第41回日本SF大賞 選考経過 選評

2021年5月8日公開

第41回日本SF大賞選考経過報告

第41回日本SF大賞の選考会は、日下三蔵、小谷真理、白井弓子、三雲岳斗、森岡浩之の全選考委員出席のもと、2021年2月20日にオンライン会議で行われました。
 運営委員会からは司会として池澤春菜会長、オブザーバーとして榎木洋子事務局長、技術係として藤井太洋、記録係として吉上亮、若木未生が出席いたしました。

今回の最終候補作は以下の七つです。

  • 『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』菅浩江(早川書房)
  • 《星系出雲の兵站》全9巻 林譲治(ハヤカワ文庫JA)
  • 『タイタン』野﨑まど(講談社)
  • 『時のきざはし 現代中華SF傑作選』立原透耶(編)(新紀元社)
  • 立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳- 紹介の業績に対して
  • 《日本SFの臨界点》全2巻 伴名練(編)(ハヤカワ文庫JA)
  • 『100文字SF』北野勇作(ハヤカワ文庫JA)

選考経緯

会長による開会の挨拶のあと、選考委員それぞれが大賞に推したい作品に投票していきました。今回の作品はどれもレベルが高く甲乙つけがたいため、全員の議論のなかで、どれを推すのか決めていきたいという声もありました。最初の投票(一人複数票)で『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』が2票、《星系出雲の兵站》が3票、「立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して」が2票、『100文字SF』が1票を獲得し、また立原透耶氏の業績については、特別賞か功績賞での受賞を推す意見が複数の選考委員から出されました。その他の候補作についても言及し、慎重に各作品の議論を行いました。その結果、『タイタン』、《日本SFの臨界点》が論議の俎上より外れることとなりました。『100文字SF』は作品の完成度は非常に高いが、マイクロノベルという新たな表現形式が「これ以降なにかが変わった」というムーブメントにはまだ至っていないのでは、といった意見などが考慮され、惜しくも落選となりました。『時のきざはし』については立原透耶氏の業績と合わせて評価すべきだろうという意見で一致し、『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』と《星系出雲の兵站》のどちらを受賞作にするか、さらなる議論が行われました。

『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』菅浩江(早川書房)

『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』については、シリーズ一作目の刊行は2000年だが、連作短編として、「美」について一作ずつ積み重ねている。19年かけてやってきた。すごいと思う。「ファインアートの芸術性」ではなく、特に「歓喜の歌」に強いが、ポップカルチャーのアート、評価を覆すような美の在り方について描いているように思える。ニセモノ性の肯定的な評価など。モナリザの話は特にアバンギャルドで、非常にオタク的でいい。
 美学SFと呼ぶべきもの。自分は、そんなにハマらなかった。いい悪いではなく相性だと思う。世代のにおいはなく、ひろく受け入れられる可能性がある。『博物館惑星』は、美そのものに切り込むというより、美に携わるひとたちの物語。それが魅力ではあるが、物足りない部分もある。ドライなアートとテクノロジーを、泥臭い人間の情念と組み合わせるところが独特。そこに面白さを感じると、このシリーズの面白さを感じるのではないか。
 学芸員は今年コロナで悩み続けている。アートと人を繋ぐことについてはずっと考えている。学芸員に焦点を当てるというのは、同時代性を感じる。学芸員に焦点を当てた作品は少ない。はげみになるのでは、という意見が出されました。

《星系出雲の兵站》全9巻 林譲治(ハヤカワ文庫JA)

《星系出雲の兵站》については、一見するとミリタリーSF風だが、実際はファーストコンタクトもの。非常にドライブ感がある。異星人の造形が独自でいい。ジェンダー的には、軍隊という性質上、普通はありえない女性が多い組織の描写によって成り立っているのが面白い。2020年は、ジェンダーの議論がとても盛んになった。その意味では新しいと思った。男女の描き方について、今の世代では男女でフラットで、男性の描き方が古いと思ったが、現実に古い男性性によるジェンダー問題が起きたので、かえって時代に合っていると思えた。
 これだけ女性が職場に進出している世界を描いていて、その状況に違和感を覚えた、ということに、自分も古いジェンダー観を持っていたことに気づかされた。ジェンダー格差がシリアスに描かれていること、それが2020年に合っている。かつ、これを男性作家が書いたということが心強いと思った。
 非常にいい作品ではあるが、これが林さんの代表作になるかと思うと、まだわからない。新しいシリーズも始まっている。ただし、本作が力作であることは間違いない。二年間で集中し、全9巻を書く環境が構築できたというのは、なかなか作家として出来ることではない。技術の描写について、ちょっとレトロな感じがするが、最先端技術を使うと、かえってすぐに廃れてしまう。SFは未来学ではない。あえてのものだろう、という意見が出されました。

『タイタン』野﨑まど(講談社)

『タイタン』については、主題となるAIの自走の話は、SFジャンルにおいて繰り返し語られてきたものだが、文章が圧倒的に読みやすく、また、AIが鬱になることへの処方箋が、AIの能力に相応しい難しい仕事を与えるというアプローチは面白かった。AIが心を持つかどうかという話は非常に今、一般受けしており、本作はその意味でも大衆的で優れた作品。また、いい意味でも悪い意味でも引っかるポイントが多かった。
 テーマも今を掴んでおり、コロナ禍の現在においても注目が高い「仕事とは何か?」というみなの興味があることにストレートに取り組んでいる。ただ、その投げかけられた主題への作品の答えが弱いように思えた。もっと突き抜けて欲しかった、という意見が出されました。

立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して

「立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して」については、ここ最近の中国SFの勢いは物凄く、これまでにSFジャンルはその歴史のなかで、幾度かの黄金期を迎えており、現在の中国SFの興隆は、まさにそれに当て嵌まる。その黄金期を英米圏からの翻訳を経由せず、日本人がリアルタイムで経験できるのは、立原さんのおかげといって過言ではない。非常に幸運。中国SF大会にもほぼすべて精力的に彼女が関わっている。英米圏SFを日本に紹介し、文体レベルで大きな影響を及ぼした伊藤典夫氏に匹敵する業績ではないか、という意見が出されました。

『時のきざはし 現代中華SF傑作選』立原透耶(編)(新紀元社)

『時のきざはし』については、『三体』などの有名作品だけではなく、中国SFの層の厚さ、広さを教えてくれる。
 収録されている作品の出来単体は、ものによってはさほど高くないものもある。グレードが高いものもあるが玉石混淆。文化の違いのようなものも感じる。中国SFについて精通していないと評価が下せない。
 ショーケースのような作品。中国SFを紹介したいという強い意志を感じるが、メインストリームの作家や作品が含まれていないこともあり、中国SFの頂を見せるというより、中国SFの現在を一望するという意図ではないか、などの意見が出されました。

《日本SFの臨界点》全2巻 伴名練(編)(ハヤカワ文庫JA)

《日本SFの臨界点》については、アンソロジーのかたちを取っているが、編者である伴名練氏の各収録作についての解説が非常に面白く、伴名練氏の著作との関連性を読み取ることができ、昨年に候補作となった短編集『なめらかな世界と、その敵』の副読本的な役割にもなると思う。とてもSFファン的でよい。編者の作家性がはっきりしているアンソロジーで、読んでいてワクワクした。
 伴名さんにはアンソロジーより作品で受賞してほしい。個人的には大好きだがこれが彼の最良の仕事かというと躊躇われる、などの意見が出されました。

『100文字SF』北野勇作(ハヤカワ文庫JA)

『100文字SF』については、読んでいると酔ってしまうくらい濃度が高かった。二千を超す膨大な数が書かれ、そこから精選されており内容の質が揃っている。昔はSFはむしろ短い、ショートショートのようなものがSFと思われていた。星新一氏のショートショートのように、本作でマイクロノベルという形式を発明したことを評価したい。
 ツイッターで見ているときには、時々、SNSの性質上、モードが切り替わらず内容が入ってこないときもあった。そういう外界の影響を余白によってシャットダウンし、作品に没入させる本の作りがとてもよかった。
 ツイッターの非常に短い文字数で、起承転結をやっている。この短い一篇一篇を展開すると優れた短篇・長篇になる、それくらい豊穣なものを秘めた骨を備えている。
 一方、マイクロノベルの新奇性の評価は、ちょっと違和感がある。ツイッター小説は他にもたくさんすでに出ており、さほど目新しいとは思えない。自分のなかでこれがSFかどうかわからなかった。マイクロノベルは現状、まだそこまでジャンルとしては広がっていない萌芽の段階ではないか、などの意見が出されました。

最終投票

今回の作品はどれもレベルが高く甲乙つけがたく、どの候補作も、受賞に値する作品であることは五人の選考委員が同意するところでしたが、その中から受賞作を選ばなくてはならず、大変白熱した議論が繰り広げられました。前述の通り、議論が重ねられるなかで、『タイタン』と《日本SFの臨界点》、『100文字SF』が惜しくも受賞には至らず、『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』と《星系出雲の兵站》のどちらを大賞にするかで、最後の議論が行われました。二作品の評価は、作品内の技術レベルの描写や2020年との同時代性という点にも及び議論が尽されましたが、どちらもよい点が言及される。各々の作品が極めているポイントがそれぞれ別の方向を向いており、その評価について甲乙をつけるものではないという結論が出されました。
 その後、選考委員による最終投票が行われ、全会一致で、大賞受賞作は、菅弘江『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』、林譲治《星系出雲の兵站》全9巻を二作同時受賞とすることが決まりました。特別賞は、『時のきざはし』を含む、「立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して」への授与が決まりました。功績賞については会長より、昨年惜しくも亡くなられた小林泰三さんに贈ることが提案され、選考委員の全会一致で了承されました。

(文責/吉上亮・若木未生)

第40回日本SF大賞 選評

選評日下三蔵

草上仁さんの代理で今年限りのピンチヒッターを務めることになったが、候補作のラインナップを見て頭を抱えてしまった。贈賞に反対する作品がひとつもない。できればすべての作品を大賞としたいところだが、そうもいかないので絞らざるを得ない。厳しい選考になることは分かりきっていた。

賞の性格として設定された「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」、「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」、という基準に当てはめるならば、今年、何をおいても贈賞すべきは「立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して」だろうと思った。十年以上前から手弁当で中華圏のSF関係者と交流を深め、ほとんど独力で出版状況を変えてしまった功績はSF大賞にふさわしい。
 ただ、個人の業績と小説作品を同列で評価するのは難しく、近年の傾向からして特別賞という選択肢はあると思っていたが、他の委員も同じ気持ちだったようで、満場一致で特別賞の贈賞が決まった。
 立原さんの編んだ『時のきざはし 現代中華SF傑作選』については、「業績」のうちに含まれる、ということで割を食った形になってしまったが、これも優れたアンソロジーであった。作品が玉石混交である、という意見もあったが、オールタイム・ベストではなく、現代の中華SFの状況を示すカタログなのだから、むしろそれでいいのである。さまざまな面でバラエティに富み、刺激的な一冊といえるだろう。

伴名練さんの編んだ《日本SFの臨界点》は、長年の渉猟の結果が一挙に噴出したような作品選択と配列、そして凄まじい熱量と情報量を備えた解説が魅力的な傑作アンソロジーであった。SFが好きで好きでたまらず、個人短篇集から各種アンソロジー、雑誌のバックナンバーまで読み尽くした者でないと、この目次は作れない。他の誰よりも、そのことは私が分かっている。
 ただ、アンソロジー企画として特別賞枠で考えると、今年は相手が悪かったとしか言いようがない。伴名さんには、これからも多くのアンソロジーを編んで欲しい。もちろん小説作品も、ガンガン書いて欲しい。あれもこれもで申し訳ない気もするが、読者は欲張りなのです。期待しています。

小説作品四作を並べたとき、私の採点は『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』《星系出雲の兵站》『100文字SF』『タイタン』の順であった。繰り返すが、今年はすべての候補作が大賞レベルであり、作品としての優劣は、ほとんどない。受賞作だけに注目せず、できればすべての作品を読んで欲しいと思っている。
 以前の選評でも述べたが、大賞はできればただのヒットではなくホームランに出したい。過去の受賞作ならば夢枕獏さんの『上弦の月を喰べる獅子』や梶尾真治さんの『サラマンダー殲滅』、近年ならば上田早夕里さんの『華竜の宮』や小川一水さんの《天冥の標》は、その作家にとっての代表作――ホームランといえるだろう。
 だが、ホームランが必ずしも受賞できるとは限らないのが、運に左右される文学賞の面白いところでもあり、怖いところでもある。そして、明らかにホームランだった菅浩江さんの『永遠の森 博物館惑星』に贈賞しそこねたのは、日本SF大賞の痛恨事のひとつだと、私はかねてから思っていた。今回、その直接の続篇『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』で改めて菅さんに贈賞する機会を得たのは、何よりも日本SF大賞にとって幸運だった。
 この《博物館惑星》という連作は、菅さんが掘り当てた鉱脈である。光瀬龍さんの《宇宙年代記》ものや半村良さんの《伝説》シリーズ、梶尾さんの《エマノン》シリーズのような代表作となるだろう。今後も数年に一冊でもいいから、新作を書き続けていただきたいと思う。

林譲治さんの《星系出雲の兵站》はミリタリーSFと銘打たれているが、むしろSFとしてはオーソドックスなファースト・コンタクトテーマの長篇である。まる二年で全九巻という大作で、架空戦記のジャンルで活躍していた林さんの生産力を考えれば不思議はないものの、SF作家クラブ会長という激務と並行しての執筆であること、特に後半はコロナ禍の最中に執筆されたことを考え合わせると、やはり驚嘆するしかない。
 SFレーベルにおける林さんは長打連発の豪打者だったが、ここ十年の新刊はほとんどが架空戦記のレーベルから刊行されていた。少々淋しく思っていたところ、久々の打席で放った本書は、誰の目にも分かる特大ホームラン。この機を逃さず贈賞できたことは、たいへん喜ばしい。本書の美点については、選考会でもさまざまな意見が出たが、私からは各巻のラストに意外な展開を用意して次回への興味を惹く構成の巧さ、サービス精神の旺盛さを指摘しておきたい。

『100文字SF』の北野勇作さんは、今回の候補作家六人の中で唯一の既受賞者である。したがって、受賞作『かめくん』とも比較しつつ、例の「このあとからは、これがなかった以前の世界が想像できないような作品」になっているかどうかを、細かく検討した。
 本書は著者がツイッターで毎日発表している「ほぼ百字小説」からSF味の強い二百篇をまとめたもの。つまり原稿用紙に換算すると、わずか五十枚分しかないにもかかわらず、一気に通読するのが困難なほど内容が濃い。選考会でも「酔ってしまう」という意見が出たが、私も「カルピスを原液で飲まされているみたいだな」と思った。
 要するに字数は百字であっても、ひとつひとつの作品が短篇にも長篇にも膨らみ得るアイデアの原石なのだ。それを百文字で表現し続ける北野さんの技量は素晴らしい。ツイッターで短い小説を発表するやり方には前例がある、との意見も出たが、「ショートショート」よりもさらに短い「マイクロノベル」という形でストーリーの断面を提示するスタイルには充分に創意があると思う。
 実際に「マイクロノベル」を発表する人も増えてきたので、このまま星新一が起こしたショートショート・ブームのようにマイクロノベル・ブームが起これば、本書がSFの歴史のターニングポイントになる可能性も決して少なくはない。
 ただ、本書は星さんでいえば最初の作品集『人造美人』か、キノブックスから『じわじわ気になるほぼ100字の小説』として三冊が既に出ていることを考えると、四冊目の『ボンボンと悪夢』に相当するくらいの「初期作品集」ということになるので、「将来の可能性」を重視して大賞に推すまでは踏み切れなかった。保守的と評されても仕方ないが、むしろ将来的に、『100文字SF』に贈賞できなかったこの年の選考委員は見る目なかったな、と言われるくらい、マイクロノベル・ブームが来ればいいというのが、正直なところだ。

野﨑まどさんの『タイタン』は人工知能テーマを現代的なアイデアで料理した作品で、面白さは無類であった。読者を驚かせるための工夫が無限に湧き出るかのような野﨑さんのアイデアマンぶりは、小説のみならずアニメ脚本やマンガ原作のフィールドでも遺憾なく発揮されている。
 ジャンル外の読者にまでSFの面白さを伝える手腕にかけては、当代随一ともいうべき才人であり、『タイタン』も快作であることは間違いないのだが、テーマが古典的なこともあって、これが野﨑まどのホームランだ、とまでは感じられなかった。
 しかし、野﨑さんの作品は、どれもこれも面白いので、このままSFを書き続けてもらえるなら、いずれ受賞の機会は必ず来ると思っています。

今年の功績賞は早すぎる逝去が多くの読者に衝撃と悲しみを与えた小林泰三さんに差し上げることになった。ホラー、SF、ミステリの各ジャンルを自在に融合させながら、一貫して質の高い作品を書き続けてきた作家だから、この結果に異論のある人はいないはずだ。
 異論があるとすれば、なぜ亡くなる前にSF大賞をお贈りできなかったのか、という点についてで、過去に候補になった『ΑΩ』も『海を見る人』も、充分に大賞の資格のある傑作だったと思う。贈賞が遅きに失したことを、天国(天獄?)の小林さんにお詫びしたい。

私は第四回以降のSF大賞ウォッチャーなので、この賞が必ずしもホームラン性の当たりを拾い切れていないことは承知している。中には、なぜこれが最終候補に? と首をかしげるような作品が残っていたこともあった。これは会員の投票で候補が決まるシステムの弊害で、作家は評論家と違って書くのが仕事だから、毎年の新刊を百冊も二百冊も読んでいる人は少ない。結果として、しばしば重要な作品が取りこぼされてしまったのである。
 ところが、特にここ数年の候補作の充実ぶりは、ただごとではない。これは作家の層が厚くなり、毎年多くの傑作が生まれていることの証でもあるが、運営委員としての手前味噌を許していただけるなら、エントリー制度が上手く機能していることの表れといってもいいと思う。
 作家だけでも読者だけでもジャンルは成立しない。ジャンルの発展には、どちらも不可欠なのだ。読者の皆さんは大いにSFを読んで、できればエントリーにも参加していただきたい。SFの未来のために、日本SF大賞を、これからもどうかよろしくお願いいたします。

選評小谷真理

十五年ぶりに選考委員を拝命した。昨年まで選考委員であった池澤春菜さんが会長に就任されたためのピンチヒッターである。候補作はどれも甲乙付け難く、かなり悩んだが、推薦時の上田早夕里さんのコメントとほぼ同意見だったので、立原透耶氏の業績とアンソロジーを抱き合わせで、まずは大賞に推した。
 昨今の中国SFの躍進は、まさに五〇年代アメリカの黄金期や日本SF第一世代に匹敵する勢いである。それをほぼリアルタイムで我々が体験できたのは、立原透耶氏の活躍による。それはかつての英米圏SFを我が国に輸入することにおいて屈指の存在であった伊藤典夫氏をすら彷彿とさせた。翻訳・研究で高度な実力がある上に、クリエイティヴな作家的才能に恵まれていることも大きい。数年前、あの若さで作品集成刊行を実現し、多くの同世代のSF作家に、「自分もできるのでは」との希望を抱かせた。選考会ではこうした氏の業績全体(つまりコンテクスト)の評価を、大賞としてどう位置付けるかということが考慮され、特別賞をお贈りすることが決まった。
 また会長から小林泰三氏への功績賞を、との提案にも全く異存がなかった。むしろ『ΑΩ』の時点で受賞してもおかしくないほど、SF的に奇想天外な頭脳の持ち主であり、生前贈賞が叶わなかったこと、それに対し、きっと氏が返したであろう、お茶目な言葉を聞けなかったことが、悔やまれてならない。ご冥福をお祈りしつつ、謹んで同賞をお贈りしたい。

伴名練《日本SFの臨界点》全二巻は、収録された作品の選定も面白く、詳細な解説は読み応えがあり、そこからこの作家の創作術が浮かび上がってきて、おそらく後世の伴名練研究者にとってまさに垂涎の的と言っても良い内容である。が、その一方で、なんらかの傑作をこれから産み出すための資源といった印象であったため、強くは推さなかった。
 北野勇作『100文字SF』はTwitterで公開された超短編約二千編から選りすぐりの二百編を収録したもの。このスタイルをマイクロノベルと称し推奨する、という、まさに時流を捉えた実験的な野心作である。起承転結の基本を押さえたものが多く、彼が基礎力を蓄え、無限の想像力に恵まれている作家だということが一目瞭然だ。議論になったのは、メディアが紙媒体の場合、魅力を最大限発揮できるかという点と、先に受賞している作品を超えたかという点。これがネックとなり、贈賞が見送られた。
 野﨑まど『タイタン』は、アトムの頃からもっとも人気のある、AIの心を探究したストーリーで、読みやすく、ジャンルSFに漠然とした憧れや夢を重ねる人々には、絶大なアピール力があると思った。他の選考委員から今年の新型コロナウイルス流行下で仕事から遠ざかることを余儀なくされた人々の心を慰める作品との指摘もあったが、ハードSFとして少し物足りないところもあり、受賞には至らなかった。
 菅浩江『歓喜の歌』は《博物館惑星》シリーズ第3作目にあたる。第1作目『永遠の森』が一度二〇〇〇年度のSF大賞の候補作に挙げられたが、当時二〇〇〇年の選考委員である中島梓氏から「芸術」を描くSFとしては厳しい評があった。しかし同書は日本推理作家協会賞と星雲賞を同時受賞した。その後、十九年ぶりに続編が刊行され、本書はその第3作目にあたるわけだが、本書は先の中島氏の評に対する、見事なカウンターパンチではないか。というのも、本書では、「贋作」に関する展示会が企画され、自然界にはない、つまりオリジナリティを喪失した改変昆虫もまた博物館惑星に収集される、という展開が見られるからだ。古典的な芸術論を想定する中島氏の指摘に対し、贋作に注目し、似て非なるものをくまなく収集していく、というのは実にSFオタク的なポップカルチャーの感性から紡ぎ出されたアート論ではないか。
 思えば、二〇〇〇年の中島氏の選評は、厳しい批評精神に満ちたものだったが、それに対し、一昨年、文句のないどころか、彼女が定めた水準を軽々と凌駕する、圧倒的な迫力の作品で大賞を受賞した山尾悠子氏という奇跡を、我々は目の当たりにしている。今年もまた、時を超えた作家同士の激しい打ち合いを見たようで、心底胸を衝かれた。作家同士の、この真摯な対話こそ、評価すべきではないだろうか? 菅氏が、長い思考の果てにSF独自の芸術的な可能性を見出したことを、心より祝福したい。そして故・中島氏もそれを待っていたはずである。
 大長編である林譲治《星系出雲の兵站》は、実は最も楽しく読んだ作品だった。兵站の視点から描く斬新なミリタリーSFと思いこんで読み始めた物語は、やがてSFの王道ともいうべき、ファースト・コンタクトの主題を露呈させる。物怖じせず主題を展開し、異星人やキャラクターを絶妙に造形し、設定を生かしたストーリーテリングの見事さに、心底痺れた。しかも、本作品は、従来のSFのように、男性中心主義に偏向することなく、女性がごく自然に生き生きと存在する世界の話なのだ。ジェンダーギャップ一二一位の日本ではかなりハードな想像力が要求される性差SFが日本人男性SF作家によって描かれたこと自体が快い驚きであった。
 結局、『歓喜の歌』か《兵站》か、長い議論を積み重ね、大いなる作家同士の対話と、新時代を予感させる性差SFこそ、ストレートに二〇二〇年の日本SFを表す作品である、と考え、双方を大賞に選出した次第である。

選評白井弓子

選考委員を務めるのは2年目となりました。7つの候補は昨年にも増してバラエティに富み、アンソロジーや個人の業績、大長編に超超短編…何を基準に優劣をつければいいのか。2年目なので慣れるかと思っていたのですが、とんでもない見込み違いだったと言わざるを得ません。

『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』菅浩江(早川書房)

学芸員の友人を見ていると、コミュニケーション能力がなければ絶対に務まらないなあといつも思います。自分のアートにひたすらまい進するアーティストとミュージアムをつなぎ、ミュージアムと人々をつなぐ。知識とモノをつなぐ。過去と未来をつなぐ。このSF小説ではそのつながりにAIや未来のテクノロジーが入っていき、多彩なドラマを生みだします。地味に思われがちな学芸員がストーリーのかなめとして置かれることはまさに正しい、と言えるでしょう。
 シリーズ全体で多岐にわたるジャンルを扱い、近年の2作においてはメディアアートやセンシング技術など、「今」の作品としての説得力をさらに強めています。今作ではいくつものドラマがラストの大団円に結実し、さわやかな読後感を生んでいます。大賞に推しました。

《星系出雲の兵站》全9巻 林譲治(早川書房)

星系出雲の兵站と人事と人脈と恩讐とファーストコンタクトと忘れられた歴史。大変に盛りだくさんでした。導入部はかなり詳細に舞台が描かれるがためにハードルも高めでしたが、いったん世界に入ってしまえば、ノンストップで物語に飲み込まれてしまいます。兵站という切り口も独自性が高いように思いました。
 女性の描き方も話題に上りました。軍や政治という限られた中ではありますが様々な女性がメイン以外にも普通に登場しては活躍し、あるいは失敗していくのが自然で好感を持ちました。保守的な国もリベラルな国もそれぞれに女性の扱い方に問題があるというリアリティと、エンタテインメントとしてのけれんみが良いバランスで感じられました。
 そして、ていねいなていねいなファーストコンタクト。読後感も良く、満足度では自分の中では最も高いものの一つで、それは議論の中でも否定されることはありませんでした。

『タイタン』野﨑まど(講談社)

今この時に必要とされるテーマに挑戦したSF小説が来た! と意気込んで読みました。一見突拍子もなく感じられる展開にも、「実際に会う」という行為のかけがえのなさや、私たちの生活との地続き感があるのは作者が世界を見つめる目の確かさゆえでしょう。導入もスムーズで誰にでもすっと納得でき面白く読め、SFと読者をつなぐ力を持つと感じられました。 「仕事」がありとあらゆる「労働」問題とともに一掃されたらしいこの社会であえて仕事を真正面から論じるという試みの末の、一見さわやかな結論。しかしそれが最終的に大きな仕掛けの一部に格納され皮肉な形で現実に戻ってくるのにはついにやりとしてしまいます。
 ただ、「仕事」という主語があまりに近く大きいために、つい、その過程にもう少し現実に見合う複雑さを望んでしまう面もありました。

『100文字SF』北野勇作(早川書房)

過去、北野氏の作品を初めて読んだとき「この作品が無かった世界を想像できなくなる」ほどの衝撃を受けた経験があります。だからこそ過去の作品との比較となり、随分悩むことになりました。もちろん表現方法は全く違います。たった100文字から読者の脳内に展開される幻想。驚き。ツイッターという新しい道具を使って毎日のようにフォロワーにSFを届け、絵本へ、朗読へ、文庫本へと発展させていった本作が「SFに新しい側面を付け加える」に合致しているのは確かなのです。
 ただ選考会の中でツイッター小説自体は珍しくないという話や、マイクロノベル構想は(すさまじい独自のイマジネーションをお持ちの)北野氏以外に普遍化できるのか等々の話も出て、自分的には議論の中、夕暮れの路地をさらに迷子になってしまった感があります。

《日本SFの臨界点》全2巻 伴名練(編)(早川書房)

昨年魅力ある短編集が最終候補に残ったものの、あまりに強力な他の候補作に押し出され大賞にはできなかったほろ苦さがよみがえりました。本作は解説の熱量、面白さから、どのような読書体験が短編集に載せられた作品に結実したのかを知る端緒となりました。マンガもそうですが、多くの短編、読み切りが埋もれ、読めない状態にあるのは惜しい事です。氏の熱意に敬意を表しつつ、また小説も読ませていただきたいという思いを強くしました。

立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して

最近は『三体』をはじめアンソロジー等で中華圏のSF小説を読むことが多くなりました。ハードなものから心温まるものまで魅力的な作品も多く、改めてSFの楽しさ面白さを味わう契機になっています。それは世界的な動きでもあり、取り残されることなくリアルタイムに近い状態で私たちがそれを楽しめるのは立原透耶氏がいてこそ、ということであれば『時のきざはし 現代中華SF傑作選』の成果も含めて特別賞にふさわしく、贈賞に賛成いたしました。

小林泰三さんに功績賞を贈るということが当日提案されました。個人的には知識が不足していましたが、説明を聞かせていただき、賛成しました。SFを愛し、書き、多くの人を楽しませてきた方が早くに逝去されたことは本当に残念です。けれど優れた作品は残り、また顕彰によってその名を残していくことができて良かった、と心から思います。

今回はコロナ禍を受けてのZoomでのネット選考会でしたが、次回はどうなっているでしょう。集まれる状態になっていればいいな…いや遠くに旅に出てあちこちからアクセスしているのも悪くない。今のところどちらも夢ですが…。
 どうなるにせよ、そこで議論されるSF作品はそれを超えてくる、イマジネーションの塊がそろうでしょう。それを今から確信するような、充実の選考会でした。

選評三雲岳斗

新型コロナウイルス感染症流行を受けての緊急事態宣言の中、今年の日本SF大賞最終選考会はリモート会議形式で実施されました。
 今となってはリモート会議もありふれた光景になり、街行く人々が皆マスクを着けている日常にもすっかり慣れましたが、あらためて昨年のこの時期を思い返すと、社会の変容の凄まじさには驚きを隠せません。
 そんな「SFよりもSFらしい」状況だった影響もあってか、今回の選考会は、例年以上に時代性というものを意識した議論が交わされたように思います。

そんな中、私がもっとも色濃く時代を反映していると感じた候補作は、「立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して」でした。
 ここ数年、政治経済の分野のみならず、SFシーンにおいても中国の存在感を強く意識することが増えました。そのような中華圏のSF事情を長年にわたって取材し、多くの情報を伝えてくださったこと、日本の読者が中華圏の作品を楽しむ環境を充実させてくださったことは、日本のSF界における大きな功績だと思います。それについては選考委員全員の共通認識であったのか、ほぼ満場一致で特別賞をお贈りしたいということになりました。
 また今回の候補作には、その立原氏が編纂された『時のきざはし 現代中華SF傑作選』も含まれていました。ただし本作に関しては立原氏の業績に含めるべきだろうという提案があり、個人的にもその意見に賛同しました。本作に収録された十七編の短篇は、中華圏のSFを知る上で非常に興味深い作品群で、これらを(英訳などを経由することなく)日本で読めるのはやはり素晴らしいことだと思います。

一方、同じアンソロジーであっても《日本SFの臨界点》は、まったく違うアプローチで編まれていて、こちらも興味深く読みました。編者の伴名練氏による解説や編集後記も最高に面白く、また参考になりました。もっとも本作は時代を反映したというよりも、時代を超越しているという趣が強く、「SFの歴史に新たな側面を付け加えた作品」という基準に照らすと、多少の違和感を覚えます。SF大賞の趣旨に合わないというよりも、そのような扱いを必要としない作品なのではないか、と考えました。

残る小説作品に関して個人的な評価がもっとも高かったのは、『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』、次いで《星系出雲の兵站》でした。

ただ、昨年の選考会でも問題提起させていただいたのですが、私は、たまたまその年に完結したという理由で、長期にわたるシリーズがSF大賞の候補となることには批判的です。大賞に選ばれるのは、その時代を代表する新しい作品であって欲しいと思います。『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』に関しては、第一作『永遠の森 博物館惑星』が二〇〇〇年に刊行された作品であり、すでに高い評価を確立していることから、あえて今、本作に賞を贈ることに意味があるのか、と悩むことになりました。
 ですが、選考会において他の委員の方から出された「本作は、第一作への批判に対する作者からのアンサーになっている」という意見に、迷いが晴れた気がしました。
 シリーズ第一作『永遠の森 博物館惑星』と比較したとき、十九年ぶりの第二作『不見の月 博物館惑星Ⅱ』と今回の候補作である『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』には、続編という枠組みにとどまらない明確な進化が見て取れます。それは芸術美に対する新たな価値観や洞察の深さなど、作品テーマの根幹にまで及んでいると感じます。それでいて作品全体を包む美しく柔らかな雰囲気や、登場人物の魅力、ストーリーの妙は一切損なわれていません。二十年かけてもSFは同じ場所から進んでいないのかという批判に、本作は、真っ向からノーと突きつけることができると判断し、大賞に推すことに決めました。

一方の《星系出雲の兵站》については、全九冊のシリーズではあるものの、二〇一八年から二〇二〇年までの二年間に集中して刊行されており「今のSF界」を代表する作品と断言して差し支えないと思います。ミリタリーSFとして描かれる要素は、戦闘だけでなく、組織運営、工業生産、政治的な駆け引きなど多岐にわたり、同時に、正体不明の異星人とのコミュニケーションを手探りで模索する正統なファーストコンタクトSFでもあります。
 それだけでも読み応えとしては十分ですが、本作のもう一つの魅力は、個性豊かなキャラクターたちの人間模様です。特に女性の描き方が特徴的で、努めてジェンダーに対してフラットであろうとする作者の意識が随所に垣間見えました。折しも著名人の女性蔑視発言が話題になっていた時期でもあり、その意味では、本作も時代性を色濃く反映した作品だと感じます。
 ともあれ、壮大なスケールの物語と細やかな人間関係を同時に破綻なく描ききり、かつ読者をグイグイと引きこんでいくストーリーを構築する力量は見事で、文句なく受賞に値する作品だと考えました。

北野勇作氏の『100文字SF』は、非常に評価の難しい作品でした。個人的には、ツイッター小説という形式そのものが特別な評価に値するとは考えていません。同様の試みは同時発生的に多くの人々によって為されており、北野氏以前にも一定の認知度を得ていたからです。
 ですが、毎日のように継続的に新作が供給されること、それらを一気に読んだときの酩酊感にも似た心地好い感覚はまったく新しいSFの楽しみ方で、それを確立してくださったことは大変な功績だと思います。同時に、本作の質に関しては、私には十分に評価しきれないというもどかしさも感じました。本作はSFというジャンルにとどまらず、むしろ詩としての魅力を持っているように思えたからです。
 そのため、本作の評価は他の委員の方の判断に委ねようと考えました。
 結果、北野氏が提唱するマイクロノベルというものが、現時点ではブームを起こすまでには至っていない、という意見があり、今回は見送りということになりました。
 それでもマイクロノベルという形式は、まだまだ可能性がある分野だと思います。これからも多くの人々が参入して、更に盛り上がることを期待しています。

野﨑まど氏の『タイタン』は、エンターテインメントとして純粋に優れた作品で、個人的にも非常に楽しく読ませてもらいました。AIと仕事というテーマも極めて現代的で、SFに馴染みの薄い読者をも魅了する普遍性を持っていると思います。選考委員の間からも、今年のSFを一般層にも広く知ってもらうには最適な作品ではないかという意見がありました。
 反面、抜群に面白い作品だからこそ、読了後に物足りなさを覚えてしまうという印象も受けました。野﨑氏の力量を誰もが認めているからこそ、本作が氏の最高傑作であるとは思えない。同じテーマでももっと優れた作品を書けたはず、と贅沢な期待を抱いてしまいます。
 そんなわけで大賞に強く推すことはできませんでしたが、本作の面白さに疑問の余地はなく、未読の方にはぜひ手に取ってもらいたい一冊です。

以上のように、今年の候補作は極めてバラエティ豊かで、かつ指折りの傑作揃いでした。そのため選考会では、終始前向きな明るい議論が為されたように思います。
 最終的にSF大賞を《星系出雲の兵站》と『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』のどちらに贈るかという議題に長い時間が費やされ、二作同時受賞という形で落ち着きました。
 特別賞となった「立原透耶氏の中華圏SF作品の翻訳・紹介の業績に対して」とあわせて、賞をお贈りできることを嬉しく思います。皆様、本当におめでとうございます。

選評森岡浩之

日本SF大賞の対象は多岐にわたる。そのため、選考委員は比べようがないものを比べるという苦行を強いられるのだ。
 今回もそれぞれ違った意味で優れた候補作が揃った。
 どれもが大賞に相応しく、委員諸氏の結論がどんなものであろうと、心から納得できるはずと予感して選考に臨んだ。

悩んだ末に、わたしはまず、『100文字SF』を推すことにした。
 SFと掌編は相性がいい。昭和の頃は、「SF=ショートショート」と誤解されることも多かった。また、短歌や俳句の形でSFを表現する試みも古くからある。
 そういう意味でツイッターという媒体が現れたとき、その枠内で成立するSFの出現は必然と言えよう。
 しかし、形式を思いつくのと、実際に書くのとでは、大きな間隙がある。想を得て数編をものすのと、継続的に二千編以上書いてしまうこととの間には、さらに渡りがたい深淵が横たわっている。北野勇作氏はそれをしておられる。
 本書はその中から二百編を選りすぐったという。一気に読んで、酔ってしまったのだが、良質な作品が揃ったことの証左だろう。
 これだけ質量ともに優れたツイッターSFを発表するというのは、大賞に値する偉業と考えたのだが、残念ながら賛同が得られなかった。

次に推したのが《星系出雲の兵站》である。
 本書はミリタリーSFという側面が強調されがちである。それは別に間違っていない。戦争を取り巻く政治状況や、軍の組織などが丁寧に描かれた、堂々たるミリタリーSFである。
 しかし、同時に優れたファーストコンタクトものでもある。むしろ本質はこちらにあるのではないか。
 未読の方のために詳細は控えるが、接触する相手の造形がユニークだ。とくに第二部では彼らの実体への興味が快いドライブ感を生む。また時を超えた人類と彼らの因縁も、物語に力強い骨格を与えている。
 文句なしの受賞作である。

もう一つの受賞作『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』を推さなかったのは、第一作『永遠の森 博物館惑星』がすでに高い評価を得て、ジャンル内外の賞も受賞しているので、今更感があったからに過ぎない。また、わたしが推さなくても、どなたかが必ず挙げるはず、という小狡い考えもあった。
 なにより、わたしの教養が足りないせいで評価し損ねているのではないか、という危惧が消しきれなかった。他の選考委員の意見を伺ったあとだと、やはり本作の真価を掴めていなかったと判断せざるをえない。
 もとより贈賞に反対するつもりは最初からなかった。
 納得の上、贈賞に賛同した。

特別賞の立原透耶氏については、いちばん悩んだ。
 氏の功績が抜群であることは疑いようがない。しかし、日本SFの中で「中華SFの紹介」という業績をどう位置づけるかについて、評価を固めかねていた。正直なところ、今でも固めきれていない。
 今回、氏の編纂された『時のきざはし 現代中華SF傑作選』も候補となった。中華SFの厚みを存分に感じさせられる一冊であった。形式的にはダブルノミネートだが、これも併せて評価すべきではないか、と思う。
 だとすれば、本アンソロジーの発刊を機に、氏の業績を称えるのは妥当であろう。

アンソロジーは他にもノミネートされた。《日本SFの臨界点》である。
 日本SFへの愛が伝わってくるような作品集である。入手困難な作品を集めただけあって、そのラインナップには舌を巻いた。また解説も面白く、編者の書評家としての優秀さを見せつける。
 しかし、伴名練氏にはまだまだ引き出しが多そうであり、なにより氏は優れた創作者でもある。
 今後のさらなる活躍が容易に期待できるので、今回は見送られた。

『タイタン』は、ある普遍的なテーマを、卓抜したエンターテインメント性でコーティングして語る傑作。主人公とAIの旅路は印象的で、随所に映えそうなシーンがちりばめられている。物語終盤でAIの提示したソリューションには、「こうきたか」と膝を打った。
 しかし、語られたテーマの結論がありきたりに思え、推すことができなかった。

昨年に引き続き、大賞選考会はたいへん楽しい体験だったが、最後に悲しいことを思い出させられてしまった。
 すなわち、昨年逝去された小林泰三氏に功績賞を贈りたいとの提案が会長からなされたのである。
 もちろん、どなたからも異論は出なかった。
 氏の功績については贅言を要しない。大賞に値する作品を多く書かれながら、受賞できなかった理由としては、「巡り合わせ」の一言しか思い当たらない。
 あまりに早すぎる。残念でならない。
 心からご冥福を祈る。

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