第45回日本SF大賞選考経過
第45回日本SF大賞選考経過報告
第45回日本SF大賞の選考会は、池澤春菜、大森望、斜線堂有紀、立原透耶、林譲治の五名の選考委員が出席し、2025年2月15日にオンライン会議にて開催されました。また、自作が候補となった池澤春菜は選考会には参加せず、書面にて各作品の講評を発表しました。
運営委員会からは司会として井上雅彦会長、オブザーバーとして日高真紅事務局長、技術係として藤井太洋、記録係として十三不塔、中野伶理が出席いたしました。
今回の最終候補作は以下の五作品です。
- 春暮康一 『一億年のテレスコープ』(早川書房)
- 荒巻義雄・巽孝之 編 『SF評論入門』(小鳥遊書房)
- 宮西建礼 『銀河風帆走』(東京創元社)
- 市川春子 漫画『宝石の国』(講談社)
- 池澤春菜 『わたしは孤独な星のように』(早川書房)
選考経緯
司会の井上会長の挨拶の後、各選考委員が受賞作として支持したい作品を発表する形で選考会が始まりました。(書面参加となった池澤春菜委員の講評は、井上会長が代読しました)
その結果、『一億年のテレスコープ』と『宝石の国』を推す委員が三人、『銀河風帆走』を推す委員が二人いました。
最初の投票を終えた後、各選考委員が順番に、それぞれの候補作に対して講評をしていきました。
この講評でもっとも票を集めた作品である『宝石の国』について、選考委員司会の井上会長が、日本SF大賞にふさわしい作品の基準「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」にふさわしいものとして受賞作とすることに反対意見がないかを各委員に確認、反対意見はないものとして承認を得ました。
その他、投票のあった『一億年のテレスコープ』と『銀河風帆走』について、SF大賞としての同時受賞とするか否かの議論が交わされましたが、『銀河風帆走』に特別賞を与えるという意見で一致しました。
その後も選考委員により議論が尽くされた結果、第45回日本SF大賞の受賞作として『宝石の国』、特別賞として『銀河風帆走』を選出することが全会一致で決まりました。
春暮康一 『一億年のテレスコープ』(早川書房)
『一億年のテレスコープ』については、構成力の高さや、SFを正面から描いており、アイディアの広さや宇宙生命体の描き方、視点の新しさなどが高く評価されました。読みものとして楽しめるスペースオペラであり、どこまでも遠くに連れていってくれる傑作であるという賛辞もありました。また、肉体を捨ててデータ化して航行する物語の場合、一般にはネガティブになりがちだが、本作では悲観的ではなく冒険活劇的に楽しめたという感想も出ました。
一方で、人格はコピーできないので人に近い状態で長命で変化がない点や、三人の関係性が一億年も続いている点、グレッグ・イーガンの『ディアスポラ』などのアンサーソングとも言えるが、設定などに既視感があり、SFファンとしては居心地がいいが、今のSF界にインパクトを与えるかというと疑問である点などが指摘されました。
荒巻義雄・巽孝之 編 『SF評論入門』(小鳥遊書房)
『SF評論入門』については、SFの羅針盤として多様で多角的な分析を行っており、新奇性のある作品を取り上げている点などでスピード感やリアルタイム感があり、大きな影響力を持ちえるという意見が出ました。
読みやすく、この本単発で見るとレベルは高いという評価が多い一方で、取り上げている作品の男女比率の大きさ、中国や韓国の作品への言及の少なさ、今アンソロジーとして出すものとしては時代と切り結んでいない点などへの指摘もありました。
宮西建礼 『銀河風帆走』(東京創元社)
『銀河風帆走』については、科学というプロトコルに従えば高校生でも結論に至ることができて理性に対する信頼がある、環境問題を科学で解決するというストレートな作品は今まであまりなかったのでこの視点は必要、高校生が最大限にできることをするという意味でSFとして誠実である、といったSF的な要素に関して高い評価を得ました。
加えて、SFは小説として若い人に浸透させるのが難しいが、本作は青春群像なので若い人に読んでもらいたい、ジュブナイルとしてみずみずしく心地よい、壮大な疾走感がある、ラストも素晴らしいという点で、人間ドラマや読み心地、物語としての完成度の高さに言及する感想も多く見受けられました。科学的交渉がしっかりなされており、海外で翻訳されて太刀打ちできる作品でもあるという見解もありました。
長編になりうるアイディアを作者都合で短編にしたものが見受けられる点や、『一億年のテレスコープ』との共通点があるので悩ましいという意見もありましたが、こうした傑作が同時に生まれたことが喜ばしいという見解に至り、本作に広い可能性を見出す方向に収束しました。
市川春子 漫画『宝石の国』(講談社)
『宝石の国』については、SF大賞の選考にあたり、小説・漫画・評論などを同列に比較するのは難しいものの、本作は多様なメディアの中で比較しても独創的な世界観であり、展開も前代未聞で、物語的な新しさがある点で高い評価を得ました。加えてビジュアルが圧倒的で、「漫画だからできることに嫉妬する」という意見もありました。
SFとして見ると、『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)の系譜に連なり、救済されそこねた人を機械で救おうとして失敗するなど、小説のSFでは書かない設定を用意した上で、最後には伝統や懐かしさを感じさせる決着に至り、古いSFファンをも感動させる力を持つという発言もありました。
その他、キャラクターのアイデンティティが役割になってしまう悲しさと、次の生命に譲る悲しみが繋がっており、日本SFの中でも独自の世界観を構築している点や、仏教とSFの融合という意味でこれ以上のものはない点、SFの門戸を広げる可能性があるという点、本作を読み終えたら涙ぐんだなど、多くの長所が言及されました。
終末論的な内容についての疑問もありましたが、概ね最後も希望があって寂しくはないという結論に至りました。
池澤春菜 『わたしは孤独な星のように』(早川書房)
『わたしは孤独な星のように』については、まず文章の美しさについて言及され、候補作の中では文章力は一番高いとされ、美しい詩的な文章で、繊細で柔らかな表現がなされている点が評価されました。
内容に関しても、バカSFの体裁をとりつつディストピアSFの構造を持っている作品もあるなど、全体が考えられており、第一短編集として素晴らしい、多くの人に読んでもらいたいという評であり、本作のような作品が候補に入ったこと事態がSFの多様性を示している、という発言がありました。一方で、他の候補作に比べて作品が短いので、今回の受賞は難しい、という意見もありました。
最終投票
選考委員ごとに各作品の講評をした後に、それぞれの講評への疑問点や、候補作を読んだ全体的な感想などについて話し合いがされました。
高い評価を得た『宝石の国』『銀河風帆走』『一億年のテレスコープ』の中でどれに賞を与えるかで議論になり、漫画と小説、長編と短編だから比べるのが難しい、だがそういったものを一緒に考慮することができるのがSF大賞の醍醐味である、と議論が膨らみました。どれも優れた作品であり悩ましいが、本賞の性質としてはより攻めた作品を、という意見もありました。そんな中、もっとも票を集めた『宝石の国』を大賞、『銀河風帆走』を特別賞とすることが全会一致で決まりました。
功績賞については、日本SFの発展に多大な寄与があった、故・楳図かずお氏、故・山本弘氏、故・住谷春也氏に贈られることが会長より提案され、選考委員に異論はなく、すみやかに決定いたしました。
(記録・文章:十三不塔、中野伶理)