第43回日本SF大賞 受賞のことば

荒巻義雄『SFする思考 荒巻義雄評論集成』(小鳥遊書房)

受賞の言葉 荒巻義雄

SFする思考 荒巻義雄評論集成

受賞作は、A5版二段組八二九ページ、厚さ五センチ、四〇〇字詰め換算で二千数百枚の評論集。一九六五年から二〇二一年までに書き溜めた私の〈思考の歴史〉です。

全体の構成は、第一部/SFの理論、第二部/単行本、文庫解説と私の読み方、第三部/作家論、第四部/雑記帳、第五部/私の修業時代(同人誌時代の評論)からなり、付録として私のデビュー作「術の小説論」に加え、巽孝之氏の本格的な荒巻義雄論が掉尾を飾る構成になっています。

二〇二〇年秋、私がこの大著を計画したきっかけは、「術の小説論」が、初出後、半世紀を過ぎて、ようやく、ミネソタ大学出版部で英訳されることになったからです。(The Fiction of Kunst/メカデミア セカンド・アーク)

また、密かに、SFと共に生きてきたわが〈SF人生〉を、総括してみようとも思いたったからです。ですが、PC普及前に書いたものを、音声入力で電子化し、誤字や脱字、削除と加筆を行う作業で、半年以上かかってしまった。しかし、この仕事のおかげで、半世紀以上、考えつづけてきた自分なりのSF観がはっきりしてきたと思います。いや、確信かもしれません。

私がまだ一介のSFフアンであった一九六〇年代では、たとえば科学小説かファンタジーかなど定義論争が活発に行われていたのです。日本SFの鏑矢とも言える安部公房氏でさえもが「SF、この名づけがたきもの」と言って、事実上、匙を投げてしまったほどです。

「術の小説論」は、この論争に決着を付けるべく、科学でもファンタジーでもなく、クンスト、つまり現代の水準に科学技術が達する以前の手工業的なわざに近く、困難な問題を道具や手順などを、人々が工夫して解決する能力を〈クンスト〉と名付け、SF思想の中心に据えた試論であったのです。

当時は極めて少数のグループでしたが、この新しい文学形式が、来たるべき日本社会に適応し、SF的想像力が社会側から求められるときが来るだろうと確信していたのです。

そして、第一世代から第二、第三、第四と世代を重ね、ゼロ世代やその後の世代へと作家とSF関係者の数も増え、今や百花繚乱。SFから出発して権威ある文学賞を次々と獲得する才能溢れるかたも大勢です。

ただ、ここで気になるのは、いわゆる一般文学とSFとの境界をどう定めたらいいか。この問題は、SFの本質論でもあるので、SFを理論的に研究する、いわゆるサーコンなどの評論陣が研究するテーマだと、個人的には考えています。

実はそうした思いから、受賞作の第一章を「SFの理論」とし、構造主義からポストモダンを経てドゥールーズに到る新哲学の解説に当てたのです。なぜかと言うと、こうした新しい哲学の考え方を導入すると、すでに書かれたSF作品の読解にも、新しい切り口が見えてくるからです。

わが国では、印象批評などが、まだ幅を利かせておりますが、ニュークリティシズム以降にも、物語論、解釈学、読者と読みの理論(アフェクティヴ・クリティシズム)、記号論、精神分析、マルキシズム、フェミニズム、ジャック・デリダやジョナサン・カラーのディコンストラクション理論、隠れ神学、ポール・ド・マンの批評の原点論など、実に多くの批評理論があるのです。

など、新しい思想を輸血して、SF研究および評論の一層の深化と普及を目指し、今回の受賞を機に、「何らかの行動を起こすべきか」と、考えはじめています。

荒巻義雄(あらまき・よしお)

一九三三年、北海道小樽市生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業後、出版社勤務を経て、家業を継ぐために帰郷。仕事上の必要から北海学園大学短期大学部土木科を卒業。一九六五年から札幌を拠点として創刊されたSF同人誌『CORE』でSFの執筆を始める。一九七〇年、評論「術の小説論」を「SFマガジン」五月号に、短編小説「大いなる正午」を同誌八月号に発表してデビュー。一九七二年、短編「白壁の文字は夕陽に映える」で第三回星雲賞日本短編部門を受賞。同年刊行の第一長編『白き日、旅立てば不死』(早川書房)が翌年の第一回泉鏡花文学賞の最終候補作となる。二〇一一年刊行の詩集『骸骨半島』(林檎屋文庫)で翌年の第四十六回北海道新聞文学賞詩部門を受賞。日本SF大賞では、二〇一四年の『定本荒巻義雄メタSF全集』(彩流社)で第三十六回、二〇一七年の『もはや宇宙は迷宮の鏡のように』(白樹直哉シリーズ完結編)で第三十八回の最終候補作となっている。他の著作に『神聖代』、『空白の十字架』、『ニセコ要塞1986』『紺碧の艦隊』、評論『シミュレーション小説の発見』など多数ある。八十九歳。[プロフィール作成:渡邊利道]

『SFする思考 荒巻義雄評論集成』 スタッフクレジット

  • 著者:荒巻 義雄
  • 発行者:高梨 治
  • 編集:高梨 治
  • 編集協力:三浦 祐嗣
  • 装画:佐藤 武
  • 編集協力・装幀:有限会社ネオセントラル
  • 印刷・製本:モリモト印刷株式会社
  • 発行所:株式会社小鳥遊書房

小田雅久仁『残月記』(双葉社)

受賞の言葉 小田雅久仁

残月記

有力な候補作が出そろうなか、拙作の受賞が叶ったことに少々驚いております。しかし、もし選ばれることがあるとすれば、単独ではなく、ほかの作品との同時受賞に違いない、という不遜な読みも胸の片隅にはありました。というのも、デビューも日本ファンタジーノベル大賞の遠田潤子さんとの同時受賞、昨年の吉川英治文学新人賞も一穂ミチさんとの同時受賞、誰かと一緒なら今回の日本SF大賞も獲れるのでは、一人ではくぐれない門も誰かと肩を組めばくぐれるのでは、という縁起めいた考えが生まれていたからです。果たしてそのとおりになり、実現しうる最上の結果として喜びを嚙みしめております。

しかしながら大きな受賞の喜びの陰に、一抹の罪悪感がひそんでいることをここに告白します。というのも、今回の受賞作『残月記』を著すにあたって、どの収録作も、SFにはするまい、幻想小説として読める作品にしよう、という心構えで臨んだからです。

そもそも私は、小説というものは大まかに二つの要素によって成り立っていると捉えています。二つの要素とは、一つが〝感情〟であり、もう一つが〝知性〟です。小説というものは、読者の〝感情〟に訴えかけるか、〝知性〟に訴えかけるか、でなければその両方に訴えかけるものだ、というのが私の認識です。ほとんどの読者は、物語によって〝感情〟を動かされることを期待し、小説を手に取ります。一方、読者に〝知性〟を要求する作品はジャンルを問わず忌避される傾向にあります。ここに、SF小説というものが抱えるジレンマがあると私は考えます。読者にSFを読ませるもっとも大きな原動力は〝未知なるものへの好奇心〟だろうと思いますが、この〝好奇心〟という〝感情〟は普遍的であるがゆえに通俗的であるとされ、スター・ウォーズを初めとした映像作品の人気を支えていますし、SF小説が娯楽と見なされるのもその点にあります。しかしながらSF小説が、マニアックなジャンルとして敬遠されがちで、なかなか広く読まれないのは、難解な知識や用語を登場させつつも、〝説明するのは野暮である〟〝わかる人にだけわかればよい〟という〝芸術〟にも通じる知的矜持が、書き手の創造性と密接に結びついているからだと思います。つまりSF小説は、しばしば相容れない〝感情〟と〝知性〟の両方を内包し、引き裂かれつづけている、というわけです。

そういった認識の下、私は〝知性〟に訴えかける作品に憧れを持ちながらも、受賞作において、読者の〝感情〟に訴えかけることに力を注ぎました。これは、より多くの読者を獲得したいという俗っぽい願望によるものでもありますし、そもそもSF出身ではない私にはSF作家の持つ知的矜持が希薄だということもありますが、結局のところ、私自身が退屈な日常のなかで静的な〝知性〟よりも動的な〝感情〟に飢えているということなのだろうと思います。〝知性なき感情〟は物語を腐らせるが、〝感情なき知性〟は物語を干からびさせる、という終着点が私の胸にあり、物語の〝干からび〟をより恐れると言うこともできるでしょう。今後も、私は物語作家として、人間の様々な〝感情〟をよりどころに作品を書いてゆくつもりです。日本のSFの発展に寄与する私の力はあまりにも微弱ではありますが、皆様にますますの応援をお願いし、しめくくりの言葉としたいと思います。

小田雅久仁

小田雅久仁(おだ・まさくに)

一九七四年六月六日、宮城県仙台市生まれ。関西大学法学部政治学科卒業。二〇〇九年、『増大派に告ぐ』で第二十一回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。二〇一二年の『本にだって雄と雌があります』は、同年の「SFが読みたい!」国内篇で第七位、翌年の第三回Twitter文学賞国内部門で第一位となる。二〇一三年の短編「11階」が第二十五回SFマガジン読者賞国内部門を受賞。九年ぶりの著作『残月記』で二〇二二年本屋大賞第七位、第四十三回吉川英治文学新人賞を受賞。二〇二三年の「SFが読みたい!」国内篇で第三位となる。他に雑誌やアンソロジーに掲載された単行本未収録の中短編が多数ある。四十八歳。[プロフィール作成:渡邊利道]

『残月記』 スタッフクレジット

  • 著者:小田 雅久仁
  • 発行者:箕浦 克史
  • 編集:反町 有里
  • 装画:釘町 彰
  • 装幀:鈴木成一デザイン室
  • DTP製版:株式会社ビーワークス
  • 印刷所:大日本印刷株式会社
  • カバー印刷:株式会社大熊整美堂
  • 製本所:株式会社若林製本工場
  • 発行所:株式会社双葉社

第四十三回日本SF大賞 

最終候補作品(作品名五十音順)

『異常論文』樋口恭介(編)
(早川書房)

樋口恭介(ひぐち・きょうすけ)

一九八九年二月五日、岐阜県羽島市生まれ。早稲田大学文学部卒業。二〇一七年、『構造素子』で第五回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。二〇二〇年より、SFプロトタイピング事業を推進するアノン株式会社のCSFO(Chief Science Fiction Officer)を務め、二〇二二年から同社がnoteで立ち上げたメディアレーベル〈anon press〉の運営に参加。二〇二一年に刊行した『未来は予測するものではなく創造するものである──考える自由を取り戻すための〈SF思考〉』で第四回八重洲本大賞を受賞。二〇二二年には、「SFマガジン」二〇二一年六月号での持ち込み企画をもとに書き下ろしを加えた文庫『異常論文』が、「SFが読みたい!」国内篇第一位となる。他の著作に『すべて名もなき未来』、『眼を開けたまま夢を見る』、『生活の印象』などがある。三十四歳。[プロフィール作成:渡邊利道]

異常論文

小川哲『地図と拳』(集英社)

小川哲(おがわ・さとし)

一九八六年十二月二十五日、千葉県千葉市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。在学中の二〇一五年に、『ユートロニカのこちら側』で第三回ハヤカワSFコンテストで大賞を受賞しデビュー。二〇一七年、『ゲームの王国』で第三十八回日本SF大賞、第三十一回山本周五郎賞を受賞。二〇二〇年、短編「魔術師」が中国の銀河賞銀賞を受賞。二〇二二年、短編「SF作家の倒し方」が第五十三回星雲賞日本短編部門を受賞。同年に刊行した長編『地図と拳』が第十三回山田風太郎賞、第一六八回直木三十五賞を受賞した。他の著作に『嘘と正典』、『君のクイズ』など。また単行本未収録の短編も多数ある。三十六歳。[プロフィール作成:渡邊利道]

地図と拳

久永実木彦「わたしたちの怪獣」
(東京創元社「紙魚の手帖 vol.6 AUGUST 2022」)

久永実木彦(ひさなが・みきひこ)

東京都出身。二〇一七年、「七十四秒の旋律と孤独」で第八回創元SF短編賞を受賞しデビュー。二〇二〇年、同作および同作と同一世界観の連作短編〈マ・フ クロニクル〉をまとめた単行本『七十四秒の旋律と孤独』を刊行し、翌年の「SFが読みたい!」国内篇で第五位、また第四十二回日本SF大賞では最終候補作となった。二〇一九年から二〇二二年までオーディオブック配信サービスのKikubonのウェブサイトにてインターネットラジオ番組「読んで実木彦」のパーソナリティーを務めた。また、アンソロジーや雑誌に短編作品を発表している。年齢非公表。[プロフィール作成:渡邊利道]

わたしたちの怪獣

第四十三回日本SF大賞 
功績賞

鹿野司(しかの・つかさ)

鹿野司

鹿野司(しかの・つかさ)

一九五九年生まれ、愛知県出身。日本大学文理学部応用物理学科卒業。サイエンスライター。パソコンゲーム雑誌「ログイン」でサイエンスコラムを連載するなど、様々な媒体で執筆。高度な科学知識が必要な対象を平易で親しみやすい文体で解説・紹介することに努めた。「SFマガジン」での長期連載「サはサイエンスのサ」は一九九四年から逝去直前まで続いた。同連載を元にした科学エッセイ集『サはサイエンスのサ』(早川書房、二〇一〇年)で第四十二回星雲賞ノンフィクション部門を受賞。他の著書に『オールザットウルトラ科学』(ビジネスアスキー、一九九〇年)、『ウィザードリィ5 プレイングマニュアル(ビジネスアスキー、一九九〇年)、『狂牛病パニック 脳が溶けていく』(石原洸一郎との共著、竹書房、一九九六年)、『巨大ロボット誕生 最新ロボット工学がガンダムを生む』(秀和システム、一九九八年、第三十回星雲賞ノンフィクション部門参考候補作)、『教養』(小松左京・高千穂遙との共著、徳間書店、二〇〇〇年)、『狂牛病ショック』(石原洸一郎との共著、竹書房、二〇〇一年)などがある。ほか『科学救助隊テクノボイジャー』『ガメラ2 レギオン襲来』『宇宙戦艦ヤマト2199』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』などアニメや映画のSF考証も手掛けた。二〇二二年十月十七日に逝去。[プロフィール作成:宮本道人]

受賞の言葉 とり・みき

「鹿野くんSF大賞功績賞受賞だってよ」
「SF大将じゃないのね」
「本家のほうだよ」
「あいにく行けないんだ」
「知ってる。死んでるもんな」
「そもそも功績賞って死んでこそでしょ。とりさんに頼むしかないな」
「事務局もそう思ったらしくて代理出席の依頼が来た。死んだときもあなたからは色々頼まれたけど、納骨がすんだあともまだ続くとはね」
「死んだあとは頼めないよ。死ぬ前にそう伝えておいたんだ。なんとかするの得意でしょ」
「得意かもしれない。でもその間は他のことが出来なくなるから勝手に指名されるのは迷惑極まりない」
「なんで得意なんだろうね」
「感情にとらわれずやるべきことを理詰めで事務的にやっていくからじゃないかな」
「それってオレが死んでも悲しくないってこと?」
「少なくともまだ泣いてない」
「さすが見込んだだけのことはあるな。オレもそれが理想だ」
「ミスター・スポックのようになりたいとよくいってたものね。あと受賞のことばを頼まれてるのよ。なにかある?」
「オレは小説は書かなかったけど、科学エッセイも、映画やアニメの考証も、自分ではSFをやっているつもりだったのね。自分の考えるところのSFだけどね。だから素直に嬉しい」
「ありがとう。そう書くよ」
「賞金は出るの?」
「出ない」

津原泰水(つはら・やすみ)

津原泰水

津原泰水(つはら・やすみ)

一九六四年広島県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。一九八九年に津原やすみ名義で少女小説作家としてデビューする。一九九七年に現名義で『妖都』を刊行、以降幅広いジャンルで執筆を行う。二〇〇六年『ブラバン』がベストセラーに、二〇一二年短編集『11 eleven』が第二回Twitter文学賞国内部門一位となる。二〇一四年に短篇「五色の舟」がSFマガジン〝オールタイム・ベストSF〟国内短編部門一位に選出される。同年、マンガ化されていた同作(漫画:近藤ようこ)が第十八回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞。著書に『ペニス』『少年トレチア』『綺譚集』『赤い竪琴』『バレエ・メカニック』『琉璃玉の耳輪』『ヒッキーヒッキーシェイク』『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』『歌うエスカルゴ』〈幽明志怪シリーズ〉〈ルピナス探偵団シリーズ〉〈たまさか人形堂シリーズ〉『音楽は何も与えてくれない』(エッセイ)などがある。欧米やアジアでも作品の紹介が進んでおり、イタリア語に翻訳された『たまさか人形堂物語』は、同国の日本文学全集にも採録された。法政大学大学院客員教授やよみうりカルチャー文章講座の講師なども務めた。二〇二二年十月二日に逝去。[プロフィール作成:櫻木みわ]

受賞の言葉 栂井理恵
(故・津原泰水氏の担当エージェント)

「だって、もう二十二世紀じゃないすか。ざっくり言ったらリアルSFっすよね。そういう時代にこう、百年も二百年も前に期待されてたコスチュームで宇宙を駆けまわってる俺たちって、じっさいどうなんすか先輩」
「どうなんすかって、また衣服がタイトすぎて恥ずかしいって話か」
「それもあるんすけど、もっと全体的な話で、俺たちってなんのためにSFってんでしょう?」
「それが銀河連邦の方針なんだから、仕方がないだろう。帰属している数百億の民、その全員が、日々SFってるんだ。べつに俺たちだけじゃない」

津原泰水さんのパソコンの「短編集」というフォルダに、「SF」というタイトルで遺されていた創作メモです。十年以上は前に書かれたもののようです。科学技術の革新が目覚ましい時代に、かつて流行したコスチュームで「SF」を演じる映画俳優らしき人物たちの会話。津原さんらしい乾いたユーモアにくすりと笑いながらも、支配権力の企みにゾッとさせられる。風刺漫画のようでありながら、理想と乖離する過酷な世界を生きる人たちを描いてきた津原さんの小説家としての志向も感じられます。

このメモからどんな短編が生まれたんだろう……という妄想はさておき、「僕が書くものはすべて広義の幻想文学だから」と言う津原さんが、みずからSF作家だと名乗ることは多くありませんでした。しかし、デビュー作の少女小説〈あたしのエイリアン〉シリーズに始まり、傑作として名高いSF長編『バレエ・メカニック』、『NOVA2』で発表後に話題となり漫画やビジュアル版へと広がりを見せた短編「五色の舟」など、その作品群の世界観の多くは正にSFと重なっていました。

「五色の舟」が、SFマガジン〝オールタイム・ベストSF国内短編部門〟で一位となったときにとても喜んでいらっしゃったこと、今でも忘れられません。ご友人たちの企画で、津原さんのお気に入りだった新宿のロシア料理店「スンガリー」でお祝いの会を開きました。

このたびは、そうした津原泰水さんの文業に対して、第43回日本SF大賞功績賞を賜りましたことを、ご本人に代わりまして深くお礼申し上げます。このような場でお話されたであろうことを想像して、単独としては生前唯一の受賞となりました第二回 Twitter 文学賞国内部門(読者投票で決定)の謝辞を、津原さんのお言葉とさせてください。

読者絶対主義を標榜してきた者にとりまして、たいへん名誉な賞を賜りました。謹んで拝受します。 ただ申し訳なくも、子供の頃から一度として賞を授かったことがないものですから、頭の中に、こういう瞬間の喜びの回路が形成されておりません。未だ現実感もありません。
受賞は本人以上に両親が喜ぶものとも伝え聞きますが、残念ながら共にこの世の人ではありません。
したがいましてこの受賞を、「ひたすら精進せよ」との読者からの御叱咤と捉えますこと、ひとつお許しください。そう考えますと、すこし気が楽になります。

ひねくれ者と笑われてしまいそうですが、「真の受賞者は読者」との想いも、また禁じえません。
気が遠くなるほど長い年月にわたり、無冠の作家を支持し続けてくださいました皆様に、あらためて敬意を表させてください。無数の立派な友人に囲まれた、幸運な人生を、ありがとうございます。

(中略)

では、仕事に戻ります。

二〇一二年二月吉日 津原泰水拝

今もどこかで津原さんがひたすら書き続けていることを願いながら、この世に遺された未刊行の作品は、必ず形にしてまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

そして、本当にありがとうございました。

八杉将司(やすぎ・まさよし)

八杉将司

八杉将司(やすぎ・まさよし)

一九七二年生まれ、兵庫県姫路市出身。九州国際大学法経学部法律学科卒。二〇〇三年、第五回日本SF新人賞を受賞。翌二〇〇四年に刊行された『夢見る猫は、宇宙に眠る』で作家デビュー。同作は量子論とナノテクノロジーを軸に人間の認知と宇宙のあり方を問うた本格SFで、作家の基本的スタンスを示した。以後、視覚描写を排して〝全人類盲目〟の世界を描いた『光を忘れた星で』(第四十三回星雲賞日本長編部門参考候補、講談社BOX、二〇一一年)、多種多様なSFガジェットを盛り込み「継承」のテーマに挑んだ壮大なポストヒューマンSF『Delivery』(第三十三回日本SF大賞最終候補・第四十四回星雲賞日本長編部門参考候補、ハヤカワSFシリーズJコレクション、二〇一二年)、人気SFアニメのノベライゼーション『楽園追放―Expelled from Paradise―』(原作・虚淵玄、ハヤカワ文庫JA、二〇一四年)、第一次世界大戦とフッサール現象学への綿密な調査に裏打ちされた『LOG-WORLD』(pixivにて公開、二〇二一年)といった意欲的な長編群を発表。他方で短編作家としても定評があり、脳の認識異常によって〝動くものが見えず、静止したものしか見えない〟 という症状に見舞われた青年の行動と心理を描いた「ハルシネーション」(「SF JAPAN」二〇〇六年春号、徳間書店)、メタヴァースでのロマンスと量子もつれを軸に奇想を炸裂させた「うつろなテレポーター」(「SF JAPAN」二〇〇七年冬号、徳間書店、のちに『虚構機関 年間SF傑作選』、創元SF文庫、二〇〇八年に再録)、〝存在失認〟と人間自身に内在するフィクション性との関係を鮮やかに結びつけた「私から見た世界」(「小説現代」二〇一三年七月号)をはじめ、「SF JAPAN」、「異形コレクション」、「小説すばる」、「小松左京マガジン」といった文芸誌やアンソロジー、人工知能学会やロボット学会の学会誌にも短編やショートショートを寄稿、九十九神曼荼羅シリーズや夢幻∞シリーズ(ともに小学館eBOOKs)といった電子書籍の競作企画にも精力的に参加した。二〇一一年、日本SF作家クラブ公認ネットマガジンとして有志と「SF Prologue Wave」を立ち上げ、初代編集長に就任(二〇一三年まで)。退任後も同サイトの主要寄稿者であり続け、複数作が韓国語に翻訳紹介、遺稿となった「宇宙の選択」「やり直す」も「SF Prologue Wave」に発表された。二〇二一年十二月逝去。
【八杉将司著作リスト(二〇二二年一月最終更新)】https://prologuewave.club/archives/9048
[プロフィール作成:岡和田晃、伊野隆之、片理誠、上田早夕里、およびSF Prologue Wave編集部]

受賞の言葉 八杉洋司
(故・八杉将司氏の実弟)

この度は第四十三回日本SF大賞功績賞に兄・八杉将司を選出賜り、誠にありがとうございます。

兄とは私が社会に出てからあまり交流がなく、気付けば作家という仕事を始めており思ってもみなかった方向性に少し戸惑っていました。

ただ兄は静かにやりたいと思ったことに向かって突き進むタイプだったので、サラリーマンから作家に仕事を切り替えたのも当初からその方向を決めていたように思います。

ところが二〇〇三年に日本SF新人賞を受賞した際には、私も非常に驚き普段連絡を取らなかったにも関わらず、この時はお祝いの電話をしたのを覚えています。

そのため受賞作『夢見る猫は、宇宙に眠る』が実際に本となり、書店に並んだ様子を見た時には感慨深い気持ちになりました。

それから約二十年、功績賞に選出頂き当時の気持ちを思い出しました。

兄も天国で受賞当時の気持ちを思い出しているのではないでしょうか。

この度の受賞は、選考委員の皆様や功績賞に推薦をして下さった皆様、日本SF大賞運営委員会の皆様を始めとする日本SF作家クラブの皆様方、読者の皆様、出版社の皆様方のご支援の賜物です。

また今回の受賞に於いて岡和田晃様、伊野隆之様、片理誠様、上田早夕里様、および兄が編集長として大変お世話になりましたSF Prologue Wave編集部の皆様方に、兄のプロフィール作成の件でご尽力を頂きました。

多くの方にご支援頂き、兄の作家人生は幸福だったと思います。

兄に幸せな人生を贈って頂きありがとうございました。