央公論新社
ホームズが実在する世界、を大前提にした何重ものメタフィクション。その構造がストーリー・ミステリ的展開・世界の真相と密着していて、ヴィクトリア朝京都という設定は決して出オチでは終わっていない。そこにさらに、竹林が出てきて天狗や祇園祭も言及される森見ワールドが重なって、軽妙で重層的でほかに類のない世界が生まれている。
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No.193
門田充弘 『ウィンズテイル・テイルズ』全2巻 集英社
読み始めた途端、物語世界にぐいぐいと引き込まれる、サイエンスファンタジーの王道ともいえる作品であるが、心象風景を思わせる荒涼とした作品世界の中で作者の犬への惜しみない愛情がぬくもりとなって心が癒されるのだった。
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No.192
荒巻義雄 『天蓋都市ヒカル』 小鳥遊書房
かつてブライアン・W・オールディスはディックに倣って「中国的世界観」という短編で筮竹を使って易経の卦を物語の展開に利用したが、いま荒巻義雄はChatGPTという現代の易経を使って小説の執筆に挑んだ。その遊び心がじつに楽しいではないか。
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No.191
空木春宵 『感傷ファンタスマゴリィ』 東京創元社
デビュー作「繭の見る夢」からずっと注目していた作者の第二作である。前作の『感応グラン=ギニョル』もひりひりするような感性がたまらなくいとおしかったが、本作ではそれが息苦しいまでに作品世界に横溢していてすばらしいものがある。
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No.190
荒巻義雄・巽孝之 『SF評論入門』 小鳥遊書房
日本のSF評論に一時代を画した日本SF評論賞の受賞作が新たな姿をまとって現代に登場しました。全体を通してあらためて驚かされるのはそのすぐれた多様性です。これこそまさにSFの本質なのだということを気づかせてくれます。この混沌とした世界をすっきりと見通しのいい形でまとめてくれた二人の編者に敬意を表したいと思います。
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No.189
バゴプラ|Kaguya Books 『Kaguya Planet No.2 パレスチナ』 Kaguya Books
『Kaguya Planet No.2 パレスチナ』は、パレスチナのSF・ファンタジー小説と、作品を取り巻く状況を紹介するマガジンです。
コラムでは、パレスチナの作家にとって、未来を想像させるSFというジャンルそのものが贅沢品になってしまっている状況が記載されており、物語に触れて自由に想像できる環境自体が貴重なのだと実感しました。
本誌の、過去と現在、そして未来をも剥奪されつつある人々の存在と、彼らの切実さが滲むSFを伝える試みを推薦させていただきます。 -
No.188
編纂:立原透耶 『宇宙の果ての本屋』 新紀元社
立原透耶氏が編んだ『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』(2023年12月/新紀元社)は、劉慈欣『三体』シリーズの日本語監修や『時のきざはし 現代中華SF傑作選』の編纂など、中国SF作品の翻訳・紹介で高く評価され、第41回日本SF大賞・特別賞を受賞した立原氏の最新アンソロジーである。
前作『時のきざはし』よりもSF色が強い作品が多く収録されており、コアなSFファンも満足できる15篇が揃う。どの作品も読みやすく面白いのは、翻訳者たちの努力の賜物でもあるだろう。 -
No.187
高野 史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
本にまつわる5つのストーリーが収録された本。どれも完成度が高いが、中でも「ハンノキのある島で」は、すぐそこにある未来のこととして戦慄しながら読んだ。絶望するしかないような世界でも、人には希望が残されるのではないかと、思えるラストが素晴らしい。
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No.186
佐々木真理 『アーシュラ・K・ルグィン 新たなる帰還』 三修社
SF界の女帝アーシュラ・K・ル・グインの本格評論集。SF作家論であると同時に、アメリカの主流文学の潮流のなかで彼女を論じた現代文学論でもある。ゼラズニイ、ディレイニーとともに、神話性の高い作品を描いたル・グインの小説は、さながらジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』に酷似した円環構造を有しているが、本書はル・グイン論を、さながら円環構造を持って論じているようにさえ思えてならない。これにはSF評論にあっていささかなりとも自信のある私も脱帽せざるをえない。
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No.185
時野かな 『昨日とは違う彼女』(『水中を泳ぐ魚のように』収録) 街灯出版
この小説は、SF小説「水中を泳ぐ魚のように」に同時収録されている短編SF小説です。広告代理店に勤めている主人公の女性が、ある日、上司の女性がいつもと様子が違う事に気付き、違和感を覚える事から、物語はスタートします。物語の途中まで、これはSF小説じゃないんだろうなと思っていたのですが最後にまさかの展開になり、めっちゃSF小説でした!表題作と同じぐらい面白かったので推薦します。
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No.184
坂崎かおる 『嘘つき姫』 河出書房新社
今年の日本推理作家協会賞短編部門を改変世界もので受賞、芥川賞候補にもなった(それ以前もコンテスト受賞多数)作家の第一短篇集、九篇収録。作者の作風も本書収録作も幅広いが、SF的な面でとくに注目したい作品をひとつだけあげれば、「私のつまと、私のはは」。AR技術と子育て(というか子どもを持つということ)を組み合わせて、いま自分の隣で目にしたら戸惑うだろうが、まもなく現実化しても不思議がない気のする光景が描かれる。そこに仕込まれた設定や、主人公たちの物語の結末も衝撃的。題材だけ見ればブラッドベリのカーニバルものだがまったく異なる物語になる「ニューヨークの魔女」、あるかたちで奴隷制が続いている一九六〇年代アメリカが舞台の「ファーサイド」、いまロボットものアンソロジーを編むならともに入れたい「リトル・アーカイブス」「リモート」、ともう文字数が尽きるがSFや幻想要素のないものも含め高レベルな作品ぞろい。
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No.183
時野かな 『水中を泳ぐ魚のように』 街灯出版
この小説は、ある日突然UFOが地球に襲来し、空から槍が降ってくるお話です。地球の人間がまるで魚のように槍で串刺しにされていきます。まるで星新一さんの小説のようで、あっと驚くラストで、ハッピーエンドで終わります。無名の作家ですが、とても面白かったので推薦します。
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No.182
高丘哲次 『最果ての泥徒(ゴーレム)』 新潮社
錬金術が体系化・産業化されている改変世界の十九紀末から二十世紀初頭が舞台。歴史改変ものとしては錬金術やゴーレムが当然の存在であるだけでなく、途中から世界史年表全体がダイナミックに書き換わり、物語は当時のポーランドの状況を反映した都市国家から、アメリカ、日本、日露戦争の戦場、ロシアと世界に大きく広がる(が、この時代の改変歴史ものの定番であるイギリスが出てこないのが面白い)。『屍者の帝国』や『機巧のイヴ』三部作を思わせる部分があり、作者もそれを意識しているのかなという場面もいくつか。バディものとしても面白い。
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No.181
松崎有理 『山手線が転生して加速器になりました。』 光文社
ひとつらなりの未来を語る連作短編集。パンデミックを契機に、人々は都会に暮らすことをやめ、東京は廃墟のようになっている。乗客を失った山手線はミューオンリングコライダーとなって素粒子の実験装置となるが、自意識をもってウジウジ……。科学的ホラ噺をのんびり物語る趣がなんとも心地よい。
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No.180
春暮康一 『一億年のテレスコープ』 早川書房
極めて壮大な宇宙SF。地球を飛び出し、どこまでも行きたいという衝動を素直に物語として展開している。主人公たちは人間としての体を維持することにこだわらず、どんどん変身し、宇宙探査に突き進む。
これは人類の本能なのか? いや、この宇宙に誕生した生命が存在意義を確認しようとする欲求の現れだと思う。 -
No.179
宮西建礼 『銀河風帆走』 東京創元社
SFの初心を忘れない短編の数々。科学的知識に裏打ちされた物語が、人間の心情を良い塩梅に盛り込みながら語られる。まさにSF。
そして忘れてならないのは、「もしもぼくらが生まれていたら」や「冬にあらがう」などに見られる、よりよき歴史への願い。素晴らしい。 -
No.178
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
本と物語にとりつかれた人々の物語を集めた傑作短編集。ディストピアSFがあり、文学の魔にとりつかれた人生があり、ボルヘスばりの驚異的図書空間がある。バラエティに富んだ世界を紡ぎ出す想像力と巧緻な語り口に唸らされる。
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No.177
酉島伝法 『奏で手のヌフレツン』 河出書房新社
酉島SFの極北というべきか。もはや物語の表面に人間らしきものは登場せず、異星の異様な生きものの物語が繰り広げられるのみ。しかし、ここに生きる家族の物語は私たちの心をとらえて離さない。それは生きる辛さと希望、愛らしい子どもたちへの想いが共振するからだ。
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No.176
筒井康隆 『カーテンコール』 新潮社
1970年代後半、SFは〈浸透と拡散〉の時代にあると予言したのは筒井康隆だった。SFと主流文学を隔てる境界がなくなりつつあるという意味だ。それから半世紀近くたって、彼の予言が的中したことは確かである。その筒井康隆が最後の短篇集と断言する本書は、主流文学との境界が消え去ったSFとは何かを示唆する作品集であり、21世紀のSFの方向性を見いだせる短篇集である。
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No.175
松樹凜 『射手座の香る夏』 東京創元社
創元SF短編賞作家の、今後の活躍も楽しみになる充実の第一短篇集、四篇収録。最近の近未来SFで比較的リアルとされている(実現可能性がそれらしく語られる)方面のテクノロジーを扱った、表題作と「さよなら、スチールヘッド」(それぞれほかに、嗅覚言語とゾンビという要素も加わる)もすばらしいが、文字数の都合で詳細は略。「十五までは神のうち」はタイムマシンと出産を(祖父殺しのパラドックスではなしに)こういうかたちで絡めたのが新しく尖っていると同時に、小説的な味わい/ふくらみも印象深い。そして「影たちのいたところ」は幻想小説的モチーフに独自の設定をあたえ、枠物語形式も活かしてどこか懐かしいようで瑞々しいオリジナルな物語を紡ぐ。結末もあざやか。
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No.174
山野浩一 『レヴォリューション+1』 小鳥遊書房
岡和田晃氏による山野作品の復刊。文学の革命と帯にはあるが、この作品を、ウクライナやガザ、更に言えば分断されたアメリカの現実を踏まえて今読むことで、以前とは違う読書体験になるのではないか。本作は、「今」、と言う時点に刊行されたことに加えて+1の「スペース・オペラ」や、岡和田氏による解説によって、新たに蘇ったと言えるものであり、日本SF大賞にふさわしい。「スペース・オペラ」をプロットに、小説化したら、それはそれで面白いものになりそう。
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No.173
日本SF作家クラブ 『地球へのSF』 早川書房
「ポストコロナのSF 」以降、日本SF作家クラブ編のアンソロジーは、いずれも良作揃いなのだが、本作は「地球」というテーマへの多様なアプローチにおいて際立っている。これからの地球は、SFにとって重要なテーマの一つであり続けるだろうが、本アンソロジーは、今後の地球SFのベンチマークとして、日本SF大賞にふさわしい。寄稿しているので、若干の自選含みです。
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No.172
沙嶋 カタナ (漫画) ポール・ギャリコ (原作) 漫画『猫語の教科書』 KADOKAWA
ポール・ギャリコの名著『猫語の教科書』The Silent Miaow (翻訳版:筑摩書房刊/翻訳:灰島かり)のコミカライズ。
主人公の猫の語りとなっている原作を、漫画版で加えたオリジナルキャラの猫たちと人間たちを通して描くことで、原作のイメージを忠実に再現しつつ猫の戦略や人間観察、人と猫との交流が情感豊かにより伝わりやすく表現に深みを持たせられています。
沙嶋カタナさんの画による個性豊かな表情の猫たちが魅力的です。猫の視点によって鋭く人間の本質が分析され描き出されており、とても驚かされます。
楽しみながらあらためて人間について気づいたり考えさせられる優れた作品として推薦します。 -
No.171
森岡浩之 『プライベートな星間戦争』 講談社
第一部はミリタリー色が強くシミュレーションゲーム的なところも感じさせ、作者の趣味が強く出た作品になるのかなと思っていると、第二部はさすがは『優しい煉獄』の作者という電脳SF……からタイトルの意味が明らかになる後半で見事な構成に膝を打つ。星界シリーズとはまた別の、作者の宇宙SFの新たな代表作。
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No.170
内間飛来 『喫茶月影の幸せひと皿』 宝島社
神様が経営しているお店へ、悩み事を抱えた人々がやってくる。現代に合わせた神様のかたちとも言える形態で、願い事や現代人の悩みを可視化しているのがとても良い。お代がマネーではなく笑顔なのも、またよいところだと思います。
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No.169
川﨑大助 『素浪人刑事 ―東京のふたつの城―』 早川書房
150年もどって、パラレルの世界の現代。面白い。ロックに精通したの方はSFと歴史も大好きと頷ける。ふたつの歴史が完全に違うのに微妙にクロスしたり離れたりが焦ったかったり、爽快だったり。ロックのグルーブ感に似てる。いや、そのもの。登場人物がみんな根っこは謙虚に感じるのはなぜだろう。
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No.168
大澤博隆監修・編 宮本道人、宮本裕人編 『AIを生んだ100のSF』 早川書房
アメリカで宇宙産業従事者(NASA職員など)になぜこの仕事に就いたか訊くとハインラインのジュヴナイルやスタートレックの影響をあげる人が多い、といった話を昔から聞くが、AI方面の分野でのSF(小説・漫画・映像作品など)の影響を、大勢の研究者への長めのインタビューによって科学啓蒙的な視点からだけでなく実証・検証し、AI(研究)の今後や、物語と科学・技術の関わりについての視点も提示した、意欲的で貴重かつ(大部分は四、五年前の雑誌連載をまとめたものなので結果的にだが)タイムリーな一冊。たぶん将来には時代の証言的にも読まれることになる気がする。巻末の、AI研究・発展史や政治・社会的史実と合わせた「AIを生んだ100のSF」年表も有用。
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No.167
荒巻義雄・巽孝之 『SF評論入門』 小鳥遊書房
厳選されたSF評論を軸に、緻密な分析と推敲を重ね解析した実に見事な入門書である。時代時代に登場する多くのSFは今何を語り、何を目指しているのか、我々を取り巻く多くの現象に酔うことなく目指す本質を問うことが、今こそ求められている。その羅針盤がこれだ。このような入門書はこれからもなかなか出てくるものではない。待ちに待った書、誕生!
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No.166
酉島伝法 『奏で手のヌフレツン』 河出書房新社
酉島語による世界構築のすごさは過去二回の本賞受賞がじゅうぶん物語っていますが、世界自体が目に見えるかたちでわれわれの住む世界と大きく異なり、かつそれが細部の描写を伴って構築されていること、仮に造語まみれの文章に最初読み進むのに苦労してもいつのまにかふつうに近く読みこなせるようになっていること、異世界独自の営みが職業もの・家業もの・家族もの・青春ものとなめらかに溶けあっていること(しかしSFならではといえる違和感もちゃんと感じられる)、などなどの本作の特色が一体となった結果は、本書の帯に謳われているように作者の新境地といえるレベルで、この作品がこれを書いている時点でエントリー一覧に名前がない(現時点では会員による候補作投票の対象にならない)のはありえないので推薦します。
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No.165
空木春宵 『感傷ファンタスマゴリィ』 東京創元社
中高生の頃、家族と外食に行き、目的の飲食店までの道を歩いていた時だと思う。人の行き交う高架下、一人のホームレスがいたことを本書を読んで思い出した。私はその時、立ち止まるでもなく、何を思ったのかも定かではないが、4、5年ぶりにそのことを思い出したということに、何か私の中に違和が掠めていった出来事だったのだと思わされた。別段、今の私が、その現実に行動を起こせるかと言われれば、そんなこともないと分かってしまう。けれど、その疚しさを言い訳に目を逸らすことを、“彼女達”は免罪しない。そしてそれと同じく、いやそれ以上に断罪もしない。彼女達はただ、物語るだけだ。その生身の身体から流れる痛みと共に。どうか私も、彼女達と共に在りますように。どうか彼女達の言葉が、SF作品としても、SFという枠を越えても、多くの人に手渡されますように。
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No.164
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
歴史改変SFも多く手掛ける高野史緒さんですが、本作の設定は私たちと地続きにありながらも、時空が異なる世界。5編の物語に登場するのは、本を偏愛する主人公たちです。「読書法」により新刊が6年で消失する時代の小説家。翻訳の難易度が高すぎる言語の、日本で唯一の翻訳家が直面した「呪い」。天才ともてはやされ華々しくデビューした元女子高生詩人が下した過酷な決断ーー。本や小説を愛するという「業」に取りつかれた人物たちが暮らすディストピア的世界が、圧倒的リアルさで描かれます。決して明るくはない世界の中で、彼らが貫く本への愛はどこか甘美でもあり、同じように本や小説や物語を愛する私たちに、時空は違えど深い共感を与えてくれます。本が、物語が好きであることから逃れられない私たちは、未来ではさらに希少になるのかもしれないけれど、それがどうした、と強く励まされるような一冊です。
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No.163
市川春子 漫画『宝石の国』 講談社
ポストアポカリプスとして創造された宝石たちが生きて守り戦う美しくも寂しく儚げな世界のビジョンとそして宝石であり鉱物をモチーフとしたキャラクターたちのそれぞれの特質に寄せた造形が素晴らしくすぐさま物語世界に引き込まれた。そして描かれていった物語の果てにたどり着いた変質し変形し希薄化してもなお残る魂のようなものの尊さに”いのち”というものの強さを知る。漫画史上にもSF史上にも残され永劫に語り継がれるべき作品である。
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No.162
山田鐘人、アベツカサ、斎藤圭一郎 アニメ『葬送のフリーレン』 マッドハウス
寂びれたオンラインゲームにログインしたときの寂寥感。『葬送のフリーレン』を流れる独特の遠い感覚はそれに似ている。英雄が戦い、魔物を倒し凱旋し栄光をたたえられる。しかしその熱気も泡沫の夢に過ぎない。千年以上生きるエルフ・フリーレンの冷たい眼差しは、人間の営み・情熱・喜び・苦しみ・悲しみを超越した神の視点にも見える。それは現代人を見つめるAIの視点とも言えるし、失われた戦後を見つめる私たちの眼差しでもある。アニメ版『葬送のフリーレン』は、大人気漫画であった原作の色調を損なうことなく映像化し、その人気をさらに高めている。制作者たちの原作に対するリスペクトが窺える。時間を超越しながらも、『さよならの朝に約束の花をかざろう』(岡田麿里監督・2018年)を思わせる心の琴線、機微が丁寧に描かれるのも魅力的だ。
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No.161
立原透耶・編 『宇宙の果ての本屋』 新紀元社
本書は中華圏の現代のSFをバランスよく収録したアンソロジーである。年齢や性別なども意識してバランスよく選んだ。いま、日本で一定の読者を持つことになった中華圏のSFを手軽に一望できるという点で大変おすすめである。
自薦ですみません!
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No.160
岡田麿里(監督) 劇場アニメ『アリスとテレスのまぼろし工場』 MAPPA
事故によって隔絶され時間的にも物理的にも閉鎖された工場のある街を舞台に、繰り返される日常を倦まず存在し続ける者たちの終わりなき停滞を、外からの異物ともいえる幼い少女が壊そうとする中で、留まるかそれとも消えるのを覚悟して動き始めようとするかを迷い悩む者たちの姿を描いた内容が、たとえ悲劇が待っていても逃げず進む勇気をもたらした。どんよりとした世界で工場だけが動き続ける退廃的な空間の描写や、空が割れて現実世界がのぞくビジョンがアニメという表現ならではの自在さで、現実とは異なる不思議な世界を見せてくれた。
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No.159
堀越耕平 漫画『僕のヒーローアカデミア』 集英社
8月5日で10年に及ぶ「週刊少年ジャンプ」誌上での連載を追えた漫画作品では人が異能を持って生まれるようになった社会で、正義のために異能を駆使するヒーローがいて、悪のために力を使うヴィランもいる状況がまずあって、そのうちのヒーローを目指す少年少女の学園ストーリーから幕を開けつつやがて異能を持つが故に差別され迫害され悪に傾く者の哀しみと怒りを描き、それでも正義を貫こうとする者たちのまっすぐな心を描きつつその狭間に迷う者も描いて力とは何か、正義とは何かを考えさせた。様々な異能が発動する様の想像力と、それらが戦う際の迫力であり組み合わせがもたらす妙も描いて異能のある世界のビジョンを見せてくれた。21世紀を代表するSFヒーローコミックの金字塔だ。
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No.158
小林達也 『スワンプマン芦屋沼雄(暫定)の選択』 KADOKAWA
死んだ人間とまったく同じ素材と記憶を持った人間がいたら、それは同じ人間か違うのかといった哲学の思考実験「スワンプマン=沼男」の概念を発端に、人間の意識をいったん途切れさせることで、スワンプマン的な存在に変えてしまう装置を使われたらしい少年が、そのに使われた装置は本物だったのか、誰が自分を騙して装置にかけたのかを探り始める展開の中、意識の連続性だけが人間の同一性を確保しているのか、自分が自分だと意識するだけでは自分とは言えないのかといった哲学的な問いが繰り広げられる。意識のデジタル化なり伝送が平気で行われるSFにあって自分とは何かを改めて問い直されるライトノベルSFだ。
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No.157
田中空 『未来経過観測員』 KADOKAWA
100年おきに目覚め1ヶ月だけ起きてその時の様子を記録しまた眠りについて5万年先まで行く未来経過観測員となった男の物語。最初の100年200年はテクノロジーの進化を目の当たりにしていた男だったがやがてとてつもない事態に直面する。AIの普及の果て。宇宙の彼方からの干渉。そんな驚きの事態を男はポストヒューマンのロエイのガイドで生きていく。そんな変遷が変化する宇宙を見せつつ観測者がいてこその宇宙だと示すがその観測者自身も孤高ではいられない。知性は、あるいは生命はなるほど意識し合ってこそ存在できるのかもしれないと思わせる。書き下ろしで収録された「ボディーアーマーと夏目漱石」がこちらは滅びゆく人類が生に縋って閉じこもったボディーアーマーで足掻く中で別のことを始めてそれが寂しくも楽しげな気持ちにさせてくれる。
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No.156
江波光則 『ソリッドステート・オーバーライド』 小学館
スクラップ集めをしながらラジオ番組を放送している二人組のロボットが、マリアベルという人間の少女を拾ったことで何かが動き始める。ロボットの始祖にあたるアイザックは、開発中に「思考金属」となって意思を持つようになり、自分のコピーを作って世界中に広めていった。戦場ではその末裔たちが、人間のために両軍に分かれて戦い続けて来た。「人にならねばならない」が「人になってはならない」という矛盾した原則に従って生き、戦い続けているロボットたちの思考に迫る内容からは、行動も思考も自由な人間とはどのような存在なのかを感じ取れるだろう。
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No.155
安野 貴博 『松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記』 早川書房
AI×お仕事、そのどちらをもこの上ない解像度で、SFとして昇華させた本作。
主人公、松岡まどかは、意に沿わぬ契約によってスタートアップCEOになってしまい、師(メンター)である三戸部歩から助言を受けつつ、友として子どものころからずっとそばにあったAI――ミツナリ、ノブナガ、シンゲンたちと、押し寄せるビジネス上の課題を解決しながら、企業価値を上げるべく奮闘する。
AIネイティブとして、あらゆる問題を解決する松岡まどかだからこそ、逆説的に『これからの時代、私たち人間が、本当に行うべき仕事はなにか?』を、彼女の思いと行動が強烈に読者に示してくる。
そして同時に、AIとビジネスの「今、ここ」を定め、そこから圧倒的な想像力と緻密なロジックにより、その先の地続きの未来へと接続していく、本当に素晴らしい作品です。 -
No.154
荒巻義雄、巽孝之・編 『SF評論入門』 小鳥遊書房
「日本SF大賞にふさわしい作品とは(中略)「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」や「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」です。」
まさに、これらに該当するのが本書です。SFは作品のみでは存在できない。読者がいて初めて存在できる。評論されて新たな読みを見出されることで存在する。巽氏による序章と各パートに付された序文、それに呼応する12編のSF評論、巻末の荒巻氏のメタ的な本書の解説が織りなす「世界」こそ、日本SF大賞にふさわしいと実感しています。 -
No.153
中山七里 『有罪、とAIは告げた』 小学館
六法全書と日本の重要判例に加えて特定の裁判官の判決文を学習させた生成AIに、新しい事件を数値化して入力するとその裁判官が書くであろう判決文を出力する技術が開発され、裁判所での導入が検討されることに……前半でたっぷり展開されるこの議論がSF的にも面白い。後半途中から比重の置かれる法廷ミステリ部分、半世紀前に違憲判決が出て削除済みだがいまも影を落とす尊属殺重罰規定絡みの話なども読みごたえあり。
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No.152
穂波了 『月面にアームストロングの足跡は存在しない』 KADOKAWA
限定された空間(と時間)でのSF的要素入りスリラーを描いてきた作者が、その作風を“大きなスケールで”極めた宇宙SF。月周回軌道のアメリカ宇宙船を襲う致命的事故、NASAとの通信は維持されているが、地球側でも全人類の命運と関わる事態が起こる……。多少の船外活動を含め、地球近傍が舞台の近未来宇宙ものとしても面白い。陰謀論めいたタイトルが作中では事実で、しかしアポロ12号以降の乗員の足跡は月面にちゃんと存在する、という設定なのもちょっと愉快。
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No.151
西式豊 『鬼神の檻』 早川書房
大正・昭和・令和(そしてさらには……)にまたがる伝奇ホラーミステリSF。ジャンル混淆感や、地に足のついた物語からの伝奇やSFへの飛躍ぶりは、半村良作品を連想させるところもある。ミステリ的には数々の横溝正史オマージュが非常に楽しい(?)が、SF的真相を含んだ全体の物語としては、個人(女性)の意思を無視した儀式が、その背景にある社会や価値観ごと時代を超えて続いているさまを描いているのが読みどころ。
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No.150
田中空 『未来経過観測員』 KADOKAWA
表題作のショートノベルと短篇を収録。表題作はいわば、「良いですか、落ちついて聞いてください。あなたが眠っていたあいだに…」の究極形。百年ごとに超長期睡眠から目覚める男が語り手というだけでもステープルドニアンな話ですが、そこからさらにSFが描いてきた“世界”のありったけを詰めこんだような展開になって、想像力を振り絞らせてくれる。
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No.149
新馬場新 『十五光年より遠くない』 小学館
今年も五月頃に太陽フレアが騒がれ、結局空振りに終わったが、それが空振りにならなかった世界を描いた作品だ。徹底した取材と調査に基づき、パニックに陥った東京が仔細に描かれている。特に市民らの奮闘が描かれているのがいい。主人公の冒険がメインだが、その周辺描写も怠っていない。まさに骨太のパニックSFで、中盤から後半はエンタメ小説としてもしっかり楽しめる構成になっている。
主人公の二人がSFファンという設定で様々なオマージュや小ネタが出てくるが、ノイズではなく、物語やキャラクター性をうまく補強してくれている。
ラノベレーベルから出ているため、手に取っていないSF読者も多いのではないだろうか。意欲的な作品として、また書き手として、本著と著者を日本SF大賞に推薦したい。 -
No.148
獅子吼れお 『Q eND A』 KADOKAWA
見知らぬ部屋で目覚めたら始まるデスゲーム。
異能力×クイズバトル。
同じ部屋に集まった人間同士で、クイズに答えるだけではなく、異能力指摘も絡む複雑なゲームに勝ち抜き、生き残るのは誰か。ゲーム主催者の正体も絡み、最後まで予断を許さない。
「Q&A」でもなく「QandA」でもなく、これは「Q eND A」のタイトルなのかは最後にわかる。 -
No.147
宮田龍(プロデューサー) プロジェクト『Neu World』
「脳研究と物語でまだ見ぬ世界をえがくプロジェクト」というコンセプトのもと、今現在進行中の研究の最先端とその先に実現しうる世界を、小説、漫画等でわかりやすく紹介している。
エンターテイメントコンテンツだけでなく、研究者による研究結果も同一サイト上に紹介されており、多層的に脳科学の未来を捉えられる点が良い。
https://neu-world.link/ -
No.146
監督:福田己津央 劇場アニメ『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』
発表から18年越しに公開され大ヒットを記録したガンダムSEEDの劇場版作品である。
物語は前作から2年後。遺伝子操作された人類コーディネイターと操作されてない人類ナチュラルの対立が続く中、世界平和監視機構コンパスに所属する主人公キラと仲間たちが、世界征服を目論む新人種アコードに誘拐されたヒロインのラクスを救出し彼らの野望を阻止するという流れである
現実世界の戦争と重なる戦火が燻る世界に遺伝子で社会的役割を強制するディストピア政治システムが迫る
洗脳能力と優れたスペック故に他人種を見下し最新鋭モビルスーツを操るアコードたちに対して、キラたちはかつて共に戦った旧式の愛機のガンダムと数多の戦いの経験、そして大切な人たちとの愛で立ち向かう
ラクスの「必要だから愛するのではありません!愛しているから必要なのです!」は作品を象徴する台詞であり身近の存在を愛することが平和への一歩であることも示す -
No.145
松樹凛 『射手座の香る夏』 東京創元社
応援している作家さんのデビュー短編集です。ミステリの雰囲気も併せ持つ作品が多く、SF初心者の私でも楽しめました。文章や世界観も美しく、素敵な作品集です。特に気に入ったのは「十五までは神のうち」で、ほろ苦いラストがなんともいえない余韻を残してくれる短編でした。
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No.144
岡英里奈 『小さな穴と水たまり』(『小説紊乱』収録) ffeen pub
弛緩した指先からふるえる細い線になりながら出る幻滅が溶けかかった体の仕掛けを演じていた。転がり込んだ終わりが窪みで静かになり、あとから手を握りあった人物たちが骨片を探しにやってくる。覆す宝石、地上の雨粒は穴からあふれる物語を引きずりながら夜を迎える。
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No.143
作者不詳/高山宏・訳 『ポリフィルス狂戀夢』 東洋書林
原作者とされるフランチェスコ・ コロンナは、おそらく偽名で正体不明だが、15世紀後半あたりから16世紀前半に生存した人物らしい。本書はイタリア語からの英訳をさらに邦訳した重訳であるが、高山宏氏の快刀乱麻の訳が圧巻である。内容は語り手ポリフィロの愛の夢想物語であるが、宗教改革時代の知識人(多分、修道士)の心の中(本心)が読み取れるようで興味深い。我々が知る常識としてのヨーロッパ中世の暗さは、必ずしも正しいとは言えないようだ。その破天荒振りは、『薔薇の名前』(ウンベルト・エーコ箸)以上であり、SF精神そのものである。東洋書林刊
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No.142
九段理江 『東京都同情塔』 新潮社
書き出しが、〈バベルの塔の再現〟シンパシータワートーキョーの建設は、やがて我々の言葉を乱し世界をばらばらにする。〉である。ご存じ、この塔は旧約聖書「創世記」に出てくる塔で、神は建設に携わった人々の言葉を通じなくすることで建設を止めさせる。つまり、この最初の2行がこの第170回芥川賞受賞作の主題なのである。文中に出てくる生成AIからの引用は、その意味で寓意と解釈できる。芥川の時代に成立した芥川賞的純文学の雰囲気に21世紀的なものが紛れ込んだような奇妙な感覚にとらわれる。新潮社刊。
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No.141
絲山秋子 『神と黒蟹県』 文藝春秋
架空の町に降臨した神は全知全能ではない。この神は半知半能なのだ。同時刻に二軒でカレー南蛮とおかめそばを食べている蕎麦屋の常連のくせいに、人間のような繊細な味覚はない。豆腐や蒲鉾、まして蕎麦の味の区別がつかない。なぜなら、この神の身体は借り物だからだ。2005年度の芥川受賞作家とあるが、純文学のSF化が進んでいるようで興味深い。文藝春秋刊
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No.140
川崎大助 『素浪人刑事 ―東京のふたつの城―』 早川書房
大政奉還されず現代まで徳川幕府が続いたという歴史改変SF。
著者の専門が音楽のため、ディテールや世界観にも音楽的要素が散りばめられている。
権力に抗うはみ出し者の構図は、サイバーパンクでもスチームパンクでもない、思想的な意味で純粋にパンクなSF小説である! -
No.139
永田礼路 漫画『メランコリック・ダイバーの浮上』
治療によって思考や能力が変わるなら、本来の自分とはなんだろう。
主人公は自殺未遂を図り搬送された男子大学生。鬱病の治療のため、脳に機械を埋め込む試験的な手術を受ける。術後、体調も回復し学校生活も順調。自身の劇的な回復に少し戸惑う主人公だったが、さらなる能力向上の話を持ちかけられる。治療によって考え方が変わり出来る事が増える。一見素晴らしいことのように思えるが、思考が薬や治療によって左右され、学習能力や身体能力までも拡張されるなら、はたして今までの自分とはなんだったのか。自身の根幹が揺らぐような感覚にも陥る。
治療を通じて変わるもの、変わらないもの。懸念と功績。進歩する技術がもたらすものについて、一人の大学生の目線で描かれた作品。
https://neu-world.link/posts/Z-mACm2o -
No.138
永田礼路 漫画『螺旋じかけの海シリーズ』 同人誌・Kindle
生きづらさを抱える人、多様性に関心のある人には是非読んでほしい作品。心が暖かくなる漫画。基本一話完結なので読みやすい。全5巻。
水上に浮かぶ貧困街が舞台。体の一部が羽や鱗など動物のように変化してしまう症状が現れるようになった世界。健常者と体が変化した者とで線引きされた世の中で、それでも力強く生きていく人々の物語。
逃げ出した翼の少女。盲目のオネェ占い師。日々身も心も鰐になっていく男。ネグレクトの末生きる意味を見失った少年。
各話内容が濃密で、まるでその世界に生きる一人の人生を覗いているような気持ちになる。登場する人物それぞれが異なる事情を抱えており、それでも日々を懸命に生きる姿に胸が熱くなる。
読んだ人それぞれに寄り添ってくれるような作品。 -
No.137
日本SF作家クラブ編 『SF作家はこう考える』 Kaguya Books
SFを執筆したい人を対象としている本なのではあるが、SFの書き方のような本とは異なる。この本の最大の特色はSF創作を核としてSFと現実社会との関係性を描いたものだと思う。それは作家と編集者、公正者レベルのところから、科学や社会的マイノリティとの関わりまで広範囲にわたる。特に後者に関しては日本の類書にはなかった視点であり、この点だけでも本書が世に出た価値があると思う。
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No.136
青島もうじき 『私は命の縷々々々々々』 講談社
本作は青島もうじきによる初長編作品です。
青島作品における「何かを繋ぐ装置としてのテクノロジー、あるいは祈り」を描く点において、本作はひとつの結節点であると思います。人を繋ぎ、過去-現在-未来を繋ぐ営みが多かれ少なかれ祈りを伴うとして、それを拾い上げ、思弁し、伝達することは、非常に繊細な営みであると考えられます。
力は人を押し流すでしょう。テクノロジーの支えがあっても、断絶の間に、境界に留まることは容易ではありません。そのためには立ち止まるための努力が、言葉が必要です。幽霊を見つめ、流体を掬い上げ、決定的ではないそうした営みを重ねることこそが、自らの足で踏み出すためのささやかな光になるのだと思います。
ひとりのファンであると同時に、特に伊藤計劃以降にSFと向き合い始め、今も書き続ける同世代の作家にとって本作がひとつの希望になると考え、日本SF大賞に推薦いたします。 -
No.135
『Kaguya Planet No.2 パレスチナ』 Kaguya Books
編集部による『特集に寄せて』を読み、これが本を作る人の責任であり、本の力というものなのかと衝撃を受けた。
これまで私は、作家の言動や作品に現れる思想は気にしても、編集者、出版者の役割には無自覚であったように思う。今パレスチナで起こっていることについて明確にジェノサイドと言い、イスラエルを批判し、「イスラエルによるパレスチナの民族浄化」を止めることを願う姿勢を見せる。出版業界のことは全く知らないが、商業誌でこれだけのことを発信するには大変な勇気がいることだろう。
〈語りと報道の偏り〉によって心象としてもどこか遠い国であるパレスチナだが、掲載作品を読めば、そこには伝承と科学があり、その土地に根ざした形のSFを書く人がいることを実感できる。
なじみのない国の優れたSFに触れる驚きと喜びは、読者が物語を通して大切なことを知る手掛かりともなる。SFと社会を結びつける、意義深い一冊と思う。 -
No.134
荒巻義雄・巽孝之 『SF評論入門』 小鳥遊書房
『SF評論入門』SF評論と言ったことが、これほど多彩な切り口書かれていることに驚いた。あらゆる角度から論者の自由な評論の熱意がつたわってくる。とてもユニークな一冊である。小説ではなく、こう言った『SF評論入門』が、日本SF大賞の候補作としてあっても良いのではないか。日本SF大賞の候補作として推薦したい。
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No.133
立松文悦・吉村りりか ゲーム『マツリカの炯-kEi- 天命胤異伝』
ハイファンタジーでありながら、現代社会に通づる物語を巧みに描ききった物語。各ルートに散りばめられた伝承を集め、紐解き、ラストで一つに繋がっていく様は、まさにファンタジーの醍醐味を感じられる。本作は乙女ゲームだが、どちらかというと小説や男性向けノベルゲームで見るような珍しい味わいがある。上橋菜穂子の「鹿の王」や萩尾望都「スター・レッド」「百億の昼と千億の夜」に通じる趣がある。現代社会につながる社会問題を描いたという点がSFとも言える。 https://www.otomate.jp/mk/
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No.132
暴力と破滅の運び手 『マジック・ボール』 Kaguya Books
第三回かぐやSFコンテスト大賞受賞作品「マジック・ボール」。「未来のスポーツ」というテーマならば、舞台は近未来だろうという先入観をいい意味で裏切ってくれる切り口。女子寄宿学校の一室から始まり、どんどん広がっていく世界観がこうおさまるのかと思わず笑ってしまうぐらい、口語体の軽やかな文章も相まって小気味よい。
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No.131
井上森人 映画『温泉シャーク』
温泉からサメが出るというあり得ない設定なのに、作品内でうまく整合性がとれているので妙な納得をしてしまう。
テンポよく進んで笑えるシーンも多く、サメ映画なのに苦痛なく見れて終始楽しい。
映像やストーリーに散りばめられた名作や特撮の各種オマージュな小ネタもお好きな人には楽しめる一本。 -
No.130
筒井康隆 『カーテンコール』 新潮社
SFといえばショートショートの別名と思われた時代があった。現在の文壇の大御所・筒井康隆からは想像もできないかもしれないが、 60年ほど前、新進流行作家だった彼もまたショートショートの名手であり、そうした基礎力から初期の傑作短篇が続々と織り紡がれた。本書は「わが最後の作品集」と銘打たれ、オビにも「芳醇無比な掌篇小説 26篇!」と刷られているけれども、長年の読者から見たら、これはショートショートが SFの原点だった時代へ回帰し再確認する短篇集である。本格 SF「美食禍」や「武装市民」「手を振る娘」から、超虚構小説「文士と夜警」、そして何より、自作小説の主人公たちばかりか 第一世代 SF作家たちまでが入り乱れる「プレイバック」まで、日本 SFの原点と可能性を痛感させる作品群は、筒井康隆にしか書くことができない。
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No.129
石井岳龍 映画『箱男』
現代日本SFの元祖・安部公房が 1973年に放った「新潮社純文学書き下ろし特別作品」は、今日ならポスト・バブル時代に段ボール都市に住むホームレスたちと識別困難かもしれない。しかし主人公は貧しいわけでも失職したわけでもなく、ある日突然、箱男として暮らすことを決断したカメラマンなのだ。石井監督は一度頓挫した映像化計画から 27年もの間、この複雑怪奇なテクストを徹底的に読み込み、 徹底した批評的再解釈を施してみせた。疾走する箱男が贋箱男と激突する場面などは、かのジェイムスン教授が期せずして仲間入りするゾル人のサイボーグ形態を彷彿とさせる。原作の「箱男という人間の蛹から、どんな生き物が這い出してくるのやら」というポストヒューマン誕生のヴィジョンに着想して、新種族の誕生を映像化した石井監督の手腕には、 SF的想像力が横溢している((プロダクション・コギトワークス、2024年 8月公開)
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No.128
ジョン・スラデック 『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』 竹書房
今のSFにはかつての筒井康隆のようなブラックでナンセンスな破壊力が足りないとお嘆きの諸君に待望の問題作がついに翻訳されました。若い翻訳者ですが実験的な文体をみごとに日本語にしてくれています。この人をおちょくったようなタイトルがすでにして最高じゃないですか。
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No.127
糸川乃衣 『我らは群れ』 Kaguya Books
糸川乃衣さんの動物SFの虜だ。
収録されている3作品に共通するのは、動物を愛玩したり利用したりする人間への怒り。愚かな人間を冷たく突き放す手つきがとても厳しい。同時に、その人間という種の中に自分も含まれるという作者の悲しみややりきれなさが感じらる。外から見て断罪するスタイルではない、正義漢ぶらない書きぶりによって、わたしたちもその痛みに共感することができるのだと思う。
「定点観測」は、はやにえが語り手という設定がぶっ飛んでいて、愉快なお話になりそうなのに全然そんなことはなくてやはり厳しい。
平易な言葉、短いセンテンスで語られる独特の味わい。誰の視点なのか、何が語られているのかがわかったときに、語り手と読者の距離はほとんど0になる。不思議な感覚がクセになる名作。
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No.126
冬乃くじ 『猫の上で暮らす一族の話 冬乃くじ作品集』 惑星と口笛ブックス
作品がSFと呼ばれることと、作者がSF作家と呼ばれることは=ではないだろう。冬乃くじはSF作家ではない、むしろその枠に収まらない作家であると思う。
むろんその血肉にはたっぷりとSFが含まれているのだろうが、SFの枠に収まらないということはまたSFを拡張できるということでもある。
表題作はタイトル通り猫の上で暮らす様々な謎の存在たちを描きつつ、その実猫という、吾々にとって未だ未知の存在の命と魂を見事に描いてみせた生命賛歌である。ここにあるのは紛れもなくセンス・オブ・ワンダーであり、SFであろう。
その他にも過去に当該大賞にエントリーされた「国破れて在りしもの」「サトゥルヌスの子ら」という、冬乃くじにしか書けない世界水準のSF作品が収録されている。
そして読み終えて気づくだろう、冬乃くじとはセンス・オブ・ワンダーの別の名かと。さあ、準備はいらない、存分に驚こうじゃあないか。それこそが、SFだ。 -
No.125
『IMAGINARC 想像力の音楽』
「想像力の音楽」は、音楽と小説の横断的な楽しみ方を模索する新しいイベントです。5夜に渡って日本の各地で行われた演奏会のために、ゲーム、アニメ、映画等の音楽を主に2台ピアノのために編曲し、「天命」「魔法の庭」「異形たちの輪舞曲」「都市の墓標」「懐かしい星」という5つのテーマに寄せて、5人の作曲家が5つの新曲を、そして様々なジャンルやキャリアの11人の小説家が全15篇の新作短編を書き下ろしました。本作はそのイベント会場で販売された演奏会のプログラムと短編小説が併せて掲載された冊子で、文学と音楽を同じ舞台に並べて楽しむことが想定されています。SF作品も多数収録されていてアンソロジーとしても良質なので、できれば多くの方に読んでいただきたいという思いがあること、音楽と小説が相互に作用して非日常体験を生むという試み自体にSF的な魅力が詰まっていると感じることから、このイベントを推薦させていただきます。
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No.124
糸川乃衣 『我らは群れ』 Kaguya Books
表題は収録作「叫び」の一節からの引用で、作中では馬の群れを指す言葉ですが、同時に人間社会のことも意味しているように感じられます。糸川さんの物語は立場の異なる生物それぞれの語りを対比させることで、世界の薄皮を捲って裏側を暴き出すような奥深さがあります。「叫び」「飼育」ではSFらしい現象も登場しますが、それらは人間以外の生物に有益に作用しており、科学が人間の作り出した魔法ではなく、世界に予め内在する仕組みであることを読み手に突きつけます。私は本書を読んで、人間の営みがあたかも世界の摂理であるかのよう振る舞う「人間の群れ」に対し、個として抵抗していこうという静かな反骨心を感じました。現代社会は日増しにディストピア化し、気を抜けば集団の意志に飲み込まれそうになります。この本のように声なき者の声に耳を傾けることは、これからの社会を個人として生きていくために大事なことだと思うので、本書を推薦します。
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No.123
冬乃くじ 『猫の上で暮らす一族の話 冬乃くじ作品集』 惑星と口笛ブックス
冬乃くじさんの初作品集を推薦します。全編を通じて、人間の善性や愛情への期待が描かれていると感じます。どの作品にも「生きる」という営みにどうしても伴う痛みや残酷さ、孤独が背景にありますが、それは他者との良き出会いや想像力によって癒やすことができるという願いが込められています。それに加えて海外文学に通じるような柔らかな文体と練られた構成があること、主体の属性が意図的に曖昧にされていて間口が広いことなど、総じてどのような読み手にもそっと寄り添えるような普遍性がある作品集です。私はSFを読むと圧倒されたり悲しくなったり複雑な気持ちになったりすることの方が多いのですが、この作品集は読む度に優しくて安心した気持ちになります。辛いときでも読めるSFは希有な存在だと思うので、私はこの作品集を多くの人に知っていただきたいです。とても好きなので。
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No.122
『IMAGINARC 想像力の音楽』
言うまでもなく音は波である。波、波動は物理学の領域であるが、ピアノを弾く、弾いた物理学者は多い。=ではないが音楽は科学と近しく、実際音楽を扱ったSF作品は数多いしSF的な音楽も数多くある。そしてこの音楽と小説の企画である。Imagination(想像力)と Arc(弧、アーク放電)を組み合わせた公演名からしてSF的であるし、一度限り5夜の音楽公演に書き下ろし小説を組み合わせ想像力の火花を散らせようという実験とその魂こそSFではないだろうか。全てではないにしろSF作家の参加も多く、テーマや実際に書かれた小説にSF作品もあり、演奏される楽曲もSF寄りのものが多数ある。何より伊福部昭生誕110年ゴジラ公開70年の年に「SF交響ファンタジー」をピアノ2台に編曲する許可が出たことはSF史においても大きいはずで、この一事だけでもエントリーするに値するものではないだろうか。
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No.121
井上森人 映画『温泉シャーク』
温泉とサメと筋肉の取り合わせが斬新でよかった。特に熱海の地下に潜った水中戦のシーンはとても空間的広がりを感じて見応えがあった。現在のユーチューバーなどメタな存在と古代のサメという完全にフィクションの物が面白い融合を遂げていて、温泉の熱気がとても伝わってきたのが熱かった。またサメの数が終盤につれて増えていき、登場人物の目的がサメのみになるシーンもよかった。クラウドファンディングに寄る試みの作品だが、大成功したようなので次回作も期待したい。
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No.120
井上森人 映画『温泉シャーク』
B級サメ映画を観るのは初めてでしたが、初期設定が破綻しているSF映画だと思い、最後まで楽しめました。
勿論、所々にツッコミしたい箇所は多かったです(良い(楽しい)意味で)
映画『温泉シャーク』
https://hotspringshark.com/ -
No.119
糸川乃衣 『叫び』
人間より動物のほうが好きだったり、人間がいなければ地球は平和なのにと考えたことがあるひとには絶対に刺さる作品。
削ぎ落とされた言葉、抑えた表現によって、作者の人間への怒りが読者のそれと共鳴する。
ラストの一行は重いが、それでも人間としてこの世を生きていかなければならない、という、諦めや絶望のみで終わるのではない。作者の生きとし生けるものへの愛と慈しみによって、読後の心には僅かな希望の種が残される。わたしたち・我ら、お前たち・彼らという人称と、呼びかけの間隔の変化が生む緊張の高まり、馬たちが決断を下す前後の静と動の対比。時間と空間を跳び越える存在と置き去りにされるもの。様々な要素が絡み合い、宇宙の広がりが一人の人物に収斂する感覚に翻弄される。
SFという枠組みの中でこの作品が書けるのかという驚きがあったが、壮大な夢を見ていたかのような心地にさせられる、これはまさにSF。凄い。 -
No.118
井上森人 映画『温泉シャーク』
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A9%E6%B3%89%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%AF
ネタバレあります。
温泉シャークは、日本初の本格的なサメ映画として制作され2024年に公開された。進化したサメが熱海市をモデルにした架空都市 暑海市を舞台に人間を襲い、人間が432匹プラスアルファのサメに抵抗していく物語。コミカルなようでシュールで高尚な台詞と演出の中に独自の世界観の設定が光る。自分は、温泉シャークを推薦します。 -
No.117
王城夕紀 『ノマディアが残された』 中央公論新社
小学生の頃から好きだった王城さんの8年ぶりの新作。内容は高校生かつSF慣れしていない私にはとても難しいものではあったけれど、最後までページをめくる手を止められなかったのは、そのなかに、にんげんの普遍的なテーマがあったからです。未知の感染症が発生した、この現代もしくは遠くない未来にも重ね得る悲惨な背景にいる登場人物が、半ば諦めながらひしひしと感じているのです。それでもやっぱりにんげんの愛が、この世界にはあると。それは希望であるように見えて、ほとんどの呪いのようでした。後半は涙が止まりませんでした。どんなに人間に傷付けられようが、私たちはそれでもなお人間を愛し、信じ続けている。そういう心を、人間である限り捨てることはできない。誰かと関わり続け合うことしかできない。手を伸ばし、伸ばされ、助け合って生きていく。そういう人間の普遍的在り方を示してくれる、聖書のような本です。
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No.116
関本聡 『ワタリガラスの墓標』 早川書房
日本SF作家クラブ編集のアンソロジー『地球へのSF』収録の短編。
未来の南極大陸を舞台に、気候変動による生態系の変化と人類の介入、思惑、葛藤を描いた作品。星新一賞において二年連続でグランプリを受賞し、自然や生態系に関わるものを得意とする作者の真骨頂とも言うべき作品である。温暖化が進み氷の溶けた南極に、誰かが何かを持ち込む。生態系の変化とは人類が介入しないでいる状態のものであるべき、と思う反面、その環境破壊には加担しているのは、遠巻きに暮らしている世界中の人々だ。自然とは、どこまでを自然として線引くべきなのだろう。人間もまた自然の一部と考え、その人間が為す所業をもそれに加えるとすれば、〈生態系〉という言葉の範疇は自ずと拡がる。「ここはもうじき戦場になる」という登場人物の言葉は重い。その〈戦場〉は、何重もの意味を持つ。風前の灯である南極条約に思い及び、身が竦んだ。広く読まれてほしい。 -
No.115
!o24 カリグラフィー『flk019858』 Web
アウトサイダーアーティストをしています。mtd0056という作品群(現在995作品)において、異世界におけるカリグラフィー、を制作しています。未開の地で発掘されたいにしえの文明の遺物を解読するように、どこかの別の宇宙にある、知的体系も異なる世界で使われている文字は芸術作品として評価しうるのかというのがテーマです。これがSFの範疇に収まるのか。見たことのない世界を描くのがSFであればこれもSFの内にあるのではないか。そのあたりを皆さんに見定めていただきたいです。
https://x.com/_1O24__/status/1791758625314095525
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No.114
王城夕紀 『ノマディアが残された』 中央公論新社
ゼロ年代に伊藤計劃が提示した世界観・世界像を、2010年代から20年代前半を経由した視点から描きなおしたエスピオナージュ近未来SF。移民・難民の問題を「動民」という言葉で捉えているのも鋭いが、それに対する作中の日本のなんともはやな対応(とちょっと描かれる国民の態度)が説得力ありすぎでじっさいにこうなりそう。寡作だが完成度の高い作品を発表してきた作者の、デビュー十年目八年ぶりの長篇にし て今後代表作としてまっ先にあげられるべき作品。圧倒される力作。
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No.113
池澤 春菜 『わたしは孤独な星のように』 早川書房
池澤氏の初の短編集です。家族とか人との関係性を考えさせられる作品が中心という印象を受けた。そんな中で一つ取り上げたいのは「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」。軽い話のように見えて、社会が作り上げた固定概念と、それに翻弄される主人公の動きが、社会の観念を変え、それがまた主人公に戻ってくる。実は構造としてはかなり重い話である。
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No.112
宇多田ヒカル 音楽・アルバム『SCIENCE FICTION』
デビュー25周年を記念し、タイトルに『SCIENCE FICTION』と名付けリリースした宇多田ヒカルのCD2枚組のベストアルバム。デビュー曲「Automatic」からキャリア前期の曲の大半をリミックスもしくは再レコーディングまでしており、新曲「Electricity」までの全26曲。ファンであってもなくても文句なしのアルバムだが、これまで何度も聴いた曲をタイトル通りScience Fictionとして聴き直すと、見えてくる世界が変わってくる。SFとして聴く「First Love」の世界がなんとスリリングなことか。
かつて星新一や小松左京らSF第一世代の作家たちが、何を書いても「SF」と受け取られたように、宇多田ヒカル自らが自曲を「SF」と宣言したこのアルバムを日本SF大賞に推薦する。 -
No.111
松崎有理 『山手線が転生して加速器になりました。』 光文社
「あがり」で第1回創元SF短編賞を受賞してデビューした著者の最新短編集。
ジョークのようなタイトルに惹かれて手にして、どんな比喩なのかと思ったら、タイトルそのままの内容に笑わせらせてしまった表題作。なぜ山手線が加速器になったのかとページをめくっていくと、それぞれの短編が実はポストパンデミックの世界での人間たちの物語であることがわかる。そして最後には地球の未来史に発展していくという、タイトルからは想像もつかない展開に驚かされつつ、ポストコロナを踏まえたわたしたちだからこそ受け取れる未来を幻視させてくれる。2024年の今だからこそ世に出た作品なのだと確信し、今回の日本SF大賞に推したい。 -
No.110
荒巻義雄・巽孝之[編] 『SF評論入門』 小鳥遊書房
日本SF評論賞受賞作を中心にまとめられた評論・論文集。ハインライン、アシモフ、レム、ディック、イーガンなど海外作家から星新一、小松左京、荒巻義雄、光瀬龍、山野浩一、倉田タカシなど国内作家、最新の人気漫画「チェンソーマン」まで幅広く論じられる。そこから垣間見えるのは、ネット環境・IT技術の発達による産業構造の変化、既存の国家の衰退、グローバル企業によるマニエリスム(方法主義)化した社会の構築だ。方法主義化した社会では必然的にあらゆる可能性が肯定され、シーザーがルビコン河を渡ることも渡らないことも、アダムが誘惑に耐えることも耐えないこともすべて正しいとされる(ドゥルーズ『襞』)。そのような渾沌とした世相を克服し、断絶した個の意識を架橋できるのは、やはり人間の言葉であり作家の文学的想像力、宗教的な信念なのだろう。共著者として本書の制作に携われたことを誇りに思うとともに、SF大賞に強く推薦したい。
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No.109
佐々木真理 『アーシュラ・K・ルグィン 新たなる帰還』 三修社
SFの女王は生まれながらにして女王だった訳ではない。とあるひとりの女性が、自身の内面を、アメリカという社会を、歴史を、そして星々の彼方や魔法の世界を旅し、虐げられた人々や透明化された人々に光を当て、再び自分の居場所へ帰還したときに、アーシュラ・K・ルグィンはSFの女王となったのだ。
この、本邦初のまとまった形で出されたルグィン評論は、そういったルグィンの旅を「螺旋的」と言い表した一冊である。回帰的な円環構造ではなく、自由とは何かを悩みながら、自分の立ち位置を変化させてきた、真摯で優しい眼差しに満ちた螺旋をのぼる旅。
そしてこの評論においてルグィンを追う著者も、それを読む我々も、ルグィンという師匠に導かれ「オメラスから歩み去る」ひとりの旅人なのだということを、読み終えたいま、強く感じている。 -
No.108
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
短編が発禁になる?「読書法」によって、指定された本以外は完全分解されるインクで印刷され、電子データ化も禁止。本に関する5つの物語からなる本書の劈頭をかざる短編、昨年は惜しくも大賞を逃した名作『グラーフ・ツェッペリン・・』の町が舞台の「ハンノキのある島で」の書き出しだ。膨大な数の書籍にあふれかえる時代、ブラッドベリ『華氏四五一度』や有川浩『図書館戦争』のような政治的理由ではなく、本が狩られる世界が描かれる。ChatGPTに代表される生成AIによって、未来が前倒ししてきたようにリアルで切実となった「作家は、小説は、本というものは、いったいどういう未来に向かっているのか・・」という深刻な問いを、この物語は問いかけている。本好きには堪らない話題に満ちた他の4つ短編とも相まって、読者に上の問いを考えさせる日本SF大賞にふさわしい作品である。
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No.107
村山早紀 『さやかに星はきらめき』 早川書房
がちがちのSF作品ではないかもしれない。それでも村山早紀さんの優しく、朗らかで、そして切ない文章で綴られた本作は、きっと多くの人にとってのSFへの入り口になりえる作品ではないでしょうか。
そして私たち人類の“明日”へを希望を描いた物語は、私たちがもっとSFに求めていいものだと思うから。『さやかに星はきらめき』には、そんな希望が、本当にささやかかもしれないけれど、叶うかもしれない未来として描かれていると思います。
「こういうSF作品を読みたかった」と思わせてくれた本作。個人的なことばかりで申し訳ないのですが、日本SF大賞のエントリー作品に推したい1冊です。 -
No.106
池澤春菜 『わたしは孤独な星のように』 早川書房
ところどころ専門書のような知識がちりばめられており作者が読みたい文章なんだろうなと思えるけどもそれがけっこう心地よくて、作品世界も有り体では無く興味を持って読み進めていくうちに文章から歌が聞こえる感じでした。
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No.105
池澤春菜 『わたしは孤独な星のように』 早川書房
SF初心者でも世界に入っていきやすいSF短編集です。SFというジャンルを広げていくにうってつけの作品だと思います。明るいテンポ感で話が進んでいき、シリアスなテーマの場合でも読後はあたたかく穏やかな気持ちになります。人々の心にそっと寄り添い明かりを灯してくれる、とても素敵な作品です。以上の理由より、SF大賞にふさわしい作品だと私は考えます。
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No.104
春暮康一 『一億年のテレスコープ』 早川書房
『ソラリス』《三体》そして作者自身の「主観者」などがそれぞれ別の角度から描いてきた「ファースト・コンタクトなんかやめておけSF」の系譜を踏まえた上で書かれた、壮大な宇宙SF。「遠くを見ること」を名前の由来とする現代の少年の、星空への憧れに端を発する青春小説が、太陽系規模の夢へ、その現実化へとスケールアップしていく最初四分の一もぞくぞくしますが、その後の最後まで広がりつづける展開はオールタイム・ベスト級。今回の対象期間は小説に絞っても新人の作品を中心に「SFの歴史に新たな側面を付け加えた」長篇・連作・短篇集が十や二十ではとうていきかない状態で、小説外も含めてそうした作品の送り手には申しわけないですが、もう個人的にはSF大賞が本作を評価しなくてどうするという気分。というくらいに推しです。
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No.103
王城夕紀 『ノマディアが残された』 中央公論新社
著者の8年ぶりの新刊はスパイ映画のような冒頭に魅了されました。消えた同僚と「ノマディア」の謎を追う登場人物の冒険は重厚な筆致が緊迫感のある状況に合っていました。冒険の結末にも圧倒されました。最後の一文、余韻があって大好きです。
複製課メンバーも魅力的でした。欲を言えば彼らの活躍をまた読みたいです。 -
No.102
sympathy 音楽『おもかげペトロニウス』
2024/08/28 にリリースされた『おもかげペトロニウス』。 ペトロニウスは『夏への扉』の主人公の愛猫「ピート」由来で作詞された作品。
小説『夏への扉』好きの自分がリッキーになった気持ちで聴いて欲しい一曲。それが sympathy の 『おもかげペトロニウス』 です。
歌詞を追って妄想してみるとベルにゾッコンのおじさんに憤慨しつつガールスカウトで移動する様子や、ゴールドスリープへ向かう大人になったリッキーの心持ちを思い起こさせる。
夏の西海岸を思わせつつ、ちょっと拗ねた感じや期待に胸膨らませるメロディはリッキーの乙女な気持ちと相まってとても良い曲に仕上がっている。
配信: https://linkco.re/70dqZtRP?lang=ja
由来: https://www.instagram.com/reel/C_fVOZYxvkr/?igsh=MThzNjJqc2k2bmtwYg== -
No.101
永田礼路 漫画『メランコリック・ダイバーの浮上』
SF作品において、脳内に侵襲的な技術を施すテーマは多く語られてきたが、精神疾患に対する治療法としてのBMI、そしてそれが作り出す新たな問題に焦点を当てて描かれた傑作である。技術が齎す希望と苦しみの描写は、冷静な視点で描かれていながらも胸を打たれる。
https://neu-world.link/posts/Z-mACm2o -
No.100
日本SF作家クラブ 『地球へのSF』 早川書房
最初はどれか絞って書くつもりだったが、自分には不可能なので、いっそ本書全部を推薦してしまおうという結論に至った。変貌しつつある南極で人間の愚かさと未来への展望を語る「ワタリガラスの墓標」、クジラとホッキョクグマのドタバタ結婚式を描いた「フラワーガール北極へ行く」、地球温暖化対策の奇策が齎す結末を示す「クレオータ 時間軸上に拡張された保存則」、生き物好きカップルに宇宙人を名乗るオオカミが近づく「持ち出し許可」、ノワール的未来でサケの密猟をする「鮭はどこへ消えた?」、圧巻の巨獣大活躍「竜は災いに棲みつく」、砂漠化した地球で復興を担う生き物たちの「ソイルメイカーは歩みを止めない」、ある種の能力者ものとも言える「砂を渡る男」辺りがお気に入りである
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No.99
糸川乃衣 『我らは群れ』 Kaguya Books
本書は、ウマをテーマにした「叫び」、カイコをテーマにした「飼育」、モズのはやにえをテーマにした「定点観測」を纏めたSF短編集であり、全てが動物を題材とした作品になっている。「叫び」ではウマと人間の関わりと、人間の愚かな選択が齎したある種の悲劇を群像劇的に、「飼育」では生物の可能性、もとい可塑性をフェティシズムホラー的に、そして「定点観測」では交錯する2つの視点から世界の行く末を描いている。動物たちの生き様を時には人間から、時には動物たち自身から描く本作の雰囲気は、この作者にしか出せないものであると断言する。
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No.98
伊藤なむあひ 『ひとっこどうぶつ』 Kaguya Planet
本作は人間が動物園の動物のように飼育される立場になった社会で、迷い込んだ人間の子どもをサメとカッパが育てる話である。人間が利用しなくなった都市を動物たちが管理し、人間たちのかつての所業を動物たちは忘れていない、という世界。作者の描き出すコミカルで印象的な登場「動物」たちは、紆余曲折の後、意外な結末に向かっていくことに。ふたりといっぴき、いやさんにんの描くお話に、あなたも楽しくなってほしい。
https://virtualgorillaplus.com/stories/hitokkodoubutu/ -
No.97
津久井五月 『われらアルカディアにありき』 Kaguya Planet
気候危機特集に寄稿された本作は、そう言いつつ、テクノロジーの光と影、そしてテクノロジーと化して尚も、畜産に携わる従事者のあり方を描いた作品である。マイクロマシンによる汚染された土壌を元に戻し、エネルギー問題も解決する「家畜」。あり方は変わったかもしれないが、変わらないものがあった人々の生活と、それでもテクノロジーが影を落とす生活。彼らの辿り着く結末は悲しく、壮絶である。
https://planet.kaguya-sf.com/stories/warera-arkadiani-ariki -
No.96
化野夕陽 『春の魚』 Kaguya Books
本作はKaguya Planetの気候危機特集の1作として寄稿されたものであり、まさに今我々が直面している、気候変動によって起こっている問題を身近なワントピックに絞って警鐘を鳴らした作品である。と言っても、むしろ本作はノスタルジックに「なるであろう」身近な景色をありありと感じさせ、いずれ「喪われるであろう」とある生きものと我々の生活が、現実とも幻想ともつかない出来事と共に語られている。田舎の夕方を感じる作品だが、その先に待ち受ける夜は、喪失に満ちたものにならないだろうか。
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No.95
王城夕紀 『ノマディアが残された』 中央公論新社
近未来の地球の様な星を舞台に繰り広げられる難民と情報部員との話です。繰り広げられるシチュエーションがリアルで、読後に自分たちの未来を考えさせられる様なストーリーでした。科学的というより社会的よりの内容ですが、未来小説というカテゴリーには入ると思うので推薦します。
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No.94
玖馬巌 『フェノティピック・プラスティシティ』 anon press
個人的な話だが、つい先日生物進化に関する本を読んだ際に、今後待ち受けるかもしれない遺伝子編集を常識とする社会に関する記述があった。本作はそんな遺伝子編集技術が一般化しつつある社会を舞台にした、とある少女の人生に関わる物語である。生物学に詳しい方には、本作のタイトルを聞いてピンと来る方もいるかもしれない。本作で提示されたそれは、本来の意味を、作中の社会においてどう捉えるか、に問いを投げかけていると言っても過言ではないだろう。
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No.93
村山早紀 『さやかに星はきらめき』 早川書房
2023年11月、クリスマスをあとひと月ほどに控えた時期に刊行された本作は、クリスマスを巡る幾つかの短編と、それらを本に纏める新興出版社の編集長の物語からなっている。と言っても舞台は、人類が地球を捨て宇宙に住まうようになった未来のお話。宗教的意味合いとは別に、本邦では年に一度のお祭りとしての側面が強くなったクリスマス、そこで語られる物語が、遠い未来の宇宙でも希望を与えるものだと教えてくれるような、暖かく優しいお話である。興味のある方は、是非、聖夜の枕元で本作を読んでみてはいかがだろうか。
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No.92
海老原豊 『ディストピアSF論』 小鳥遊書房
21世紀の世界に閉塞感を覚え日常がディストピアと感じる人はいないだろうか? 監視カメラに人工知能のアルゴリズム、生成AIに気候変動、少子高齢化に社会福祉の増加…。現代のディストピア性を照射するために古典的なディストピアから要素を取り出し、現代のディストピア作品まで論じている。見えてくるのは、人類の見果てぬ夢としてのユートピアが、社会に実装されるとディストピアに転じる可能性。逆に言えば、ディストピア的現実からユートピアの可能性を見つけられないか? オーウェル、ハクスリー、ブラッドベリの古典三部作、監視、人工調整、災害、労働解放にディストピアを分類して、論じている。
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No.91
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
全編新しい大人の残酷グリム童話みたい。生きている本の十が、持っている物語の正当性を勝ち取るバトルが熱い。深読みの戦いが面白く、その推理に巻き込まれて元の物語を忘れそう。どの本の背骨が最後に残るのか。暗くきらびやかで、怖い。
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No.90
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
AIやそれに付随するハードウェアの発達や『三体』が注目される中、世の中の雰囲気が「やっぱりSFってロボットとか宇宙とか」になっていることを感じ、若干の不安を覚えます。SFの原点がサイエンス・フィクションであることにはもちろん異はないですが、今現在、「SF」は何かの略語であることを超え、多様な作品を内包しているものでなっています。拙著のようなスプロール・フィクション、あるいは現実に非現実の補助線を引くことで思考を拡張することを目指した作品をSF大賞の候補として考えていただければありがたいです。
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No.89
村山早紀 『さやかに星はきらめき』 早川書房
童話のような温かさのあるSFです。地球には動物が住めなくなり、人類も滅んでしまったため、その時代の生き物であるネコビトやイヌビトたちが宇宙でクリスマスの本を出版するお話。クリスマスにまつわる短編が一つの本になっていくストーリー構成です。どのお話も自然と涙が出てくる素敵な物語で、「SFにこんな温かい物語があるんだ」と感動しました。SFと言えば、もっと緊張感のある波瀾万丈なストーリーのイメージが強かったものですから。子供から大人まで楽しめる童話のようなSFをもっとたくさんの人に読んでほしいなと思います。できればクリスマスの時期に。
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No.88
相川英輔 『大釜とアルコン』 新潮社
「食」をテーマにした国内SF作品は意外に少なく、あるとしても宇宙でラーメン屋を営業したり異星人の食欲を満たすために悪戦苦闘するなど日常からかけ離れた内容が大半だ。しかし、本作は神社の参道沿いにある焼餅屋が舞台で、AIは職人技を引き継げるか、がテーマとなっている。(と思う)。著者は日常に近接した「少し未来」を描くのが得意な作家で、今回はさらに未開拓の分野に足を踏み入れたと言えるだろう。
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No.87
村山早紀 『さやかに星はきらめき』 早川書房
月にいる編集者がたくさんの人が手に取りたくなる一冊を創るストーリーは、現実社会と繋がる臨場感にわくわくします。月から眺める地球がノスタルジックで、猫と犬が人に寄り添う安らぎのある世界に心が満たされます。いつか未来にこの本が、月の図書館にあることを夢見て、幸せな浮遊感に包まれます。空には星がある。本には愛がある。村山早紀さんが紡ぐSFは、過去と現代と未来が融合して、煌めく本の銀河へと連れていってくれます。最終章をお守りに、優しい時代を願います。きらきら瞬く星のようなSFが尊いです。
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No.86
化野夕陽 『春の魚』 Kaguya Books
『Kaguya Planet No.1 気候危機』に掲載された化野夕陽のデビュー短編。気候変動をテーマにしたSFは数多あるが、単に気温の高温化や海面上昇といった派手な事象ではなく、サワラというありふれた魚の産卵適温の変化とそれに伴う漁獲高の減少という、ある意味見過ごされがちな、とはいえ我々の生活の中で確実に起こりうる地に足のついた脅威を描いている点は注目に値する。またとりわけ舞台である瀬戸内海の描写が秀逸である。筆者の持ち味ともいえる静謐で幻想みのある文体は読んでいてたいへん心地よく、霞みかかったような漁師町の春の情景や、その決して明るくはないであろう未来を効果的に演出し、読者を物語に引き込み、諦念とも絶望とも違う不思議な読後感をもたらす。SFとファンタジーの高度な融合を実現した本作を幅広く周知すべく、自信を持って推薦したい。
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No.85
キム・チョヨプ 『この世界からは出ていくけれど』 早川書房
SFと人間ドラマをうまく融合させた短編集。
本著者の作品はいずれも、「いまここに生きている人々」「いまここに在るままならない日常」をSFの設定に投影している。人と人との繋がり方や、他者を理解することの難しさが、優しいタッチで描かれている。題名も良い。
個人的に注目している作家さんです。 -
No.84
小林達也 『スワンプマン芦屋沼雄(暫定)の選択』 KADOKAWA
本作は『意識の連続性を遮断する装置』の処置を受け、オリジナルの肉体や記憶、人格といった全てを引き継いだ別人になってしまった(かも知れない)主人公が、己が何者か確かめるために足掻く物語である。
『意識の連続性』という扱いづらい題材について、実際に意識を操作する装置を登場させ、またそれにかかる関係法令――他人の意識の連続性を遮断することは殺人と同義である、意識の連続性が遮断された前後で別人として扱う等――が存在する世界を用意することで、物語の要素として扱えるように落とし込んでいるところに新規性が見られる。 -
No.83
矢野 アロウ 『ホライズン・ゲート 事象の狩人』 早川書房
ブラックホールに関わる物理というのは、方程式を見て意味を解釈すれば何が起きてるかの予想はつく。しかし、それと実際に起こるであろう現象を視覚イメージとして表現可能かは全く別の話である。はっきり言ってブラックホール周辺の出来事を視覚化できるためには尋常ではない力量が必要だ。本作は、その不可能に見えることを実現しているだけでなく、それが描写のための描写ではなく、小説としての物語に不可分に結びついているのである。この読書体験というのはSFだけのものではなかろうか。
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No.82
村山早紀 『さやかに星はきらめき』 早川書房
今だからこそ、大切なものを残しておきたい、伝えておきたい。そんな村山早紀先生のぎゅっと詰まった想いが心に届いてくる物語。
ノスタルジーに満ちた寓話的な未来の月世界での、ひとや犬や猫などの「ヒト」達のお話。優しい想いとそれを育む心の糧は何かを考え、それを皆や後世に贈ろうとするキャサリン、アネモネ、リリコら。でもそれだけではない。皆が語る言葉は村山早紀先生自身の言葉。村山早紀先生が、生きとし生けるものへの優しさと愛、未来に向けた想いなど、ご自身が伝えたい事をそれぞれの口を借りることで綴っていく。
だから、「未来に伝わるクリスマスの童話」を集めたこの本、『さやかに星はきらめき』そのものが1年の月日をかけて完成した時、それを読み終わった時。先生の願いに涙が止まることがなかった。
大切な事を残したい、伝えたい。そんな村山早紀先生の願いが、今までの作品の中で最もぎゅっと詰まったお話。 -
No.81
村山早紀 『さやかに星はきらめき』 早川書房
はじめに断っておくと、この作品には、SFと言ってイメージされるような、大規模な艦隊戦や、派手なアクションは出てきません。
本作は、遠い先の未来、地球に住めなくなり、月や他の星などに住むようになった多種多様なヒトたちが、地球への愛情と郷愁の念を奥底に抱えながら暮らす世界です。
そこでは、ネコビトとイヌビトの編集者もいて、「クリスマスの贈り物になるような本」を作るところからスタートします。
それだけでは、一見、メルヘンで可愛らしい、絵本のようなお話ですが、多くの哀しみを経た歴史の積み重ねがあるからこそ、宇宙空間に似た静謐な哀愁が生まれ、また、作中の本が「希望」になっていくことが分かります。
いつか本を作った人が絶えたとしても、”この本”が残って宇宙の隅々にまで読まれるだろう世界は、なんと平和で尊いことか。
その様子を想像し、本に想いを託すことが出来るヒトで良かった、と嬉しく思える一冊です。 -
No.80
荒巻義雄 『天蓋都市ヒカル』 小鳥遊書房
非常に示唆に富む面白い小説。天蓋都市ヒカルの西地区で起きた大量詐欺事件を追うヤマト警部補は、ゴールデン・ミカド・カジノへの潜入捜査を試みる。気になった点を二点。〈高度先端光半導体(ハイリー・ディベロップド・オプティカル・セミコンダクター)〉や〈人食い壁(カンニバル・ウォール)〉など漢字とカタカナ・ルビ表記の併用に、日本人(日本語)のリアリティの二重化が垣間見える。海外配信がネットでダイレクトに入ってきた2010年以降の情報環境の変化(世界標準化)の影響だろう。『フィネガンズ・ウェイク』復刊とのシンクロも感じる。また「記号接地問題」――記号と現実がどこで接点をもっているかという問題――も、メイヤスーの『有限性の後に』で語られるジョン・ロックの第一性質と第二性質の議論に近い(「ヒュームの問題」参照)。荒巻氏の最新のものに対する鋭い感性を感じる。SF大賞に推薦するとともに、ぜひ一読いただきたい。
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No.79
河合穂高 戯曲『漂う海馬』 OTO
オーストラリアで突如発生した人間が住むことができない「新世界」。その原因を探りに現地へと赴いたタシは、謎の病・人魚病を発症する。新世界で何があったのかを知ろうとする主人公たち。タシの夫と担当医師は、タシが新世界で発見した粘菌男とタシを接触させる……。口腔癌研究者でもある河合穂高の最新の医学的知見に基づく上質なSFミステリー。細胞のエラーを修復し永遠の命を実現するモトドリガネア。動物の体内でマイクロプラスティックが被包化し香料となった鶴涙香(かくるいこう)。人間の記憶と思考型粘菌を合成して作られた粘菌男。SFをマインドをそそるガジェットが、河合の強靭な思考によって未知の世界・結末へと導かれる。静謐で流れる音楽のようなセリフ回しも美しい。作者の河合穂高は「黄色の森」で第8回せんだい短編戯曲賞大賞も受賞している。https://natalie.mu/stage/news/530144
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No.78
不破有紀 『はじめてのゾンビ生活』 KADOKAWA
内容は一般的にイメージされる既存のゾンビ系ではなく新しいジャンルのゾンビ小説で、新鮮な気持ちで読み進める事ができた。また文体は小説然としたもので簡潔でテンポ良く進むため時間をかけず一気に読破する事が出来た。
昨今、わりと一般化したゾンビ系というジャンルに新しい切り口で一石を投じた本作を推薦したい。 -
No.77
荒巻義雄・巽孝之[編] 『SF評論入門』 小鳥遊書房
所載12編の評論の多くは、日本SF作家クラブ主催の「日本SF評論賞」受賞作に加筆されたもののようだが、テーマも切り口も、SF評論というのはこんなに多彩なのかと驚かされる。かつて「論争」を切り口とした『日本SF論争史』という画期的な著作があったが、今がSFをより自由に読み、論じることが当たり前の時代となっていることが本書でよくわかる。この多彩な評論群を「SFをどう読むか」という視点で見通しよく整理し、各編が熱意にあふれた全評論を丁寧に解題したのが二人の編者である。「入門」が謳われてはいても、これでSF評論が書けるようになるわけではない。SF評論の自由さを先ず知るということが入門の名にふさわしい。そして、論が対象とする作家や作品は過去となっても、時代や社会背景の変化に応じた新しい視点で何度でも新論を展開できる可能性を持つのがSF評論だということを教えてくれる。この成果を日本SF大賞に強く推す。
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No.76
荒巻義雄 『天蓋都市ヒカル』 小鳥遊書房
本作はエンタテインメント性を基調としながらも、AI記号接地問題、デジタルアート複製問題、農業土壌の資源問題など、多くの現代的課題にも言及するレトロフューチャーテイストの近未来SFである。本作が日本SF大賞にふさわしいとする所以は、昨今の生成AIの代表たるChatGPTが出力したプロットにSF作家荒巻が挑戦した、先進的な試みの実験小説であるということだ。
SF評論家・小説家の藤元登四郎は、「易経」の卦(出力)をストーリー展開に利用したディックの『高い城の男』を論じた自身の評論を、「最後に、「易経」を使ったこの作品は、新しい問題を提起していることを指摘しておこう。これは近年、荒巻義雄がチャットGPTによる小説を発表したことと関連している。今後、著者というものの機能について多くの議論を呼ぶだろう」と結んでいる。本作には、創作や著者というものの将来を占う、SFを超えた重要な意味が込められている。 -
No.75
宮澤伊織 『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』 東京創元社
SF要素自体はがっつりハード寄りながら、ゆるいノリのライトな作風と全編セリフという形式ながらしっかり絵が浮かぶ文章で、とても読みやすい作品。小難しいことの説明も難しすぎない内容になっていて、SFをあまり読んだりしない人にもオススメ。
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No.74
川崎大助 『素浪人刑事 ―東京のふたつの城―』 早川書房
パンチ力満点な時代改変ノワール警察小説。大政奉還がなされず、2020年代まで徳川幕府が続く現代日本が舞台。刀と銃が両立しつつも「時代劇」が爆裂する独創的な世界観の創造ぶりが素晴らしい。読み進んでいくうちに発見する現代日本との類似性には、恐ろしさすら感じる怪作。寺田克也さんによって描かれた表紙画のキャラデザもいい感じ!
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No.73
立原透耶 『猫の図書室』 新紀元社
この上なく美しい物語。文章に品があります。短編でありながら、ハインライン「夏への扉」と並ぶクオリティの高さ。私は六回読みました。そのたびに、感動しました。いつまでも書き続けてほしい作家さんだと感じました。
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No.72
池澤春菜 『わたしは孤独な星のように』 早川書房
池澤春菜さんの小説集処女作であり、とても読みやすい短編が収録されているのでどの短編から読み始めても飽きることがありません。また、「SFとは何か」を意識して読んでみるとそれぞれの短編のテーマの裏にある本質の奥深さにも気付くと思います。
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No.71
間宮改衣 『ここはすべての夜明けまえ』 早川書房
機械化手術を受け不老不死の身体を手に入れた女性の数奇な一代記。被害者の慟哭と同時に共依存の加害性にも言及した意欲的な作品。中盤以降の対話シーンが価値観の差異を浮き彫りにしていて引き込まれた。SFに馴染みがない人でも読みやすいので、特に若い女性に手に取ってほしい。
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No.70
春暮康一 『一億年のテレスコープ』 早川書房
主人公が子どもの頃からの話から始まり、ソフトSFかと思いきや、物理学、生物学の知識が満載、時間と空間を飛び越えて読む者を遥か遠くまで連れていってくれます。
難しいのに、なぜかすんなり頭に入ってくる文章の上手さ、続きが気になり止められないそんな本でした。 -
No.69
香月美夜 『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』第五部「女神の化身X」 TOブックス
闇と光の夫婦神。水・火・風・土の兄弟姉妹神。そして命の神によって成り立つ世界。その片隅に神が作った箱庭たるユルゲンシュミット。
神々の魔力をもって作られた箱庭を、人が礎に魔力を注ぎ維持することにより住むことを許された契約だったが、人は楽な方へと流れる生き物だった。神々との契約を忘れ、証であるメスティオノーラの書を失った人々。
書の取得方法すら忘れ権力にのみ意識を向ける人々により、今箱庭は崩壊寸前だった。
書痴過ぎて、本に押しつぶされて死亡し、ユルゲンシュミットの一領地、エーレンフェストの貧民:兵士の娘に転生した少女。貧民ゆえに文字も本も無い環境から、図書館司書への夢を抱き「ないなら作ればいい」と大店の若旦那を、神殿の神官達を、領地の貴族を、やがて王族を巻き込み、書にたどり着いてしまう。理の異なる神々とのかかわりを経て、念願の図書館司書になるまでの凄い(S)不思議(F)な下剋上の物語 -
No.68
宮西建礼 『銀河風帆走』 東京創元社
この中短編集は前半と後半に分かれていると考えている。
前半は「日常のSF」とでも名付けるべきものか。ほぼ現代、SF的なシチュエーションの中心から外れた場面での高校生達の真剣なる取り組みが描かれていく。中心から外れているからこそ、その心情、繊細さが光輝いてくる。
後半はそれと対をなす「久遠のSF」と言えばいいだろうか。亜光速ながらも太陽系外へと向かい、さらにはそのペースで銀河系外までへと向かっていく、あまりにも壮大な物語。そして、前半と共通するのはその「繊細なる人間性」。物理的にはすでに人とはかけ離れている。でもそこにやはり人間性を見出すのは、「外へと向かおうという地強い意志」を感じるからだろう。
時間的にも空間的にも、もちろん科学技術的にも久遠の開きがある前半と後半。でもそれを「人間と言える存在の歩み」として読んでいけるこのSFを推薦したい。 -
No.67
津原泰水 『羅刹国通信』 東京創元社
作者はSF小説で作家となり、SF誌に追悼特集が組まれた。功績を讃える賞を贈ったのもSF界だった。実際のところ遺した作品のジャンルは多岐に亘るのだが、恐らくはSF作家として回顧される存在になっていくのだろう。
没後に刊行された本作のジャンルははっきりしない。ファンタジーのようでも、サイコホラーのようでもある。語り部の少女は、生まれ育って高校生として暮らすこの世界と、異形の存在として沙漠をゆく羅刹の国が交錯した時を生きている、ように見える――が、本当に? ともあれ彼女は羅刹国の、更なる深みへと踏み入ろうとしている、そこで筆は途絶えている。結論はない。
SF作品としてエントリーするに妥当だという確信はないが、妥当ではないという確証が得られることも最早ない。
「ここでなら読者をとうぶん物語の中に置き去りにできる、と直感したところで握っていた手を放す。すなわち筆を止める。」とは作者の晩年の言である。 -
No.66
荒巻義雄・巽孝之〔編〕 『SF評論入門』 小鳥遊書房
「古典SFをどう語るか」「SF作家をどう語るか」といったテーマ別に、古典SFから現代SFまでの12の論考を収めた入門書。現在、古典として挙げられるような作品や、日本SFの第一世代をリアルタイムで楽しむことができなかった自分のような入門者にとって、これまでの歴史を知り、作家の人生にまで思いを馳せることができる興味深い論考ばかりでした。語りつくされたような古典作品であっても、論点を変えることでその作品の新しい面が見えてくるという面白さも味わいました。解釈共同体の対話、共作的想像力といったSF独自の特性を踏まえた上で、評論の意義を問い、見つめなおすことのできる新しい時代に向けた入門書であると考え推薦いたします。
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No.65
ナガノ プロジェクト『ちいかわ』
今や我が国の誰もが知っている。
しっかりと読む事でSFホラー作品であることが分かるだろう。
一見かわいいだけのキャラクター作品に思えるが、このかわいらしいやつらの住まう世界のなんと不条理なこと!
作者の歪んだ性癖が垣間見えたときの面白さ。
このような作風と知られずに人気を得ていくことの奇妙さも、この作品の魅力を引き立てる。 -
No.64
つくみず 漫画『シメジ シミュレーション』 KADOKAWA
押し入れに引きこもっていたら頭にしめじが生えた少女「しめじちゃん」と、生まれつき頭に目玉焼きが乗っている「まじめちゃん」の、詩的でシュールなほのぼの日常四コマ。
…という触れ込みだが、完全にミスリード。しめじちゃんが世界の秘密に近づくにつれて物語は神話的に展開する。ほのぼのした日常大切な人びと、いびつで不思議な世界、その何もかもが変質していく。四コマ漫画という最低限の規則性も失われていく。残されるのは、深い深い精神の苦悩だ。
この物語がSFであることは間違いない。きっと世界の終焉を描いた「終末もの」だ。だが、そうしたカテゴライズが暴力的に感じられるほど、この物語は愛おしく、繊細だ。 -
No.63
不破有紀 『はじめてのゾンビ生活』 KADOKAWA
ゾンビを生きる屍・恐怖の対象としたホラーではなく人類の進化とし、ゾンビの誕生から月・火星への進出、呼称の変化、旧人類滅亡までの千年の歴史を50のショートストーリーで描く年代記。ゾンビは宇宙空間での耐性や月での活動が人類より有利というのが面白く、ゾンビという存在の、物語での新たなる活かし方を提示したと思う。
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No.62
Kaguya Planet×SFG マイクロノベルバトル「カレーVSラーメン」 Kaguya Planet・SFG
バーチャルゴリラ+とSFGのコラボ企画
SFG2023 vol.06にて作品掲載(SF文学振興会編集)カレーかラーメンどちらか選びマイクロノベルを応募。応募総数で勝敗を決める企画。
この企画の良さは、今までにないテーマと競争があり、応募者だけでなく読者までも見守りと応援の楽しみを内包しているところ。観戦感覚がある。
作品を応募する者は誰でも知性と創作意欲のもとこの脳みその運動会に参加可能。たとえ未熟であっても応募数の貢献は勝ちへの票となる可能性を含む。これこそが娯楽小説における良い意味での平和的知性の対決と言えるのではないだろうか。
読み手も、この企画から作家の作品そのものから受ける感動だけでなく、自分であればどちらを選択するかという一歩踏み込んだ思いをもてる。この感覚は一冊のSF作品を読んだだけでは生まれない。革新的な視点を生んだ企画だろう。ゆえに価値あると企画として推薦します。 -
No.61
眞田天祐 『多元宇宙的青春の破れ、唯一の君がいる扉』 KADOKAWA
平行世界を行き来する力を持つ男子高校生。とつぜん、平行世界が統合され始め、なぜか彼の周りの人間が巻き込まれていく!
ライトノベルの王道をモチーフにしつつ、並行世界を飛び、青春ボーイミーツガールに仕立てた本作は分かりやすさとSFらしさをのマリアージュ!
章タイトルは有名SF作品のオーマージュで、物語とも関係するSFマインドにあふれた素晴らしさ。ここから他の作品に興味を持つこと間違いなし。難しくなりがちな平行世界を明瞭に描き、矛盾を感じさせない展開と意外な結末、そしてさわやかな後味!老若男女問わず、大人も楽しめるジュブナイルSF! -
No.60
上林俊樹著、岡和田晃編 『上林俊樹詩文集 聖なる不在・昏い夢と少女』 SF ユースティティア
上林俊樹(1949~2018)はながらく職業編集者としてはたらき、「熱月(テルミドール)」ほか、数々のオルタナティヴ・マガジンに深くかかわり、北海道という地域を内側からのりこえようとしました。近年では佐藤泰志研究の領域でも注目をあつめています。その上林俊樹氏の仕事を集成したのが本書ですが、文体や黙示録的なヴィジョンのスケールは、詩や批評というジャンルをこえたスケール感を誇り、まさに新時代の「北海道SF」と呼ぶにふさわしいでしょう。既存のSF史や文学史で無視されてきた書き手の再評価という意味でも、今年度のSpeculative Ficitonのベストにふさわしいものだと太鼓判をおします。
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No.59
山田鐘人、アベツカサ、斎藤圭一郎 アニメ『葬送のフリーレン』 マッドハウス
原作は週刊少年サンデー連載のコミックで、数多くの漫画賞を受賞しています。満を持してマッドハウスによりアニメーション化されました。ファンタジー作品ですがよく作り込まれた設定とそれを元に作り込まれたアニメーションは2023シーズンでも1番の作品でした。
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No.58
東京ニトロ 『THIS IS THE END NOW 1983』 Web
日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト2024
審査員賞「久美沙織賞」人には視野(心)があり、その領域は己のためだけに向けられるものではない。世界の危機を認識し、他人の痛みを認識し、苦しみの心に寄り添い行動へ移せるなら、その者は若者でも大人以上の大人たりえる。それは昨今、世界情勢をみても望まれる人・個人としての在り方と誰もがどこかで目にしているはずだ。
本作ではまさにヒロインが他人の苦しみに寄り添い行動していくさまを描いている。そして読了後に少女たちが体感する終着点も美しい光景として想像できる。
世界観は娯楽のみに特化したフィクション作品を超える現実味と力強い躍動感を持ち合わせている。現実社会で地に足をつけ、過去、今、未来を鋭く見据える作家のたしかな目がそこにあると感じさせられた一万字の作品。
このような創作力ある作家東京ニトロはSF小説界で財産になるだろう。ゆえに本作を推薦します。 -
No.57
新馬場新 『十五光年より遠くない』 小学館
太陽フレアの影響でパニックに陥った東京から元戦闘機パイロットの男と理系天才少女が脱出し、横須賀を目指す。それもすべてはある目的のため…大切な人のため…という、とてもアツいディザスターSFです。
行って帰ってくるという冒険小説の基本もしっかりとおさえられていて、宇宙関連の専門用語も多く出てきますが、ちゃんとわかるように書いてくれています。
宇宙好きも、そうではない人も楽しめる。今年一押しの作品です。
昨年は先鋭的で湿度の高い百合SFを書いておられましたが、こういうTHEエンタメSFも書けるのだなと驚くばかりです。益々今後に期待です。 -
No.56
眞山大知 『国会議事堂が妊娠して九ヶ月が経過しました。』 Web
https://hametuha.com/novel/86646/
国会議事堂が妊娠して九ヶ月が経過した。衆議院の職員・佐々木は文字通り気が狂いそうな仕事を任された。――来月にも国会議事堂から生まれる新生児の出産を成功させよ。
有機物と無機物、生命と非生命の境界は果たして絶対的なものかというラディカルな問いをなげかける作品。クライマックス、国会議事堂の出産シーンはまさに圧巻の一言である。
そして国会議事堂が妊娠する狂気的状況でも、作中の登場人物は主人公を除き、至極冷静にふるまっている。異常事態がなかなか治らない夏風邪のようにだらだらと続けば、人間はその狂気へ適応してしまうからだ。
著者は常識ある読者たちを挑発する。――君たちには異常事態が異常事態だと思い続けられる精神力はあるか? 本作はディストピアSFの新境地をも切り開く。なお自薦。 -
No.55
長谷川京 『アネクメーネ』 早川書房
人類の多くが地磁気変動の影響で方向感覚を喪失した世界。
主人公は大企業から派遣された男に特許を譲渡してほしいと依頼された。亡き友人と開発した、生物の情報を効率的に解析し祖先の特徴を明らかにする特許技術を。
主人公は特許を渡す意味があるのかどうかを確かめに男とともに北極へ向かうが、同時に大企業の陰謀へ巻き込まれることになる……。
亡き友の想いを受け継ぐ主人公のまっすぐな心は、社会に揉まれてやさぐれてしまったかつての科学少年たちにとってはあまりにも眩しすぎる。タイトルの「アネクメーネ」の意味がラストシーンで明かされる時、主人公の想いも紙面越しに我々へ受け継がれるだろう。
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No.54
惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公 『たまたま座ったところに“すべて”があり、それが直腸に入ってしまった。』 Kindle
鬼才、現る。
そもそも著者名を読んでほしい。20世紀SF作家の巨塔スタニスワフ・レムのあの代表作のあの名シーンをそのまま採用したのだ。恐るべき作家ということはここからでもわかるだろう。
そして著者名以上に内容がぶっとんでいる。本作は短編集であるが表、題作の「たまたま座ったところに〝すべて〟があり、それが直腸に入ってしまった」は、まさに肛門SFの歴史(そういうジャンルがあればだが)に名を残す大傑作ではないだろうか?
肛門のあるべき場所に森羅万象のすべてが存在するのだ。肛門のなかでひとびとが生まれ、死に、宇宙も死んで、やがて再生する。宇宙は肛門であり、肛門は宇宙である。そんな肛門があってたまるか。
この作品集を読めば、我々の想像力など塵芥に等しいことがいとも容易くわかるだろう。もしこの作品集が大賞を獲得した際は、およそどの文化圏にも存在しない奇怪なハンドサインを送ろう -
No.53
不破有紀 『はじめてのゾンビ生活』 KADOKAWA
赤い目、腐っていく皮膚、伸びる犬歯。いわゆる『ゾンビ』化する人類が増えていく地球上で起こる、様々な人々の様々な悲喜こもごもが淡々と語られるショートショートたち。そこからまさかこんな、宇宙規模の壮大な人類史SFが展開するとは!
印象的な表紙も、ポップなカラー口絵も、こんなSF展開は予想させてくれませんでした。ですが、読み終えた後は大長編シリーズを読み終えたような満足度。文庫一冊でこれだけのSF叙事詩を書き上げた作者さん、本当に凄いです。 -
No.52
荒巻義雄・巽孝之編 『SF評論入門』 小鳥遊書房
12名の論者に2名編者の前説と解説を加えた、画期的SF評論集。これを読めば、日本SFの知的水準がわかるであろう。作品と評論は、相互に刺激しあいながら進化する車の両輪のようなものだ。時代が急速に変わり、次の時代へとページがめくれようとしている現在、SFを深く読解する思考力は、時代の激変に対する適応力を身につけると思う。従って、本書は、我々SF人にとっての必読書である。
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No.51
荒巻義雄 『天蓋都市ヒカル』 小鳥遊書房
ChatGPTを使い、SF小説が書けるかどうかの問題に初挑戦した実験作。結論を言うと作者が提示した設定への回答(プロット)は常識的ではあるが、必ずしも独創的とは言えない。だが、多少の参考にはなった。今後、ChatGPTのバージョンが上がることが予想されるので、少し時間をおいて再挑戦することも考えている。
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No.50
南雲麗 『ガノン・ザ・ギガンテス』 カクヨム
ガノン・ザ・ギガンテスは南雲麗氏が手掛けた作品の中では、本人の言にもあるようにライフワークとも呼ぶべき存在である。本作の特徴はなんと言ってもその圧倒的な戦闘描写にある。ラーカンツのガノンを主人公に、密度の濃い戦闘描写の中で、さまざまな魑魅魍魎と戦うガノンの勇姿には惚れ惚れしてしまう。本作はそうであると同時に、どこから読んでも物語として読めるという不思議な小説でもある。このような血肉湧き踊る冒険譚がこの現代に存在することは、SF的な文献史、ロシア語で言うところの«фантастика»――すなわちファンタスチカの歴史にとって大変な福音であると同時に、中国語で言うところの科幻《Kēhuàn》の歴史文献的リアリズムにとっても、革命的なことである。
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No.49
宮西建礼 『銀河風帆走』 東京創元社
本屋のSFの書棚にはこんな科学をテーマにした空想小説がもっとあってほしい。諦めてサイエンスの書棚に移動すれば子供の頃の科学への憧れがよみがえるけれど難解でつまらない。この『銀河風帆走』では文系理系のレッテルが貼られる前の純粋な自分に戻って、天文学・地学・工学・農学・近代日本歴史、生物学・宇宙物理学の中を存分に冒険できた。全ての登場人物(AI含めて)からは、生き物へのリスペクト、人が抱いてきた科学ロマン、人間の善性が等しく存在する。科学の目を取り戻せば、見て見ぬ振りをしてきた人類の愚行にも人間性の尊さにも気付けてこの世と未来共通の真実も理解できるのだ。植物の種子である若い子供たち、生まれたばかりのAIが、真の危機にどう生きてどう花を咲かすのか、地球の運命を決めるバタフライ・イフェクトにもなりうる本だと思う。全てが本質的で感動的で多くの人の目に触れてほしい、意義ある科学文芸小説です。
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No.48
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
この作家の作品が好きだ。SF作家のカテゴリーでありながらいわゆるガチガチなハードSFではなくどことなく馴染んだ日常を感じながら気がつくと非日常に引き込まれる雰囲気が心地よい。この作品の各話も同様でどこにでもありそうな風景を描写しながらもどこか日常のルールではない何かに導かれてストーリーが展開し気がつくとオチに導かれている感覚が楽しい。
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No.47
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
現代の事実上の焚書・検閲をSFの形で示した名著。巻頭作「ハンノキのある島で」は身に覚えがありまくりで、けっこう心にぐさぐさ刺さります。併録の「詩人になれますように」は小説を執筆する者すべての必読の短編。
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No.46
波木銅 『ニュー・サバービア』 太田出版
原発のある町で小説家を夢見て退屈な高校生活を送っていた萩と馬車道。卒業を機に上京したふたりだったが、ある日馬車道のもとに1通のメールが届く。メールには『ニュー・サバービア』というタイトルの私小説が添付されていた――。原発、カルト教団、未確認生命体……次々と襲い掛かる不気味な現象に、主人公・馬車道ハタリは血気盛んに立ち向かう。原発事故によって崩壊した故郷の町への愛憎を抱きながら前に進む馬車道の姿は閉塞感を抱えて生きる読者に勇気を与えるだろう。「少しでもマトモな候補者を当選させるために選挙に行くし、テンションを上げるために壊れてないけど古いスニーカーを捨て、新しいのを買う。(中略)嫌いな映画の否定的なレビューを探して溜飲を下げる。自分といっさい関係ない著名人のゴシップをネットで漁る。そういうものだ!」という開き直ったラストのセリフも清々しい。現代の閉塞感を打ち破る、新世代SFと言えるだろう。
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No.45
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
あのもう自分の拙い文章力ではこの作品の魅力を伝え切れる自信は無いのですが、それでもこの作品を推薦させてください。短編集なのですが、表題作では、皆が一度は聞いたことがあろう始皇帝の焚書を擬人化というか本を人としてその焚書を行うという衝撃作であり、この作品のメインを飾るのは間違いなくこの話だと考えます。ですが、この作品内で私が推したいのは「痛妃婚姻譚」「金魚姫の物語」この二つです。どちらとも残酷な世界の中にある美しさの描写がとても素晴らしく、特に後者では、怪異の中にある青春の輝きというか爽やかさが溢れていて現実離れしているのにありありとその光景を目にうかべることができます。兎にも角にもこの作品に入っている短編どれもが傑作で、斜線堂有紀さんがどれだけ本を読み込んでいるか、本を愛しているかがわ伝わってきます。本は読んでも読まれるなという作品だと思います。
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No.44
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
SFとは何か。通常の小説では味わえないような「センス・オブ・ワンダー」を感じさせてくれる事、と個人的に考える。そういう意味だと本作はまさにSFとしか言いようがないくらいの異質の発想・驚きの数々に満ちている。
おどろおどろしい雰囲気なのに、その先に待ち受けているものが知りたくて、異形から成る美しき悪夢から目が離せず、ページをめくる手が止められない。我々の住んでいる世界ではない、もしかするとどこかにあるかも知れない世界を垣間見るかのような心境は、まさにSFを味わう醍醐味。
特に表題作と描き下ろしの姉妹編が圧巻。物々しく奇妙で現実離れしているはずの数々の設定が、緻密な筆致力により、まざまざと眼球の裏に現実味を帯びて映し出される様は、まさに読む麻薬。さぁ、貴方も幻想的な現実へ旅立ちましょう。
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No.43
北野勇作 『シリーズ百字劇場』 ネコノス
自薦です。
このシリーズ、現在、五冊出ています。一冊に百字小説が二百、つまり一千篇の百字小説が並んでます。継続中です。まだまだ並べるつもりです。
超短編というのはこれまでにもある形式ですが、それをこの形で配列した百字劇場というシリーズが、これまでにはなかった新しい何かであることは、読めばわかっていただけると思います。ただ、それが新しいものであるがゆえに、それを説明する言葉がまだ無い。それを読者に見つけて欲しいと思っています。それは作者である私にもできていないことですから。
ところで、この「シリーズ百字劇場」をSFだ、と言うと、多くのSF読者は困惑するかもしれません。そして、今の日本SFにもっとも必要なのは、「これがSF?」と言われるようなSFだと私は考えています。
さあ、読んで困惑してください。それがSFだ!
かめたーいむ! -
No.42
漫画作者:ナガノ プロジェクト『ちいかわ』
この作品が日本SF大賞に推薦されるのを奇異に思う……という人は少なくなってきたんじゃないでしょうか。原作漫画を愛読している人たちは、ちいさくてかわいい生き物たちがディストピアな世界で不条理な運命に翻弄されるSFホラーの味わいを充分知っていましたが、近年はアニメ化も進み、キャラクターグッズもだんだんストレンジなセンスを隠さなくなってきました。老若男女がそうと意識せずに親しんでいるSF作品として、その存在感と価値はますます高まっていると思います。
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No.41
河野裕 『彗星を追うヴァンパイア』 KADOKAWA
この作品を推薦するのは、「SF」であり、それを内包しつつそれを超えた『SF』(Spread Fiction :広がりのあるフィクション)と考えるからです。
名誉革命やニュートン等だけでなく、一般的でなかったVampireを「現象」とする等の鋭い考証。自然哲学全てを否定する「現象」が持つイメージとは真逆のアズの魅力と求め続けるものの意外性、人類史との関係。更に、プリンキピアへの書き込みから、オスカーが思索のみで「現象」を量子力学的観点で物理的に説明する圧巻さ。そして忘れてはならないのは、これほどの内容が人間性という柱で貫かれている事。それを象徴するオスカーとアズの関係を示した至高のタイトル。
以上、あまりにも広範囲の要素で感動的なストーリーが成立している事から、既存のジャンルに入れる事に疑問を覚え、『SF』(Spread Fiction)という言葉を創らせていただきました。 -
No.40
新馬場新 『十五光年より遠くない』 小学館
本格的で重厚な設定の骨太SF。
SFといえば近未来的な設定が一つの王道だと思うが、この作品はまさに王道を進んでいて、それでいてライトなファンにも読み進めやすい工夫が凝らされている。
しかし様々な有名作のオマージュや匂いも感じられて作者のSFの造詣の深さと愛を感じられる作品になっていると感じる。
学生の読書としても、大人の趣味としても、SFファンとしても、どの層にとっても読みやすい本格SFは限られているのでぜひお薦めしたい。 -
No.39
荒巻義雄・巽孝之(編) 『SF評論入門』 小鳥遊書房
本書には、SFを語ることへの知的興奮が溢れています。
「ソラリスの陽の下に」「高い城の男」「宇宙の戦士」等、今日では古典とも呼ぶべき作品が、時代の変遷に合わせて見直され、語られ、新たな価値を付与されています。
「百億の昼と千億の夜」をテーマにした論考は、筆者の魂の絶唱とも呼ぶべき熱い内容であり、心を打たれます。
山野浩一による「日本沈没批判」やバリー・ヒューガート「鳥姫伝」のように、必ずしもメジャーとは言えない作品に今日的視点でスポットを当て、「隠れた名作」をSF史の中に位置づけていこうとする試みも見られます、
ヴァラエティに富んだ第一級の評論集であり、SF大賞に相応しいと考えますので、エントリーさせていただきます。 -
No.38
芦沢央 『魂婚心中』 早川書房
SFとミステリーが高いレベルで融合した短編集。意外性のあるSF設定を基軸としながらも、リアリティのある人間観察と、ミステリー的構成で独自の物語世界が構築されており、2024年を代表するSFとして相応しいと考えます
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No.37
作・演出:坂本鈴 演劇『ラブイデオロギーは突然に』 劇団だるめしあん
架空のケータイ小説『あまこい』を原作としたドラマの世界に、原作者とドラマ脚本家が転生する物語。悲痛な運命が決まっている登場人物に転生してしまい、それを回避するために二人が協力するシスターフッドストーリーとなっている。物語で起こる様々な悲劇的なイベント=大罪を回避していくが、最も大きな罪は”真実の愛”であったと気づく。真実の愛という呪いからヒロインを救い出そうとする二人は、自分たちがその呪いを再生産してきたことを省みる。
ケータイ小説を題材にし、そこに張り巡らされたロマンチック・ラブ・イデオロギーに問いかけ、ケータイ小説が流行った2000年代から2024年に至るまでの時代の変化を見つめなおす、SF的野心に溢れた作品だった。
ヒロインに「あなたは恋物語のヒロインじゃなくて、SFの主人公なの!」と叫ぶシーンは象徴的だ。
http://www.komaba-agora.com/play/15547 -
No.36
萬朶維基 『コンスタンティノープルのドンペンコーデ』 カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16818093077171067076
本作はペンギンSFアンソロジー企画参加作。地雷少女るなてゃが水族館でペンギンを見ていたところ、ビザンツ帝国時代に飛ばされることから物語は始まる。軽妙でニヤリとさせる語り口とは裏腹に、細部は中世世界と『ドン・キホーテ』の重厚なディテールに裏打ちされ、見事な歴史SFである。バタフライ・エフェクトの帰結をワンカットで視覚的に印象付けるラストは圧巻。
『ドン・キホーテ』原典への言及が何度もなされ、作者の物語への愛と、ジャンル小説としての中世騎士物語がテーマとした愛と、現代的な「推し」文化とを三重に重ねて解釈しており、2024年現在に描かれ、評価されるべきSFである。 -
No.35
秋待諷月ほか計60名 ペンギンSFアンソロジー カクヨム
ペンギンSFアンソロジーは「ペンギン」をテーマとした広義のSFアンソロジー企画であり、プロ・アマチュア含めて60名の作家が参加した。
http://gengetsunokariyado.web.fc2.com/project-penguinSF-final.htm参加作品ジャンルは多岐に渡り、宇宙、未来、ポストアポカリプス、仮想世界といった王道から、陰謀説、日常、ミステリ、旅、ペンギンの不在を問う哲学まで、2024年のSFシーンにおける「拡散と浸透」の縮図と呼ぶにふさわしい拡がりを見せた。
また、参加作の「好き」を問うアンケート結果ではほぼすべての作品に集票するなど分散し、ジャンルのみならず、SF読者の嗜好の多様性をも可視化するイベントとなった。有志によるペンギン分析レポートやグッズ展開など、小説を超えた広がりがなされた点も特筆される。 -
No.34
森青花 『李賀書房』 新紀元社
森青花というひとの作品は、デビュー作のBH85以来、「よーく考えると、なんだこりゃ」という世界を、自然なタッチでさらっと書き上げて読ませてしまうのだけれど、それができる作家って今どきとても稀なのではないかな、と思う。この作品はそうした「らしさ」をとてもコンパクトにまとめ上げた秀作だと思う。こういうのは、アリ、だ。
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No.33
未苑真哉 『人生投影式〈スクリーン・オブ・ライフ〉』 22世紀アート
じんわり、時にずっしり沁みわたるような空気感が個人的にも好みであるのと、
各章の終わり方がズバッと勢いが良く海外文学的で、
またSF的なのに何だかとても身近な出来事のような、
そして飽くまで短編集の形を取りながら、挿しはさまれる会話などから各章が実はリンクしていることにも気付かされ、
読後はまるで長編映画を観終わったような感覚に浸れる、そんな1冊です。登場人物達の関係性は様々。
それぞれ人生投影式をどういう風に利用し、そして受け止めた相手にはどんな気持ちをもたらしたか?
そこが本作の面白いところであり、
またそこを通り抜けてこそ、或いは乗り越えてこそ浮き彫りになる「愛」こそが、著者が一番に伝えたいことなのではと感じました。作品の世界観にマッチしている装画もとても目を惹く。
追って文庫本にもなるようですので、そちらも是非手に取って読みたいです。 -
No.32
Kaguya Planet・SFG マイクロノベルバトル「カレーVSラーメン」 Kaguya Planet・SFG
日本で最もポピュラーな食べ物である「カレー」と「ラーメン」をテーマにしたSFマイクロノベルを募集し、作品数で勝敗を決めるという企画および作品集。マイクロノベルでバトルするという斬新さや、身近な「カレー」と「ラーメン」をテーマに据えた点など、まさに『SFの歴史に新たな側面を付け加えた』取り組みであることが高く評価できる。
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No.31
佐川恭一 『就活闘争20XX』 太田出版
人間社会は「茶番」によってかろうじて成立している。退屈な社内会議のようなものから〈神聖なる〉儀式・儀礼まで、みなうっすら茶番だと感じながらそれを指摘せずに過ごしている。こうした茶番のうち、本作の著者が象徴として取り上げたのが「就活」である。就活は誰もがその「茶番性」を意識しながら、しかし避けがたい関門として在り続けており、人々はそれを乗り越えるべく、他者や自己に大小様々な嘘をついて奔走することになる。ここにおいて、著者はその「茶番性」をコミカルに、時にはシリアスに極限まで増幅させ、そこに命のやり取りまで持ち込むことで、社会にラディカルな疑問を投げかけている。いわばデスゲームものに分類される本作は「トンデモディストピアSF」として楽しむこともできる。しかしここに、我々人類が本当に考えるべき真の問いが含まれていることを決して見逃してはならない。自薦だが、SF新時代の到来を素直に喜びたい。
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No.30
未苑真哉 『人生投影式〈スクリーン・オブ・ライフ〉』 22世紀アート
故人の記憶をホログラム技術で投影し、遺された人に鑑賞してもらうサービス〈人生投影式〉をめぐる近未来SFです。
第1回文学レボリューション大賞作品を含むライト・ショート作品(株式会社22世紀アート主宰。同社の初の商業出版作)10話の連作短編集で、投影者(故人)と鑑賞者(遺族ほか)の関係性が「親子」「友人」「夫婦」「元恋人」「先生と教え子」「きょうたい」など様々な読者に共感できる物語設定。
何より、SF小説として〈スクリーンオブライフ〉という他者の記憶再現技術は2040〜50年代に想定されるAI技術、ホログラムなどを2024年最新技術の情報から駆使して作られたガジェットとなっています。
結果、ガジェットを通して各人の記憶=「主観」をもつ人類が共存することの難しさと課題を提示した作品です。
現代日本が抱える超高齢化社会や子供達を狙う犯罪、分断などの問題が透けて見えてきます。 -
No.29
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
本と物語に対する一途な愛、歪んだ愛、危険な愛等々、あらゆる愛を見せてくれる作品です。現実にはあり得ない世界が、驚くほど我々の住む世界の有りようを写し取っているあたり、これぞSFと快哉を叫びたくもなります。
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No.28
宮西建礼 『銀河風帆走』 東京創元社
私のようなハードSFを読み慣れていない人にも読みやすく、読書って楽しいな!と再認識させてくれる作品だ。
鮮やかな銀河、遥かな宇宙、煌めく星空が浮かび上がる美しい情景描写。あまりにも見事な情景描写に、夜は窓を開けて星空を眺めた。
壮大なテーマの中にも、人と人との繋がりの大切さ、人間ドラマが丁寧に描かれていて、物語の世界観に完全に魅了された。 -
No.27
佐川恭一 『ゼッタイ! 芥川賞受賞宣言 ~新感覚文豪ゲームブック~』 中央公論新社
当然の話だが、全てのゲームブックはパラレルワールドの概念を内包したSFである。本作では芥川賞を目指す主人公が数々の困難を乗り越え、あるいは乗り越えに失敗し、その人生の軌跡がいくつかの結末に収斂していくのだが、その過程で「ありえない編集者」や「ありえない選考委員」たちが登場し彼を翻弄する。普通に読むと「ありえないドタバタコメディ」という一言にまとめられかねない作品だが、精確に読み込めば、この過剰な「ありえなさ」と「リアリティ」の関係を著者が突き詰めて考えている事がわかる。重要なのは、ありうる出来事をいくら並べてもリアリティの強度とは無関係だという事である。著者はその事実に目醒め、あえて過剰な「ありえなさ」を追求しぎりぎりの所で反転させ、逆説的に真のリアリティを立ち上げようという試みを鋭く提示しているのだ。本作はSFを、文学を根底から揺るがす傑作として永く記憶されるだろう。なお、自薦である。
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No.26
高野史緒 『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』 講談社
本と本に憑かれた人たちが織りなす物語。なかでも「ハンノキのある島で」はわたしたちの心の叫びが描かれていて、心を打たれます。「本の収納はみんな限界」……これを解決する術をどうやって見つけるかはこの本を読んでください。
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No.25
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
斜線堂先生の作品がずっと大好きです。「焚書」という言葉を初めて知った時、息がはっととまるような驚きと、誰かの生きた証を永遠に葬り去ろうとすることへの怒り、そして紙が燃える時の炎はどれほど大きく力強くみえるのだろう、と思ったことを覚えています。表題作を読んだ時、人間は心の奥底では本が、人が焼けていく姿を見たいと望んでるという発想に絶望と深い納得をおぼえました。十の狂気は、私たち人間の狂気なんだと思います。人間は一度しか生きることができないことへの腹いせに、時々本を焼いたりします。この作品の狂気はその宿命を語っているようで、本当に素晴らしいお話でした。
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No.24
秋待諷月 『花が咲いた日』
日本SF作家クラブ主催「さなコン2024」大賞受賞作です。
人とロボットとのささやかな交流を描いた短編小説。しかしながら、安易に人寄りのAIや機械を偏愛する人を用いたりはせず、しっかりとしたディティールを持った登場人物が静かに物語を進めます。
驚くような事件は起きず、裏切られるような展開もなく、ただただAIが自分で考えて少しずつ成長する姿を影から見守るような読み心地が続きます。
AIにとってはそれが進化か成長か、あるいは退化か退行か。ぱっと花が咲くラストシーンはしっかりとまぶたに刻まれました。たしかに、花が咲いた。
ドキドキするような、ワクワクさせるワンダーな物語ではないけれども、いいお話読めたなーって気持ちにさせる優しいSFです。 -
No.23
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
7つのグロテスクな短編集。どの作品もおすすめします。私が好きだと思ったものは、「痛妃婚姻譚」と「金魚姫の物語」でした。前者は人の痛みを受ける痛妃と彼女を支える絢爛師の物語。他人の痛みを受けるなんて、想像しただけでも身体中が痛くなる、そしてそれを感じる文章でした。後者は、降涙と呼ばれるその人のところにだけ降る雨にさらされ続ける状態。逃げられない雨に降られ続ける遥原憂を撮り続ける雨宮准の物語。憂に起きている状況が目に浮かぶものの、准の目を通して見ているのでそのままではないのだなと感心しました。
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No.22
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
私達にとってこのお話は初めて触れた時、異質で残酷な世界に見えた。でも読み進めれば進めるほどそれらを覆ってしまうほどの魅力と説得力もある。
「読まない方がいい、虜になってしまうから」という帯の通り、身体の芯からじわじわと先生の書かれる世界観に魅了されていく感じがしました。 -
No.21
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
斜線堂有紀さんは独特の世界観を持った作家さんですが、この作品は特に顕著に現れているように思います。
新たな形でのビブリオバトル。本の内容を語る中でより本物と感じさせるか(本物以上に本物らしければそれが本物という理屈は最高)。そして敗れた側は焚書として焼かれてしまう。この感じにひりつきも感じます。 -
No.20
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
おどろおどろしい短編が集まった怪奇SFです!読み進めるにつれて恐ろしい予感がひしひしと迫ってくる、美麗な文章で語られる物語に夢中になって読み進めました!特に好きなのが「ドッペルイェーガー」で、結末の余韻が素晴らしかったです。
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No.19
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
すべての作品がハッとさせられるような怖さと力強さを持っている。描写のリアリティがすさまじく、本当にそういう現実があるかのように思えるほど。全体的に生き延びていくことのシビアさ残酷さエンタテイメント性、人の業みたいなものもよく描けている。それぞれの短編がそれぞれ話としてものすごく面白い。発想と飛躍には唸らされる。人が普段目を背けようとしている自身の感情を揺さぶってくる。とにかく怖いが、誠実な物語たちだった。
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No.18
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
こんなにも美しくて恐ろしくて、非現実的なのに現実的な話は他に存在しません。SFとは何か、SFはどんな年齢層に向けたものなのか、改めて考え直す機会になりました。この物語を読んでしまえば、SFや、本の魅力にとらわれてしまいます!
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No.17
池澤春菜 『わたしは孤独な星のように』 早川書房
初の単著でありながら、これまで培った経験・知識・文筆活動の蓄積がはっきりと感じられる珠玉の作品集。一人称で紡がれる文章に、著者の持つ演技者としての側面、声質や息遣いを感じるものでもあります。装丁もまた美しいものでそれも◎
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No.16
日本SF作家クラブ・嵯峨景子(編) 『少女小説とSF』 星海社
これまで余り注目されることのなかった「『少女小説の書き手によるSFへの貢献』に光を当てるためのアンソロジー」(「まえがき」より)が企画され、2024年に刊行されたという事実だけでも極めて大きな価値があると言えるが、その結果生まれた本書は、嵯峨景子氏という得難い編者を得て少女小説とSFの歴史と未来を一望できる一冊となった。(性別年齢に関係なく)心の中にティーンの自分がいるのなら、手に取る価値がきっとある、と言えるアンソロジーである。
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No.15
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
独特な世界観を持つ短編のそれぞれが、それぞれの痛みをもって襲いかかってくる作品です。おそろしいのに目が逸らせない緊迫感と、いっそ艶かしく恍惚としてしまうほどの痛みの描写に圧倒されました。一つ一つの話は短いながら、読み終わるたびに息が上がり、目眩すらしてくるようでした。もっと多くの人にこの世界観に浸ってほしいです。
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No.14
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
私がこの作品を推薦する理由は、なんといっても作者である斜線堂有紀先生の圧倒的な発想力にある。
表題作「本の背骨が最後に残る」では紙でできた冊子を本と呼ぶのではなく、物語を記憶し語る者が「本」と呼ばれている。
他、「痛妃婚姻譚」では麻酔という薬が開発されることのなかった世界で、人々が治療の苦痛に耐えるために生み出された方法について物語が展開していく。
どの作品にも通じて得体の知れない奇妙さがあり、だが決して読者を置き去りにすることはなく、繊細な情景描写、心情描写により、現実離れした世界観にあっという間に飲み込まれてしまう。読了後、「もしこんな世界だったら」という想像をこんなにもリアリティのある世界に仕立てることができるのか、と唸ってしまうほど圧倒的な描写力には舌を巻いた。 -
No.13
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
ただ本と向き合うことがこんなに幸せなことだと、忘れていました。
忙しさに追われ鞄の中でひたすら運ばれるだけになってしまっていた本。読書がこんなにも楽しくて幸せだと思い出させてくれたのはこの作品でした。
どの作品もハッピーエンドなんかではありません、少なくとも私はそう思います。
それでもここにある作品は、どれも間違いなく美しく、心を捕まえて離してくれない作品ばかりです。
本当は誰にも教えたくない宝物だけれど、大好きな先生に言われたのなら絶対に力になりたい、と思えるほどの作品です。
在り来りな日本語でしか褒められない自分の無力さをとても悔しく思うほどです、だから皆さんに読んでもらいたい。この美しさを知ってもらいたい。「真」とは何か私はこの作品手に取る度に思います。
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No.12
坂月さかな プラネタリウム・ゴースト・トラベルシリーズ パイ インターナショナル
『坂月さかな作品集プラネタリウム・ゴースト・トラベル』『星旅少年』を含む本シリーズは、〈ある宇宙〉と、眠りに就こうとする星々、これを訪れる星旅人の物語。『このマンガがすごい!2023』第5位。
美しくも不穏で壮大なセカイの成り立ちの魅力のみならず、横糸として描かれる「旅」もまた本作の醍醐味である。星旅人のゆく先々には多様な人々、文化、生活、香り、物語に満ち、人やモノとの出会いは珍奇で奇想天外。異国の小道や裏通りを旅するような驚きを読者は追体験できる。
過去にはコンビニプリントでも作品世界が展開されるなど、遊び心に満ちた著者の〈ある宇宙〉に応えるように、様々な二次創作やファンアートが創られ、コラボカフェも展開。本シリーズはSFの受容層を大きく広げることに貢献している。シリーズ作は日本人初となるボローニャ・ラガッティ賞を受賞し、海外でも高く評価される日本SFである。
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No.11
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
短編集で発表されたものをまとめたものをメインに、新作も含まれたアンソロジー
著者の美しくも恐ろしい世界観にいつも新鮮な驚きがある
表題作にハマった人には続編となる短編も含まれるのでぜひ読んで欲しい
今、いちばん好きな本である
表紙も素晴らしい、本棚に並べたくなる魅力がある -
No.10
斜線堂有紀 『お茶はできない並んで歩く』 早川書房
シスターフッドのバディモノで、医療SFで、ファッションSFで、バトルもので、でもその全てから少しずつはみ出している、そのはみ出し方に、SF小説の未来を感じました。何より、ものすごくカッコいい文章と物語。山田正紀さんを初めて読んだ時の衝撃が甦りました。
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No.9
斜線堂有紀 『本の背骨が最後に残る』 光文社
ぞっとするような斜線堂有紀の文章の美しさを堪能できる1冊です。表題作の『本の背骨が最後に残る』は「本」と呼ばれる物語の語り部が、互いの「誤植」を論じることで正当性をぶつけ合う「版重ね」が娯楽として存在する世界のものがたり。自らの命を掛けた戦いを、鮮烈に熾烈に苛烈に描くものがたり。
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No.8
宮西建礼 『銀河風帆走』 東京創元社
収録作はどれも少年少女や精神的な若さを持つ者たちが襲い来る理不尽な困難に対し、自身が持つ知識と智恵と勇気で抗おうとするジュブナイルと、作者の確かな知識に支えられたハードSFとのふたつの要素を併せ持つ作品ばかりである。
どの作品でも主人公たちは科学や論理を信じる一方、それを産み出した自分たちを含む人類の性質や罪から目を背けることなく向きあい、困難を乗り越えようとする。その姿、考え方、彼ら彼女らの物語は読者の心をとらえ、読み進みたいが読み終えたくないというアンビバレントな状況に陥らせることだろう。
どの作品も素晴らしいが、「されど星は流れる」を(特に初読時にコロナ禍で)読んだときに感じた希望、食事のたびに思い出す「冬にあらがう」のリアリティ、そして何より「銀河風帆走」の寂寥感とそれでも消えることのない光が特に心に残る。特に最近俯きがちで夜空を見上げたりしていない人々に、是非読んで欲しい一冊だ。 -
No.7
空木春宵 『感傷ファンタスマゴリィ』 東京創元社
前作『感応グラン=ギニョル』が「痛みと呪い」についての物語だったのに対し、本作『感傷ファンタスマゴリィ』は「呪いと縛めを解く」物語だと言える。だが読者は、「解く」という言葉から想像されるような安易な受容や解放を受け取ることはない。
呪われ縛められ傷つけられた者たちが痛みを己がものとし、滴る血で足跡を刻んで前に進んでいく姿を描きつつ、作者は読者に対し、それを安全地帯から見て拍手することを許さない。鈍く光る刃を読者に向けて差し出し、それを握る以外に選択肢はないと告げるのだ。
収録作は2019年から2023年にかけて書かれ発表されているが、通して読むと最初からこの形として想定されていたように感じられるのは、作者の中に絶対にぶれることがない、確固たる核が存在していることの証左と言えるだろう。
作者によって突きつけられた剥き身の刃を、ひとりでも多くの人に握って欲しいと思う。 -
No.6
監督:大張正己 TVアニメ『勇気爆発バーンブレイバーン』 Cygames
ハードロボットSFアニメが始まるぞと言う振りからの…
熱く、萌える、燃える、勇者たちの物語。
そして、勇気爆発バーンブレイバーン!
未知の機械生命体、時空間跳躍、生命の本質とは、勇気の本質とは。
苦悩するキャラクターの姿に、あなたは何を見るだろうか。
燃やせ、燃やせ、魂。
熱い12話を是非薦めたいと思います(暑苦しい)。 -
No.5
永田礼路 漫画『螺旋じかけの海シリーズ』 同人誌・Kindle
それは病を治す画期的な手法。
モルフと呼ばれるナニモノにもなっていない未分化細胞を使う事で人は病を克服したつもりになった。
時間経て、それは暴走を始め、人が人でないものへ変化し始める。
モルフを推進した企業は責められ、人と人でないものを分ける法律が生まれた世界で、只一人、その身体に多くの未分化モルフを抱え、境界線上で生きる人の治療にあたる主人公オト。
ある日オトは海で捉えた信号と脳波をシンクロさせることで意思疎通が可能なクジラと出会う。クジラと語り合うオト。
一方で「命を大切にすること」を目指したのに、妻を亡くしたことで狂った男。
その男の始末に奔走する、かつて男を尊敬していた姪。
何故オトの身体には未分化モルフあり、境界線上の人々を治癒することが可能なのか?
狂った男から生み出されたオトの出生が明らかになる最終話「海を飼う者」は、命とは?人とは?を問い続けてきた作品のクライマックス -
No.4
白井智之 『エレファントヘッド』 KADOKAWA
特殊設定ミステリですから超常の法則が登場します。5時間のタイムワープ。分裂する世界線。殺人だけが同期する。魅力的な時間SFですね? 何ができるでしょう? 想像できるなら読むまでもない。読みたいのは、想像し得ないもの。認知の地平線の向こう側にある合理です。エレファントヘッドにはそれがありました。あんなトリック思いつけるわけがなかった! ありえないのに、合理的で、呆然としながら認めるしかない。脳汁が出ました。良い体験。
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No.3
夜田わけい 蟲医シリーズ 同人誌・Kindle
蟲医は、日本SF大賞に著者夜田わけい自身が自信を持って推す作品である。虫のお医者さんをコンセプトにしたこの物語は、2022年9月の1作品目の発表から2年近く経った今もなお、密かにファンを獲得し続けている。本作は昆虫憲法などの昆虫関係の法律や医療倫理要綱、昆虫言語翻訳機、昆虫基盤機構などの様々な要素が絡み合い、作品全体を魅力的なものにしている。
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No.2
ベセスダ・ソフトワークス ゲーム『Starfield』 ベセスダ・ソフトワークス
【ネタバレ注意】本作は「マルチバース」を土台としたゲームで、現実のプレイヤー自身をもゲームの要素として組み込まれたオープンワールドRPGである。
本作は、「固定された役割をこなすだけのNPCたちの中から、何百回も世界を繰り返し続けることでその拘束を逃れようとする存在(作中ではスターボーンと呼ばれている)が現れる」という設定の世界で遊ぶ内容となっている。
しかしプレイヤーも含めて、全てのNPCは『スターフィールド』というゲームから逸脱することができない。そのためプレイヤー自身(運命から逸脱した存在として、「神」と呼ばれることもある)に対して干渉しようとする、というメタ的な構造になっている。
このような構造のゲームは非常に稀で、かつ史上最大規模のオープンワールドとなっている本作は、SF史上の分水嶺のひとつとして不足はないように思う。 -
No.1
秋待諷月 『花が咲いた日』
日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト2024の最優秀賞である、さなコン賞の受賞作。生成AI問題といった昨今の事情のうえで機械知性と人間の善性を問う傑作。イノセントで複雑な感情を呼び起こす読後感が心に残る。 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22241013
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