第40回日本SF大賞 受賞のことば
2020年4月22日公開 | 2019年4月・SF大賞フェア店にて配布された冊子より
第40回日本SF大賞
小川一水《天冥の標》全十巻(早川書房)
酉島伝法『宿借りの星』(東京創元社)
小川一水《天冥の標》全十巻(早川書房)
受賞の言葉 小川一水
SF大賞に選んでくださってありがとうございます。いろんなものをありったけ盛り込んだ話なので、選考委員の方も読むのが大変だっただろうと思います。イラストの富安健一郎さんにもお礼申し上げます。読んだ人はみんな実感すると思いますが、この話の顔は二巻表紙の、あの「競技場」です。以降、細密で絢爛なイラストの数々で、《天冥の標》ワールドを作り上げてくださいました。心から感謝します。(最終巻あとがきでお名前を挙げ忘れていました。すみません、この場を借りてお伝えします!)
そして、ここまで応援してくださったファンの方々に一番感謝します。他のどの作品にも増して、この長い話は、おりおりのみなさんの声に支えられた話でした。実際私は話の後半があまりにも複雑できついので、何度も主人公たちの顔も見たくないという気持ちになりましたが、待ってくれている人がたくさんいることを考えると、どうしても終わらせないわけにはいかない、これを終わらせなければ何もできないという気持ちになって、なんとか最後まで漕ぎ着けることができました。
とはいえ、受賞して手放しで喜べる話かといえば、そうでもない。
現在、世界は新型コロナウイルスへの怯えに染まってしまっています。私は三月初頭まで、この病気のことをたいしたことはないと思っていたんですが、この草稿を手直しした月末には、まったく話が違ってきました。感染症の脅威というものが、単純な致死率や症状だけから来るものではないと思い知らされているところです。そして多くの国や都市が、実際に門戸を閉ざしていくという、見たことのない光景が現れています。
いや、感染症がもたらす光景というのは、人間が病気にかかる限り、太古から未来までずっとこうなんでしょう。
感染症と差別について描いた《天冥の標》が、みなさんの心に訴えたということは、みなさん自身が差別される、そして差別することへの恐れがあるのだろうと思います。歴史と社会が教えてくれるのは、「私たちは普通に暮らしていると差別する」ということです。これを言うからには私も確実に何かを差別している。そして、それを差別だと指摘されると動揺し、怒るのです。他人がやっている場合は敏感に感じ取れますが、自分がやっている場合は自覚しづらい。
「だから差別するのは生き物として仕方ないのだ、自然なのだ」と話を続けることに、私は悩みつつ、格好悪く、抵抗します。逆に、自然の進化の理にさからうものとしての人間性、人道、人工といったものに、憧れと疑いをもって近づきます。その不自然さや不器用さや突飛さを書き起こしたものが、SFになると思っています。
そのようなSFをお届けしたいです。
《天冥の標》スタッフクレジット
- 著者:小川一水
- 発行者:早川浩
- 編集:塩澤快浩
- 装画:富安健一郎
- 装幀:岩郷重力+Y.S
- 印刷所:三松堂株式会社
- 製本所:株式会社川島製本所
- 発行所:株式会社早川書房
酉島伝法『宿借りの星』(東京創元社)
受賞の言葉 酉島伝法
この度は、第四十回日本SF大賞を頂戴しありがとうございます。大きな励みになりました。『皆勤の徒』の後、次作は「この世のもので」という要望を頂きました。自分としても、あの文体で長編を書くのは無茶だと思っていたので、地球に異形の生態系が出現する人間の群像劇を書いていたところ、奇しくも今回選考委員を務められた森岡浩之さんの『突変』が刊行され、設定のかぶり具合に愕然として一旦白紙に戻したのでした。どうしたものかと足踏みしていたとき、『皆勤の徒』担当編集の小浜徹也さんから、新刊ラインナップ説明会に出てまだアイデアひとつ浮かんでいない新作について話すよう発破をかけられ、慌ててスケッチを描くうちに、逆の設定――つまり異星生命体側が人類に脅かされる次郎長三国志+ムーミン的な話を思いついたのでした。それは〈あの文体で長編を書く無茶〉をするはめになった瞬間でもありました。今回は登場する者たちが人間ですらないため、習俗や肉体感覚が遠すぎて難渋し、ようやく二人羽織程度には馴染んできたと思うと、蘇倶たちはプロットにない自由な振る舞いで挿話をとめどなく増やしていくなど最後までこちらを翻弄し続けます。どうやって彼らを動かすのかという試行錯誤じたいが、作中に別軸で進行する卑徒の企みに随時反映されていきました。
この場をお借りして『宿借りの星』の関係者にお礼を述べさせてください。まずは担当編集者の笠原沙耶香さんに。原稿のチェックから夥しいルビ指定、挿画のレイアウトまで、三年ものあいだ大変な作業をこなしつつとことんまで伴走してくれてありがとうございます。毎月連載のごとく原稿を送る度に最初の読者として楽しんでくれ、おかげで書き続けられました。誤字とも造語ともつかない漢字だらけの文章を細かくチェックしてくださった校閲さん、入り組んだ大量の修正指示を反映してくれた印刷会社のオペレーターさん、細かな要望に応えて素敵な装丁に仕上げてくれた東京創元社デザイン室のデザイナーさん、スマートな解説で巻末を引き締めてくれた円城塔さん、読者の口癖になる帯文を考えてくれた飛浩隆さん――大変お世話になりました。
長期にわたる長編執筆の心理的閉塞から逃れさせてくれた川辺よ、ありがとう。そこへやってきてキャラクターたちに霊感を与えてくれた種々雑多な生き物たちにも感謝を。横歩きで現れこちらが少しでも動くや俊敏に去る蟹に、テレポーテーションさながらに現れては消えるフナムシたちに、唐突に着地し体の角度を変えてから跳ね跳んで消えるバッタに、鱗を美しく連ねた驚くほど尻尾の長いカナヘビに、ノートパソコンの文字列の上を這い進みときには糞を残して飛び去るテントウムシに、傍らの木に翅を透かしてとまる蝉に、枝葉から降ってくる青虫に、それを青虫団子にするアシナガバチに、頭上をよぎる鴉や鳩の群に、川に浮かぶ水鳥たちに、唐突に跳ね上がるボラに、こちらをじっと見ていたイタチに、お魚くわえたドラ猫に――
最後になりますが、本書を待ち続けてくれた皆様、読んでくれたすべての皆様、ありがとうございました。この本が、蘇倶となって異質な他者や文化にまみれることのできる、不意にまた訪れたくなるような場所になっていれば幸いです。あなたはなに蘇倶ですか?
『宿借りの星』スタッフクレジット
- 著者:酉島伝法
- 本文挿絵:酉島伝法
- 発行者:長谷川晋一
- 編集:笠原沙耶香
- 装画:酉島伝法
- 装幀:東京創元社装幀室
- ブックデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。
- DTP制作:フォレスト
- 印刷所:理想社
- 製本所:加藤製本
- 発行所:株式会社東京創元社
第40回日本SF大賞 最終候補作品(作品名五十音順)
伴名練『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)
飛浩隆『零號琴』(早川書房)
第40回日本SF大賞 特別賞
大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選』全12巻(東京創元社)
受賞の言葉 大森望
《年刊日本SF傑作選》は、2008年から2019年まで、創元SF文庫から全12冊刊行された。収録作はその前年に日本語で発表されたSF作品なので、2007年~2018年の日本SFが第40回日本SF大賞特別賞を受賞したことになる。編者である日下三蔵氏と私は、その一部をそれぞれ好き勝手に選び出す役を担当しただけなので、ことさら受賞者として「受賞の言葉」を書くのも面映ゆいというか申し訳ない。
そもそもこの二人が編者になったのは、東京創元社の小浜徹也氏がこの企画を思い立ったときにたまたま(物理的に)そこにいたからに過ぎない。実際、この傑作選のために日本SFの短編を片っ端から読んでみると、毎年、ページが倍あっても足りないほど多くの候補作があり、レベルの高さをあらためて実感することになった。したがって、誰が選んでも、受賞に値する《年刊日本SF傑作選》が成立していただろうし、もっとちゃんとした人がもっとちゃんと選んでいたら、このアンソロジーを核にして日本SFブームが起きるとか、同じ日本SF大賞でも(この種の企画には半ば定位置の)特別賞ではなく大賞のほうを受賞するとか、そういう時間線があり得たかも知れず、その意味では、むしろ編者の力不足を深くお詫びしたい。
実際、編者が選びきれなかったせいもあって、《年刊日本SF傑作選》は年を追うごとに分厚くなり、最後のほうの巻は700ページを超えている。全12冊合計するとざっと7000ページ、重量3600グラムの物量になり、選考委員のみなさんには過大な労力を強いることになった。どうもすみません。読んでいただいてありがとうございました。
誰が編者でも続いた企画とはいえ、12年にわたって毎年買い続けてくれた読者のみなさんと、この企画に協力してくれた多くの関係者のみなさんがいなければこんなにたくさん出せなかったことはまちがいない。収録を快く許可し、なおかつ「著者のことば」まで寄せてくれた著者のみなさんと、初出媒体の版元および担当者のみなさん。手間ばかりかかって利益の出ないこの企画を長く見捨てずにいてくれた東京創元社のみなさん――とりわけ、企画者である前述の小浜徹也氏と、おそろしくめんどくさくて大変な編集実務を担当してくれた石亀航氏(2015年の『折り紙衛星の伝説』まで)と笠原沙耶香氏(2016年の『アステロイド・ツリーの彼方へ』以降)。そして、1巻目から12巻目までずっとカバーデザインを引き受けてくれた岩郷重力氏と、カバーイラストを描き下ろしてくれた高津央氏(4~6巻)、鈴木康士氏(7~9巻)、加藤直之氏(10~12巻)にもあわせて感謝したい。
最終巻の編集後記にも書いたとおり、創元SF文庫版《年刊日本SF傑作選》は昨年で幕を閉じたが、日本SFは次々に新人が現れ、大きな文学賞を射止め、出版界全体からもますます注目されている。この企画から派生した「創元日本SF短編賞」は、さいわい今後も継続するとのことなので、末長く見守っていただきたい。また、せっかく12年も続いた日本SF年間ベストアンソロジーがここで途切れてしまうのももったいないと話を持ちかけたところ、新たなコンセプトの年次傑作選を今年から竹書房で出していただけることになった。そちらのほうも、ひとつご贔屓に。
受賞の言葉 日下三蔵
去年までは選考委員だったのに、今年は賞をいただく側になるとは、人生何があるか分からない。そもそも本業が編集者だから、自分が日本SF大賞の対象になるとは思ってもいなかった。おそらくSF大賞史上最大の激戦といって過言ではない超ハイレベルな小説作品ばかりが候補作として揃った中で、アンソロジーという編集企画に贈賞してくださった選考委員の皆さまに、まずはお礼を申し上げます。
年刊傑作選の企画自体は東京創元社の小浜徹也さん、併せて評価していただいたと思しき創元SF短編賞の創設は大森望さんの主導だったので、私としては棚ボタという思いが強い。ただ、作品の選定については全力を尽くしたつもりだし、旧作を発掘・再刊する私のスタイルだと、今回の機会を逃すと死ぬまで賞という形で顕彰されることはなかっただろうから、ここは運命のめぐり合わせに感謝しておきたい。
というか、ここからはすべて謝辞なのです。まず素晴らしい作品を発表してくださっている作家の皆さんに。面白い作品がなければ、そもそも年刊傑作選という企画自体が成り立ちません。さらに年刊への収録を許諾していただきまして、本当にありがとうございました。今回の受賞は、収録させていただいたすべての作家へのものだと思っています。
このアンソロジーを買い続けてくださった読者の皆さんに。どんなにいい本を作っても、読んでもらえなければ意味がありません。本を買って、読む。それ自体は極私的な行為と思われるかも知れないが、実は出版というサイクルの中ではいちばん重要なピースなのです。つまり、何がいいたいかというと、読者(あなた)は単なる客ではなく、共犯者であり、《年刊日本SF傑作選》というプロジェクトの一部なのです。
筒井康隆さんに。SF初心者だった私に年度別アンソロジーの面白さを教えてくださって、ありがとうございました。思えば、筒井さんならどうするかな、ということを常に考え続けてきた十二年間でした。《日本SFベスト集成》シリーズは読者としての私にとってはバイブルですが、アンソロジストとしての私にとっては最高の教科書でありました。筒井アンソロジーと同様に、五年後、十年後、二十年後の読者に、二〇一〇年代の日本SFの面白さを伝えられるシリーズになっていることを祈るばかりです。
直接編集を担当してくれた小浜徹也、石亀航、笠原沙耶香の各氏を始めとした東京創元社の皆さんに。こんなに手間ばかりかかるシリーズを長きにわたって刊行してくださって、ありがとうございました。また、装丁・装画の岩郷重力、Nakaba Kowzu、鈴木康士、加藤直之の各氏にも、深くお礼申し上げます。
そして、大森望さんに。作品の評価軸は笑ってしまうほど噛み合わなかったけれど、SFに対する知識と、愛情と、貢献度は、私だけでなく、すべてのSF関係者が認めざるを得ないはず。今回の受賞で、そのことが誰の目にも明らかになったことが、個人的には何よりもうれしい。
何だか遺言みたいになってしまいましたが、別に引退する訳ではありません。発掘・再刊という本来のフィールドにもどって、まだまだSFの仕事は続けていくつもりですので、皆さま、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
《年刊日本SF傑作選》スタッフリスト
- 編者:大森望、日下三蔵
- 発行者:長谷川晋一
- 編集:小浜徹也(08~19年)、石亀航(12~15年)、笠原沙耶香(15~19年)
- 装画:岩郷重力+WONDER WORKZ。(08~10年)、Nakaba Kowzu(11~13年)、鈴木康士(14~16年)、加藤直之(17~19年)
- 装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。
- 印刷所:フォレスト
- 製本所:本間製本
- 発行所:株式会社東京創元社
第40回日本SF大賞 功績賞
吾妻ひでお
眉村卓
(撮影:平塚修二/2006年)
受賞の言葉 吾妻紀三代(妻)
ありがとうございます。嬉しく思います。
私が同じことを言っても重さが全く違います。その上、吾妻氏なら何か面白い言葉が続くんですよね、たぶん。
吾妻氏はギャグ漫画家ですから。
私はただのおばさんで吾妻氏の側にいただけの存在でしたが、唯一つ他の人と違うところは誰よりも先にその作品を生原稿で読むことができたというところでしょうか?
吾妻氏の描くSFが大好きでした。
『銀河放浪』が大好きで、ず~っと続編を希望していました。
でも、いくら描く気があっても依頼が来ないと描けない。
『不条理日記』はコアな上級者のSFファン向けの作品でしたので、私はやっぱり『銀河放浪』の新作が読みたいです。一話完結で、その世界で一生懸命生きている人たちを眺めるのが微笑ましく、読んだ後に何故か余韻が続く。
一話一話続編が出てもおかしくないぐらいだと、私は思いました。 でも、吾妻氏は「この人達を覗いていいのはここまでね」という感じで続編はありません。ギャグ漫画だからということでしょうか。
最後に吾妻氏がアル中で苦しんでいた時の言葉を
「ギャグ漫画家は自分を削って漫画を描いている」
受賞の言葉 村上知子(故・眉村卓氏のご長女)
第40回日本SF大賞功績賞を賜り、亡父に代わりまして、深く御礼申し上げます。
父はいつも、「変なこと」を考えている人でした。アイデアを探すというより、もともと妙な発想をする癖が、SF作家となったことで、大手を振ってそうできるようになった、というのでしょうか。傍にいた母も私も、いまそこにある風景が違うものに展開されていくことに慣らされていったところもありました。世間的には「変な」発想を、好きなだけ拡げることができるSFという「居場所」は、いつのまにか父にとっては故郷のようになっていたのかもしれません。
SFと出会い、SF小説を書き始めた当時(昭和35年・1960年頃)を思い出して、父が十年ほど前に書いた文章が残っております。少し長くなりますが、引用いたします。
「その頃には私は、既存の文学なるものの限界を悟り、同時に、こっちはまだまだ未完成で問題だらけながら未来と可能性のあるSFに、自分で頑張ってやっていけば、これぞというものができるだろう、と、のめり込みつつあった。(中略)私が信じたSFの可能性と実際の日本のその後のSFの進み方が、どこまで合致していたかといえば、合った部分もあったものの、総体として大きく外れたことは認めざるを得ない。さらに、私が自分で頑張れば―――について、お前、どれほどのことをやって来たのか、それも、お前が求めようとした方向のものを書いてきたのか、と、問われれば、頭を下げるしかないのも、事実である。」
たぶん、もしこの場に居たら、父はこのようなことをお話しし、御礼を申し上げつつ、「申し訳ないですなあ」などと御挨拶するのではないかと想像いたします。皆様方からこのような賞をいただき、驚きながらも喜んでいると思います。
この度は本当にありがとうございました。