現状の生成AI技術に関する、利用者、運用者、行政・立法、開発・研究者へのSF作家クラブの提言
人工知能による創作や、人工知能と人間との協調による創作は、SFの重要なテーマの一つです。我々は、適切な人工知能(AI)技術の使用が、創作において大きな手助けになりうることを理解しており、その発展を歓迎します。日本のSF作家や関係者は、AIの開発のために許諾済みの著作データを提供し、アイデア提供や広報に協力するなど、AI技術の開発に大きく協力してきました。我々は原則として、生成AIが人々の権利を侵害しない形で創作に使われ、人々の創作活動が広がることを歓迎しており、AIを作り、使い、AI生成物を楽しむ権利は守られるべきだと考えます。
一方で、現在広く使われている生成AI技術では、学習に用いたデータが、生成物にどのように貢献したかを示すことが技術的にできていません。この問題が未解決のため、生成AIの使用者は、生成物における学習元著作の影響や貢献度合いを評価することが困難です。そのため現状の生成AIでは、他者の著作権や著作者人格権(作品の同一性保持権含む)、肖像権や意匠権、商標などの他者の知的財産権を、自覚なく侵害することがありえます。AIの学習に関して著作権者の権利を制限する日本の著作権法30条4においても、著作物に表現された思想又は感情の「表現上の本質的な特徴」の享受を目的とする著作物の使用には、作者の許諾が必要となります(注1)。また、享受を目的としない場合であっても、同条柱書但書の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し、同条を根拠として作者の許諾なく複製等を行うことができない場合もあり得ます。
現状の生成AIに内在する上記問題が根本的に解決されるまで、我々人類は、執筆・描画・翻訳・演技・演奏・演出・開発・研究・編集・批評・出版に使われる生成AIについて、従来の創作用の道具以上に、注意深く使用する必要があります。
まず、生成AI技術を利用される方々については、現状の生成AI技術の限界を理解されたうえで、生成物の公表が上記で言及したものを含む現行法令に照らし、他者の権利を侵害していないことを、ご自身で十分に確認されることを望みます。
また、現状の生成AI技術を運用される方々については、上記の技術的限界を理解されたうえで、著作者の尊厳や権利を守る仕組みの整備にご協力いただくことを望みます(注2)。
各国の行政および立法に関わる方々については、現状の生成AIの技術的限界と同時に、創作産業において著作者の尊厳が確保され、そのインセンティブが阻害されないことの重要性をご理解頂き、生成AIによる権利侵害の可能性および、生成AIを理由とした不適切なダンピングや未発表著作の学習、契約条件の切り下げが行われるリスク、そのための創作産業保護と制度構築について、保護手段を検討ください(注3)。
最後に、生成AIに関わる開発者・研究者の方々においては、現状の技術的限界を抜本的に解決するためのAI開発をぜひ行っていただきたいと思っています。
対立を防ぎ、より良く社会で運用される試みに関わりたいと考えている会員は多くいます。当クラブは、創作に関わる米国、欧州、アジア、その他世界の機関と連携し、同様の試みが海外においても行われるよう、働きかけていきます。
SFには思考実験を楽しむ側面があります。現状の生成AIを巡る状況に注視し、また期待している会員は多くいます。一方で創作に関わるプロの集団として、現状の技術的限界に伴う問題については、指摘せざるを得ない点があります。
創作の権利を守り、同時に創作物の権利を守るため、本声明は会員の数か月の議論を経て生まれてきたものです。その点を念頭に、お読みいただけますと幸いです。
(注1)日本の文化庁も「AIと著作権の関係等について」において「3DCG映像作成のため風景写真から必要な情報を抽出する場合であって、元の風景写真の「表現上の本質的な特徴」を感じ取れるような映像の作成を目的として行う場合は、元の風景写真を享受することも目的に含まれていると考えられることから、このような情報抽出のために著作物を利用する行為は、本条の対象とならないと考えられる」([参考資料4]AIと著作権の関係等について)としています。これを小説に引き直せば、新たな小説の生成のため、小説から必要な情報を抽出する場合であって、元の小説の「表現上の本質的な特徴」を感じ取れるような新たな小説の作成を目的としている場合には、同条を根拠として作者の許諾なく複製等を行うことはできないと考えられます。
(注2)すでに具体例として、著作者が学習元を知る手段の提供や、権利上問題ないデータの使用、生成物の十分な変容性の確保、生成物への貢献に応じた名誉・金銭を含めた還元の仕組みの構築が行われており、このような取り組みを我々は歓迎します。
(注3)各国で、著作者が自身の著作物が学習元に使われているかどうかを知る権利、及び同意のない学習元著作物の削除を求める権利の確保等が提案されていますが、各国の実態に合わせ、こうした試みが推進されることを望みます。また日本において、現行著作権法その他の法令の解釈や当てはめが不明確であるところについては、現在文化審議会著作権分科会法制度小委員会がこの点の論点整理を行い、解釈を明確にし、具体的な生成AIの状況における当てはめを明らかにする予定であり、また、「AI時代の知的財産権検討会」も開催していますが、このような解釈や当てはめを明確にする取り組みにおいては、生成AIの学習元の著作物を作成する著作者や、生成AIを使う著作者の意見を十分反映することを求めます。
謝辞:本声明作成にあたっては、事前に生成AIの専門家である東京大学先端研原田研究室の森友亮氏をお呼びし、現状の生成AIについて、会員を交えた勉強会を行いました。会員間では討論会を含め、様々な議論を行いました。また、文面について弁護士で慶應義塾大学特任准教授の松尾剛行先生にご確認をいただきました。英訳については、理事であるタヤンディエー・ドゥニ教授に、学識経験者の協力を得て訳していただきました。その他、様々な専門家の方に事前にご確認をいただきました。クラブ内外のご協力者の皆様方に感謝します。
2023年10月14日
一般社団法人日本SF作家クラブ