第39回日本SF大賞エントリー一覧

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バーチャルYouTuber現象大澤博隆
バーチャルYouTuberという名前自体が登場したのは2年前ですが、特に昨年12月のブームは、初音ミク登場後の2007年9月の狂騒に匹敵する、インパクトのある現象でした。技術や虚構表現を用いて、他者から見たときの実質的な人格を作り出すバーチャルYouTuberは、長年にわたる情報技術と日本のコンテンツ産業の申し子であり、実質的人格の実現法も、物語を介するものから対話的なものまで多様性に富んでいて、総合芸術の面があります。個人クリエイターから大手企業まで、あるいは作品上のキャラクターからアバター、さらには実際の人間までが、「人格」という統一インタフェースを介して、Twitter上でフラットに相互交流している状況は極めてSF的で、もうこれ以前の世界は想像ができません。本年も優れた作品は多々ありましたが、正直なところ大賞を与えるにふさわしい「SF的現象」としては、これ以上のものは思いつきません
首都大学東京大学院システムデザイン研究科航空宇宙システム工学域宇宙システム研究室/佐原研究室『きみを死なせないための物語 宇宙考証の解説』なつき
宇宙コロニーが舞台である少女漫画『きみを死なせないための物語』(著者:吟鳥子)の考証者が、身近な例えや平易な文章で宇宙考証の解説をしているサイト。 「テザー」「ペリジ」等の専門用語に限らず、「重量」と「質量」の定義による違い、地球の自転について等、広範な語句や現象に宇宙工学的解説がなされており、漫画の台詞から「宇宙空間に生身が晒された人体は一体どうなるのか?」という考察も。 SF作品に考証考察は付き物ですが、本サイトの専門知識の一般提供、少女漫画に昇華された作品への専門的見地からの解説の公開は、考証者自身のアウトリーチという学術的な意義も得ている事はエントリーに値するかと存じました。 なお、『きみを死なせないための物語』も良質なSF少女漫画ですが未完であり、完結まで静かに見届けたいと願い、エントリーは控えます。本サイトも同様に更新されていくでしょうが、「可視化」は大事と心得、投稿致します。URL:http://www.comp.sd.tmu.ac.jp/ssl/kimi_storia/
円城塔『文字渦』下村思游
日本語という言語を扱う誰もが一度は思い浮かべる疑問を、徹底的に問い詰めることで完成した作品集。漢字とかなの関係性に着目することもさることながら、作中における議論の展開や議論の結果到達する結論まで、これらの作品集の要素はすべてSFでしか出来ない部類のものであり、円城塔はこの作品集によって、SFを用いた日本語・日本文学の拡張を成したと言える。
瘤久保慎司『錆喰いビスコ』いしましん
兵器が生み出した『錆』によって文明が崩壊した日本が舞台のポスト・アポカリプスSF。錆を浄化するキノコを操る「ビスコ」、町医者の少年「ミロ」といった魅力的なキャラクターたちの織りなすストーリーに、錆によって変質した奇妙な生物が跋扈する緻密な世界観が見事に格納されている。骨太で魅力的なSF設定を、ここまで真っ直ぐで爽やかなストーリーに落とし込んだ作品は稀有。また全編を通じて提示される『愛』の在りかたについても、主人公とヒロインというありがちな枠組みを排しながら、見事に王道エンタメとして描き切っている。募集要綱が掲げる「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」という条件を十二分に満たした作品であると考え、推薦したい。
天瀬裕泰『疑いと惑いの年月』宮本英雄
作者の自伝的な作品である。戦時中の呉市から始まり、原爆、終戦、そして復興、大学紛争、オイルショックと時代が流れるなかで、主人公は失踪した父の ことがずっと頭を離れず、時代との違和感が増してくる。そして昭和の終わる年にその違和感の原因を知る。ラストはSF的な展開となるが、作者が描きたかったのは、軍国主義から戦後の民主化、そして東西冷戦により時代を支配する昭和の背景思想の変化に対する違和感である。いつの時代でもなにかしらこれはおかしいのではないかという疑惑、それが昭和の終わりに幕を閉じるのは この作品が昭和という時代に対する作者のオマージュだからだ。 平成という時代が終わろうとする今だからこそ、読まれるべき作品だ。
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瘤久保慎司『錆喰いビスコ』タニグチリウイチ
第24回電撃小説大賞の銀賞受賞作は、超兵器の暴走で東京に大穴が空き、大地だけでなく生き物も浸食する錆に覆われ始めた日本列島が舞台。旅する少年ビスコはキノコ守りという一族の生まれで、あらゆる場所にさまざまな種類のキノコを生やす特殊な矢を使って戦いながら、錆を消す特効薬を求めて北へと向かっている。滅びに向かう世界を舞台に、身ひとつで異形の生物や街を牛耳る権力者に挑むビスコの熱い生きざまや、仲間となったミロという少年との友情を描き、生態系が変化しトビフグや筒蛇といった異形の生物が跋扈する、椎名誠の『武装島田倉庫』のような世界を創造した筆の力は、SF大賞として推すに値すると考える。
小林泰三『パラレルワールド』中村政幸
著者の小林さんは第22回『ΑΩ』、第23回『海を見る人』で、日本SF大賞最終候補に選ばれている、SF作家としてもベテランの著者です。世の中にはたくさんのパラレルワールド作品が溢れていますが、そんな中で本作品は敢えて「パラレルワールド」とそのままのタイトルを付けました。「酔歩する男」など、これまでパラレルワールドものを描いてきた小林さんご自身が代表作と語る本作は、日本SF大賞にふさわしい作品だと、担当編集者として恐縮ですが、自信を持って推薦します。
施川ユウキ『銀河の死なない子供たちへ』新恭司
何千年、何万年もの時間をいつまでも生き続ける子供、ライムを刻むπと本を読むマッキ。そして二人と同様に不死の"ママ"。何億の昼と何億の夜がいつまでも続く変化に乏しい日々だが地上には人類以外の生命に満ち溢れている。人間はどこへ行ったのか。死んじゃうってどんな気持ち?様々な経験を経て、πは未来を見据え、マッキはある決断をする。あとついでに言うと廃墟化した遊園地が出てくる作品は名作に決まってる。
安里アサト『86 ――エイティシックス――』86ファン
無人兵器の支配する戦場を気高く悲しく駆けていく、行き場のない少年少女の物語。作者の見識が行間から溢れ出る文章、キャラクターたちのみずみずしい描写、ライトノベル初の日本SF大賞受賞作にふさわしい精密性、現代性、娯楽性を持つ作品だと思います。
ころすけ『GEHENNA』Ueda Tatsu
本作品の魅力的なポイントとして、登場人物に実在する著名人をモデルにしている点である。(長沼毅氏、S・ホーキング氏など) また、シンプルなコマ割りや斬新なタッチと特徴的な色使いはかなりイカしてる。 今まで見たことない話!とはいかないが、過去のSF作品に引けを取らない。 冒頭の"ムーアの法則"が作品のリアリティを増す。 「コンピューターは人類の知能を超える」イカす。 著者のころすけ氏は、この作品のテーマを「戦争撲滅」「地球環境問題」としている。これまたイカす。 作品はpixiv、ニコニコ静画にて掲載している。
篠原健太『彼方のアストラ』早瀬新
ジャンルはSFサバイバル物の漫画だが、その言葉では収まりきれないほど内容は濃く、テーマは多岐にわたり、罠に翻弄される。凡庸な作家なら処理できずに自滅に陥りそうな壮大な仕掛けは見事に集約され、それらをたったの5巻で完結させるという構成は明らかに挑戦的である。また、近未来を描きながらその実テーマは現代の諸問題でもあり、語られるSF要素は明るく楽しくわかり易さが心がけられている。全ての要素をあくまで少年少女たちに投げかけるという姿勢を一貫した点も評価したい。
映画『散歩する侵略者』継堀雪見
劇団「イキウメ」の主宰であり、スケールの大きい緻密なSF劇を得意とする劇作家、前川知大。精神的虚無と不安、そして愛を追求するJホラーの映画監督、黒沢清。映画『散歩する侵略者』はこの二人の組み合わせが相乗効果をもたらした驚異の達成である。原作の「姿かたちは人間と寸分違わない宇宙人が、概念を奪って侵略を進める」という独創的な設定を、ドライ&スタイリッシュに映画へと移し替えることに成功している。(特に、ジャーナリストである桜井の演説や爆撃の場面は圧巻。)侵略SF映画として、他に類を見ない怪作にして傑作。
米田淳一『プリンセスプラスティック・コンフュージョンコントラクト』米田淳一
デビュー20年目の私ができる限りを振り絞って書きました。SF的な新奇さはどうか私にはわかりません。何を描いても無駄と言われてきた20年でした。でもこれまで出会えた多くの人々への感謝と敬意をもって、私なりに志だけは高く書いた作品です。結果拙いものだとしても、せめて書いた私だけでも応援してあげないと、この作品に降りてくれたキャラクターやアイディアがあまりにもかわいそうすぎると思いました。女性サイズ女性形超小型宇宙戦艦、という新奇さも結局は20年前に活かせなかったし、今回の通貨介入作戦という話も、また宅配ネットワークの悪用という話もきっと書いた私が喜んでいるだけなんだと思います。でもキャラクターたちにはなんの非もない。ただ私の非力があるだけです。それは前もって謝ります。でもこの本にはそれでも勧めたいものがあるので、自薦ではありますが推薦します。多分自薦でなければ絶対に話にもならないでしょうし。
谷口菜津子『彼女は宇宙一』継堀雪見
SF・ファンタジー的ギミックの絶妙な捻りによって、シニカルな笑いと瑞々しい抒情がきらめくストーリー漫画集(短編全6編を収録)。UMA研究会に入会したオタサーの姫が巻き起こす悲喜劇「ツチノコ捕獲大作戦!」、巨大化戦闘ヒロインの食生活と苦悩と日常と友情を描く「カロリーファイターあいちゃん!」など、ツボを押さえた設定と意表を突く展開で見事に料理した短編が並ぶ。(とりわけ、恋愛にすれっかしな男子大学生に訪れる〈未知との遭遇〉が皮肉な顛末を迎える表題作「彼女は宇宙一」は、衝撃/笑劇的な大傑作。)全篇を通して、吹っ切れたストーリー展開と切実な感情の掬い方が爽快な傑作短篇集。
電子書籍出版レーベル《惑星と口笛ブックス》の全功績に対してNEKO
《惑星と口笛ブックス》から刊行されている数々の電子書籍は、日本ファンタジーノベル大賞出身作家である西崎憲氏が企画し、出版を行っています。たったひとりの作家によって起案され、実行されたアイデアが、いま、多くの本好きや作家の賛意と協力を得て、日本の出版業における最先端の形態とその実績を、着々と積み上げつつあります。このレーベルには、SF作品やファンタジー作品は勿論のこと、先行するどのジャンルにも収まりきらない先進性とパワーを兼ね備えた数々の作品が集結しており、既に刊行された作品だけでなく、刊行予定となっているタイトルを目にするだけで、ひとりの読書人として、期待に打ち震えずにはおられません。まさしく「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できない」「歴史に新たな側面を付け加えた」という意味で、西崎氏の功績、もしくは、レーベルそのものに対して、なんらかの顕彰がなされることを希望致します。
動画『東方戦車道』浅木原忍
CGで再現された俳優を用いて、誰でも自由に理想の映画を作れるようになる。かつて近未来SFの描いた「夢の技術」を実現したのがMikuMikuDanceという稀代のフリーウェアである。今年で10周年を迎えたMMD文化は、それ自体に日本SF大賞を贈る価値があるが、ここではその中から『東方戦車道』を推薦したい。アニメ『ガールズ&パンツァー』の「戦車道」が幻想郷で開催されるという設定の東方二次創作動画だが、単なるガルパンの東方再現ではなく、小ネタを随所に盛りこみつつも細部まで作り込まれた独自のシナリオと演出、本家ガルパンに引けを取らない音響の迫力で、文字通り劇場映画レベルの傑作として完成した90分を超える超大作だ。4年の歳月を費やし「個人がCGで理想の映画を創る」というSFの描いた夢を実現したこの作品は、まさに存在自体がSFであり、日本SF大賞を贈られるに相応しい。東方・ガルパンを知らずとも必見だ。
早瀬耕『プラネタリウムの外側』浅木原忍
四半世紀を経て時代が追いついた傑作恋愛SF『グリフォンズ・ガーデン』の設定を引き継いだ連作。テクノロジーが現実の実在性を曖昧にしていく現代に相応しくアップデートされ、前作では明確に対置されていた現実と仮想現実の境界は格段に曖昧になった。現実の実在性をめぐるディスカッションは、恋愛の実在性と重なり合い、SFの知的興奮が恋愛の抒情性と鮮やかに接続される。瀬名秀明『デカルトの密室』の後を受け継ぐAIテーマのSFとしても秀抜だが、この連作集単品でというよりは、『グリフォンズ・ガーデン』が今復刊された意義との合わせ技で、早瀬耕という作家に日本SF大賞を贈りたい。
企画展『ヒツクリコ ガツクリコ ことばの生まれる場所』矢田和啓
アーツ前橋と前橋文学館共同企画の本展では、2018年9月現在の時点では出現当時の完全な形では見られなくなってしまったni_kaの作品『清純派詩人にかにかの弁護/妖精さんのお話』(副題:Web清純派にかにか詩の弁護/アデージア)をはじめとしたモニタ詩を完全に映写機に再現した他、鈴木ヒラクの宇宙的な彫刻展示や、頭骸骨を通じて骨伝導によって死者の声を聴く山川冬樹の展示、ジョン・ケージのレコードやオノ・ヨーコの女性の声を再現したインスタレーションなど、SF的・ジェンダー論的越境を前橋という地に出現させ、言語論的な壁を超える斬新なものとなっている。本展の受賞が、SF界に新たな風を吹き込むことは間違いない。
恒川光太郎『滅びの園』マリ本D
突如として天空に現れた〈未知なるもの〉と、それに呼応する白いゼリー状の生物のプーニー。〈未知なるもの〉の中に広がる想念の世界へと迷い込んだ鈴上誠一は、絵本のような世界で安息の日々を送る。一方、生物を取り込む形でプーニーが増殖している地上では悲惨な状況を呈している。ファンタジックな想念の世界、壊滅的な被害を受けている地上がそれぞれ鮮やかに思い浮かべられることに加えて、その二つの世界を違和感なく接続させるあたりに、これまでも現実と地続きの異界を描いてきた著者の上手さがひかる。想念の世界に生きる鈴上の視点も地上でプーニーと対峙する人々の視点もともに描くことで、それぞれに守りたいものがありそのために戦っていることが胸に迫るほど理解でき、それ故に鈴上と地上の人々の対立のやるせなさに単純な善悪では収まらない深みも感じられる。総じて非常に優れたSFファンタジー作品として、本作を推薦する。
ポプテピピック(漫画、アニメと、宣伝広告などのあらゆる関連現象に対して)矢田和啓
この作品の中で参照されているあらゆる90年代カルチャーのディテールやテクスチャ、ひいてはアーキテクチャの模倣を通じて完成された一つの通史的跳躍には、メディア論的な普遍性を超越する一種の社会観察眼が染み込んでいる。SF的な、いやそもそもSF的な物語という概念そのものを反転させかねない戦略的かつ巧緻なこの『ポプテピピック』という現象には、言葉を尽くしても語り切れない膨大なデータベース消費社会の縮図が、あらゆる要約不可能性を踏み越えた形で存在しており、一過性のものとして看過できない。故にSF大賞を贈るべきである。
柞刈湯葉『未来職安』矢田和啓
『未来職安』は仕事のなくなった社会の中で職安という職業をする、という舞台設定なのだが、まずもってその舞台設定からしてぶっ飛んだ世界を構築することに成功しており、その中で反映されるドラマの一つ一つが日本社会の構造的問題に深く切り込んだものである。「自立する個人」というごく個人的な問題がダイナミックなSF的転回を経て社会的な問題へと転換され、崩壊する社会の中での契約的「結婚」へと落ち着くこの物語は、この日本において空前絶後の驚きを持って迎えられている。その意味でこの小説は間違いなくSF大賞という栄冠にこそ相応しい。
山口優「ラプチャー・パンデミック」矢田和啓
初出が電子書籍の文芸誌『チャかシズムVol.3:《声》』であり、SFでありながら、聞き間違いや言い間違いのようなロジックを用いたミステリー的な性格も有していて、既存媒体とは違う土俵で出す価値がある非常に優れた作品。本作品においては電子書籍というメリットを最大限に発揮することに成功している。戦略的人工知能とタッグを組んで異常事態の起きた戦艦に侵入する、そのようなハードなSF物語がハードカバーの紙面の本の上ではなく、ソフトな電子媒体を通じて展開されるところに、この作者の真髄がある。
ライヴパフォーマンス『Perfume × TECHNOLOGY presents "Reframe"』川井昌彦
2018年3月20日・21日にNHKホールにて開催されたPerfumeのライブは、最新鋭テクノロジーとPerfumeのパフォーマンスによる演出が見る者を圧倒し、ライブというよりもアート作品といったステージとなりました。 あまりに高度な技術が自然に融合し、無機的なイメージの「テクノロジー」が有機的な繋がりまでをも紡ぎだしたこのステージは、まさに近未来の世界を表現したものであったと思います。
八島游舷「Final Anchors」ny
わずか0.5秒の間に超高速で取り交わされる車載AI同士の「調停」と、それぞれの所有者である人間が背負う背景描写、AIが所有者と生活を共にし、しかし避けられない事故に向けてギリギリまで研ぎ澄まされる情感の描写に圧倒されました。
八島游舷「天駆せよ法勝寺」ny
とにかく文句なく面白いです。発想や描かれる世界観、物語もさることながら、文章のかっこよさが抜群です。シャープでゴージャスで楽しい。読んでいる間、興奮しまくりでした。この作者の作品をもっとたくさん読みたいと心の底から思いました。
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篠原健太『彼方のアストラ』ぐりふぉん
骨太のスタイルで、少年の青春群像、科学技術の発展と倫理、犯人捜しの謎解き、サバイバル、航海記、そして世界観の壮大な逆転劇などを詰め込んだ意欲作。それでありながら、SKET DANCEの作者らしく、正しい「少年漫画」であり続けている点も評価したい。
草野原々『最後にして最初のアイドル』浅木原忍
アイドル、ソシャゲ、声優。オタクメディアと現代SFを悪魔合体させた本作の収録作たちは、一見その題材故に単なる一発ネタのキワモノにも見える。だがそれは、たとえばイーガンが最先端の科学の言語で記述する(そしてそれ故にSFの外側の読者には「よくわからないもの」とされてしまう)「SFの面白さ」を、SFの外側の読者へ馴染みの深い語彙に「翻訳」する行為なのだ。かつての日本SFで「サラリーマンSF」と呼ばれた作品群がそうであったように、そして現代では赤野工作の「ゲーム」や柞刈湯葉の「横浜駅」がそうであるように。SFの言語をSF外の言語に翻訳し、SFの面白さをSFの外側へ伝える拡散力と伝達力をもった作品にこそ、日本SF大賞が授けられることを願いたい。
劇場アニメ『ペンギン・ハイウェイ』牧眞司
映像の躍動がすばらしく、少年文学の映像化としては理想といえるでしょう。SFとしての観どころは、きわめてラディカルなかたちで、濃密な日常的人間関係と宇宙全体の成立を直結させている点ですね。森見登美彦さんの原作はレム『ソラリス』が霊感源とのことですが、そこに宇宙論のイメージが加味されているのが面白い。
小川一水『アリスマ王の愛した魔物』牧眞司
おそろしくハイレベルな短篇集。バイク搭載のAIを語り手にマシンの体感をありありと描いた「ろーどそうるず」、数学に憑かれた王のメタフィジカルな寓話「アリスマ王の愛した魔物」など5篇を収録。 こちらで詳しく書評しております。 http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2018/01/12/173115.html
山本弘『プラスチックの恋人』牧眞司
議論が喧しい二次元児童ポルノの問題(直接の被害者はないが社会的害悪と見なす意見もある)を、精巧な性愛アンドロイドというガジェットを用いて、なまなましく展開した思考実験としてのSFです。理性と感情の両面に訴えかける強度を持った作品。 こちらで詳しく書評しております。 http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2018/01/23/115217.html
早瀬耕『プラネタリウムの外側』牧眞司
ITと現実感覚を結びつけたSFは数ありますが、この作品はガジェット/アイデアを前景化するより、わたしたちが暮らしている日常、人間関係のなかで出逢う感情や感覚の地平で語られています。青春小説としても新鮮ですし、プルーストやジョイス以降の記憶を扱った文学の系譜にも位置づけられます。 こちらで詳しく書評しております。 http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2018/04/17/201113.html
山尾悠子『飛ぶ孔雀』牧眞司
まだらに不燃になった世界、石の畸形化、地下公衆浴場の底穴から躍りでる大蛇……横溢するバシュラール的想像力を典雅な文体で綴ったシュルレアリスムの傑作。 こちらで詳しく書評しております。 http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2018/05/22/161912.html
宮内悠介『超動く家にて』牧眞司
いやあ、マイッタなー。とんでもない短篇集。ネタやアイデアそのものは、長篇を書いているときの宮内悠介と異なる「盆暗純度」ですが、それを作品化する手つきはまぎれもなく才気走った宮内悠介なのです。 こちらで詳しく書評しております。 http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2018/03/06/160155.html
北野勇作『じわじわ気になる(ほぼ)100字の小説』牧眞司
ボルヘスのメタフィジカル、ゴーリーの不気味、ハルムスのナンセンス、足穂の詩情、星新一のウィット、落語的なシュール……、とりどりに詰まったアヤシイおもちゃ箱。そして、まちがいなく北野ワールドです。言葉の感覚が凄い。井上陽水がとりおり見せる「向こう側」の言葉みたいです。
上田早夕里『破滅の王』牧眞司
小松左京『復活の日』以来の、日本SFにおける破滅テーマの到達点です。もはや私たちには全滅のカタストロフィすらなく、むごたらしく生き延びてしまう咎を否応なく引き受けなければならない。現代が胚胎したアクチャルな感覚が通奏低音のように響く傑作です。 こちらで詳しく書評しております。 http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2017/12/05/113323.html
篠原健太『彼方のアストラ』海宇未悠
少年向けのSFミステリーとして、新たなオールタイムベストだと言って良い作品です。 ほのぼの冒険SFかと思いきや、綿密に伏線の張られたSFミステリー作品なので、未読の方は是非とも読んでください。 初見ではご都合主義かと思われたシーンや冗長かと思われたシーンにも、しっかりとした伏線があります。 4巻と5巻での大どんでん返しは、ネタバレを見ずに読むことを、強くお勧めします。
三秋縋『君の話』
スペースオペラのように現代からかけ離れたサイエンス・フィクションではないものの、この作品はまごうことなきサイエンス・フィクションであると思いました。 記憶の移植・消去が容易に行える世界で、自分の記憶にない理想の女性に出会った主人公。しかし、その女性も主人公と同じように葛藤を抱える等身大の人間であった。 最後まで飽きることのない怒涛の展開で、まさに2018年を代表する作品であると感じました。
野村亮馬『第三惑星用心棒』doubly
ベントラー・ベントラーで知られる野村亮馬氏のkindle自費出版漫画。西暦2882年の地球、闊歩する自律機械の処置を担う高機能人型アンドロイドを主人公とした当作は、上記作品でも目を引いた住人の暮らし、人工知能の仕草、用いられる様々なガジェットなどが高い密度を持って西暦2882年の地球を余すところなく示している。特に、軌道エレベーターケーブルの補修場面は「何も特別なことはしていない」現存の工学の延長そのものを画的に描いており必見。続刊も予定されており目が離せないシリーズとなりそう。
萩鵜アキ『冒険家になろう! ~スキルボードでダンジョン攻略~』新棚希望
近未来の日本をディストピアとし、既存化学を押し除けて、新たな技術が台頭し始めた黎明期を描いている。 非常に多彩なメタファが盛り込まれており、ライトノベルと侮ると、本作からはなにも読み取れないだろう。 ダンジョンにより被災した人間が前を向き、一致団結して困難を乗り越えていく様子(物の見方・場面の切り取り方)は、暗い物事ではなく、明るく幸せな物事のみを切り取っているため、愉快であり、それが現実に被災した方々にとっての、幸福を得るための道筋として示されている。本作の「見方」は今の日本にとって、無くてはならない視点であり、故に、無くてはならない作品である。
TVアニメ『ポプテピピック』浅木原忍
「蒼井翔太です!」この一言が、全ての時間SFを過去にした。『ヘボット!』放送終了から三ヵ月後に放送開始した本作は、『ヘボット!』と同じく、パロディギャグアニメであり、その裏側で世界がループするループSFである。だが、ここで描かれるループは、作品の構造が『ヘボット!』の存在を前提に「実はループSF」と半ば冗談として読み解かれること自体を想定したパロディでしかない。蒼井翔太のメタな介入で世界をやり直しハッピーエンドに辿り着いた本作は、この20年のループSFブームが形成した文化、その爛熟の極みとも言える。ループSF・時間SFはここまで来てしまった。「蒼井翔太です!」の後に、時間SFに何が出来るのか――そう、我々は『ポプテピピック』以後にいるのだ。もう後戻りはできない。このグラウンド・ゼロに日本SF大賞を与える度胸があるのか、日本SF大賞もまた試されている。
TVアニメ『ヘボット!』浅木原忍
21世紀は間違いなくループSFの時代だった。そしてループSFは、一度語られた物語に介入するメタSFという側面を持つ。ホビーアニメでありパロディギャグアニメであり、同時にその裏側で世界のループが繰り返される『ヘボット!』は、ホビーアニメという媒体・パロディギャグアニメという趣向のもつメタ性と、ループSFのもつメタ性を結びつけることに成功した。この20年のループSF流行そのものをメタなギャグとして総括し、ループを脱却した後に待つ結末のその先を「二次創作」に委ねる美しいラストシーンは、21世紀の「ループSFの時代」の総決算であり、メタSFの新たな金字塔を打ち立てた。ループを終わらせためみ子は、ハッピーエンドを願う視聴者のアバターに他ならないのだから。伝説として語り継がれるだろうこのアニメが、日本SF大賞を受賞しない理由はない。だってめみ子だもん。
星野之宣『レインマン』海野螢
最初は脳を持たない青年の超常現象オカルト物か何かのように始まるが、先を見せない構成で超心理学から脳科学、社会心理学、量子力学、AI、歴史学、民俗学、遺伝学、地球史、哲学、平行世界までありとあらゆるジャンルをまたいで展開、最終的には宇宙の根源に迫るスケールの人間原理に着地。ある意味星野之宣SFの集大成。
梅田阿比『クジラの子らは砂上に歌う』タニグチリウイチ
砂の海を漂う巨大な浮島「泥クジラ」に暮らす住人たちには過去、祖先にある事件があり、それが元で今、帝国に攻められ滅亡の危機に瀕するが、運命に抗おうとする少年少女たちによって危機を脱し、今は永遠の平穏を得られる地を求めて砂の海を漂い続けている。独特な世界を創造し、その上に築かれる新たなる人類の様々な暮らしを描いた漫画は第1部にあたる部分がテレビアニメになり、舞台になって多くに存在を知らしめた。漫画は先へと進み異能を持った「泥クジラ」の住人たちに向けられた権力者の強欲との戦いが繰り広げられている。本格SFとして異世界もしくは遠未来の人類の姿を紡ぎ続ける漫画を第一の候補として推薦しつつ、アニメであり舞台といったメディアミックス展開も含めた「砂クジ」ワールドを添えて推しその存在を世に問いたい。
山田胡瓜『AIの遺電子』miyo_C
アンドロイド人情物としての1話完結ストーリーが、これだけのクオリティで連載されたことが驚きでした。また、人間がアンドロイドの医師として働く、人間の母親をアンドロイドがつとめる。それが、シームレスになった未来像は少子高齢化の先の未来を私たちに見せてくれているように思ったのです。 このような豊かな未来を人間がつぶそうとしている現代においての人権や、個人の権利、責任、義務などについても考えさせられる作品であります。 未完の続編では、長編として、主人公の母親をめぐる物語が続いており、いのちや人格についての新たな視点でのストーリーが展開していますが、まずはこちらを日本SF大賞に推挙する次第です。
ゆうきまさみ『究極超人あ〜る』miyo_C
アンドロイドのあり方について、韜晦とも言うべき態度で飄々と描ききった名(迷?)作が、人の社会の中にいかに溶け込ませつつ、いかにロボットの存在があるべきかという問いが現実になりつつある現代に30年ぶりの新刊を出せたことが、もはやSFの様に思えるのです。高校という特別な場所を舞台にメタ的な時間経過ネタの中でも同じ空気感を維持していることも、舞台を現代に移した細田版時をかける少女などとも異なるアプローチで興味をそそるのです。
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