第41回日本SF大賞エントリー一覧

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暴力とも子 『VRおじさんの初恋』新恭司
今を象徴する、VRを通じたバ美肉おじさん同士の純愛物語。新しいセクシュアリティのひとつなのかも知れない。まさか第一部から先があるとは思わなかったが、ここから二人はどこへ向かってゆくのか、目がはなせない。
伊瀬ネキセ 『HELLO WORLD if ──勘解由小路三鈴は世界で最初の失恋をする──』匿名希望
劇場アニメ『HELLO WORLD』のスピンオフ小説として発表された本作。とはいえ、ちょっとスピンオフというレベルではないたしかな強度を持つSF作品だと感じたので、あえて本編とは個別にエントリーする。著者はもともと、かなり緻密な設定のSF作品で新人賞を受賞して商業デビューされた方のようだ(あいにく未読ですが)。だからこそ映画本編に負けないロジックとSF要素を新たに加えつつもひとつの整合した新たな世界を構築できているのだろう。さらに卓越したストーリーテリングと心情描写で、本編では脇役だった登場人物に珠玉の物語を与える。読んだ後、映画本編がまったく違って見えてくる。作品世界がさらに広がって見えてくる。このスピンオフの醍醐味を、ひとつのSF作品として極めて高いレベルで実現しているのが本作だ。
荒巻義雄 『有翼女神伝説の謎』匿名希望
荒巻義雄先生86歳の書き下ろし! すごいエネルギーです。壮大な古代史伝奇ロマン、歴史の読み直しに挑む本書。もしも日本に、もう一つの『古事記』があったとしたらと問いかけ、ミステリーのような謎解きで始まり、一気に読者を引き込む一作。
日本SF大賞がエントリー制になってからエントリーに参加したすべての人たちマリ本D
日本SF大賞が第34回からエントリー制を導入してはや八回目を迎える。年ごとの量の多寡や質はともかくとして八回全てにエントリー文を送ってきた身として言うなら、エントリー文を書いているときの気分は“自分の推し作品にSF大賞を!”という煌びやかなもの…、では決してなかった。エントリー期間中は「あの作品もまだエントリーが入ってない」と焦りばかりが募り、期間が終われば充分なエントリーを送れなかった自分の無力さとエントリーがなかったばかりに評価対象にすらなれなかった作品があるという事実に毎回絶望した。自分以外にもこのような思いの人はいると思う。それでも「今年はこんなものもあったよね」と言うためにエントリーを続けている人たちが(自分含め)いて、その人たちの貢献度は特別賞や功績賞程度には余裕で匹敵すると思うので、この枠でエントリーさせていただく。正直に言えば、エントリーする側だって必死なんだよって話です。
瀬名秀明 『ポロック生命体』鬼嶋清美
AIに将棋、小説、絵画といった芸術を表現させられるかを問うた短編集。将棋のようなゲームでAIが勝てるようになっても、AIが作り出した小説や絵画で感動させることができても、人間はそれさえも取り込んでいく。現実に藤井聡太二冠の誕生と世間の熱狂がそれを証明しているといえる。AIで人間を越えようとすると、結局、人間とは何か、“人間らしさ”とは何かを問うことになる。その10年近い著者の思考の格闘の記録として、日本SF大賞にエントリーしたい。
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野﨑まど 『タイタン』マリ本D
野﨑まど作品を読むときにある倒錯を覚えることがある。私が想像する“未知との遭遇”は微かな違和感などを手繰りよせていった結果、人間がとうてい理解できないようなものと出会いそこに“センス・オブ・ワンダー”を見出だすものだと思っていた。野﨑作品における“未知との遭遇”は人間がとうてい理解できないものがいきなり全容を現し、“それ”が人間というものを把握しようとした結果今まで自明とされていた人間にまつわる何かが再発見・再定義されるところに“センス・オブ・ワンダー”が見出だされる、といった構図があるように見受けられる。そして本作において、人間が理解できない“未知”とは作中に登場するAI「タイタン」であり、彼らが再発見・再定義するのは「仕事」という概念だ。「仕事」が再定義された先に到来する世界の異質さが垣間見えるエピローグこそ野﨑SFの真骨頂であろう。作中の表現を借りるなら、実に“良い仕事”をしている。
ゲーム『キコニアのなく頃に』匿名希望
「ひぐらし」「うみねこ」に続くなく頃にシリーズの最新作。今作の舞台は第三次世界大戦後の世界で、登場するのは最新の軍事技術を身につけた若者たち。彼らは生身で空を飛び、空母のような規模の兵力を一人で扱うことができる。もし新たな戦争が勃発したら、勝利への鍵を握るのは彼らの力だ。しかし、老獪な者たちの言いなりになって若者が殺し合う戦争など、彼らは望んでいない。これはそんな若者たちが、平和維持のために手を取り合って戦う物語だ。そしてその望みが、大量の障害によって意地悪く打ち砕かれていく。連作の1話ではあるが、これ以上事態が悪化することがあるだろうかと思えるくらい、地獄のような出来事がこれでもかと詰め込まれている。1話は混乱の最中で終わるが、タイトルの「キコニア」はコウノトリを指し、人間の出生が大きなテーマであることが伺える。少年少女たちの戦いの物語から、哲学的な部分に展開していくことが楽しみだ。
グレアム・ボトリー(編著)安田均(監修)こあらだまり、春駒篤(訳) 『ヒーロー・コンパニオン』岡和田晃
 ゲームブックを原作とするゴシック・ファンタジーRPG『アドバンスト・ファイティング・ファンタジー』第2版は、オールドスクール・ファンタジーRPGの1タイトルのノスタルジックなリヴァイヴァルという枠を超えて、新たな挑戦を打ち出している野心作だ。本作では死霊術、仮面魔術、混沌魔術といった追加呪文、雇い人や賃金、資産のルールも面白いが、なんといっても大規模戦闘とウィルダネス・アドベンチャーのルールが素晴らしい。これにより、冒険の舞台となる野外のフィールドを気軽にデザインし、そこで起こる戦争状況を簡単にシミュレーションすることが可能になったのだから。『ファイティング・ファンタジー』シリーズは、古典からアラン・ガーナー、ローズマリー・サトクリフへ至る現代イギリス児童文学ファンタジーの伝統を下敷きにしているが、本作によってハイ・ファンタジー全般といっそう強く響き合いを見せることが明らかになった。
ゲーム『キコニアのなく頃に』脳野ヤシロ
『ひぐらしのなく頃に』で一世を風靡した竜騎士07によるビジュアル・ノベル。
ガントレットナイトという空を駆ける少年少女兵士の戦闘能力によって勢力関係が整えられる近未来世界においての、恋愛・ミステリー・戦記…と多角的な面を備えた、しかしそれら全てを繋げ、織り込んだ大ボリュームの作品。所謂萌え的なポイントも魅力的に描きつつも同時に現代の諸問題に切り込み、エンターテインメントと社会問題を違和感なく両立させている。SNSでの交流、ネット情報の危うさ、女性の権利、出産、格差など提起される問題も幅広い。プレイヤーは自然と考えるべき問題に気づかされるだろう。一時話題になったアカデミー賞の条件も気にならない程の人種的多様性な登場人物、また英訳版も発売されている為ワールドワイドなファン層も特徴である。そして、なによりクライマックスのSF的な特殊構造で可能になっている、多重的悲劇パートは一読の価値があり。
野﨑まど 『タイタン』匿名希望
デビュー作『[映]アムリタ』以来、ジャンルの壁を縦横無尽に飛び越えながらも常にSFマインドを奥底に秘めた作品を発表し続けてきた作家、野﨑まどの最新作。実に読みやすい。野﨑まど最初の一冊としてもお勧めだ。それでいて既作品の総決算的なものを感じさせる。老若男女を楽しませつつ、魅力的な世界観やガジェットでSFファンの心も掴み、鮮やかな転回を読者に体験させる筆致はいつもながら見事だ。本作の舞台はAIによって「人類から一切の労働が消えた」世界。思考実験的に「働く」とは何かを問うアプローチは極めてSF的だ。人類の「労働」に対するマインドセットが音を立てて崩壊しつつあるこの時代、この物語はひときわ大きな意味を持つ。本作はまた大変優れたロードムービーでもある。あえてロードノベルとは書かない。その映像喚起能力を、あなたの脳内でぜひ体感してほしい。とにかく読んでいて楽しかった!珠玉の「エンタメSF」である。
草野原々 『大絶滅恐竜タイムウォーズ 』プラン・エリア
これは、アンチ・エンタメという名の屍の山の頂点に立つ凶星だ。本作のテーマはキャラクターという存在に対する再考と仮説の提案で、これ自体もまたメタフィクション的に非常に面白い着眼点ではある。だが本作の問題点はこの仮説を立証する過程が完全にどうかしている事だ。本作は一応『大進化どうぶつデスゲーム』の続編に当たる。だが、本作ではその前作で積み上げられた物語の骨格、キャラクター、関係性、感情などは、すべてミンチの方がマシなレベルで破壊し尽くすという、極めて斬新な前作の使い方を行なっている。こうした異常の果てに宇宙がヤバくなり、ダーウィンやオリンピックとかが風評被害を被るといった惨状を経て、メタフィクション的提案に至る。どうしてだ。例えば万有引力を証明する為に、土星の衛星をサイコキネシスで操作し地球に落とす科学者がいるだろうか。いた。そのマッドサイエンティストの名は草野原々、地球はおしまいだ。
櫃間武士 『REMAKE~わたしはマンガの神様~』aæe
https://www.alphapolis.co.jp/novel/804220288/773333538 https://ncode.syosetu.com/n1444gj/ 「アルファポリス」で2020年1月から7月にかけて連載された作品(完結)。平成29年の17歳金髪美少女高校生が、火の鳥に導かれて手塚治虫のいない世界線の昭和29年にタイムスリップ。再び両親と出会うために自分が手塚治虫になる、少し不思議なレトロSF。史実の手塚治虫のごとく、命を燃やし尽くすように漫画を描き続ける主人公のハッピーエンドを願わずにはいられない。
劇場アニメ『HELLO WORLD』君の名はハローワールド
描かれるSF世界は本格的で凄いのに、同時に、物語と心情描写に感情移入もできる、類い稀な傑作と思います。
このSF世界があってこそ、この物語と心情描写が活きていて、またこの物語と心情描写があるから、SF世界の魅力を高めていて、そのことがとても素敵に感じます。
そして、ラストの衝撃とその後にきた余韻は、今も忘れることができません。
SF大賞に相応しい作品と確信しています。
劇場アニメ『HELLO WORLD』匿名希望
これはSF賛歌だ。『SAO』の伊藤智彦と『know』の野﨑まどが手がけた本作は、長らくSF好きを抑圧してきた自分を再びこの世界に立ち返らせてくれた恩人である。まず誰もが楽しめる青春物とガチSFとの自然な両立、その背後にある綿密な考証と膨大な古今東西の名作SFへの言及に驚く。単なる時間モノではなく「記録」という概念でタイムパラドックスを解消するロジックも画期的だ。映画という媒体をも最大限に生かし、世界構造にメタフィクショナルな叙情性を持たせることにすら成功している。特筆すべきは主人公が「イーガンっぽい」なんて台詞をナチュラルに吐くSFファンなことだ。主人公がSF好きな事を思い切ってヒロインに告げる名シーンには、このジャンルが本質的に持つ高揚感やワクワクが凝縮されていて、SF読みならきっと強く共感できるはずだ。すべてのSFファンを全肯定する本作に最大限の敬意と謝意を表してエントリーしたい。
アロハ天狗 『柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』ばぷる
これはオンライン小説でないと出来ない芸当。全部自由でとりあえず美味しい物を全部混ぜた!パロディ満載が逆にオリジナル!でも全部混ぜても読み味すっきり、ちゃんと剣豪SF活劇として成立している妙なバランス!SFと言ったがこれは古式ゆかしいエンタメのSFであり、例えば柳生十兵衛が千利休の生首を生体コンピュータにしたら利休が超能力に目覚めたりとか、開幕で町田が滅んだりとか。ハッタリ&ハッタリ&ハッタリで駆け抜ける、現代に復活したパルプ小説だ。
小川一水 『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』岩崎 貞明
あまりSFを読まない自分が、なぜか手に取って、はまりました。想像力が生み出した世界観の壮大さもさることながら、これは女性の人権を高らかに主張したフェミニズム小説ではないでしょうか。ME TOOを経た現代にこそ読まれるべき作品です。この後、「復活の地」や「千マイル特急」、「天冥の標」と小川一水をむさぼり読んでいるところです。
劇場アニメ『BLACKFOX』脳野ヤシロ
近未来都市で家族の仇討ちの為に暗躍する少女・石動 律花の物語。忍者アクション×SFという真新しさはないものの、透けて見えるテーマは先進的である。
律花と心通わせていく超能力者のミアとの関係性は昨今話題となっている「SF百合」的要素も強く、衝突しつつも力を合わせて戦っていく様はシスターフッド的でもある。また機会生命体との交流という面も注目できる。父親から継いだアニマルドローンとの友情、そしてつぶさに鑑賞することで気付くもう一人の機械生命体との関係。そして家業引継モノという側面も強く、その手の話題は女の子であることが障害になりうることもあるが、律花の家族はそのような偏見を微塵も出さず背中を押してくれるというのも、少女たちへの力になると思われる。伝統(当作でいう忍者)と理系(科学技術)という現代でさえ女性の居場所の少ない領域で友たちと協力し、活躍する律花はとても眩しく、未来への希望を感じる。
藤原龍一郎 『202X』岡和田晃
 藤原龍一郎は、青少年時代からの熱心なSFファン活動でも知られており、その作風もSF・ファンタジーと縁が深い。流麗かつ耽美な幻想俳人・藤原月彦名義でも近年は復活を見せ、共著『夕月譜』などSF大賞級の作品が揃っているが、その十年ぶりの新作歌集『202X』は、ジョージ・オーウェル『1984年』の悪夢を、さらに遍在させた相互監視社会のネトウヨ的な画一主義・権威主義的な現在の心性を果敢に撃つ歌が並んでいる。何より素晴らしいのは、短詩形文学の断片性が、個がモナド化した状況をピタリと表象していることだ。「政治的」に見られることを恐れ、結果的に政権の横暴を追認しかねない現在の風潮に「SF」的に過激な批評性で風穴を開ける一冊だ。
麻宮騎亜 『太陽系SF冒険大全 スペオペ!』板橋哲
時はいつか見た未来。所は懐かしき宇宙。主人公はエーテルの海である宇宙の運び屋。金星人の姫を載せたら宇宙海賊と一戦交えることとなり大暴れ。宇宙の運び屋、異星の姫君、宇宙海賊とくれば、面白くないわけがない。どこかで見たことのある展開ばかりのはずなのに、幼き日の読書の喜びが思い出され、拳を握りしめてワクワクしながら読んだ。読後はとにかくスッキリ!読めば元気が蘇る心のビタミン剤とでも言うべき作品。古典スペースオペラの楽しさを何が何でも現代に復活させようと言う作者の意気込みが伝わってきて嬉しくなった。我々の現実世界はもはや屁理屈だらけでうんざりだが、そんな現実と戦うにはこういう作品が必要なのだ。みんな、元気になろう!そんなわけで日本SF大賞に推薦する。
フーゴ・ハル(著)奥谷道草(訳) 「失物之城 ピレネーの魔城・異聞」岡和田晃
 世紀の奇書『魔城の迷宮』は、『ウィザードリィ』風の3Dダンジョンを、何百枚もの手書きの鉛筆画で再現してしまう逸品だった。そこでは、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』が意識されていたが、本作はなんと、その実質的な続編(のスピンオフ?)に相当する。今回のモチーフはルネ・マグリットのシュルレアリスム絵画『ピレネーの城』だが、平面的な文字の連なりでしかない小説において宙に浮く立体をどのように表現するか、タイポグラフィを駆使した技術の妙が光る。これぞ本当のセンス・オブ・ワンダー! 近年は梧桐重枝等、フォロワーを公言する作家すら生まれてきたフーゴ・ハルのSF性を、この場で今一度強調しておきたい。
ゲーム『キコニアのなく頃に』じぇびる
当作品が画期的なSFであるための前提条件には「それを読む読者が同作者の以前の作品によって訓練されている状態にある」事が求められる。同作者の代表作としては”ひぐらしのなく頃に”があるが、当時から変わらずこの作者のファン達は作品を読んだ感想・またはその作中の謎についての議論で盛り上がってきた。この作品はまだ未完結で連作の1話目が昨年発表されたに過ぎない。しかしこの作品の真価はコミュニケーションツールとしての側面にある。SF作品を話のタネとして読者同士で盛り上がるという事は日常茶飯事であると思われるが、この作品で特筆すべきはその持続性にある。膨大な量の謎が内包されたこの物語はファン同士の議論が発表から1年経った今でも活発に行われている。日英語に対応しており英語が出来るならば世界各国のファンと議論が楽しめる。さながら作中の自動翻訳機のように異なる言語コミュニティ間を繋げるかけ橋となる作品である。
樺山三英 「post script」岡和田晃
 第33回日本SF大賞の最終候補作となった樺山三英の『ゴースト・オブ・ユートピア』の実質的な続編ともいうべき作品が本作で、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「バベルの図書館」を、正面からアップデートさせた野心作になっている。「本」が自律した宇宙として語られるワイドスクリーン・バロックにも通じるメタレベルの愉悦を堪能できる逸品ながら、「貨幣」の回路、すなわち高度資本主義そのものにも批評的懐疑を投げかけている。SF大賞ではしばしば無理解な評にも晒されてきた樺山の再評価を強く訴えたい。
図子慧 「残像の女」岡和田晃
 図子慧の『愛は、こぼれるqの音色』は、音楽と性愛を重要なモチーフとし、SFとミステリの境界を飛び越えようとする試みだった。本作はその前日譚だが、モダンホラーの衣装を利用しながら、現代医学への旺盛な関心を隠さない。自らのアイデンティティを取り戻そうという試みは、ポストヒューマンSFにも通じる問題意識が見え隠れする。ジャンルを横断する表層批評の小説的実践、とでも形容したくなるような味わいがある。近年の図子はノンフィクションや短編、電子書籍でも精力的な活動をしているが、それを代表する一作として本作を推したい。
羽田和平 『エバーラスティング・ブルー』羽田和平
広大な砂漠の中にぽつんとあるドーム都市オノコロに生きる、一人の少女を中心とした人々の物語。SFを背景とするも、読者によって青春ものにもヒーローものにも映るこの物語は、違う味を重層的に味わえる新感覚エンタメ小説だ。自分の気持ちと周囲の人、将来の夢、漠然とした未来と今、その距離を通して自分を確かめ知っていく。どの人物にもナマっぽいリアリティがあり、きっと推しを超えた友達に出会える。そんな人々と、主人公の成長と共に展開される独特の世界に惹き込まれ、思春期の不器用で剥き出しの感情に揺さぶられ、切なさを伴う感動その頂点に至れば、実はその足元から遠くの景色にまで、既に壮大なるSFファンタジーが広がっていたことに気付くだろう。空が高くなったように清々しく爽やかな読後感を味わえ、読み返せば語り切らない余白に想像が生まれる。旅立とう。2020年より新しい創造力への切符は、このオノコロの街に繋がっている。
原作:トム・キング、作画:ミッチ・ジェラルド、翻訳:秋友克也 『ミスター・ミラクル』りょーいち
新しい神々、スーパーヒーロー、そしてエスケープマジシャンという3つの顔を持つヒーロー、ミスター・ミラクル。妻と子にも恵まれ、幸せな日常を送っていたはずの彼を襲い続ける不安。宇宙を舞台にした神々の終わりなき闘争、反生命方程式、そして彼の育ての親たる悪神、ダークサイド。最も奇妙で不安定、不安に満ちたヒーローコミックの極北であり、それゆえに目を離せない一作。
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ゲーム『キコニアのなく頃に』なごみ
「ひぐらし」の竜騎士07によるなく頃にシリーズ最新作。
舞台はWW3から100年後の地球。翼が生えたように飛べる空軍兵士の少年少女達が団結し戦争を食い止めようとする。
「キコニア」はコウノトリを指す。本作では工場で子供の出生管理をおこなっている。妊娠・出産・育児から解放された一方、世代間の関係性を希薄にし、若者たちに対する年長者からの搾取が横行した。
高度な仮想現実・即時翻訳ツール・脳内で操作可能なパソコンが使用可能。年長者らから殺し合いをするよう仕向けられるなか、少年少女達は「現実の世界は辛いことばかりだ、仮想現実の中で生きていくほうが良いのでは?」と思い始める。昨年10月発売だが、折しも現在、COVID-19の影響で現実で交流を取ることが出来ない世界を預言したかのような内容となっている。
主人公らを通じ同性愛・異文化交流にも切り込んでおり、4話中1話目だが今後に期待できる作品である。
中島京子 『キッドの運命』ネビュラ
近未来が舞台の全6編。 いずれも現代の延長にあって、あるかもしれない世界が描かれている。

AIが閾値を超えて進化した先に人類が決断した事とは? 「地球に存在する生き物の一つ」という視点から人間を見たら? 制度が変容した未来からは現代の生活や価値観、社会問題がどのように写るのか?

新しい概念や大胆に変革された社会のシステムなど、想像力と知的好奇心が刺激され、価値観や世界観が覆されるような驚きが味わえる。

また、理不尽な世の中のしくみや通念、社会問題などを「ありうるかもしれない未来」を通すことで、視点を変えて考えさせられる。

一方で、優しい気持ちに包まれる話やミステリー要素もあって多様な収録作だが、衝撃的な真相を明かされても悲観・絶望とはならない受け入れ方――心のありよう――を示唆してくれる一篇があってとても新鮮な発想で驚かされた。
北野勇作 『100文字SF』 吉田隆一
あらゆる方向に開かれた言葉のカタログ。カタログを連想するのは美しい作りの本日だからでしょうか。文庫サイズ、収録作品数の丁度良さ。ツイッターから紙という流れ、全てが今現在の必然に思われます。小説としてのレベルの高さは無論のコト、新しい小説の形を提示し、認知を広めた点に於いてもまた素晴らしい一冊です。
アロハ天狗 『柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』プラン・エリア
冒頭を読めばお分かり頂けるだろうが、本作は数多の既存作品の要素を、時には露骨すぎる程に切り抜いて、それらをパッチワークのように繋いで作品の要素を為している。しかしこの、連鎖拒絶反応でも起こしそうな要素の塊は、作者の見事な手腕によって驚異的なレベルで纏まっているのだ。この『纏め上げられた混沌』が強大な災厄に対するカウンターとなり、やがて20年代最高のクライマックス(暫定)を産みだす流れは圧巻の極み。一見無為なパロディ集に見えても、そのパロディこそが作品の象徴であり、護るべき尊さであると真正面から叩きつける。パルプエンタメの超新星、それが、柳生十兵衛がやって来るだ。
琴柱遥 「枝角の冠」匿名希望
女が集い村を作り、男は獣のような姿となり森をさまようという生き方をする世界。家族、女、男、言葉は現実とは違う意味合いになり、おとうさんという言葉の形が変容していく。読み終わったあとに、主人公のハイラのように、おとうさん、とつぶやくと、今までとは違う響きを、意味を持っている気がしました。価値観をゆさぶる力を持つ、この小説を、日本SF大賞エントリー作品として推したいです。
音楽配信ライブ『WONK「EYES」SPECIAL 3DCG LIVE』りょーいち
コロナ禍でライブパフォーマンスが制限された2020年。配信ライブに活路を見出すアーティストが多いものの、スタジオやライブハウスでの無観客演奏を流すという形はあくまで「ライブの代用品」に留まっていた感があります。その中でのエクスペリメンタルソウルバンド、WONKのこのライブは3DCGを活かした「配信でしか見られないものを見せる」という気概に満ちた内容であり、これからのライブパフォーマンスの未来を感じる作品だったと思います。配信は終了していますがBDは12月2日発売予定です。
北野勇作 『100文字SF』 桔梗花
日々、日記のように綴られるほぼ100文字の話。語りかけられているような、問いかけられているような。答えは読んだその時の気持ちが反映して出てくるのは不思議な感覚でした。いくつものうま味が出てくるだし昆布。そんな本なので何度も読み返しています。
宮内悠介「国士無双」で優勝する桔梗花
有名人麻雀大会での優勝!上がりを国士無双でもぎ取るなんて、ドラマチックこの上ない展開でした。「盤上の夜」とは盤は違えどおそろしくスリリングで、強敵の棋士等を相手に逆転勝ちする宮内悠介氏自身がSFの主人公なのではないかとの思いです。
映画『HiGH&LOW THE WORST』マエパンダ
現代日本に似た拳で語り合うHiGH&LOW 世界。LDH のバトルアクションと高橋ヒロシ先生のWORST がコラボした、二つの平行世界が絡んだSF映像作品。
兎に角バトルシーンのカメラワークが最高。全てが殴り合うための伏線で話が絡みあっていくストーリーはHiGH&LOW の前知識無くても楽しめる。
村山と轟ちゃんのやり取りにホッコリしつつ仲間の手を離さない強さが心地良く別世界設定を忘れるほど「平行世界」を上手く使った作品。

https://www.high-low.jp/sp/movies/theworst/
佐藤哲也 『総理』 井上雅彦
今年、twitterに連続投稿された超掌篇小説を収録。政権への批判が高まった時期に発表されたが、カルカチュアとは異なり、抽象性が高く、しかも、不条理の本質を的確に摘出し、世にもアブザードなドラマを描き出す。安部公房や別役実のもっとも現代的な系譜。今の時代を象徴する貴重な作品だと思う。
斜線堂有紀 『楽園とは探偵の不在なり』櫛子
「SF作家に求められるのは車の誕生の予測でなく、渋滞という概念の予測である」などと聞く。同じく求められるのは、現実と異なる技術・構造・現象だけでなくそれらに伴う人々の価値観・心理を描き出すことだと思う。斜線堂有紀氏がSF作家として優れている点はまさにここだ。今作では、突如『二人殺すと“天使”によって地獄に引きずり込まれる』ように変容した世界が描かれる。著者はこの独創的な設定を背景にロジカルな本格ミステリを書きながら、同時に人々の心理についても鋭く多角的に描写してみせる。天使“降臨”直後の短絡的な行動から長期的な倫理観の変化まで。また、様々な性格や立場を持った人間ひとりひとりについて。変質しきってしまった世界で、人々がどのように生きていくのか。世界と人類の変容を見事に表したこの一冊を、日本SF大賞に推薦したい。
西崎憲 『未知の鳥類がやってくるまで』西崎憲
 新しいもの、未知のものを描くはずのSFですが、もうずいぶん前から「慣れ親しんだ新しいもの、既知の未来」がほとんどになっているようです。
 この短篇集に収録された作品の読後感を表す言葉はまだ存在していません。不思議な小説の一番先に位置しています。不思議ももうすっかり老いてしまいました。我々にはもうすこし若い不思議が必要ではないでしょうか。
 おそらく判断しがたさのためにこの本は広く流布しないでしょう。そして未来のアンソロジストは驚きとともに本作を発見し嬉々として自分のアンソロジーに収めるはずです。おそらくM・P・シールやH・ジェイコブズの作品の隣に。希望的推測ですが。
 もう一つ。
 読書とは読んでいるあいだの時間を指すものではありません。読書とはその本を読んでから死ぬまでの時間を指すはずです。その時間のなかで読まれた本は生長します。
 この短篇集はそのような考え方で書かれています。
TV番組・動画『世界SF作家会議』5京メートル
世界の危機に際して、公共放送の場でSFの想像力が求められることとなった。新型コロナウイルスの流行で混乱している世界に対し、SF作家の語る言葉は興味深く、新たな視点をもたらしてくれる。パンデミック以外のテーマも見てみたいので、是非とも番組企画の継続を希望する。
アロハ天狗 『柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』ぬのぶくろ
「柳生歴37564年」、この9文字からはじまる本作は確かにキワモノである。徳川幕府を崩壊させ柳生一族が支配するようになって幾年の日本。その中でも魑魅魍魎の魔窟と化した死都・町田。この町に歩く殺戮兵器、柳生十兵衛が「表敬訪問」に訪れる──。
“if”の歴史と呼ぶにも突飛な設定に、どうかしているギャグとパロディとどうかしているキャラクターたちを詰め込んだ過積載とも思えるこの小説はしかし、これらの悪ふざけに匹敵するガジェット、人間ドラマ、熱さを内包している。おそろしいのはこれらの不真面目/真面目な諸要素が分離せず、ひとつの作品として結実していることだ。シリアスとおふざけが目にも止まらぬ速さで展開され、気づけばこの作品の虜になっている。
広義のSFでありつつ、「スゴク・フザケタ」の略としてのSFの扉を開く、新時代にふさわしい娯楽SF小説と言えよう。面白いことは、これほどまでに強い。
伴名練(編) 《日本SFの臨界点》辰.遠.
現在では入手困難な短篇を集めたアンソロジー。編者が最前面に出てSFを売り込んでいるのが一番の特徴で、作品紹介や編集後記の熱量、書籍・作品リストの物量には圧倒される。各巻にはそれぞれテーマが設定されており収録作品もおおむねそれに沿うが、テーマから外れたものを強弁して収録してくることさえ並々ならぬ情熱を感じてむしろ清々しい。アンソロジーにおいて編者の顔が見えすぎるというのは賛否が分かれる点かもしれない。しかし、それにより初めて発揮される効果もある。本書を頭から読み進めていく場合、(あるいは編集後記だけを先に読むとしても)読者は編者の勢いを感じながら作品・書籍リストに接することとなる。すると、「ここまでの情熱を持った人が薦めるのであれば、作品リストに載っているものも是非読んでみよう」と思わされる。文庫本二冊という分量にとどまらず、紙面の外にまで繋がる立体的な構造を持ったアンソロジーと言える。
クラウディア・ヴァーホーヴェン(著) 宮内悠介(訳) 『最初のテロリスト カラコーゾフ ─ドストエフスキーに霊感を与えた男』5京メートル
 1866年4月4日のロシア皇帝暗殺未遂事件について、夥しい量の資料を参照することでその知られざる象徴性が多角的に検証されている。事件がドストエフスキーへ与えた影響の大きさも示されて、テロリズムの成立条件としての近代の分析が行われており、SFのみならず文学ジャンル全体に巨大な影を落とす19世紀ロシアという舞台に、新たな光を当てている。翻訳書ではあるものの、訳者宮内悠介が出版企画を筑摩書房に持ち込んだことで本書ひいてはカラコーゾフという人物が日本に紹介されたことの意義は大きいと考える。
小川一水 『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』5京メートル
巨大ガス惑星での網漁という特異な題材が、ダイナミックに、詳細に、競技性を感じられるほどにいきいきと描かれる。
惑星移住後300年の歴史によって旧態依然とした制度が築かれた氏族社会を、例外的な女性二人組が掻き回していくストーリーはきわめて痛快。
二人の価値観や互いに向ける視線が次第に変化していく様子や、ガス惑星上宇宙船での暮らしや文化の機微など、細やかなシーンの描写も非常に面白い。さらには惑星そのものにも秘密があって、物語の全体がワンダーに満ちている。
アクション、百合、萌え、フェミニズム等ジャンルを巧みに振り回しつつ、それによって「見たことも無いものを見せる」というSFの魅力をまばゆいばかりに解き放っている。
ゲーム『Xenoblade Definitive Edition』5京メートル
巨大な二柱の神の骸の上に築かれた世界は、広大で豊かな探索フィールドを備え、個人・種族のレベルでさまざまな背景を負った人々の営みが乗せられ、圧倒的な存在感を持って立ち上がっている。未来を視ることのできる神剣モナドの力は、リアルタイムバトルにおいて“未来を変える”システムとして落とし込まれつつ、ストーリーにおいては人々を世界の根幹へと導いていく。創世と意志にまつわるSF的世界設定、その哲学性が、徹底した作品の作り込みによって壮大なゲーム体験そのものとして顕現している本作は、ゲームの形をとった新たな神話である。
2010年に発売された作品のリマスター版ではあるが、キャラモデル、グラフィック、音楽、UIに手を加え、新規エピソードを追加した「決定版」であり、プレイヤーに新たな体験をもたらしている。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)テコキ・ハジメ
SF大賞の条件が『現実の出来事も含む』『「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」や「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」』であるなら、2020年のSF大賞に最もふさわしいのはこの「作者:地球/読者:全人類」であるこの『作品』であろう。かつて物語の中でしかなし得なかった「数ヶ月で人類の文化を壊し、再構築する存在」というものが現実に生じ、それが今までになかった価値観を生み出すというのはまさにSFの世界そのものである。すべての人間がマスクをし、顔に謎のシールドを嵌め、人間同士で距離を取り、そして人と人との間に透明な板が挟まるという光景を誰が予想しえたであろうか? 「事実は小説より奇なり」という言葉が重く現実にのしかかる。
野﨑まど 『タイタン』ギョネッソ
 仕事をする必要がなくなった世界で、人間と超高度AI両側面から「仕事とは何なのか」を問う超お仕事SF小説。
 この世界では人間は既に働く必要はなく、自由に生活を享受できるユートピアのような生活を送っている。そんな人類社会を管理するのは巨人の名を冠する超高度AI《タイタン》だ。
 AIに完全に管理された社会……というとディストピアや機械の反乱といった展開を思い浮かべるかもしれないが本作はそのような展開ではなく、AIと人間に共通する”仕事“についての更なる展望を見せる。
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ゲーム『十三機兵防衛圏』匿名希望
2019年11月に発売されたPS4用ゲーム。昭和末期日本を舞台に古今東西のSFのオマージュを取り入れつつタイムリープ、怪獣プロレス、パニック映画、ループ物、ポストアポカリプスなど様々なSF要素を13人の主人公の視点から描ききった傑作。謎が謎を呼び際限なく展開されていく序盤~中盤にかけての伏線を綺麗に回収していく終盤は圧巻の一言。クリア後には読者が読み解きやすいよう13編のシナリオを全て時系列順に並べ替えて読めるモードもあり、非常に複雑なシナリオであるにも関わらず理解のしやすいつくりになっている。SFの様々な要素を網羅的に取り扱っており、まさに日本SFの金字塔と呼ぶことが相応しい一作である。
斜線堂有紀 『楽園とは探偵の不在なり』タニグチリウイチ
2人殺せば異形の天使に地獄へと誘われるという、世界を縛る設定の上でトリックを仕掛け打ち破るミステリとしての楽しみをもたらしてくれるだけでなく、設定が、変容する世界の有りようと人間の意識の変化を描いて、人間にとって罪の意識とはなにかを問う、SFならではの仮構のの探求をもたらしてくれる。
Webアニメ『日本沈没2020』タニグチリウイチ
小松左京が『日本沈没』を通して描きたかった、日本人とは何か、日本人はどこへ行くのかを映像によって描いてくれた。単にディアスポラとなって世界に溶け込む日本人だけでなく、狭い狭い国土を生かし技術で補う日本人も添えて、選択肢はひとつではないとも教えてくれるところも、多様性をこそ尊ばれる今の時代に相応しい。
八木ナガハル 『物質たちの夢』タニグチリウイチ
宇宙や科学や物理学に関する情報を織り交ぜつつ、宇宙で起こる異次元の存在の振る舞いを描いて驚きを与えてくれる作品ばかり。「空飛ぶハサミ」は意識を持ったハサミによる侵略と増殖とその果てが描かれ、統一理論など持ち出されているものの理解には遠く及ばず、さらなる探求を求められる。
立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して夜田わけい
立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳は、まだかつて我々が見たことのない未来想像図を提供してくれている。その業績は言語の壁を越えるものであり、大陸とのきざはしをつなぐ一縷の渡り綱となって世界をつないでいる。私自身も氏に恩があり、氏が『100年後の成都』SFコンテストを紹介してくれなければ受賞の機会を発見することすらなかっただろう。
バーチャルガールimmaの存在に対して夜田わけい
バーチャルガールimmaは、その存在だけで自走的に世の中に影響を与えており、存在そのものが極めてSF的であり、日本SF大賞を与えたとしてもなんら遜色ないものと考える。彼女の影響力は大きく、英語圏では大きくニュースとして取り上げられている。
菅浩江 『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』野川さんぽ
 刊行に時間がかかっていますが、『博物館惑星』Ⅰ~Ⅲ、すべてを対象にしてもかまわないのではないでしょうか。愛すべき、美しいコレクションになりました。
 この「博物館」は通常の枠を超え、美術、音楽、貴重な学術品など、愛でたくなるものすべてを収蔵しようとしているように思えます。そんな場を実現させた、これこそ人類の「夢」にほかならないのでは。
林譲治 《星系出雲の兵站》野川さんぽ
『星系出雲の兵站』4巻と併せ、全9巻で候補作とします。
 ささいな宇宙漂流物との出遭いを発端に、異星の知性体との全面遭遇までを正攻法で堂々と描ききった見事な宇宙SF。未知のものが徐々に理解可能なものになってゆく過程をここまでじっくり読ませたコンタクトものは稀有でしょう。素晴らしい。
北野勇作 『100文字SF』 野川さんぽ
 物語の根源は何かということを否応なく考えさせられる試みだ。何かを語るためには必要最小限な情報が必要だと考えられてきたが、実は必要なものを欠かしても、人の脳裏に物語を渦巻かせることが可能だということを証明してしまったのではないか。
 そのためには読者と共有するものを推しはかる鋭敏な感覚が前提となる。北野勇作の才能はそこからして凄い。
佐々木譲 『抵抗都市』佐和志乃夫
「もし日本が日露戦争で敗北していたら」、そんな大胆な歴史改変のもと、ロシア帝国軍統治下にある東京が緻密かつ周到に描き出されるSF大作。ありえたかもしれないもう一つの日本の近代の情景がここにある。歴史小説の精緻さと警察小説の興奮、そしてSF小説の創造性を兼ね備えた作品といえるだろう。
五十嵐大介 『ディザインズ』阿部毅
動物はそれぞれ自らの感覚の違いによる独自の世界に住んでいる。これが環世界(ウムヴェルト)。動物をヒト化することで、その動物のウムヴェルトを知ろうとする試みが同じ著者による短篇「ウムヴェルト」であり、この考えをもとに、ヒト化した動物を自律した兵器として利用しようとするのが、全5巻『ディザインズ』である。もちろん兵器利用が最終目的ではなく、タイトルが示すように、これは神のウムヴェルトを知ろうとするアプローチであり、病も奇形も障害もすべて何らかの適応と考えてコントロールすることであらゆるデザインの生命を生み出すことができるという、最も危険な究極の生命賛歌の物語なのであった。
三宅乱丈 『イムリ』阿部毅
支配するものと虐げられたものがいて、そのことに疑問を持った青年が登場すれば、これは革命の物語となるはずだ。この、全26巻におよぶ長篇マンガ『イムリ』においてもそれは例外ではない。支配階級にあった青年は虐げられたものたちと合流して相互の理解を図ろうとするが、支配と被支配に伴う異能力の存在がこの世界の仕組みの根底にあることを、自らの変容によって示していく。特異な異世界描写に眼を奪われながらも、人の意識を変革するというSFの正統に気づかされた物語なのであった。
小林エリカ 『トリニティ、トリニティ、トリニティ』巽孝之
本書のタイトルは、放射能にどうしようもなく惹きつけられ拡散しようとしてしまう老人特有の病の名前である。事の起こりは国会議事堂付近で 82歳の谷健一が放射性物質を孕んだ一万円札をばらまき、自分はチェコの「聖ヨアヒムの谷」から来たと言明して逮捕されたことだった。老人たちは皆「不幸の石」を手にしていたが、しかしそうした連中は彼ら二人だけではない。確かに彼らは奇妙な鉱物を手にして、時に放射性物質を食べることすらあったが、注目すべきは、以上の老人たちがいずれも聖ヨアヒムの谷から掘り出された「不幸の石(ピッチブレンド)」、すなわち閃ウラン鉱の一人称で語っていることだ。、鉱物の一人称語りは老人の妄想か、放射能の憑依か、それとも文字通り人間型の閃ウラン鉱自身か。 21世紀そのもののが孕む SF的想像力の極致。
北野勇作 『100文字SF』 レオこ〜ん
個々のストーリーの面白さもさることながら、ほぼ100文字の物語を書き続けてマイクロノベルという新しいジャンルを開拓しようという気概、そして別の宇宙が無限に連続していくかのような物語たち、内容だけではなく構成すらもSFなのではあるまいかと考えさせられる小説でした。
北野勇作 『100文字SF』 黒乃迷路
表紙、帯、作者紹介、本文、あらすじ、巻末の作品紹介と全て100文字にこだわり抜いた作りが作り手の熱意を強く感じる。100文字で綴られた物語たちはそれぞれ不思議な味わいを持ち、読む度に愛着が増していく。1ページ100文字という縛りはとても読みやすく、普段本を読まない人も容易に読むことが出来るだろう。SFというジャンルだけではなく、読書への大きな入り口になる一冊だ。表紙の、SFと紙の本に対する希望を感じる100文字が素敵。みんなもこの紙の船に乗ろう!
北野勇作 『100文字SF』 行糸
日本SF大賞は現実に起きた出来事をも授賞の対象にしている点が独自で、魅力的なところです。が、突き詰めてみると、あらゆる創作物は「現実に起きた出来事」として顕彰できるはず。読んだ者一人ひとりの心中に起きる重大な出来事を、「読書体験」と呼ぶならば。
「ほぼ百字小説」『100文字SF』とは私にとって、たった100文字の言葉が日常に介入してくる様を目撃する稀有な読書体験/SF体験を授けてくれるものでした。「現実に起きた出来事」を対象とする日本SF大賞でこそ、評価されてほしい創作物です。
杉村修 『始まりのフェルメイユ』匿名希望
アンドロイドと人間の尊厳を意識し、読みやすいSFとロードノベルを組み合わせた作品は、ありそうでなかったものだと思いました。
物語はロードノベル形式に章ごとにアンドロイドや未来、人間、哲学に触れていきます。そこでの主人公の考えや苦悩が、文章の読みやすさと誰にでも理解できる内容でまとまっている作品となっています。
難しいSF知識がないと読めない作品など、敷居の高いSFというジャンルに真っ向から挑んだこの作品は素直に評価できると思いました。
原作:トム・キング、作画:ガブリエル・ヘルナンデス・ウォルタ、翻訳:石川 裕人 今井 亮一 『ヴィジョン』りょーいち
人造人間(シンセゾイド)でアベンジャーズの中核メンバー、ヴィジョン。彼が「人間らしい普通の家庭」を造ったことから転がり始める悲劇。映画で世界中の誰もが知るヒーローとなったキャラクターを使い、ここまでのサイコホラーを描ける、アメリカンヒーローコミックというジャンルの持つ奥深さを改めて認識させられたタイトル。
柞刈湯葉 「人間たちの話」板橋哲
 異質なものに執着し、理解しやすさに背を向ける主人公の視点をとおして、我々の中にあるドグマへの再考を突きつけられる一品。
 我々凡人は与えられた概念にあわせて現実を分別して理解したつもりになりがちだ。しかし現実は容易な理解を拒む複雑にして多様な総体である。それは宇宙における生命のあり方もそうだし、隣り合って暮らす人間同士もそうだ。
 生命の定義の拡大と、主人公の甥への理解の拡大、この2つが結びついた時、読者にとっても世界が違って見えてくる。理解しがたいもの理解し、受け入れがたいもの受け入れる、その認識の変化こそが人間の魅力ある物語なのだろう。
 読後、目の覚めるような思いをした。日本SF大賞にふさわしい作品として推薦する。
オキシタケヒコ 「平林君と魚の裔」板橋哲
平林くんです。とにかく平林くん!この作品を読んで平林くんを知ってしまったら、現実世界の普通の人間平林くんに「平林くん、きみ地球人類の平林くんでいるのはつまらないから、今日からゼフェドの平林くんになってくれないか」と詰め寄りたくなるくらい平林くんが最高なのだ。こういう異星人を思いつくオキシタケヒコは天才。絶対天才。異星人はこうでなければと言う私の思い込みを、最高に気持ちよくぶち壊してくれた。もう快感。脳が麻痺してラリってます。平林くんが登場するページに何度頬をすりすりしたことか。この一作で平林くんが消えてしまうのは惜しい。是非シリーズ化して平林くんを活躍させ続けてほしい。そんなわけで平林くんの紹介を兼ねて日本SF大賞に推薦します。
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林譲治 《星系出雲の兵站》板橋哲
仮想戦記を得意とする作者の手腕が存分に発揮されたスペースオペラ。異星人との不幸なファーストコンタクトが紛争に発展し、軍人たちが英雄志向を排除して紛争の拡大防止と異星人理解に取り組むストーリーが魅力的だ。
 宇宙船や超兵器などSF的ガジェットの面白さも群を抜いており、また、兵站のリアリズムが抑制となって、数あるミリタリーSFとは一線を画した作品になっている。特に、異星人の文化や背景にも容易な理解を許さない厚みがあり、ファーストコンタクトSFとしても優れていた。
 クライマックスにいたり、人類の原罪が明らかになると物語の説得力が一層増し、運命の重さをひしひしを感じながら読むことが出来た。
 今後スペースオペラ、戦争SFの古典として語り継がれる作品になることは間違いない。自信をもって日本SF大賞に推薦する。
菅浩江 《博物館惑星》板橋哲
「永遠の森」からはじまった連作長編の全編。
 美を縦軸に人間模様を横軸に、物語をタペストリーのように編み込んだ。SF的なガジェットを上手く盛り込み、美と美に生きる人間の営みを見事に描ききった。
 第2巻「不見の月」から主人公が若い警備員に交代して物語に躍動感が加わった。各話さまざまな事件が起こるのだが、あえて悪の描写が抑え、あくまで善意の縺れが人々の誠意によって解きほぐされていく。
 我々の現実の荒みっぷりは最早隠しようがない。このような状況では作品が現実にひっぱられて物語に社会的な寓意性が込められがちだ。だが、作者は物語世界に専念して、かえって現実に負けない美しい物語を完成させた。その読後感は最終話のごとき歓喜そのものであった。
 シリーズは第三巻「歓喜の歌」で完結したが、未だ余韻は覚めない。
 日本SF大賞にふさわしい傑作として推薦する。
立原透耶氏の、中華圏SFの紹介・解説・翻訳・編纂などに関する功績に対して上田早夕里
 立原透耶氏は、10年以上前から、大陸内だけでなく台湾までカバーした広範囲における中華圏SFの紹介・解説・翻訳・編纂に関して、質量ともに、とても重要で大きな活躍を続けています。ご本人も作家ですから、その作品は中国語に翻訳され、海外に紹介されています。日中間の作家と文学研究者との交流、各種イベントにおける活躍まで含めると、すべての成果は、ここに書き切れないほどです。本年度は長年待ち望まていれたアンソロジー『時のきざはし 現代中華SF傑作選』(新紀元社)を上梓し、読者を大いに喜ばせました。新たな翻訳家の発掘にも余念がありません。このように精力的に活動しておられる方を、何十年も経ってからではなく、リアルタイムで評価していくことは、とても大切ではないかと思います。これをきっかけに、現役の翻訳家や研究家の方々が、日本SF大賞で顕彰される機会が、もっと頻繁に持たれてもよいと思います。強く推します。
荒巻義雄 『有翼女神伝説の謎』ナッシー
歴史の空白=異世界との中間点をSF脳が生み出した(書き下ろした)物語。日本敗戦後、占領下の北海道の小樽湊を舞台に、私立探偵がわが国建国以前の謎に巻き込まれていくのだが、海域、地政学的に日本を俯瞰した視点から蝦夷地と古代シュメルを繋ぎつつ、『古事記』に描かれていない「もう一つの歴史」を浮かび上がらせる物語進行が鮮やか。日本空白史の試みは、まさに神代史を再構築することに他ならない。本書を読めば、公文書改竄等のニュースが全く異なって聞こえてくるし、歴史書が「語らない」「空白」を埋めることの意義を知ることになると思う。物語内の日常世界に存在する異世界との結節点を体験するからだろうか、荒巻作品を読むと、読書体験の「磁場」が狂っていく感覚がする。
原作:左近洋一郎 漫画:カミムラ晋作 『どくヤン!』日本SF読者クラブ会長
本を読まないハズのヤンキー(偏見)が読書することに特化した学校があったら?
そんなある意味""SF""な設定と""本好き""なら""あるある!""と思わせるネタを凝縮させたギャグマンガです。
登場人物も私小説ヤンキー、SFヤンキー、時代小説ヤンキー、推理ヤンキー、官能小説ヤンキーと多種多様。
推しのジャンルをこれでもかと薦めてきます。
昭和世代には懐かしいヤンキー用語もビブリオっぽく変換!
ブックカツアゲ""ブッカツ""、本のアンパン""本パン""、読書感想文月間""ドッカン""などなど。
各話に登場した本を燐棄斗(リスト)にしてお話の最後に紹介してるのも読書好きとしてはポイント高いです!
コミックスには裏表紙にSFネタが!
『合成怪物』ゴセシケが載ってるヤンキー漫画は世界でもこれだけ!?
SFマインド溢れ、読書好きにも読みごたえある『どくヤン!』を読んであなたも私立毘武輪凰(ビブリオ)高校に入学しよう!
小林泰三 『未来からの脱出』Kabon
老人ホームのような施設で、ふと自分の記憶や施設への違和感に気づいた主人公が仲間たちとヒントを集めて施設脱出をする老年青春ミステリ…かと思いきや、中盤以降である重大な秘密が明らかになり、実は壮大なSFミステリであることが判明!著者一流の想像力が発揮された設定には毎度度肝を抜かされるが、実は本当にこんな世界がやってきてもおかしくないと背筋がゾッとした。SF設定を利用した捻りの利いたミステリの仕掛けにもアッと言わされ、ラストではタイトルの本当の意味が分かり、切なくも清々しさが共存した読後感。一作を通して脳みそと感情の色々な部分を掻きまわされる充実の読書体験。みっちぇさんのスケール感溢れる装画も素晴らしい◎
パリュスあや子 『隣人X』ミニあんぱん
地球に入り込む異星人はSFの世界では珍しくはない。しかし『隣人X』は意外なことに現在の日本の片隅で懸命に生きる、年齢も境遇も違う女性三人の、生々しい日常の物語だ。ささやかに頑張っている彼女たちを取り巻く男たちの、負の感情の裏返しである攻撃性が、痛い。固有の形を持たず高度なスキャン能力で対象の容姿から思考までコピーするが、コピーした対象としてひっそりと生きるしかない異星人の方が、はるかに平和的な存在なのに。
大学院を出たが派遣で働く勝気な紗央、就職氷河期世代で、気の弱さから男に付け込まれがちだった過去を抱え、ダブルワークで働く良子。コンビニで働きながら日本語を学ぶベトナム人のリエン。三人が鮮やかに生きているだけに、どう展開するのか、全く先が読めなかった。え?え?え?と意外な結末へ雪崩れ込む。
SFですよ、と構えを見せるプロローグとエピローグの、詩情と余情にやられた!
カヅホ 『カガクチョップ』マリ本D
“日常系”とは何か、という問いは令和にもなって古すぎると思われるかもしれない。ならばこう問い直そう、「『“日常”の物語』はどのような要素があれば“日常”ではないと判断され、終焉へといたるのか」と。そしてその問いのもっともグロテスクな回答としてあげられそうなのが本作である。科学部の面々が毎話ごとにちょっと珍奇で異常に危険な発明品を巡りドタバタ騒ぎを繰り広げ、当たり前のように死んだりクリーチャーになったりする。しかし1話完結方式で進んでいくので次の話になればケロッと別の発明品を取り囲んでいる。そう、『“日常”の物語』とはキャラクターの死やともすれば世界の終焉をもってしても終わりなく続くかもしれないのだ。本作がSFと言えるポイントは、登場する発明品よりもむしろ『“日常”の物語』の終わらなさを「すごく(S)不謹慎(F)」な手段で白日のもとに晒した点にあると言えるかもしれない。
高丘哲次 『約束の果て―黒と紫の国―』
日本ファンタジーノベル大賞2019受賞作にして著者のデビュー作でもあるこの作品は、時代の異なる3つの話によって編まれた物語である。「偽史」と「小説」というフィクションの体裁をとった2つの話に私が語る「現在」とが、互い違いに挿入されて1つの大きな物語となるというメタフィクション要素、超自然的な権能を司る識人が活躍するファンタジー要素や、劇中を通して物語られるボーイミーツガール的な要素など、作者の書きたいものをこれでもかと詰め込んだ作品となっている。特に、劇中劇のフィクションとして読んでいた物語が、やがて現実とリンクしていく構造への驚きなどはエントリーするにふさわしい要素だと思う。
バーチャルYouTuber「マシーナリーとも子」りょーいち
シンギュラリティ、時間遡行、歴史改変、殺人サイボーグ、アイドル、ゲーム、百合、シャーロキアン…と現代SFの雑多な諸要素を炊飯器にぎゅうぎゅうに詰め込んでスープにした、今一番早川案件(特に「三体」関連。智子だけに)が欲しいと主張するバーチャルユーチューバー。動画と小説、コミック(有料会員のみ)が有機的に絡まるストーリーを追う楽しみは「今」の作品ならでは。
菅浩江 『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』吉田隆一
変化するテクノロジーと変化しない人の在り様を「美」という言語化が難しいテーマを通して描く「博物館惑星」シリーズの完結編である本書ですが、著者が常に大切にしている「人の心の動き」を描く手段として「なぜSFでなければならないのか」が、名作と呼ばれるシリーズ1作目からブレることなく(アイデアやガジェットの的確な投入により)明確です。エンタメ作家としての手腕はさらに冴え、登場人物たちは活き活きと動き回り、愛さずにはいられません。シリーズ2作目からの大きくゆったりとした歩幅で物語がしっかりと着地し、拍手喝采です。本書で描かれる「世界」に対する優しき眼差しこそ、いまの「世界」を生きる我々が切実に必要とするものです。
林譲治 《星系出雲の兵站》YOUCHAN
ミリタリーハードSFシリーズが全9巻で堂々完結した。地球外生命体との接触やその文明や進化など、丁寧な描写でぐいぐい読者に迫りつつ、本を取り落しそうになるようなビックリ展開も仕掛けられていて、とにかく読んでいて楽しい。そして、わたしはこの作品は「人を描ききったSF」でもあると考えている。昔、とある方から「ジェンダーとは社会的性差である」と教えられた。このシリーズには、ジェンダーによる階級や役割の違いがない。第1巻で、女性上官の話し言葉に最初驚いたけど、これは階級の高い人の話し言葉だから性差のないのがあたりまえじゃないか!と気づく。描写はジェンダーだけではない。ひとりひとり得意なことや駄目なこと、人として弱いところも強いところも描かれている。まさに多様性を広く取り入れた作品だった。時代がこの物語世界の「あたりまえ」と同じ基準まで到達したとしても、何のてらいもなく読める強さのあるSFだと思う。
劇場アニメ『空の青さを知る人よ』ジュール
長井龍雪監督と脚本岡田麿里による青春SFの傑作。SFの定義によるけれど、私はSFだと言いたい。過去と現在が絡み合い、これまでに見たどんな青春恋愛作品よりもきれいなモノになっている。多くの人に見られるべき傑作だ。
酉島伝法 『オクトローグ』ジュール
皆勤の徒で鮮烈なデビュー、日本SF大賞を受賞した著者が送る異形SF短編集。なんとも言えない作品は文章からその在り方が感じられ、気持ち悪く、読んでいるだけでヌトヌトしてくる・・・・・・気がする。
いや、多分気のせいじゃない。酉島伝法はきっと、文章によって人の脳に何かを与えている。私たちを全く別の何かに変容させようとしている。そんな酉島伝法星からやってきた侵略文章だが、文章だけでなくしっかりと作品としても面白い。特に書き下ろしのクリプトプラズムはどこか切なく、モノ悲しいラスト。唐辺葉介、ドッペルゲンガーの恋人という作品を彷彿とさせ、これまでの酉島伝法とは一味違う作品に仕上がっている。
おかしい、気持ち悪かったはずなのに、不思議と読後感はスッキリと、どこか悲しい気分になっている。どうやら私はもう酉島伝法に侵略されてしまったようだ。
売野機子 『ルポルタージュ‐追悼記事‐』継堀雪見
恋愛無しの結婚が当たり前となった近未来の日本を舞台に、シェアハウス「非・恋愛コミューン」を狙ったテロ事件のルポ取材によって揺れ動く登場人物たちの感情を繊細に描いた群像劇。「恋愛する者がマイノリティとなった世界」というSF的設定によって「恋」と「愛」の様々なかたちと複雑さを克明に浮かび上がらせていく様は、読んでいて思わず息を詰まらせるほど真に迫っている。記者の葛藤や犯人の孤独と真摯に向き合い、被害者たちの人生を織り込んで畳み込む終盤の展開は圧巻。『ルポルタージュ』の続編として完結まで鮮やかに走り抜けた、恋愛SF漫画史上に残る屈指の傑作。
立原透耶氏の中華圏SF紹介者としての活躍YOUCHAN
もし立原透耶さんが中華圏SFを紹介しない世界だったら、今私達が楽しんでいる『三体』もケン・リュウの数々の珠玉作も、どこまで紹介が進んでいたかわかりません。彼女が10年以上の年月をかけて、日中SFの架け橋となって尽力されたからこそ、数々の中華圏SFアンソロジーがうまれました。と同時に、日本の優れたSFが中華圏で紹介され、相互交流が深まりました。今こそ、立原透耶さんの実績を讃えるときではないでしょうか。強くSF大賞に推したいと思います。
道満晴明 『バビロンまでは何光年?』継堀雪見
ぼんくら三人組の(下ネタ含む)ナンセンスな宇宙の旅が、あれよあれよと転がっていくうちに、世界の成り立ちが明かされ、家族愛にまとまっていくアクロバティックなSF放浪譚。奔放でオフビートなギャグやはっちゃけた小ネタ(例:カバー下の表紙イラスト!)をスマートに決めてみせたうえで、不意打ちみたいな抒情性もあるので全くもって油断ならない。宇宙規模のスケールの大きな奇想とセンス・オブ・ワンダーな小咄、職人芸的な伏線の回収がかっちり噛み合った無類に楽しいSF漫画。
五十嵐大介 『ディザインズ』匿名希望
時に細胞のように細かく織りなされた、時に踊るような描線に、不気味なまでの生命感が宿る。それと対峙する生命改変をめぐる人間の策謀もまたぞっとするほど残酷に現実的に描かれる。自然と人間、2つの「ディザイン」がからみあい、たどり着いた場所に背筋がすうっと寒くなる。キャラクター造形の魅力やアクションなどエンタテインメント性にもすぐれた、五十嵐大介以外にはなしえないSF表現だ。
動画『物理系研究室非公式VTuber固体量子のチャンネル』関竜司
コケティッシュでキュートな物理系研究室非公式Vtuber:固体量子(こたいりょうこ)の運営するチャンネル。「1分ノーベル物理学賞解説」「物理学の世界地図かいてみた」「物理学70の不思議」など簡潔、かつ的確な関西弁の解説は、物理学にうとい筆者のような人間にとって非常に参考になる。その一方で「超電導ベイブレード」「超電導3分クッキング」「ガウス加速器ビーダマンつくってみた」など魔改造系の動画も魅力的で人気を集めている。専門性の高さと分かりやすさ、遊びの要素が絶妙に組み合わされたチェンネルは一見の価値がある。個人的には量子コンピュータの基礎になるトポロジカル物質・マヨナラ粒子の話が面白かった。やっぱり《愛は研究室にある》ようだ。
ゲーム『Factorio』匿名希望
2020年8月に満を持して正式リリースされたSFサンドボックスゲーム。
主人公は宇宙飛行士。不時着した惑星にて資源を集め、工業ラインを引き、原住民(虫)の攻撃から身を守りつつ脱出ロケットを作って打ち上げる。
古典的かつ王道SFの舞台設定だがストーリーらしいストーリーは無い。自動生成マップとプレイヤーが自由に物語を紡ぐのだ。
チュートリアルを終える頃には時間の相対性という現実のSFを『心』で理解してもらえるだろう。
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『オラファー・エリアソン ときに川は橋となる』展青の零号
一抱えほどもある凹面鏡の前に、茶と白に塗り分けられた小石が吊られている。
横から見たとき、それはただの小石にしか見えない。しかし凹面鏡の正面に立った時、あなたの視界は荒れ果てた小惑星の表面と見まがう光景に覆いつくされる。
逡巡の後にあなたはそれが鏡によって拡大された小石の表面だと気づくが、それまでの瞬間に自分の意識がどこか知らない場所へと連れ去られていた感覚は鮮やかに残っているはずだ。それこそがセンス・オブ・ワンダーなのだと思う。
エリアソンの作品はどれもがこうした驚異と美しさに満ちている。光・風・水のもたらす視覚的効果を取り込んで自然の美を再現した展示は、鑑賞者の動きが作品に与える影響まで想定したものである。
SFの魅力とは現実を揺さぶる力、あるいはそれを見る者の精神を書き換える力だと考える自分にとって、エリアソン展はその力を十二分に感じられる、まさにSF的な体験だった。
配信ライブ『リモートライブでしかできないことをしろ!「現実では不可能なライブ第1弾〜竜宮城編〜」』Takahiro Maeda
新型コロナ禍に時空を超えたSFライブ演出で全宇宙のアーティストを置き去りにして煽るスタイル。眉村ちあきさんらしいファンへの愛と世界へ音楽を届けられる幸せに溢れるSFなライブだった。公園に集合してファンと戯れられない彼女のうっぷんを晴らす様な元気溢れる演奏やファンを巻き込んだ企画を「今」の枠を取り払ってもっともっと未来へと加速して手作りした新しい世界で世界中のマユムラーと共に弾け回ってくれたライブは最高でした。オンラインで身近にSF演出しちゃう彼女のエネルギーはなんでも有りのSFなら受け止めきれないかもしれないし、SFは身近になっていると教えてくれている。
樋口恭介 『すべて名もなき未来』継堀雪見
未来論や書評、批評的創作などが収められた評論集は、あり得たかもしれない過去への追悼文でもあり、現在を再編成するルポルタージュでもあり、まだ見ぬ未来のために差し出された投壜通信でもある。過去・現在・未来の様々な分岐点を探索し、見定め、創り上げるテキストが次々と重ねられていく。(とりわけ、〈特定の名を持つ過去〉の追憶を記しながら〈すべて名もなき未来〉を描き出す離れ業を決めた「亡霊の場所」が出色の出来。)SFと批評と詩情が手を取り合い、別の選択肢を指し示す様を次々と提示するコンセプト・アルバムのような味わいは、奇妙でなかなかに得難い。
Webサイト『きみを死なせないための物語 宇宙考証の解説』なつき
SF少女漫画『きみを死なせないための物語』(著者:吟鳥子)の考証者が、身近な例えや平易な文章で宇宙考証の解説をしているサイト。 本編は、人々が宇宙コロニーで暮らす近未来SFである他、長命種「ネオテニイ」と光合成が出来る短命種「ダフネ―」という人類の亜種の存在、社会的契約により他者との交流や「誕生」「死」も制限されるディストピアものでもある。
本サイトは考証者の研究のアウトリーチとして専門的知識の一般提供の側面を持つ。また、研究室や学会の様子や研究者の日常やこぼれ話、『セクハラ数式』といったお遊び的な本編の確からしさを補完する要素にも触れる等、「考証」についての興味深い読み物となっている。
本編の連載終了は、2020年9月で単行本最終巻は未発売のため、本エントリー期間は連載中です。が。ここ数年と同様、SF考証の学術的展開に意義を感じ、更新予定ありとして、エントリーを重ねさせていただきます。http://www.comp.sd.tmu.ac.jp/ssl/kimi_storia/index.html
稲葉振一郎 『銀河帝国は必要か? ロボットと人類の未来 』継堀雪見
アイザック・アシモフのSFを足掛かりに、ロボットと宇宙開発の「あり得る未来」を探るユニークな解説書。SFと科学技術の相互作用を踏まえた上で、ロボットSFや宇宙SFの変遷をコンパクトかつ的確にまとめ上げる手際の良さが光る。アシモフのSF作品における未来構想および倫理的思索を難点や時代的制約を含めて緻密に検証した上で、その意義を端的に指し示した「あとがき」の最後の一段落に胸を打たれた。古典を手放しに称揚するのではなく、現実の科学技術や倫理との関連も見据えて「SF」の持ち得る可能性(と限界)を示す批評の態度が貫かれている点も見事だ。
長谷川愛 『20XX年の革命家になるには──スペキュラティヴ・デザインの授業』継堀雪見
まだ誰も見たことのない未来を夢見て、設計し、この世に生み出すための技法書。著者によって制作された様々な作品は、イルカの子を産むプロジェクトなど革新的なエッジが効いているものばかりで、読み進めるごとに驚かされる。そして、ただ奇抜なだけではなく、綿密な思索とアウトプットの裏打ちが必要なスペキュラティヴ・デザインの分野において、SF作品が非常に重要な動力源として活用されていることが随所で示されている。(特に、ディストピア/ユートピアを舞台としたSF作品に対する向き合い方が面白い。)ワークショップ用のカードや推薦図書&作品リストなどの付録も充実しており、SF的発想力で世界を変えたい人に打ってつけの、類例の無い本となっている。
映画『眉村ちあきのすべて(仮)』 つくね乱蔵
この映画のヒロインは、眉村ちあきという歌手。弾き語りトラックメーカーアイドルという聞いたこともないジャンルである。映画の冒頭、眉村に関するインタビューが始まる。ところが、ある一点から映画は思いがけない世界に滑り出してていく。ネタバレになるため、詳しくは書けないのだが、その展開は正にSFそのもの。主演の眉村の演技も歌も神がかっており、観客はいつの間にか、わけのわからない涙を流してしまう。今までに無かった、おそらくこれからも類似の物はでない傑作と言えよう。
映画『眉村ちあきのすべて(仮)』 Takahiro Maeda
アイドル 眉村ちあき の密着ドキュメンタリーは密着し過ぎてタイトルに(仮)が付いてしまうほど SF の枠を使わないと表現出来ない映画に仕上がった。眉村ちあきさんの破天荒なアイデアの謎が明かされ、全編を彼女の音楽で包み込んで僕らを未来に連れて行ってくれる眉村ちあきから目が離せなくなる映画です。
大野場誠二 『奴隷 ラムシル』ともとも
多くの人は自らの意思によって「自由」に生きていると思っているがそれは本当だろうか?何かに拘束されている事実に目を瞑っているだけではないのか?未来と言う設定において古代同様の暮らしをする部族の中で奴隷にされると言う、思いもよらぬ状況の中での出逢いが主人公に気付きと成長をもたらす、人の内面に焦点を当てた作品。

100年近く前に出版された寓話作品にインスピレーションを得て書かれたロマンチックで落ち着いた作品で、原書の肌触りを大切にしながらもSFとしての仕掛けも巧妙。

また、本作品は来るコロナ後の世界において、我々が何をどう選択するかと言う面についても意識させられるものになっている。本作が書かれた直接のきっかけはコロナへの各国における政府の対応と国民の反応を見ての事だった。いろいろなレベルで楽しめる作品になっている。
藤井聡太とAI関竜司
将棋棋士・藤井聡太の快進撃が止まらない。2020年6月に棋聖のタイトルを奪取すると8月には王位を獲得。18歳にしてタイトル二冠は藤井が天才の中の天才であっただけでなく、幼児期からのエリート教育・凄まじい研鑽のたまものだ。一方で藤井二冠が世間を騒がせているのは、藤井聡太という人間にAIをベースにした新たな知の形が体現されているからだ。将棋の研究が棋士とAIの共同作業になって久しいが、藤井二冠もAIを積極的に活用する棋士の一人だ。自宅には70万の研究用PCが置かれ、気になる局面はおよそ5分で解析が終わるという。もはやAIと人間のどちらが優れているかを問う時代は終わっている。AIはある部分では人間より優秀で創造的であり、AIのはじき出した答えをいかに活用するかを考える時代なのだ。そうした新時代のロールモデルとして藤井聡太とAIは今後も社会で重要な役割を果たしていくだろう。
吾峠呼世晴 『鬼滅の刃』関竜司
大正時代を舞台にしながら、現代社会に薄く広く蔓延している貧困や不条理というテーマをうまく取り込んだ傑作。現代人が潜在的に抱え込んでいる攻撃性を、猟奇的な表現でうまく解放している点も見逃せない。その一方で幕間に散見されるコミカルで心温まるエピソードは吾峠という作家の人間的な幅を感じさせる。冗長にストーリーを長引かせるのではなく、潔く打ち切ったのも自分の生み出した作品世界に対するリスペクトだろう。近年『ゴールデンカムイ』(野田サトル)など明治・大正を舞台にした作品が人気を集めている。その背景には不完全な世界・不完全な人間を描くのにこれらの時代が適しているとともに、人間の自由意志が奪われた状況(未来)を描くのに格好の時代というのもあるだろう。人間が生きるということと正面から向き合った哲学的作品でもある。
野﨑まど 『タイタン』荒巻義雄
時は2205年の遠未来。超AIによって人類が労働から完全に解放された時代を描く。ある意味では、こうした世界は、かのマルクスが未来に設定したような究極の社会主義世界かもしれない。だが、果たしてそれでいいのだろうか。人間と労働の問題について一石を投じた作品であるのは確かだが、我々SF人の課題としてはより深く考える必要があると思う。作風に〈人類補完機構〉のコードウェナー・スミスを連想したが、散文詩のようでもある。わずか2世紀後の世界であるのに、まるで靄に包まれているようである。
立原透耶(編) 『時のきざはし 現代中華SF傑作選』荒巻義雄
 短編17編が収められている。中国SFの専門家である編者が精選した傑作選である。一読、筆者は、わが国のSF創世期を牽引した「宇宙塵」の投稿作品の雰囲気を連想したが、この同人誌から多くの作家が育ったように、10年後、20年後の中国SFの隆盛が期待できると直観した。ただ、レトリックの頻度が少ないように感じられた。中国文学の特徴なのだろか。この点は今後の研究課題である。
佐々木譲 『抵抗都市』荒巻義雄
 日露戦争に負けた日本を描いた作品。作者はミステリー界を代表する作家の一人であるが、いわゆる〈もしも〉構造を持つ本作は明らかにSFであり、ディックの『高い城の男』の系列である。物語の縦糸となるプロットは、帝政ロシア統治下の日本の首都東京で、主人公の警官が、いかに自らの正義を貫くか。殺人事件の背景に巨大な陰謀があるのだった。
野﨑まど 『タイタン』月山
個人的な感想です、と前置きしてから言いますが、これはおねショタだと思っている。主人公の女性と、AI「タイタン」との交流。対話。語り合っていく内にうまれるものは愛情にも依存心にも思える。
この小説は、AIが人間の代わりに働く世界で、AIと人間が仕事について考える話だ。仕事とは何か。
彼らがどのように交流し、どのような答を導き出すのか、どんな風に、これからの未来を生きていくのか。
知ってほしい、考えてほしい、彼らの未来を、私達のずっと先に待っているかもしれない未来を、更にその先を。
人間とAIの歩む未来を。
TVドラマ『仮面ライダーゼロワン』@Φlibbertigibet
自分と同等の心を持つ弱者に対し、人間はどう対峙するのか?
SFの最も古く、かつ現代では喫緊となった問いに、真っ向から切り込んだ意欲作。
脚本のブレや描写不足、コロナ禍による制限など問題は多いが、尊重すべき知的奴隷が社会にもたらす軋みや成長を描き、私は視聴者としてずいぶん考えさせられた。他の人も考えてくれていると良いと思う。
表現もコミカルからシリアスまで演者の名演・怪演、画面作り、新機軸の総集編に唸った。
個人的には、ある種の理想のFrankenstein's monsterを体現した登場人物・腹筋崩壊太郎、そしてイズ、またイズを失い狂気に陥った主人公・或人の印象が、今も深く心に残る。
立原透耶(編) 『時のきざはし 現代中華SF傑作選』高槻真樹
日本SFにも大きな影響を与えることとなった、中国SFの大ブーム。もはや欧米だけを見ているわけにはいかないという点でも、アジアSFが手をたずさえて世界にアピールしなければならないという点でも、大きな転換点となった。ケン・リュウの大活躍の影に隠れがちだったが、非常に早い段階から中国SFの魅力を紹介し続けてきた立原透耶の業績を、今こそ評価すべきだろう。待望のアンソロジー刊行は、絶好の機会である。
伴名練(編) 《日本SFの臨界点》高槻真樹
埋もれた日本SFの秀作に光を当てる試みであると同時に、自作『なめらかな世界と、その敵』への解説にもなっているという離れ業。しかも自伝でもある。これまでに、アンソロジーをこのような形で編んだ例は聞いたこともない。だが、実際に本書を手に取る層は『なめらかな世界』で関心を持った読者だろうから、このアプローチは正しい。表現媒体としてのアンソロジーの可能性を押し広げたという意味で、受賞に値するだろう。ますますジョン・スラデック化が進行してしまった気もするが、それでもよい気もしてきた。
鶴淵けんじ 『峠鬼』蝉川夏哉
古代倭国を舞台とした神と人とのコンタクトはセンスオブワンダーに満ち、すぐれてSFの匂いを感じさせる。神々の権能は人智を越えるが、その顕れ方はSF者に馴染みのある形とも似ていて、興味深い。十分に進歩した科学が魔法と区別の付かないものであるならば、魔法の表れは進歩した科学と区別が付かないのかも知れない。
樋口恭介 『すべて名もなき未来』渡邊利道
2018年に長編『構造素子』でデビューしたSF作家の一冊目の批評的エッセイ集。ネットなどに発表された書評を中心に、思弁的実在論や加速主義、数学的宇宙仮説などのトピックやウエルベックやマキューアンなどの作品について要約というよりもリミックスというべき勢いで紹介し、その意義について饒舌に語る。そのほとんど軽はずみな瞬発力には、新しい世代のSF批評の登場を感じずにはいられない。SF的想像力のパンク性を派手に煽りつつ、個人的回想のノスタルジックな叙情がしばしば差し挟まれる絶妙なアンバランスさはいかにも作家兼批評家のもの。本年度もっとも印象的だったSF批評の本だ。
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西崎憲 『未知の鳥類がやってくるまで』渡邊利道
SFから純文学、またムックやアンソロジー、電子書籍など、さまざまなジャンルや媒体で発表した短編を十編収録する短編集。発表媒体の変化には関係なく統一した色調のある美しい本。さらっ書かれたようにさえ見える淡彩色の作品世界は、幻想的、思弁的、物語的、文学的、といろんな形容ができそうだが、読みながら一貫して強い「声」のようなもの、自分の思考や感覚を簡単に誰かに譲りわたすな、という強いメッセージがある(ように私には感じられる)。定型を外しながら安易に「アンチ」に陥らず、世界に抜け道を見つけて欠けているものを補完する作品たちであり、SF大賞というある意味「何でもあり」な場所でどのように本書が評価されるのかぜひ見てみたい。
松崎有理 『イヴの末裔たちの明日』渡邊利道
多彩な語り口でハードSFを書き続ける作家の(今のところ)最新短編集。自称未来人によるタイムマシンでの脱獄企画、数学の未解決問題と宝探しが並行して進行する暗号小説、AIに仕事が奪われてベーシック・インカムが導入された未来の労働小説など、切れ味の鋭いシンプルなアイディア小説中心で面白いのだが、基本的に暗めのトーンで重い作品が収録されている。暗号小説「ひとを惹きつけてやまないもの」は、途中の展開があっと驚く傑作だったが、ラストの「箱舟の座席」ではさらにあっと驚く展開になって、最後に爽やかな解放感に満たされて嬉しくなった。ぜひSF大賞候補として推薦したい。
藤野可織 『ピエタとトランジ <完全版>』渡邊利道
2013年発表の同名短編の続編にして長編完全版(最初の短編も巻末に収録)。何故か殺人を呼び寄せる天才探偵と友達になったヒロインが次々事件に巻き込まれ時間が進んでいくごとにどんどん人が死んでいって世界の終わりまで一緒にいく話。どんな悲惨な事態になっても「世界は滅びない、人類が滅びるだけ」と大変クールで素晴らしい。事件はいつも抑圧された女性絡みで、「こんなクソみたいな世の中で子供なんか産んでやるものか滅びろ」的メッセージを読み取ってしまいこれはフェミニズムSFの極北ではあるまいかと感動した。
早瀬耕 『彼女の知らない空』渡邊利道
設定的には直近未来だが、実質的な「現在」を描いたSF連作集。動物実験を忌避する製薬会社に就職したのに、軍事研究に仕事が利用されてしまうことがわかった研究者や、憲法9条が改正された後の自衛官など、不穏な現実を背景に、ごく普通の人々の静かで繊細でヘヴィーな心情を丁寧に描いていく連作で、夫婦間の不和とかすれ違いとかの心理描写が重く、大変鬱々とした気分に浸りつつも、読み終わったときにはささやかな希望を感じるよい短編集だった。『智恵子抄』やシェークスピアなど、文芸作品のエッセンスが散りばめられた細部も機知に富んでおり楽しい。
石川宗生 『ホテル・アルカディア』渡邊利道
雑誌で連載されていた掌編群に枠組みになる物語を与えて再構成した長編小説。その枠組みというのはホテル支配人の一人娘がコテージに閉じこもってしまったので、彼女を慰めるために七人の芸術家が物語を語り聞かせる、というもの。それぞれ独立しているにもかかわらず、たがいに微妙に重なり合い縺れあった物語群が輪舞して世界を迷路に変え、一種巡礼のような旅の経験を読者にあたえる美しい小説で、どれも軽やかな質感の掌編ばかりなのだけれど、一冊を通して読むとずっしりした長編の感触が残る。章が進むごとに作品の数が少なくなっていき、世界の余白が存在感を持って現れてくるように思われる仕掛けも素晴らしい。
柴田勝家 『アメリカン・ブッダ』門田充宏
2019年から2020にかけて現実の世界を覆った混乱に対して、多くの作家は作品を通して真摯に向き合うことを選んだ。柴田勝家もそのひとりであり、彼はそこで混沌に陥ったアメリカで生きるインディアンがブッダについて語る、悟りの物語を描き出した。……ここまで並んだ字面の強烈さだけでもう充分、あとは全て蛇足になる気もしないでもないが敢えて先に進もう。これまでも著者は、豊富かつ深い知識を自由自在に投影して世界を巧みに作り替え、その本質を露わにした上で物語として語って見せてきた。それは本書においても一貫しているが、特筆すべきはやはり本書末尾に置かれた表題作であろう。「アメリカン・ブッダ」において柴田勝家は、現在の世界の課題、その醜さを露わにした上で、その先にある悟りを描き出したのである。柴田勝家が描くSF以外でこんなことが起こりうるだろうか?本作は、まさしく今だからこそ読んで欲しい作品であると言える。
北野勇作 『100文字SF』 倉数 茂
個々の作品の質の素晴らしさももちろんですが、100文字小説(著者の言葉ではマイクロノベル)という形式を確立して世に知らしめたことが最大の功績だと思います。俳句や短歌のように、あるいはツイッターやTikTokのように誰もがごく自然にマイクロノベルを読み書きする社会が来ることを夢見ます。
小野美由紀 『ピュア』ひろし
この『ピュア』という作品は読者の脳を頭蓋からはみ出させる力にみちあふれている。そもそも、これはただの、女性が性交しながら男性を食べる小説ではない。自らを取り巻く環境、社会、世界が、苛烈であろうと純愛は存在できるのかという、あまりにも無謀な問いを作者は投げかけている。そのような問いを受け取った者は自分という枠を壊さざるを得ず、結果、その脳が頭蓋からはみ出るのだ。
斜線堂有紀 『楽園とは探偵の不在なり』碁郎
推薦文はSFをたくさん読んできていなかった自分としては主観や個人的な意見で良いと書いてあって嬉しかった!

斜線堂有紀さんの過去作でハマった、人間らしくもあり純粋でありながら異様な信仰心のようなものや、人物の感情や思いがこの作品でも書かれていた。

2人以上殺した人は""天使""によって即座に地獄へ引き込まれるようになった世界。
探偵業を営む青岸焦は、大富豪の男に「天国が存在するか知りたくないか?」と聞かれ、天使が集まる島を訪れる。そこで青岸を待っていたのは、起きるはずのない連続殺人だった。

青岸焦はなぜ天国の有無を知りたいのか。
その理由が切実で身につまされる。
館に探偵という魅力的な舞台で、天使がいるから有り得ないはずの連続殺人が起こる。その謎が解決しない間にも様々な謎が出てきて、ミステリーがたくさん詰まっている。

面白いこと間違いなしなのでぜひ読んで頂いて大賞候補にお願いします!
鵜狩三善 『ボーズ・ミーツ・ガール 1 住職は異世界で破戒する』渡辺圭
絶妙な言葉遣いと流れるようなストーリーテリング。仏教用語とSFの相性がこんなに良いとは! しかもこれが色物でなく、至極まっとうなエンターテインメントであることが素晴らしい。SFの本流ではないかもしれないけど、著者のジャンル性の高さも要注目。
林譲治 《星系出雲の兵站》Rey.Hori
人類が初めて体験する知的異星生命体との接触と戦闘を描いたミリタリーSFとして、兵站に焦点を当ててスタートした本作。戦闘以外の補給・輸送・人員や兵器のやりくりなどといった「兵站」が物語世界の基礎を成したその上に、巻を進めるにつれて、正体不明で情報に乏しい敵の実体とその意図、更には人類がそもそもなぜ宇宙に軍隊を構えるような文明を築いて来たのか、その来歴、といった謎が次々に提起され、やがて驚くべき真相が明らかになっていく展開の巧みさ。登場人物群像やメカ設定の数々(加えて、ちりばめられた小ネタあれこれ)も魅力的。ミリタリーSFの枠を大きく超えた謎解き型のハードSFとして本作を推薦致します。
2Way完全ワイヤレスイヤホン「KPro01」うみゅみゅ
イヤホン、ヘッドフォンのオタクで知られる声優の小岩井ことりさんが、Owltech
社よりコラボイヤホンの話を持ち掛けられ「コラボよりも、開発がしたい」と言った為、クラウドファンディングで立ち上げられた前代未聞の「完全無線と有線を切り替えられるイヤホン」の開発企画。
目標金額の3,000,000円を遙かに越えた166,072,180円もの支援を集めて、その筋では大いに話題になった。特に、
・タレント(声優)が、コラボではなく企画開発に積極的に関わった。
・無線・有線それぞれのメリットとデメリットを克服する、一本で完結する新しいイヤホンをクラファンで開発した。
この二点が画期的だと思ったので、今回のSF大賞にエントリーさせていただきます。
藤井太洋 『ワン・モア・ヌーク』うみゅみゅ
「核をもう一度、この国に」東京オリンピック直前の2020年3月の東京で、突然起こった核のテロ。複数のテロリスト達の思惑、阻止する側のそれぞれの葛藤。問題提起の仕方は、この作者ならではの目線だし、そこで描かれる人物たちはリアリティがあり、共感したくなる。
厳密にはSFとして描かれた作品ではないのかもしれない。でも、読んでいるとやはり、架空の未来を描いたSF作品として面白い。
何より、コロナ禍の影響で2020年はオリンピックの年ではなくなってしまった。そんな今年、「おうち時間」が増えたタイミングでリアルタイム読書をしていた人たちが複数居たのも、現象としてとても面白かった。
アロハ天狗 『柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』バッティ
 杜王町vs吉良吉影、ゴッサム市民vsジョーカー…そこに住む人々が自分たちの誇りを示し町を襲う悪意と戦う…そんなエンターテインメント作品は皆さんお好きでしょうか?

 『柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』は死都・町田に襲来した柳生十兵衛と町田の変人軍団がぶっ殺しあう最高のエンタメノベルです。余りのケレン味と作者のアロハ天狗先生渾身の数々のパロディでコーティングされた強烈なガワの一方で、中身はドストレートなSF剣戟アクション。読み終わった時貴方もきっとこう言うことでしょう、やりやがったなアロハ天狗!!と。
藤井太洋 『ワン・モア・ヌーク』りょう
手作りの核爆弾を、2020年3月11日という東日本大震災から9年後のその日に、新造なったばかりの国立競技場で爆発させるテロという大仕掛けを見事に描き切った、本年2020年を代表する作品といえる。秘かに都市に持ち込まれた核爆弾によるテロは、かつてフォーサイス『第四の核』(1984)やクランシー『恐怖の総和』(1995)でも取り上げられていたが、2020年の本作は、国際紛争や外国人労働者の問題、役所仕事の実情も絡めてより緻密に描き、私たちが目を背けがちになっている、東日本大震災で発生したメルトダウンが今なお向き合うべき現実であることも突き付けてくれる。
アンディ・R・ホームズ、ケン・セント・アンドレ、キャサリン・デモット(著)岡和田晃、杉本=ヨハネ(訳)安田均(日本語版監修) 『コッロールの恐怖+猫のいぬ間に』吉里川べお
トンネルズ&トロールズ、この世界2番目のロール・プレイング・ゲームは、これまでも「人とモンスター」「善と悪」といった定型を次々相対化、もといジョークで混ぜっ返してきた。「生と死」も例外ではない。全てをデータ化するこのジャンル、動く死者は「アンデッド」と名付けられ、生者と峻別される……はずなのだが、廃都コッロールの怪しい奴らは互いの生死など気にせずに、グロテスクな宴に酔いしれる。
作者アンディ・ホームズはイギリス怪奇の伝統をアメリカの脳天気なルールシステムと接合し、新たな境地を僕らに示した。ファンによる“うろつく人影”も、気のいいタコ頭の種族、禁断の知識を探求するトロール、生者をつけ狙う聖騎士など、“わかってらっしゃる”キャラばかり。迷宮探検家たちを襲うは死の恐怖、そして“向こう側”への強い誘惑だ。「人間捨てた方が楽しいんじゃね?」と思った瞬間、貴方はもうその陥穽に落ちている。
生配信劇《京都妖気保安協会》ケース1〜3
本作は京都の劇団『ヨーロッパ企画』がコロナ禍で舞台公演ができないため行われたYoutubeでの生配信演劇です。コロナで困難なエンターテインメント業界が試行錯誤を行う中、ものの数か月で京都嵐山線の電車内から生配信で演劇を行ったかなりの傑作です。
ケース1は電車内で物語が進みますが電車の乗降と早替えを利用し一人2役で生配信ながらパラレルワールドが存在する設定づくりには感動しました。

残念ながら現在配信期間が過ぎ、非公開状態になってしまいましたが是非みんなに見てほしかった。池澤さんにも見てほしかった!!コロナの時代でもあんなに楽しいSFエンターテインメントを新たに生み出せる力を!
映画『ドロステのはてで僕ら』
京都に拠点を置く劇団『ヨーロッパ企画』が手掛けた初の長編映画です。
元は『ハウリング』という同劇団の短編映画ですが舞台を京都の雑居ビルのカフェに変更し長編映画にリメイクした作品です。
時間SFとして扱うにはあまりに短い2分後という未来を逆にうまく利用した大傑作です。また2分間という時間を効果的に見せるために70分間疑似ワンカットでリアルな時間と劇中時間が合っていて撮影方法が全く分からなくなってくるところも本作の楽しみなポイントです。キャッチコピー通り時間に殴られました!!!!
野﨑まど 『タイタン』ヤナギシュン
日本人にとり、生きることは久しく働くことでした。働かざるモノ、食うべからず。ブラック企業、バブルの亡霊、三丁目の夕日は言うに及ばず、国家のあけぼのから額に汗して稲刈りに精を出すばかりか、縄文時代から平生あくせくと栗の木を植え、たまの余暇にも眉間に皺寄せ粘土をこねては人形を作る。きっと縄文人もこう思ったはずなのです。働くってなんだろう、仕事ってなんだろう、と。2000年を渡る問いの答えが、ここにあります。
野﨑まど 『タイタン』匿名希望
「今日も働く人類へ」
人々が働くことの意義を問い直すコロナ禍の中、発売された本書は、至高のAI「タイタン」により人類が平和に保たれ、仕事を必要としなくなった未来の物語。
AIを題材にした作品は、AIが人類に反乱を起こすものが多いが、鬼才野﨑まどが描き出す未来はそれらとは違ってーー?
今の時代にこそ、読まれるべき物語だと強く感じます。
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鮭さん 「セックスの相手ランダムに選択マシーン」salmon mama
優生思想を徹底的に排除した世界で起こった狂った世界。狂っていてすごい!!狂っていてすごい!!驚きの連続!!驚きの連続!!驚きの連続!!驚きの連続!!驚きの連続!!

また、短いためチャチャっと読めるのも良い。歴史に残る名短編と言えるだろう。
仁藤夢乃 「自民党議員らによる 10 代女性を支援する 『Tsubomi Cafe』視察における問題のある言動や少女に対する セクシャルハラスメント行為についての抗議文と要望書」大野典宏
DVや虐待被害者の十代少女の逃げ場所(シェルター)として活動をしている「Colabo」が運営してする自助活動「バスカフェ」において行われた公然たるセクシャルハラスメントの事実を抗議した文章。女性の人権保護が提唱され、女性の受難と活躍を題材にしたSF作品が多く出版され、話題を呼んでいます。ではなぜにそのような作品が書かれる必要性があるのか、その根拠である「男性側から行われた事件の被害者となった女性側」の立場から現実を訴えた文章は、フェミニズムSFが一作でも多く書かれるべき理由を明白化した文書として非常に価値が高いため、推薦します。
詳細は、https://colabo-official.net/wp-content/uploads/2020/04/e15191a1ce1f7cc6364f14482462d8c0.pdfで閲覧可能です。
菅浩江 『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』上田早夕里
1981年に著者のデビュー作「ブルー・フライト」が発表されたときの衝撃以来、日本SF界における菅浩江の貢献度の大きさは、執筆された数々の作品の質の高さだけでなく、SF系新人賞選考の場における優れた選評の提示など、短い言葉ではまとめがたいほど計り知れないものです。加えて、本作『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』を含む博物館惑星シリーズは、SF的視点によって、人間だけでなくそれ以外の生命の価値までをも、芸術作品を通して語りきった作品の集大成です。芸術を題材としたSF作品はたくさんありますが、ひとりの作家の手によって、これほどまでに大量の読み切り短編で、しかも深く、SFの本道をゆく形で描かれた例を私は他に知りません。読者を楽しませるために磨きあげられた技術と美しい文体、SFとしての矜持とも言うべき論理性が、高度なレベルで融合している諸作品を、本シリーズが一段落ついた本年度に、強く推薦致します。
三宅乱丈 『イムリ』上田早夕里
『イムリ』は全26巻に及ぶ長編漫画で、本年度期間内に完結したので推薦します。本作は、架空の惑星上における三つの民族の闘争を描いた作品です。支配層による極端な格差社会が固定された状況下で、この社会システムが、ひとりの若者が抱いた疑念から揺らぎ、多くの人々の意志を経て打ち砕かれていきます。支配層と被支配層との関係が描かれるとき、多くの物語は、闘争と滅亡によってその幕が閉じられますが、本作が辿り着いた先はそれとは異なり、複雑で思索的で、現実社会に対する読者の目を鋭く問い直すものでした。冷酷な人権侵害や激しい戦闘、抵抗兵器の謎を解く知的興奮に満ちた展開、人間同士の軋轢と交流を通して著者が提示したものは、強靱な意志と慈しみです。その粘り強い思考過程は賞賛に値するもので、これがひとりの女性作家の手によって、14年間もの歳月をかけて描かれ続けたことに、本推薦をもって、最大限の敬意を表したいと思います。
菅浩江 『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』池澤春菜
「永遠の森」「不見の月」に続く、博物館惑星シリーズの第3作目「歓喜の歌」は、今まで読んできたたくさんの本の中でも、屈指の美しいエンディングでした。
 衛星軌道上に浮かぶ“アフロディーテ”、ここはその名の通り、博物館惑星。有形無形問わず、この世のあらゆる芸術品が収められています。

 美しいとはどういうことなのか。
 感動するって?
 好きになったり嫌いになったり、感情はどう生まれるの?
 そこに、正しい、や、間違っているは存在するの?
 機械に心は生まれるの?
 この難しい問いに、管さんは全身全霊で、ありったけの力と誠実さを持って挑んで、そして美しい物語群を生み出しました。
 最後は正に、圧巻、鳥肌。重層的に重なり合う歓喜の歌が、ここまで読んできた読者をも巻き込んで、至福の最後へと昇華していきます。最後のページを読み終えた瞬間、この物語に出会えて良かった、心からそう思えるはず。
TVアニメ『ID:INVADED イド:インヴェイデッド』マリ本D
近年の舞城王太郎の活動を注目するにあたって見逃せないのは“原作・脚本”担当としてのはたらきであり、本作はその最も新しい事例の一つ。西暁町、穴、そして名探偵など舞城作品に頻出する概念が惜しげもなく投入されているが、“殺人事件の現場に残された殺意から構築される仮想世界で、事件や犯人につながる手掛かりを見つける”という型さえ把握できれば意外と取っつきやすい、一話完結型のSFミステリアニメである。もちろん、取っつきやすいからといってパワーダウンしているわけではなく、個人的に“祈り”の作家だと見ている舞城王太郎の、現状到達点としての“祈り”の凄みには圧倒させられる(自分は6話の仮想世界のラストシーンで落涙を禁じ得なかった)。舞城作品初心者にもうってつけながら長年のファンの期待にも応える稀有なまでのバランスを誇る本作品は、間違いなく今年のアニメを語るにあたってはずせない傑作SFミステリである。
宮西建礼 「されど星は流れる」 門田充宏
創元日本SFアンソロジーGNESIS第三巻の表題作となった本作は、COVID-19によって世界の様相がすっかり変わってしまった今だからこそ書かれた物語であり、今だからこそ読まれるべきSFであると言える。誰もが先の見えない混沌と閉塞感の中に閉じ込められている中、個人の力ではどうにもならない状況を諦めるのでも絶望するのでもなく、自分たちの力とできることを信じ、推し進め、更なる未来の可能性へと思いを馳せる。この可能性と希望を描けることこそがSFの強さであり魅力だろう。本作はそれを堪能できる物語であると同時に、この時代に突き立てられた未来へと繋がる希望の旗印だと言える。
空木春宵 「地獄を縫い取る」門田充宏
2019年。それは、空木春宵が長く続いた沈黙を遂に破った年である。
8月「感応グラン=ギニョル」、10月「終景 累ヶ辻」、12月「地獄を縫い取る」、2020年8月には「メタモルフォシスの龍」を発表。そのどれもが読んだ者の心を鷲掴みに——いや、反しのついた針のように心に突き刺さり抜けなくなってしまうものだ。そしてこの〈突き刺さる〉ことこそが空木作品の特徴であり、同時に最大の魅力であると言えるだろう。
空木作品が何の躊躇いもなく差し込む針は、読み手が普段考えず見ないようにしている、だが確実に存在して決して消し去ることができない暗い部分へと確実に突き刺さる。そうして奥底まで侵入して食い込み、もう決して忘れられないものにしてしまうことにこそ、一連の作品の真骨頂があると考える。
エントリー作はその針の大きさと歪さ、そして反しの鋭さにおいて万人に忘れられない読後感をもたらすことだろう。
斜線堂有紀 『楽園とは探偵の不在なり』匿名希望
「2人殺せば""天使""によって地獄に落とされる世界」における連続殺人を描いたSFミステリーです。
天使に傾倒する主人と孤島の館、集められた有名人や記者、そして探偵…………というミステリーにおける定番のシチュエーションでありながら、そこで起こった殺人事件は天使の存在によって『ありえないもの』になってしまいます。

現実に限りなく近いのに、天使によって人々の倫理観や物事の捉え方が少しズレてしまった世界、という非日常的な雰囲気が魅力的な1冊です。SFとしてもミステリーとしても非常に面白い作品なので、沢山の人に読んでいただきたいです。
『ピュア』 小野美由紀bocky bock
新しさを孕む作品は常に「問題作」として扱われるが、「SFというものはマニアや専門家でなければ理解できない / 創造できないものだろう」という狭い了見を、『ピュア』の短編群は獰猛に破壊してくれる。
「ピュア」
→「女が男を捕食しなければ妊娠できない」というシンプルかつ凶暴な原則に乗っ取られている世界観は、それだけで読む者の意識を染めてしまう。果たしてその世界で純愛は成立するのか! あまりに必読!
「to the moon」
→身近な友人が、性どころか、人類から別の何かに転換したとき、我々はどう振る舞うのか。 すでにジェンダーSFの枠からも飛び出ている作品。
「幻胎」
→主人公の変態度合いがすごい。必読。
「エイジ」
→「ピュア」と同じ世界の別の側面。男の視点から見た時に、何が浮かび上がるのか。

作品群の全てに賦与された特殊な「空気」を吸い込むだけでも価値のある体験だった。
オキシタケヒコ 「平林君と魚の裔」緒賀けゐす
宇宙遍く商業システム《汎銀河通商網》が存在する世界。借金のカタに連れ去られた全アメリカ国民の中で唯一帰還を果たした関西弁の女スミレ・シンシア・ヒルとその相棒の宇宙人トリプレイティの軽快スペオペ漫才を描いた『What We Want』に続く、オキシタケヒコによる《通商網》シリーズ第二弾。今作は海洋生物学者の「私」を視点人物とし、《汎銀河通商網》の無情なシステムとそれでも目映く輝いた「魚の裔」の可能性を軽快な文章で描いたスペースオペラだ。オリジナル設定とオカルトを組み合わせる発想力、情報の開示タイミングを完全掌握した構成力には舌を巻いてひれ伏すばかりである。
最後に提示される標なき道、そして、その先に広がる希望――果てしなく広がる宙を見上げ、その虚空に想いを馳せてしまうのは私だけではないだろう。原義的且つ新鮮なSF世界観と個性的なキャラクターが織り成す、センスオブワンダー剥き出しの傑作短篇だ。
柞刈湯葉 『人間たちの話』紅坂 紫
「テクノロジカル・フィクション」ではなくどこまでも「サイエンス・フィクション」のこの作品、溢れるユーモアとセンスで現実世界の延長としての未来やあったかもしれない世界を描き出すのが素晴らしかった。「記念日」が特に好きだ。
伴名練(編) 《日本SFの臨界点》紅坂 紫
単行本に収録されていない傑作短編SFを中心に組まれたアンソロジー。そのため、生まれたときには既に簡単には手に入らなくなっていた作品が書店で身近に手に取れるようになったことが嬉しい。伴名練の熱量高い解説は圧巻だった。
映画『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』緒方映一
デビュー作『HOUSE ハウス』から、『ねらわれた学園』『時をかける少女』など、数々の映画で観客を魅了してきた大林宣彦監督の遺作。閉館間近の映画館でスクリーンの中の戦争時代にタイムスリップした青年たちの冒険をあえてギミック臭い映像で展開させる。大林監督には本来ならば功績賞を差し上げるところだろうが、最後まで現役の映画監督として公開を待っていた本作を日本SF大賞に推薦したい。
林譲治 《星系出雲の兵站》緒方映一
移民星系での知的生命体とのコンタクトと戦闘を描くミリタリーSFではあるが、能力の差が図られることはあっても男女性差のない平等が形成されている社会がユニークな設定に見えてしまうぐらい、翻ってわたしたちの社会の不平等性を間接的に浮かび上がらせてくれる。毎巻サプライズを用意して次回への期待を与えつつ、コンスタントに2年間でシリーズ二部作全9巻を刊行するという、ノベルズ作家としての著者の技量を見せる、まさに著者の代表シリーズになったと言えるだろう。完結を期に日本SF大賞に推薦したい。
北野勇作 『100文字SF』 緒方映一
名は体を表すとはよく言ったもので、タイトルが内容を指している。ツイッターの一投稿140字という仕様を逆手に、1作100字でSFを書くという誰もやったことのない、日本SF大賞に値する著者の発明といえる。
吾峠呼世晴 『鬼滅の刃』夜田わけい
大正というロマンあふれる時代を舞台に、不死の存在である鬼に対して刀で暗躍する鬼殺の剣士たちを生き生きと描いた。主人公竈門炭治郎が鬼になってしまった妹竈門禰豆子を戻すために旅に出るという兄妹愛、家族愛を深く描いていて、豊かな物語性をもっている。
津久井五月 「蒼転移」小林ひろき
コルヌトピアの世界観、登場人物を引き継ぐ作品であるが、コルヌトピアが植物と人間の共生という美しい点であったのに対し、そのネガティブな部分を取り上げた部分が注目に値する。それは動物の暴走であるが、一瞬のきらめきのようなものである。コルヌトピアでは植物と登場人物が繋がることによって私達の現実を異化してみせる著者の筆力に感動を覚えたが、今作ではそれがより可視化されて解像度がさらに上がっている。動物の環世界を小説のかたちに凝集した傑作ではあるまいか。
劇場アニメ『Fate/stay night [Heaven's Feel]』三部作マリ本D
《Fate》というコンテンツは、少なくともその存在すら知らない人はほぼいないのではないかと思われるほどに大きく発展したものの一つである。ソーシャルゲーム『Fate/Grand Order』はそれぞれの章のTVアニメ化(放送済み)、劇場アニメ化(12月予定)が行われているし、他にもアニメ化された派生作品など受け取る側だけでなく作り上げる側も多く参入している。そんなコンテンツの大元である『Fate/stay night』の今までアニメ化されてこなかったルートを、劇場アニメという形式で発表したのが本作である。多くのファンを獲得し後陣作品、作家に多大な影響を与えたコンテンツが、まず何よりも優れたファンタジー作品であったと証明するこの劇場化作品を、三部作まとめて一つのエントリーとして推薦する次第である。
草野原々 『大絶滅恐竜タイムウォーズ 』春夏 式
草野原々という作家がデビューした当時、正直言ってバカにしていた。
ラブライブの二次小説の改稿で、早川書房によるちょっとしたマーケティング戦略の一つだろうと。確かに作品自体はしっかりとSFしていた。だがそれだけのこと。少しの間、話題になって消える作家だと、そう思っていた。
だが、そんな思いは本作を読んで根底から覆された。
この作者はいずれ小松左京をも凌ぐ作家になる。そう思わせるほどの熱量と密度が本作には存在した。
何かを語ればネタバレになる本作はただ読んで欲しい、としか言えないが、
かつて長谷敏司氏がBEATLESSにおいてキャラクター性について語った内容を、本作大絶滅恐竜タイムウォーズはさらにその先というよりも根本的な問題、キャラクターについて語っている。
そういう意味で本作はあらゆるオタクが読むべき読み物であり、現代のオタクをアップデートするべく作られた小説という形を取ったモノリスだ。
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DUSTCELL 『SUMMIT』マリ本D
いまや様々な事務所、グループがそのユニークさを発揮するようになったバーチャルYouTuberの世界において、しかし殊更に異質さを誇るレーベルがある。その名は「KAMITSUBAKI STUDIO」(神椿スタジオ)。花譜を筆頭に歌を主戦場とする“バーチャルシンガー”という概念を打ち出したこのレーベルは、歌によって独自の世界観を築き上げようとしている。その神椿スタジオに所属しているユニットとして注目をあびているのが、コンポーザーのMisumiとボーカルのEMAの二人で結成されたDUSTCELL。7月に配信でのライブパフォーマンスを行った彼らは、バーチャルではなく現実にいるアーティストとして我々に歌声を届けようとしている。なぜバーチャルを経て現実へと回帰したのか、その(逆説的にSFじみた)問いの答えは、本作とこれからのDUSTCELLの活動の中に我々が見出だしていかなければならないのだろう。
墨佳遼 『鉄界の戦士』マエパンダ
多腕をテーマに機械と肉体の融合と有機と無機の生命体とその狭間に生きる人々のドラマ。全ての命ある存在を無駄なく活かしたい主人公の想いに巻き込まれてゆく人々の立場の変化がSFの舞台を上手く利用しているのが上手い作品。
吾峠呼世晴 『鬼滅の刃』祥太
ダークファンタジーに分類されるようなハードな作風でありながら「全集中の呼吸」「鬼化」などの広義のSFに分類される要素を数多く併せ持つ。「家族の敵討ち」「敵味方の悲惨な過去」といった要素は少年漫画において使い古されてきたが、作者はその王道を類まれな構成力と描写力で描き切り、社会現象を起こす程の巧みな物語に仕上げた。もちろん作者は王道の要素だけでなく、「熱狂的なファンがつくほどの魅力的なキャラクター造形」といった非常に難易度の高いガジェットを使いこなし(それも初連載で!)ている所も評価したい。本作は既刊が1億部を突破したこと、史上初めて週間オリコンランキング1位~10位を独占したことを鑑みて、多くの人々の娯楽作品となっている。まさしく「これがなかった以前の世界が想像できないような作品」としてふさわしく、コロナ渦の情勢において多くの人々の心の支えになった功績は評価されるべきである。
配信イベント『ゆり子の部屋』第一回マエパンダ
アンヌ隊員 を慕う人々に向けてひし美ゆり子さんがゲストを迎えて思い出の作品を上映しながらゲストとコメンタリーするライブ配信。
第一回はウルトラマンエースのヒロイン西恵子さんをゲストに迎えてガールズトーク回と思いきや上映作品を先ずはそのまま視聴してからコメンタリー付きで再上映する初見の人にも優しい展開。
上映作品:1
『ウルトラセブン』第8話「狙われた街」
●上映作品:2
『ウルトラマンA』第22話「復讐鬼ヤプール」
撮影裏話など特撮に関わる皆さんの熱い時代のお話しが沢山展開される楽しい配信イベントでした。
運営の友井さんがファンのために最適な配信方法を探して楽しませてくれているのも特撮を楽しむ人々への熱い想いが伝わってくる素晴らしい活動です。
ゲーム『十三機兵防衛圏』アオいナツ
80年代、映画や漫画など気軽に誰でも楽しめるSF作品が溢れててとてもわくわくしたものです。この作品はあの頃のわくわくやキラキラをこれでもか!と詰め込みながらもきれいにまとめあげてて圧巻でした。主人公13人の視点から紡いだ複雑な設定、物語はもはや狂気さえ感じるほど。ゲームだとなかなか敷居が高く手が届かない人もいるかもしれませんが、ゲームだからこそできた体験であり、唯一無二の作品だと思います。
ゲーム『DEATH STRANDING』匿名希望
分断された世界で「伝説の配達人」としてプレイするこのゲームは、期せずしてこのコロナ禍の時代を予見したような作品となった。配送従事者の重要性がより明確になってきたのにもかかわらず、ステイホームな住人たちに身体的接触を避けられてしまう孤独な存在として表現されているからだ。それでもゲーム内で試みられる「ゆるいつながり」には希望がある。またむくつけき男性である主人公が、人工子宮を身に着け「胎児」をあやしながら進み、疑似的な妊婦として自らを生き直していく姿には色々と考えさせられる。破滅と進化のからみあう設定はSF的に作りこまれていて興味深い。今期のSF作品としては大きな存在感を示しているもののひとつだ。
澤野弘之 『BEST OF VOCAL WORKS [nZk] 2』マリ本D
映像によるSF作品においての音の重要性は、映画『メッセージ』がアカデミー賞で音響編集賞を受賞したという例一つ見ても明らかであろう。そして日本における劇伴音楽を考えるのであるならば、澤野弘之を無視することができないのもまた明らかである。その活動は多岐に渡るが、SFアニメに絞って見ても『アルドノア・ゼロ』『甲鉄城のカバネリ』『Re:CREATORS』『プロメア』などSFアニメを語るうえで外せないものばかり。そんな澤野がボーカル楽曲に重点を置くプロジェクトとして行っているのが“SawanoHiroyuki[nZk]”であり、本作は上記のアニメの主題歌なども含まれたそのプロジェクトにおける二つ目のベストアルバムである。映像によるSFでの音のはたらきを今一度認識するためにも、本アルバムをはじめとした澤野作品をSFの枠組み内で評価する必要があるのではないだろうか。
北野勇作 『100文字SF』 しゃけとば
大学生の頃好きだったSFに引き戻してくれた本。就職してから仕事が忙しく、すっかり読書の習慣がなくなっていました。久々に本屋に行った時、ふと手にとって購入。「短いしこれなら読めそうだな」くらいの気持ちだったのですが、予想以上に面白く、もったいないので1日2,3編ずつゆっくり読み進めました。たった100文字で壮大な出来事を感じさせてくれるし、SF?怪談?なものや作者の日常から生まれたと思われるものもあり、幅の広さに驚かされます。表紙や帯文まで100文字に徹底されているのも良いです。
遠藤浩輝 『愚者の星』 マエパンダ
徐々に明らかになるがまだまだ謎の多い世界観にワクワクしながら、戦術を駆使したチーム戦はSFならではの戦い方を楽しめる作品。組織に飛び込んだ主人公は上手く組織を利用して成長し仲間との絆が作られていく王道な展開も心地良いのです。
若松卓宏(漫画)野田宏(原作) 『恋は世界征服のあとで』マエパンダ
デス美さんをアニメ化希望の作品。戦隊モノのリーダーと怪人組織の幹部の恋愛物語と言いつつ、怪人幹部適正の高いデス美の成長物語に笑い、キュンキュンな恋愛エピソードにホッコリするデス美さんのを愛でる作品なのです。
動画「NVIDIA GTC 2020 Keynote Part 1: CEO Jensen Huang Introduces Data-Center-」マエパンダ
Accelerated Computing で世界を加速する環境。SF は加速して迫りくる現実の先を進み続ける事が出来るのか?野心あるJensen Huang のスピーチの流暢な英語や的確な日本語訳は本当に本人なのか?AI なのではないかと疑ってしまう。URL : https://youtu.be/bOf2S7OzFEg
アレン・スティール(著)中村融(訳)『キャプテン・フューチャー最初の事件』あぼがど
新型コロナの不安がピークに達していた2020年4月、懐かしいヒーローが私たちの前に還って来ました。カーティス・ニュートン、またの名をキャプテン・フューチャー。「未来」という希望に溢れた言葉を携えた、私たちのキャプテン。現代の読者に向けてリブートされた新シリーズは、原典とは少し変化しています。ですがそこに流れる物語は、登場人物にちりばめられた魂は、昔と変わらぬヒーローたちのものです。例え現代がどれほど不安で先の見えない場所になっても、それでも「信じても良いもの」は不変なのだと、これはそんなお話です。

「還ってきた懐かしいヒーロー」というのはこれまでどこかに消えていたわけではなくて、実はずっと私たち自身のこころ中にあったのだと、そしてもう一度そこに立ち返り、まっすぐに未来を見るのだと、いわばリブート版キャプテン・フューチャーを通じて、私たちは私たち自身の未来をリブートするのです。
野村亮馬 『第三惑星用心棒』doubly
衰退した地球で、エージェントロボが野良ロボットらに対処するエピソード群。軌道エレベーターやロボに最適化されたツール、「人に寄り添う異形」として少し不気味さが残るラボットたちを想像力の枠一杯を類まれな筆致で描き切っているSF漫画。
柞刈湯葉 『人間たちの話』なな
雑味のないあっさりとした文の味わい
読みやすく、何度読んでも読み飽きない
特に秋の夜長にはぴったり!
もっと気負いなく、SFを楽しんでもらいたい、普段SFを読まない方にもおすすめです。
(本読むのは好きなんですがアウトプットが苦手でもうここらで勘弁してください…でも柞刈湯葉さんの人間たちの話もっと売れて欲しいしもっと色んな方に読んでほしいです)
ゲーム『十三機兵防衛圏』和崎 慶
この作品の何が一番の魅力なのか?私としては、そのゲーム構成の素晴らしさによってもたらされるSF的体験の心地よさだと考えています。
複数の時代、13人の少年少女の視点で語られる物語を、ある程度自由に進めていくことができます。
進めていくうちに重なり、混じる物語の展開に、大抵の人間ならば、大いに混乱し、引き込まれていくことでしょう。
ストーリーラインを4次元でイメージする必要が生じるというSF的体験を、このゲームで初めて味わわされました。
また、物語のテーマとしても、時間旅行、巨大ロボット…SFファンならば心惹かれるであろうものを詰められるだけ詰めこんでいます。
いわゆる「古い」SF的テーマを存分に扱いながらも、物語の構成とゲームというメディアの組み合わせによって、今までにない「新しい」SF体験に昇華されています。
この体験こそ、新時代のSF大賞と言えるのではないでしょうか?
原作:平井和正・石ノ森章太郎/脚本:七月鏡一/作画:早瀬マサト・石森プロ 《幻魔大戦 Rebirth》FNL
平井和正、石ノ森章太郎という、SFの小説、マンガ、アニメの巨人の作品世界を取り込み、大河シリーズ「幻魔大戦」のかつての読者が読みたかったであろうストーリーが展開され、きちんと完結したことを高く評価したいと思います。幻魔による宇宙的破壊が、地球にだけ及ばなくなるという結末(私はどう感じました)の是非は感じますが、過去の作品をもとにしてこれだけの作品が生まれたという、日本SFの成熟を示すものでもあるのではないでしょうか。
劇場アニメ『HUMAN LOST 人間失格』黒井真
誰もが知る文学史に残る名作を、SFアニメーション映画としてリブートするという発想がすでにヤバい。
「無理でしょ?」
「何言ってるの?」
「意味わかんないんだけど」
恐らくはその試みからして全否定されたであろう映画を、このスケールで実現してしまったという事実だけでもスゴイ。
さらにそのなかで描かれる、昭和111年の日本社会の狂いっぷり。
超長寿社会、年金一億円、GDP世界一位、そのための一日19時間労働と環境汚染による常時マスク着用、――現代日本を生きる者に刺さりすぎる設定の上に織りなされる狂気のドラマは、まさにSF大賞に相応しいと言えるでしょう。
TVアニメ『キャロル&チューズデイ』miyo_C
火星と地球に人々が住む世界で、AI、ソーシャルネットワークがからみ、少女達の出会いから、インディーズ、そして大きく人々をつなぐ出来事まで広がって行く物語が、そして歌が素敵な作品でした。
生きること、歌うこと、そして世界は。SFという舞台装置の中で歌の力が試されます。
TVアニメ『映像研には手を出すな』miyo_C
想像する力と創造する力が合わさって、アニメというSFと切り離せない媒体が融合したコミックス作品がさらに実際のアニメとして放送されたことがとてもSF的だと思いました。
また過去作品へのオマージュもNHKアニメとして画期的でありました。
柴田勝家 『アメリカン・ブッダ』miyo_C
時代を映すかのような、さまざまな物語がSFと民俗学的な視点で融合した作品達が集められた短編集。テクノロジーだけでない作者特有の観点も含めて、今推薦するにふさわしい作品と思いSF大賞にエントリーいたします。
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