第40回日本SF大賞 受賞のことば

2020年4月22日公開 | 2019年4月・SF大賞フェア店にて配布された冊子より

第40回日本SF大賞

小川一水《天冥の標》全十巻(早川書房)

酉島伝法『宿借りの星』(東京創元社)


小川一水《天冥の標》全十巻(早川書房)

受賞の言葉 小川一水

天冥の標

SF大賞に選んでくださってありがとうございます。いろんなものをありったけ盛り込んだ話なので、選考委員の方も読むのが大変だっただろうと思います。イラストの富安健一郎さんにもお礼申し上げます。読んだ人はみんな実感すると思いますが、この話の顔は二巻表紙の、あの「競技場」です。以降、細密で絢爛なイラストの数々で、《天冥の標》ワールドを作り上げてくださいました。心から感謝します。(最終巻あとがきでお名前を挙げ忘れていました。すみません、この場を借りてお伝えします!)

そして、ここまで応援してくださったファンの方々に一番感謝します。他のどの作品にも増して、この長い話は、おりおりのみなさんの声に支えられた話でした。実際私は話の後半があまりにも複雑できついので、何度も主人公たちの顔も見たくないという気持ちになりましたが、待ってくれている人がたくさんいることを考えると、どうしても終わらせないわけにはいかない、これを終わらせなければ何もできないという気持ちになって、なんとか最後まで漕ぎ着けることができました。

とはいえ、受賞して手放しで喜べる話かといえば、そうでもない。

現在、世界は新型コロナウイルスへの怯えに染まってしまっています。私は三月初頭まで、この病気のことをたいしたことはないと思っていたんですが、この草稿を手直しした月末には、まったく話が違ってきました。感染症の脅威というものが、単純な致死率や症状だけから来るものではないと思い知らされているところです。そして多くの国や都市が、実際に門戸を閉ざしていくという、見たことのない光景が現れています。

いや、感染症がもたらす光景というのは、人間が病気にかかる限り、太古から未来までずっとこうなんでしょう。

感染症と差別について描いた《天冥の標》が、みなさんの心に訴えたということは、みなさん自身が差別される、そして差別することへの恐れがあるのだろうと思います。歴史と社会が教えてくれるのは、「私たちは普通に暮らしていると差別する」ということです。これを言うからには私も確実に何かを差別している。そして、それを差別だと指摘されると動揺し、怒るのです。他人がやっている場合は敏感に感じ取れますが、自分がやっている場合は自覚しづらい。

「だから差別するのは生き物として仕方ないのだ、自然なのだ」と話を続けることに、私は悩みつつ、格好悪く、抵抗します。逆に、自然の進化の理にさからうものとしての人間性、人道、人工といったものに、憧れと疑いをもって近づきます。その不自然さや不器用さや突飛さを書き起こしたものが、SFになると思っています。

そのようなSFをお届けしたいです。

小川一水

小川一水(おがわ・いっすい)

1975年岐阜県生まれ。中部大学電気工学科中退。96年、第6回少年ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を『まずは一報ポプラパレスより』で受賞しデビュー(河出智紀名義)。98年の『アース・ガード』より現在の筆名に改める。2002~3年にかけてハルキ文庫の〈ヌーヴェルSF〉レーベルから刊行された本格宇宙SF『導きの星』で注目を集め、2003年にハヤカワ文庫JA〈リアル・フィクション〉刊の『第六大陸』で第35回星雲賞日本長編部門を受賞。05年の「漂った男」は第37回星雲賞日本短編部門を受賞し、同作が収録された短編集『老ヴォールの惑星』と、翌06年の長編『天涯の砦』は第26、27回と二年連続で日本SF大賞最終候補作となった。13年刊の『コロロギ岳から木星トロヤへ』が第45回星雲賞日本長編部門を、10年の「アリスマ王の愛した魔物」は第42回星雲賞日本短編部門を受賞している。他にポプラ社『妙なる技の乙女たち』、光文社『美森まんじゃしろのサオリさん』など多数の著作がある。また、『第六大陸』は The Next Continentm 、07年の長編『時砂の王』は The Lord of the Sands of Time のタイトルでJim Hubbertによって英訳され、10年にHaikasoruから刊行された。《天冥の標》は09年の9月から19年の2月まで、足掛け十年の歳月をかけて刊行された。

《天冥の標》スタッフクレジット

  • 著者:小川一水
  • 発行者:早川浩
  • 編集:塩澤快浩
  • 装画:富安健一郎
  • 装幀:岩郷重力+Y.S
  • 印刷所:三松堂株式会社
  • 製本所:株式会社川島製本所
  • 発行所:株式会社早川書房

酉島伝法『宿借りの星』(東京創元社)

受賞の言葉 酉島伝法

宿借りの星

この度は、第四十回日本SF大賞を頂戴しありがとうございます。大きな励みになりました。『皆勤の徒』の後、次作は「この世のもので」という要望を頂きました。自分としても、あの文体で長編を書くのは無茶だと思っていたので、地球に異形の生態系が出現する人間の群像劇を書いていたところ、奇しくも今回選考委員を務められた森岡浩之さんの『突変』が刊行され、設定のかぶり具合に愕然として一旦白紙に戻したのでした。どうしたものかと足踏みしていたとき、『皆勤の徒』担当編集の小浜徹也さんから、新刊ラインナップ説明会に出てまだアイデアひとつ浮かんでいない新作について話すよう発破をかけられ、慌ててスケッチを描くうちに、逆の設定――つまり異星生命体側が人類に脅かされる次郎長三国志+ムーミン的な話を思いついたのでした。それは〈あの文体で長編を書く無茶〉をするはめになった瞬間でもありました。今回は登場する者たちが人間ですらないため、習俗や肉体感覚が遠すぎて難渋し、ようやく二人羽織程度には馴染んできたと思うと、蘇倶たちはプロットにない自由な振る舞いで挿話をとめどなく増やしていくなど最後までこちらを翻弄し続けます。どうやって彼らを動かすのかという試行錯誤じたいが、作中に別軸で進行する卑徒の企みに随時反映されていきました。

この場をお借りして『宿借りの星』の関係者にお礼を述べさせてください。まずは担当編集者の笠原沙耶香さんに。原稿のチェックから夥しいルビ指定、挿画のレイアウトまで、三年ものあいだ大変な作業をこなしつつとことんまで伴走してくれてありがとうございます。毎月連載のごとく原稿を送る度に最初の読者として楽しんでくれ、おかげで書き続けられました。誤字とも造語ともつかない漢字だらけの文章を細かくチェックしてくださった校閲さん、入り組んだ大量の修正指示を反映してくれた印刷会社のオペレーターさん、細かな要望に応えて素敵な装丁に仕上げてくれた東京創元社デザイン室のデザイナーさん、スマートな解説で巻末を引き締めてくれた円城塔さん、読者の口癖になる帯文を考えてくれた飛浩隆さん――大変お世話になりました。

長期にわたる長編執筆の心理的閉塞から逃れさせてくれた川辺よ、ありがとう。そこへやってきてキャラクターたちに霊感を与えてくれた種々雑多な生き物たちにも感謝を。横歩きで現れこちらが少しでも動くや俊敏に去る蟹に、テレポーテーションさながらに現れては消えるフナムシたちに、唐突に着地し体の角度を変えてから跳ね跳んで消えるバッタに、鱗を美しく連ねた驚くほど尻尾の長いカナヘビに、ノートパソコンの文字列の上を這い進みときには糞を残して飛び去るテントウムシに、傍らの木に翅を透かしてとまる蝉に、枝葉から降ってくる青虫に、それを青虫団子にするアシナガバチに、頭上をよぎる鴉や鳩の群に、川に浮かぶ水鳥たちに、唐突に跳ね上がるボラに、こちらをじっと見ていたイタチに、お魚くわえたドラ猫に――

最後になりますが、本書を待ち続けてくれた皆様、読んでくれたすべての皆様、ありがとうございました。この本が、蘇倶となって異質な他者や文化にまみれることのできる、不意にまた訪れたくなるような場所になっていれば幸いです。あなたはなに蘇倶ですか?

酉島伝法

酉島伝法(とりしま・でんぽう)

1970年、大阪府生まれ。2011年、「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞。それを第一作とする同名の連作短編集で第34回日本SF大賞を受賞。同作は18年にHaikasoruからDaniel Huddlestonによる英訳がSisypheanのタイトルで刊行され、ジェフ・ヴァンダミアなどから高い評価を受けた。また、同作の設定資料集『隔世遺傳』が電子書籍のみで刊行されている。14年発表の短編「環刑錮」で、第26回SFマガジン読者賞を受賞。イラストレーターとしても自作の挿画のほか、多くの展覧会に参加するなど活躍。現在「SFマガジン」誌上でイラストストーリー『幻詩百景』を連載中。『宿借りの星』は著者初の書き下ろし長編小説。近作は「小説すばる」2020年1月号に掲載された短編「猫の舌と宇宙耳」。これは疑似科学が正統なものとして一般化した架空の日本を描いた連作の一つで、過去作も含めた単行本化が熱望されている。

『宿借りの星』スタッフクレジット

  • 著者:酉島伝法
  • 本文挿絵:酉島伝法
  • 発行者:長谷川晋一
  • 編集:笠原沙耶香
  • 装画:酉島伝法
  • 装幀:東京創元社装幀室
  • ブックデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。
  • DTP制作:フォレスト
  • 印刷所:理想社
  • 製本所:加藤製本
  • 発行所:株式会社東京創元社

第40回日本SF大賞 最終候補作品(作品名五十音順)

伴名練『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)

なめらかな世界と、その敵
伴名練(はんな・れん)

1988年、高知県生まれ。京都大学文学部卒。在学中に京都大学SF研究会に所属。2010年に「遠呪」で第17回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。同年に受賞作を改題・改稿、書き下ろしのSF中編「Chocolate blood, biscuit hearts.」とのカップリングで角川ホラー文庫から刊行した『少女禁区』でデビュー。その後は河出文庫『NOVA』、ハヤカワ文庫JA『伊藤計劃トリビュート』などのアンソロジーや同人誌などで単発的に作品の発表を続ける。それらの短編のうち5編が東京創元社の《年刊日本SF傑作選》に選出されるなど高い評価を受け、『なめらかな世界と、その敵』はそれらの作品を集めたおよそ九年ぶりの作品集である。他の作品にハヤカワ文庫JAの百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』所収の短編「彼岸花」などがある。また20年に刊行された『2010年代SF傑作選』全2巻では大森望とともに編者を務めた。

飛浩隆『零號琴』(早川書房)

零號琴
飛浩隆(とび・ひろたか)

1960年9月5日、島根県松江市生まれ。島根大学法文学部卒業。81年「ポリフォニック・イリュージョン」が第1回三省堂SFストーリーコンテストに入選し、「SFマガジン」誌に掲載されてデビュー。散発的に10篇の短編を発表した後沈黙、十年の空白を挟んで2002年初の長編『グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ』で復帰。04年刊の短編集『象られた力』で第26回日本SF大賞、表題作単独で第36回星雲賞日本短編部門を受賞。06年刊の『ラギッド・ガール 廃園の天使Ⅱ』は第6回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞。10年「自生の夢」と15年「海の指」は、それぞれ第41、46回の星雲賞日本短編部門を受賞。両作品を収録した短編集『自生の夢』で第38回日本SF大賞を受賞。18年に刊行された十六年ぶりの長編小説『零號琴(れいごうきん)』は第50回星雲賞日本長編部門を受賞。「自生の夢」は "Autogenic Dreaming: Interview with the Columns of Clouds" のタイトルで英訳され、翻訳作品を対象にした "2013 Science Fiction & Fantasy Translation Awards" の候補になった。また『グラン・ヴァカンス』の英訳が "The Thousand Year Beach" のタイトルで18年6月にHikasoruから刊行された(訳者はMatt Treyvaud)。現在は「SFマガジン」誌に、十三年ぶりとなる〈廃園の天使〉シリーズ第三作『空の園丁』を連載中。

第40回日本SF大賞 特別賞

大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選』全12巻(東京創元社)

受賞の言葉 大森望

年刊日本SF傑作選

《年刊日本SF傑作選》は、2008年から2019年まで、創元SF文庫から全12冊刊行された。収録作はその前年に日本語で発表されたSF作品なので、2007年~2018年の日本SFが第40回日本SF大賞特別賞を受賞したことになる。編者である日下三蔵氏と私は、その一部をそれぞれ好き勝手に選び出す役を担当しただけなので、ことさら受賞者として「受賞の言葉」を書くのも面映ゆいというか申し訳ない。

そもそもこの二人が編者になったのは、東京創元社の小浜徹也氏がこの企画を思い立ったときにたまたま(物理的に)そこにいたからに過ぎない。実際、この傑作選のために日本SFの短編を片っ端から読んでみると、毎年、ページが倍あっても足りないほど多くの候補作があり、レベルの高さをあらためて実感することになった。したがって、誰が選んでも、受賞に値する《年刊日本SF傑作選》が成立していただろうし、もっとちゃんとした人がもっとちゃんと選んでいたら、このアンソロジーを核にして日本SFブームが起きるとか、同じ日本SF大賞でも(この種の企画には半ば定位置の)特別賞ではなく大賞のほうを受賞するとか、そういう時間線があり得たかも知れず、その意味では、むしろ編者の力不足を深くお詫びしたい。

実際、編者が選びきれなかったせいもあって、《年刊日本SF傑作選》は年を追うごとに分厚くなり、最後のほうの巻は700ページを超えている。全12冊合計するとざっと7000ページ、重量3600グラムの物量になり、選考委員のみなさんには過大な労力を強いることになった。どうもすみません。読んでいただいてありがとうございました。

誰が編者でも続いた企画とはいえ、12年にわたって毎年買い続けてくれた読者のみなさんと、この企画に協力してくれた多くの関係者のみなさんがいなければこんなにたくさん出せなかったことはまちがいない。収録を快く許可し、なおかつ「著者のことば」まで寄せてくれた著者のみなさんと、初出媒体の版元および担当者のみなさん。手間ばかりかかって利益の出ないこの企画を長く見捨てずにいてくれた東京創元社のみなさん――とりわけ、企画者である前述の小浜徹也氏と、おそろしくめんどくさくて大変な編集実務を担当してくれた石亀航氏(2015年の『折り紙衛星の伝説』まで)と笠原沙耶香氏(2016年の『アステロイド・ツリーの彼方へ』以降)。そして、1巻目から12巻目までずっとカバーデザインを引き受けてくれた岩郷重力氏と、カバーイラストを描き下ろしてくれた高津央氏(4~6巻)、鈴木康士氏(7~9巻)、加藤直之氏(10~12巻)にもあわせて感謝したい。

最終巻の編集後記にも書いたとおり、創元SF文庫版《年刊日本SF傑作選》は昨年で幕を閉じたが、日本SFは次々に新人が現れ、大きな文学賞を射止め、出版界全体からもますます注目されている。この企画から派生した「創元日本SF短編賞」は、さいわい今後も継続するとのことなので、末長く見守っていただきたい。また、せっかく12年も続いた日本SF年間ベストアンソロジーがここで途切れてしまうのももったいないと話を持ちかけたところ、新たなコンセプトの年次傑作選を今年から竹書房で出していただけることになった。そちらのほうも、ひとつご贔屓に。

大森望

大森望(おおもり・のぞみ)

1961年、高知県高知市生まれ。京都大学文学部卒。在学中に京都大学SF研究会やファングループ「海外SF研究会」(KSFA)に参加、短編の翻訳や文庫解説などを手がける。以後、編集者、翻訳家、評論家、アンソロジストとして活躍。翻訳したバリントン・J・ベイリー『時間衝突』で第21回星雲賞海外長編部門を、また、シオドア・スタージョン「ニュースの時間です」、テッド・チャン「商人と錬金術師の門」「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」の翻訳により、第36回、第40回、第43回星雲賞海外短編部門を受賞。2009年に河出文庫でスタートした、責任編集を務める新作SFアンソロジー《NOVA》シリーズで第34回日本SF大賞特別賞と第45回星雲賞自由部門を、編者(牧眞司と共同)である『サンリオSF文庫総解説』で第46回星雲賞ノンフィクション部門を受賞した。また08年から19年まで東京創元社から刊行された《年刊日本SF傑作選》の編者を日下三蔵とともに務め、09年から募集が開始された創元SF短編賞の選考委員も第10回まで担当した。『現代SF観光局』河出書房新社(16年)『21世紀SF1000』『同PART2』ハヤカワ文庫JA(11年、20年)など多数の著作がある。また20年に刊行された『2010年代SF傑作選』全2巻では、伴名練とともに編者を務めた。

受賞の言葉 日下三蔵

去年までは選考委員だったのに、今年は賞をいただく側になるとは、人生何があるか分からない。そもそも本業が編集者だから、自分が日本SF大賞の対象になるとは思ってもいなかった。おそらくSF大賞史上最大の激戦といって過言ではない超ハイレベルな小説作品ばかりが候補作として揃った中で、アンソロジーという編集企画に贈賞してくださった選考委員の皆さまに、まずはお礼を申し上げます。

年刊傑作選の企画自体は東京創元社の小浜徹也さん、併せて評価していただいたと思しき創元SF短編賞の創設は大森望さんの主導だったので、私としては棚ボタという思いが強い。ただ、作品の選定については全力を尽くしたつもりだし、旧作を発掘・再刊する私のスタイルだと、今回の機会を逃すと死ぬまで賞という形で顕彰されることはなかっただろうから、ここは運命のめぐり合わせに感謝しておきたい。

というか、ここからはすべて謝辞なのです。まず素晴らしい作品を発表してくださっている作家の皆さんに。面白い作品がなければ、そもそも年刊傑作選という企画自体が成り立ちません。さらに年刊への収録を許諾していただきまして、本当にありがとうございました。今回の受賞は、収録させていただいたすべての作家へのものだと思っています。

このアンソロジーを買い続けてくださった読者の皆さんに。どんなにいい本を作っても、読んでもらえなければ意味がありません。本を買って、読む。それ自体は極私的な行為と思われるかも知れないが、実は出版というサイクルの中ではいちばん重要なピースなのです。つまり、何がいいたいかというと、読者(あなた)は単なる客ではなく、共犯者であり、《年刊日本SF傑作選》というプロジェクトの一部なのです。

筒井康隆さんに。SF初心者だった私に年度別アンソロジーの面白さを教えてくださって、ありがとうございました。思えば、筒井さんならどうするかな、ということを常に考え続けてきた十二年間でした。《日本SFベスト集成》シリーズは読者としての私にとってはバイブルですが、アンソロジストとしての私にとっては最高の教科書でありました。筒井アンソロジーと同様に、五年後、十年後、二十年後の読者に、二〇一〇年代の日本SFの面白さを伝えられるシリーズになっていることを祈るばかりです。

直接編集を担当してくれた小浜徹也、石亀航、笠原沙耶香の各氏を始めとした東京創元社の皆さんに。こんなに手間ばかりかかるシリーズを長きにわたって刊行してくださって、ありがとうございました。また、装丁・装画の岩郷重力、Nakaba Kowzu、鈴木康士、加藤直之の各氏にも、深くお礼申し上げます。

そして、大森望さんに。作品の評価軸は笑ってしまうほど噛み合わなかったけれど、SFに対する知識と、愛情と、貢献度は、私だけでなく、すべてのSF関係者が認めざるを得ないはず。今回の受賞で、そのことが誰の目にも明らかになったことが、個人的には何よりもうれしい。

何だか遺言みたいになってしまいましたが、別に引退する訳ではありません。発掘・再刊という本来のフィールドにもどって、まだまだSFの仕事は続けていくつもりですので、皆さま、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

日下三蔵

日下三蔵(くさか・さんぞう)

1968年、神奈川県川崎市生まれ。専修大学文学部卒。書評家、ミステリ・SF研究家、フリー編集者、アンソロジスト。2004年に刊行された編著『天城一の密室犯罪学教程』(日本評論社)で第5回本格ミステリ大賞評論・研究部門を、18年の編著『筒井康隆、自作を語る』(早川書房)で第50回星雲賞ノンフィクション部門を受賞。編著では他に、《新井素子SF&ファンタジーコレクション》全3巻(柏書房)、《SFショートストーリー傑作セレクション》全4巻(汐文社)など多数。08年から19年まで東京創元社から刊行された《年刊日本SF傑作選》の編者を大森望とともに務め、09年から募集が開始された創元SF短編賞の選考委員も第10回まで担当。また、第37~39回まで日本SF大賞の選考委員を務めた。著書に『日本SF全集・総解説』(早川書房)、『ミステリ交差点』(本の雑誌社)などがある。

《年刊日本SF傑作選》スタッフリスト

  • 編者:大森望、日下三蔵
  • 発行者:長谷川晋一
  • 編集:小浜徹也(08~19年)、石亀航(12~15年)、笠原沙耶香(15~19年)
  • 装画:岩郷重力+WONDER WORKZ。(08~10年)、Nakaba Kowzu(11~13年)、鈴木康士(14~16年)、加藤直之(17~19年)
  • 装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。
  • 印刷所:フォレスト
  • 製本所:本間製本
  • 発行所:株式会社東京創元社

第39回日本SF大賞 功績賞

吾妻ひでお

眉村卓

吾妻ひでお

(撮影:平塚修二/2006年)

吾妻ひでお(あづま・ひでお)

1950年、北海道十勝郡浦幌町宝町生まれ。北海道浦幌高等学校卒。漫画家板井れんたろう氏のアシスタントを経て、「リングサイド・クレイジー」でデビュー。72年から76年まで「週刊少年チャンピオン」で連載した『ふたりと5人』がヒット。78年に「別冊奇想天外6号 SF漫画大全集Part2」に発表した「不条理日記」が、第10回星雲賞コミック部門を受賞。一大ブームとなり、『オリンポスのポロン』(79年)や『ななこSOS』(83年)はアニメ化された。人気絶頂の80年代半ばから突如長い沈黙に入る。2005年、イーストプレスから『失踪日記』を刊行。沈黙期の生活を題材にした内容が大きな反響を呼び、第34回日本漫画家協会賞大賞、第9回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第10回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第37回星雲賞ノンフィクション部門を受賞。また、11年には河出書房新社から『吾妻ひでお〈総特集〉――美少女・SF・不条理ギャグ、そして失踪』(穴沢優子編)が刊行され、第43回星雲賞ノンフィクション部門を受賞した。他の著作に『やけくそ天使』(75~80年)、『スクラップ学園』(81~83年)、『銀河放浪』(95~97年)、『失踪日記2 アル中病棟』(13年)など多数。19年10月13日没。

受賞の言葉 吾妻紀三代(妻)

ありがとうございます。嬉しく思います。

私が同じことを言っても重さが全く違います。その上、吾妻氏なら何か面白い言葉が続くんですよね、たぶん。


吾妻氏はギャグ漫画家ですから。


私はただのおばさんで吾妻氏の側にいただけの存在でしたが、唯一つ他の人と違うところは誰よりも先にその作品を生原稿で読むことができたというところでしょうか?


吾妻氏の描くSFが大好きでした。


『銀河放浪』が大好きで、ず~っと続編を希望していました。

でも、いくら描く気があっても依頼が来ないと描けない。

『不条理日記』はコアな上級者のSFファン向けの作品でしたので、私はやっぱり『銀河放浪』の新作が読みたいです。一話完結で、その世界で一生懸命生きている人たちを眺めるのが微笑ましく、読んだ後に何故か余韻が続く。

一話一話続編が出てもおかしくないぐらいだと、私は思いました。 でも、吾妻氏は「この人達を覗いていいのはここまでね」という感じで続編はありません。ギャグ漫画だからということでしょうか。


最後に吾妻氏がアル中で苦しんでいた時の言葉を

「ギャグ漫画家は自分を削って漫画を描いている」

眉村卓

眉村卓(まゆむら・たく)

1934年、大阪府大阪市生まれ。大阪大学経済学部卒。60年からSF同人誌「宇宙塵」に参加。61年、同誌に発表したショートショート5編が宝石社の「ヒッチコックマガジン日本版」に転載されデビュー。同年の第1回空想科学小説コンテスト(のちのハヤカワ・SFコンテスト)で「下級アイデアマン」が佳作第二席になる。63年東都書房から第一長編『燃える傾斜』を刊行。79年、《司政官》シリーズの長編『消滅の光輪』で第7回泉鏡花文学賞と第10回星雲賞日本長編部門を受賞した。87年には『夕焼けの回転木馬』で第7回日本文芸大賞を受賞。96年に、12年の長きにわたって「SFマガジン」誌上で連載した《司政官》シリーズ長編『引き潮のとき』で第27回星雲賞日本長編部門を受賞した。また、『なぞの転校生』、『ねらわれた学園』などのジュブナイルをはじめとする多くの作品が映像化されている。他の著作に、『ぬばたまの…』(78年)、『不定期エスパー』(88~90年)、『妻に捧げた1778話』(2004年)、『夕焼けのかなた』(17年)など多数。19年11月3日没。

受賞の言葉 村上知子(故・眉村卓氏のご長女)

第40回日本SF大賞功績賞を賜り、亡父に代わりまして、深く御礼申し上げます。

父はいつも、「変なこと」を考えている人でした。アイデアを探すというより、もともと妙な発想をする癖が、SF作家となったことで、大手を振ってそうできるようになった、というのでしょうか。傍にいた母も私も、いまそこにある風景が違うものに展開されていくことに慣らされていったところもありました。世間的には「変な」発想を、好きなだけ拡げることができるSFという「居場所」は、いつのまにか父にとっては故郷のようになっていたのかもしれません。

SFと出会い、SF小説を書き始めた当時(昭和35年・1960年頃)を思い出して、父が十年ほど前に書いた文章が残っております。少し長くなりますが、引用いたします。

「その頃には私は、既存の文学なるものの限界を悟り、同時に、こっちはまだまだ未完成で問題だらけながら未来と可能性のあるSFに、自分で頑張ってやっていけば、これぞというものができるだろう、と、のめり込みつつあった。(中略)私が信じたSFの可能性と実際の日本のその後のSFの進み方が、どこまで合致していたかといえば、合った部分もあったものの、総体として大きく外れたことは認めざるを得ない。さらに、私が自分で頑張れば―――について、お前、どれほどのことをやって来たのか、それも、お前が求めようとした方向のものを書いてきたのか、と、問われれば、頭を下げるしかないのも、事実である。」

たぶん、もしこの場に居たら、父はこのようなことをお話しし、御礼を申し上げつつ、「申し訳ないですなあ」などと御挨拶するのではないかと想像いたします。皆様方からこのような賞をいただき、驚きながらも喜んでいると思います。

この度は本当にありがとうございました。

第40回日本SF大賞 会長賞

小川隆

星敬

小川隆(おがわ・たかし)

1951年、東京都生まれ。早稲田大学卒。編集者・翻訳家。81年から英米SFの新作を紹介するファングループ「ぱらんてぃあ」を主宰。85年に同名のファンジンでSFファンジン大賞を受賞。80年代半ばからブルース・スターリングなど、サイバーパンク・ムーヴメントを積極的に紹介する。85年には最初の訳書としてA・D・フォスター『スター・ファイター』を新潮文庫から刊行。92年、柴野拓美賞を受賞(小林祥郎名義)。2000年代にはアメリカのジャンル横断的な作品群を「スプロール・フィクション」というコンセプトを提唱して「SFマガジン」で特集した。12年より翻訳家グループ〈26to50〉を主宰。また、長く翻訳学校ユニカレッジ講師を務めた。訳書に『ブラッド・ミュージック』グレッグ・ベア(87年)『スキズマトリックス』ブルース・スターリング(87年)、『戦時生活』ルーシャス・シェパード(89年)『グリンプス』ルイス・シャイナー(99年)『イルミナティ』ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルスン(07年)『ブックマン秘史』ラヴィ・ティドハー(13~14年)など多数。19年6月13日没。

星敬(ほし・たかし)

1956年、東京都生まれ。日本大学文理学部卒。在学中から豊田有恒に師事し、アシスタント生活に入る。『ベストオブ豊田有恒』太陽企画出版(81年)などのアンソロジーの編者や、NHKの「ラジオSFコーナー」のシリーズ構成(79~83年)、TVアニメ『宇宙戦艦ヤマトⅢ』(80~81年)のSF設定協力(豊田有恒、出渕裕と共同)など、幅広い分野で活躍した。83年頃から91年まで豊田主宰の創作集団「パラレル・クリエーション」に所属。SF関連図書の収集家として、「SF宝石」、「SFアドベンチャー」、「SFマガジン」「SFが読みたい!」などに長年にわたって書誌を提供。また、「SFマガジン」の読者投稿コーナー「リーダーズ・ストーリイ」の選者(82~2013年)や集英社主催のファンタジーロマン大賞の選考委員(92~95年)を務め、東放学園専門学校で小説講座の講師としても後進の育成に尽力した。他の編著に『タイムトラベルSF傑作選』(85年)、『日本SF短篇50』全5巻(北原尚彦、日下三蔵、山岸真と共編、13年)などがある。19年12月2日没。