第39回日本SF大賞 受賞のことば
2019年7月2日公開 | 2019年4月19日・贈賞式会場にて配布された冊子より
第39回日本SF大賞
山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)
円城塔『文字渦』(新潮社)
山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)
SFとわたし 山尾悠子
この度は私の『飛ぶ孔雀』が日本SF大賞を頂いたとの連絡を頂き、急にはるか昔に引き戻されたような、眩暈がするような感覚があって、ちょっとぼうっとしてしまった。それは有難く光栄なことだけれど、四十年近くも放っておかれて私はすっかり老け込んでしまったではありませんか、と。何しろたとえば大原まり子さんとは辛うじて面識がある、お名前がわかるのはぎりぎり野阿梓さんあたりまで、というレベルの大昔に縁が切れてしまったのだ。以後のことはとにかくまったく何もわからない。どうせSFの賞を下さるなら、旧作をまとめた『山尾悠子作品集成』のほうがふさわしかったのでは、などとぼんやり考えるうちに、たいへんお久しぶりの野阿梓さんから祝電が届いた。昨年の泉鏡花賞のときも祝電を下さったのだが、さすが、山尾は家庭に入って廃業したのでそっとしておけ、連絡はするなとの反対を押し切って連絡して下さったかただけのことはあるのである。それは前世紀の終わりごろのことだった。
などと嫌味たらしく書いているが、大昔には我ながら羨ましがられても仕方ないと思えるほどの良い目にあった覚えもあって、この際なので自慢しておこうかと思う。女の書き手はいなかった日本SF界にさいしょに入っていったのが鈴木いづみさんと私だった――ということは知られているかどうかわからないが、とにかくそういうことで、何もわからないままSF作家クラブにも入会し、そして時おり上京するようになった田舎娘の私を待ち受けていたのは目くるめく華やかな世界だった。折しもSFブームで世間の景気もよく、クラブの会合やパーティーは一流の会場ばかり。二次会は皆でタクシーを飛ばして西銀座の文壇バーへ。「社会見学中」と書いたビラを背中に貼っているような気分だったが、何より華やかだったのは周囲の顔ぶれ――星小松筒井眉村等々の年長のかたがたはあまりに恐れ多かったので、私は若手SF作家たちと一緒にいることが多かった。山田横田川又堀かんべ高千穂といった仲良し集団のなかに、何と女は私ひとりだけ。という夢のような立ち位置にいたのはほんのいっときだけのことで、それに当時の若手たちはちょうど結婚ラッシュ・ベビーブームの只中で、私など女扱いされていなかったのだが。
「あなたは出るところを間違えた人なんだから、あまり無理して我々に合わせなくてもいいんですよ」と優しい口調でおっしゃった横田さんも先に行ってしまわれた――訃報は報道で知りました。謹んでご冥福をお祈りします。
だからSFとは私の才能をさいしょに認めてくれた場所であり、まったく人種が違っていて話の相手にはならなかった場所でもあり、家庭に入った女には蓋をせよと主張した支配的な毒親の如くでもあり、そしてまた普通ではないレベルの熱心さでもって私の復帰のために尽力して下さった個人も存在する場所であり――
疎遠の経緯は複雑でかんたんに説明できるものではない。
私の創作はSFというファクターを必要としない。つねに空想することを好むが、空想する自由は誰の支配下にも置かれない。
『飛ぶ孔雀』は長年の目標だった幻想文学系の泉鏡花文学賞を受賞し、さらに思いがけず芸術選奨まで受賞することになった。SFではない『飛ぶ孔雀』がどうしてSFの賞を頂けるのか、今のところ謎のままである。
迷いに迷い、結局このように正直に書くことしかできなかった。鶴首して受賞式の日を待ちます。(3/7記)
©文藝春秋
『飛ぶ孔雀』スタッフクレジット
- 著者:山尾悠子
- 発行者:吉安章
- 編集:田中光子
- 装画:清原啓子「絵画」
- 装画画像提供:八王子市夢美術館、阿部出版株式会社
- 装幀:大久保明子
- DTP制作:ローヤル企画
- 印刷所:大日本印刷
- 製本所:新広社
- 発行所:株式会社文藝春秋
円城塔『文字渦』(新潮社)
受賞の言葉 円城塔
文字渦はSFなのかと問われると、違う、というのが自分の中の答えである。
その理由は単純で、まあ、サイエンスではないからだ。サイエンスというのはこういうものだというこだわりが、奇妙なことに体感としてある。そちらの話はそちらの話で、長年温めている大きなものがあるのだが、温めっぱなしということになりそうでもある。
SFではないと思っているのに、日本SF大賞という賞をこうして頂いている理由というのは、もらえるものはもらうというのが方針だからで、それでも、これは要らぬと思う賞が世に2、3はある。くれるといったときには欲しくなっているかもしれないので、名は記さない。
本当のところをいうと、まあこれはSFではないわけなので、芸術選奨新人賞あたりをもらえないかと考えていた。考えるというほど思いつめた話ではなく、自分の作で芸術選奨と縁がありそうなのはこれくらいになるのではないかという予感がしている。
とはいえ一向に連絡もこないわけであり、そりゃそうだよなと思いつつ、そういう文字渦を拾い上げてくれた日本SF大賞は、芸術選奨よりもエラい賞である――というのを、スピーチにしようと計画したりしていたわけだ。
と、ふたが開いてみると、第69回芸術選奨の文部科学大臣賞には山尾悠子さんのお名前があり、新人賞の方には谷崎由依さんのお名前があった。
もうスピーチのネタも台無しというもので、ここはもう、日本SF大賞は、芸術選奨に勝るとも劣らない賞である、とするしかない。無念だ。無念なのかどうか、よくわからない。ちなみに谷崎由依さんとは、文學界新人賞を同じ回のときに頂いたことがある。
根が貧乏症なので、使えなくなったネタを捨てるというのもしのびなく、受賞のことばの方へ書いておくことにする。
といったところでまだ紙幅が余っている。
文字渦について不思議であるのは、なんだか自分が、大量の文字を新たに作った、と言われていることである。そりゃあ印刷所の手持ちにない活字は新たにつくってもらったのだが、ほとんどの文字は辺境の領地が含まれるとはいえUnicodeの宇宙に住処をみつけているわけだし、一字を除いては将来的に安住の地がみつかってもおかしくない文字である。その一字とは、「嬴」字の左右天を囲んでいる部位であり、これは部首とはされないようなので、将来的にもUnicodeに収録されることはないのではないか。
他の文字は全てどこかから拾ったもので、勝手に作っていいんだったら、もっと楽ができたろうなと思うとともに、タガが外れ切って緩んだものになっただろうなとも思う。
ということを書いても、この意味というのは多分伝わることがなく、やっぱり自分は、小説のために新たな文字をたくさん作った奴と言われ続けることになるのではないかと思う。なにか、文字側が意図を伝達するという仕事を枉げて、そういう呪いを仕掛けているという気配を感じる。
基本的に、新たに文字を作った者には不幸が訪れるということになっており、自分の場合これは完全に濡れ衣である。濡れ衣なのだが、それを文字側が演出している気配というのが面白いところであり、これが文字で遊んだ報いというものかもしれず、文字に敵とみなされるということであるかもしれない。
©新潮社
『文字渦』スタッフクレジット
- 著者:円城塔
- 編集:加藤木礼(書籍)・清水優介(月刊新潮)
- 書 :華雪
- 装幀:新潮社装幀室 田中愛子
- 校閲:小駒勝美
- 発行者:佐藤隆信
- 印刷所:大日本印刷株式会社
- 製本所:加藤製本株式会社
- 発行所:株式会社新潮社
第39回日本SF大賞 最終候補作品(作品名五十音順)
高山羽根子『オブジェクタム』(朝日新聞出版)
草野原々『最後にして最初のアイドル』(早川書房)
倉数茂『名もなき王国』(ポプラ社)
石川宗生『半分世界』(東京創元社)
第39回日本SF大賞 功績賞
横田順彌
受賞のことば 鈴木ます子(故・横田順彌氏の実姉)
この度は、第39回日本SF大賞功績賞という名誉のある賞をいただき、誠にありがとうございました。
もちろんこのような素晴らしい賞をいただくことは大変嬉しいことではありますが、弟・順彌が逝ってからまだ日も浅いせいでしょうか、十三も年上の姉の私が何故、という戸惑いも隠しきれません。
順彌は1945年、終戦から間もない秋も深まるころ、疎開先の辺鄙な海辺の家で四人兄弟の末っ子として生まれました。ほどなくして一家は東京に戻り、小学校に入学。子供の頃の順彌は、すこぶる元気な子で、学校では様々ないたずらをしては母親を嘆かせ、下校後は暗くなるまで野球に興じ、夜は本を読むという、勉強とは全く縁の無い、自由気ままな時を過ごしておりました。その後、大学生の時に両親が相次いで他界し、私たち家族と三十三歳で独立するまで共に暮らしました。
その間に生まれた私の娘たちにとっては、叔父さんというよりは、むしろ少し年の離れたお兄ちゃん的な存在で、可愛がられたり、からかわれたりと、たいへん賑やかな楽しい日々を過ごしました。
私は弟と暮らしているときも、その後も彼の作品はほとんど読んでいないので何も語ることはできませんが、私の目から見た順彌は、私生活面では本当に不器用で、世渡りの下手な駄目な人でした。
そんな弟ですが、SF界の著名な多くの先生方に可愛がられ、後輩の若い方々に公私ともに支えられ、たくさんの知人、友人、そしてファンの方々に愛され、大好きだった古書に囲まれた人生は、本当に幸せだったとも思います。
そして最後に、このような立派な輝かしい賞まで頂戴するという喜びは、きっと弟の元に届いていると信じております。
弟に代わりまして、私より横田順彌を支え愛してくださった全ての皆様に、心より感謝の言葉とお礼を申し上げます。ありがとうございました。